39『脱出、飛翔』
目を醒ましたのは、暗闇の中。
──ここは地獄の中だろうか。それにしては誰も居ないな。いや、地獄とは限らないか……。
私は、完全に自分の生を否定しながら、周りに目を向ける。
そこで、気付いたことがある。
僅かながら光が見えたのだ。もしかしたら、まだあの穴の中なのかもしれない。
だとしたら、私はあの状況で生きていられたということになる。
上体を起こし、幽体離脱したようなことはない事を確認。
手が透ける様子もない。
首の後ろが痛む。という事は本当に生きているのか。
服も所々破けている。
しかし、受けたはずの傷はない。そのはずはないのだが。
「あ……」
声もちゃんと出る。声が変わっているようなこともない。
何故だろう。ちゃんと落ちたはずなのに体には何も残っていない。そう来ると、やはり死後の世界にいる可能性もある。
訳も分からないまま、立ち上がる。
何も無かったかのように元気な体に対して、私の精神は疲労困憊していた様で、立ち眩みが起こった。
ぐらっと来る感覚に、よろめきはしなかったが、念の為、近くにあった壁に手を触れさせて体を安定させる。
壁はぼこぼこしている。手を離すと少しざらざらとした感触が残る。
膝は痛まない。この分なら歩くぐらい大丈夫だろう。
そう思いながらも上を見上げる。
寝転がっている時も思ったのだが、ここは大分深い。
光がほんの僅かしか確認することができないのだ。
こんな深く作ったつもりないのになあ……。
でも、引っかかってたら絶対逃げられてたよな……。
そう言えば、ワンはあの後どうしたのだろう。
私が落ちたのを見ていたのは覚えているけれど、その後は気を失っていたので知る術もない。
街に向かってないといいのだけど……。
そう言えばのそう言えば。
ルイは無事に辿り着くことができただろうか。
ここに戻ってこないという事は、辿り着いて無いかもしくは……。
いや、その先は考えない方がいいだろう。
さあ、ここから脱出しなければ。
私が死んだ可能性は大分低い。となると、ずっとここにいるのは危険だ。
そろそろ暗くなるかもしれない。
暗くなると寒くなるのは当たり前だから、ここにずっといておくわけにはいかない。
脱出の方法としては、色々あるといっていいだろう。
魔法が使えるのだ。なるべく、脱出して楽しいものがいいな。
紐引っ掛けて上るには腕が痛くなるし、ロッククライミングはもっての外。
風魔法で上昇するかこの辺り一帯を破壊して穴を穴じゃなくさせるとか。
色々方法は思いつくのだけれど。ある画期的な魔法の存在を忘れていた。
ワープ。
すっかり忘れていた。
さっき落っこちた時もワープを使えばよかったのだ。
うーん。しくじったなあ。
まあ、後悔したって何も変わらないし、結局の所、死んでないんだから、どうだっていい。それにしても、ワープか。
脱出するにはつまらないな。もうちょっとやって楽しいものにしないと。
壁キックを繰り返す?
