16『消えた人々』
「どうして?どうしてこんなに美しい音楽だったのに、街の人は出てこないの?」
そんな言葉が、自然と口をついて出た。
本心からの言葉だ。
「おかしいな。私達の考え方が間違っていたのか?」
「ううん。考え方は間違ってないと思う。おかしいのは街の人達だよ」
私は自信を持ってそう言い切る。
そして、足の向きを変えて近くにある家へ向かって走る。
「ど、どうしたんだ。ナツメ!」
「頭のおかしい人達の頭を覚ましに行くの!」
後ろを向いて走りながらも、未だ涙を流す老人の姿が見えた。
彼は今、何を感じ、何を思っているのだろうか。
「たのも!」
荒く扉を叩き、ドアノブに手を掛ける。鍵はしまっていない様だ。
扉を開け、中の様子を見る。
──誰もいない。
部屋を隔てる扉をどんどん開け、人が居ないか確認する。
居間、寝室、キッチン、浴室……。どこにも人は居ない。
最後は、2階だ。
奥の方にあった階段を登り、2階の様子を窺う。
──誰もいない。
「どう言うこと!?」
窓があったので、窓から外を覗く。
すぐそこに噴水が見え、ラリアン達の姿も発見した。
「ラリアン、ルイ!誰もいない!他も確認してみて」
「ああ!」
2人は二手に分かれて別々の家に入る。
どちらも鍵はかかっていない様だ。
しばらくすると、ルイがその家の窓から顔を出した。
「こっちもいないの!」
ラリアンも同じ様に顔を出す。
「こっちもだ!」
どう言うことなのか。どこの家にも人がいない。
今思えば、生活していた痕跡もない様に感じる。
顎に手を当て、探偵風にゆっくりと家を出る。
何故この街には人が居ないのか。
まさか、みんながみんな出かけている訳ではないだろうし、あの生活感の無さからして、元から住んでいる人は居なかったと考えられる。
ならばどうして、あの老人は嘘をついたのか。
あたかも、この街には住人がいるかの様に語っていたのか。
噴水のところに戻り、老人の前に立つ。
後からラリアンとルイも駆け寄ってきた。
老人は、まだ涙を流していた。
「ご老人。これはどういう事ですか」
老人は、こちらに視線を向けると、頰に流れる涙を拭った。
「ありがとうございます。最後に、こうして曲を奏でることができて、あなた達には感謝しかありません」
そう言われて、私はどう返していいのか分からず、黙ったままでいたが、老人は言葉を続けた。
「嘘をついてしまったことには謝ります。もうお分かりの通り、この街に住人はおりません。今や私ひとりだけ。いや、それも嘘になってしまいますね。この街は誰も住まぬ街です。完全に廃れてしまいました」
「え、じゃあ、あなたは……?」
その問いに老人は答えず、そっと苦笑いを浮かべた。
そして私は、老人の体が薄まりつつある事に気付いた。
「あ……」
「あなた方のおかげで、私の未練は果たされました。私がここに存在する理由はもうありません。本当に、ありがとう」
老人は、薄まりつつも輝いているその手で、私の手を握った。
実体はほとんどないのに、その手はとても暖かかった。
「どうか、この街を救ってください。居なくなった者もそれを望んでいるはずです」
そう言って、老人は光と散ってしまった。
その時、彼が一瞬、子供の姿になった様に見えたのは、私だけではなかったと信じたい。
「ねえ、ラリアン。どうにかして、この街に人を呼び込む事って出来ないの?」
「出来るさ。でもまず、その前に政府をどうにかしなければ、真に音楽の街にはならない」
「そうだね。全てが終わったらまたここに戻ってこよう。それから、この街を立て直そう。ルイも、それでいい?」
「うん、なの。ルイ、もっとすてきな音楽が聴きたいの」
ルイの頭をくしゃっと撫で、私は空を仰いだ。
──この青い空に、いつか音楽が響き渡りますように。
そう願って。
あの後私達は、音楽の街、と書かれた商店街の看板に残されたトランペットを掛けた。
また、ラリアンが、音楽の街が劣化しないように、と魔法のバリアを張った。
どうやら、あの街が割と綺麗だったのは、あの老人の念という名の魔法がかかっていたかららしい。
その老人はもう消えてしまったので、代わりにラリアンが別のバリアを張ったという訳だ。
「あのおじいさんは、結局何だったのかな」
「ルイも気になるの」
「そうだな。これはもう、私達の記憶の中にしまっておこう。あの、街を守り続けた少年の事は、いつかまた、この街に活気が戻った時にでも語り継がせようではないか」
ラリアンは、どこか清々しい顔をしていた。
彼女の中ではもう、ある程度の仮説は立てられているのかもしれない。
だが、それを聞くのは無粋というやつだ。
「うん。それがいいね」
「ルイもそう思うの」
私達は、横に並んでこの街を後にした。
「ねえ、ラリアン。次の目的地は?」
「次の目的地は、《地下の街》だ。そこは、地上に街は無く、地下に何層も街が広がっているらしい」
「へえ、それは楽しみ」