いや、体力無いし。
……よし、決めた。
風魔法を使おう。
確か、ラリアンに習ったので翼を生やして飛ぶやつがあったはずだ。
どういう原理なのかは後で説明するとして……どんな呪文だったか。
確か、英語でも日本語でもなかったはずだ。
ラリアン曰く、魔法は意味合いがきちんと存在すればどんな言葉も使っていいとのこと。
だから、ラリアンに教えられた魔法もわざわざその通りに覚えて唱える必要もないのだが、せっかくなので意味も発祥も全く分からない呪文を唱える。
「ウィルセン・ド・スィーン・アングラン」
背中に何かが生える感覚、共に、体が軽くなる。
翼には先まで神経が通っているので、力を入れる。
この魔法は初めて使うので、どうしたらいいのか分からないところはあるが、何度も夢に見たことの1つだ。
鳥の真似ぐらいできる。──と思いたい。
翼を上下に何回か動かす。この動作だけで軽くなった体は浮き上がる。
ここで風魔法の登場だ。
翼に備わった風の力で浮き上がった体を空中に持続させる。
さらに翼をはばたかせ、光が近づく。
どうやら魔法は成功したようだ。
だが、相当なエネルギーを使うのか、息切れしてきた。
まだ出口は遠い。どんだけ深く掘ったんだ、私。
そう言えば、抜けた土はどこに行ったんだ?持ってきて穴を埋めないと。
そうこう考えているうちに、出口が近づいてきた。
体力はもう限界だ。
抜けてしまいそうになる力を振り絞って残り数メートルを飛びきる。
そのまま地面に倒れこみ、過呼吸になる。
きつい。大分きつい。これは常用できそうにないな……。
野垂れ死んだかのように暫く倒れたままでいる。
発動したままの羽魔法──もうちょっといい名前が欲しい──を解除し、大きく息を吸い、吐く。
体の向きを変え、仰向きになる。
そこで、気付いた。空が明るい。
確かに、深い穴の底から光が見えるのだから、明るいのは当たり前なのだが、そんなはずはないのだ。
──だって、今は夜のはずだから。
いや、前の言葉を訂正しよう。
空は夜のまま、明るい。
だから、夜は夜。今は確実に夜だ。でも、明るい。
暗いまま明るい。
自分でも、何を言っているのか分からなくなっているが、事実。そうとしか言いようがない。
例えで言うと、スーパームーンの3倍ぐらいの明るさ。
もしかしたら、例えではなく、本当の事なのかもしれないが、私にはっきりとしたことは分からない。
ただ、何かがおかしい事だけははっきりしている。
何かの所為なのか。早く回復してラリアン達を探さないと。
ラリアン達なら何か分かるかもしれない。
もう一度深く息を吸い、立ち上がる。
まだ疲れは残っているが、歩けはする。
「ふう……」
吸った息を吐き、歩き出す。
「あ……」
歩き出したのはいいけれど、どこに向かえばいいか分からない。
適当に歩いていると、私はあるものを見つけた。
いや、ものじゃない。人だ。
あの姿、歩き方には見覚えがある。
──ラリアン。
ラリアンが、こちらに向かって急接近している。
彼女以外はいない。ルイも、ナオトも。
それが心配になったが、ラリアンが今ここにいることがナツメにとってはすごく嬉しい事だった。
「ラリー!」
「ナツメ……。良かった。無事だったんだな。大丈夫か?」
ラリアンは息を切らし気味に早口でそう言った。
その様子に戸惑いながらも、ラリアンの問いに答える。
「うん。大丈夫。どうしたの?何かあったの?」
「ああ……。でも、それについてはナツメも何か知っているんじゃないのか?」
「え?」
「地下の街が襲われた。多分、カオスとか言う奴と同じ類だ」
場面転じ。
ラリアンによると、私が意識を失っている間に、色々大変なことが起きたらしい。
1つは、ワンの襲来。
もう1つは、地下の街に開いた大穴。
そしてさらにもう1つは、──別の新たな敵の襲来。
これらが一度に起こったわけではない。
ただ、ほぼ同時、とも言える、とラリアンは言っていた。
ほんのコンマ数秒しか変わらなかったのだとか。
そして今街は大混乱中。
何とか持ちこたえている状況、だそうだ。
何故ラリアンがここにいるのかと言うと、そっちの方が速いから、とのこと。
今は全速力で街に向かっているところだ。
方法は、低空飛行を行っているラリアンに私が抱えてもらっている状況である。
ワープ魔法は使うなと言われた。
「ねえ、ラリー。どうしてワープ魔法を使っちゃダメなの?」
「……そうだな。来たっばかりのナツメには分からないよな。うん。簡単に説明すると、使っちゃダメと言うか、使えないんだ」
「何で?」
「えーっとだな。今この状況でワープ魔法を使うと、思ってもみない場所に飛んでしまうかもしれないし、最悪、異空間に閉じ込められてしまう可能性があるんだ。それが何故かって言うと、ワープ魔法が闇魔法の一種であることに関係がある」
ラリアンは、ここでいったん切って一息ついてから再び口を開いた。
「今、ここら一帯は光に包まれている。新たなる敵の襲来によってな」




