13『魂転移』
リナンが提示した条件はこうだった。
・彼女の指示した通りの道を行くこと。
・取り敢えずの到着地に着いたら必ずこの街に戻ってくること。
・無茶はしないこと。
この3つを最低守れれば、リナンさんは旅に出してくれるとのこと。
どれも破ってしまっても気づかれないような内容ではあったが、どうしても心配なのだろう。
確かに、分からなくもないような感情だ。
しかし、あまりにも過保護すぎるような気もする。
「いいですか。この世界は危険なんです。本当は、旅になんか行って欲しくないです。だって、ナツメさんは狙われていますし、ルイはまだ子供。でも、この世界のことも知って貰いたいんです。その為には、危険に近づかないこと。危険さえなければこの世界は美しいです」
リナンはそこで一息つくと、また続けた。
「気を付けてくださいよ。私はあなた方の命運を心より祈っております」
「ルイナ・アルベラなの。ルイって呼んで、なの」
「ルイ、か。私のことは好きに呼んでくれていい」
「じゃあ、お姉さんって呼ぶの」
「え、私は?」
彼女らの一連のくだりを聞いていて、どうしても突っ込まざるには得なくなってしまった。
私は確か、ルイにお姉さん、と呼ばれていた。
じゃあ、どうやってルイは私とラリアンを区別するのだろう。
「お姉ちゃん、なの」
「えっ。いつの間に昇進?」
「ルイは、そう呼びたくなった時に呼ぶの」
「へえ」
難しい呼び名の区別だ。一律で決めてしまえばいいのに。
「そう言えばルイは、どうしてあだ名がルイなの?」
「えー?呼びにくいって言われたからなの。お兄ちゃんに」
「へえ、ダイスケさんに?」
「うん、なの」
確かに、ルイナ、という名前は少し呼びにくいし、野暮ったい。
それなら、ナをなくした方が呼びやすいかもしれない。
「ならばナツメは、どうしてナツメなんだ?ナツメ、と言うのは苗字なんだろう?」
「えーっ、ルイはお名前なんだと思ってたの」
「うーんとね。……特に理由はないよ」
聞かれた質問に、言葉を濁す。
「ラリアンは苗字無いの?」
「ああ、無いさ。貴族ではなかったからな」
「キゾク?それなあに、なの」
聞いたこともなかったのか、ルイが目を大きくしてラリアンに聞く。
キゾクを知らないのか、ルイは。いや、もしかすると……。
「ああ、そうだったな。この世界には身分差はあまり作らなかったのだったか。済まない、戯言と思って聞き流してくれ」
やはりそうか。
貴族はやはり、あの高貴な身分のことで、この世界にはそれは存在しないのだ。
身分差がない世界というのは、なんといい世界なのだろう。
「それより、ちょっと走らない?あそこに小さな泉が見えるじゃん。そこまで」
「あれか。いいぞ」
「ルイも走りたいの!」
2人の同意を得て、走る構えを取る。
「よーい、ドン!」
「はあ、はあ。……どうして、私、こんなに、体力ないの……?」
膝を抑えて中腰になりながら、息を整えようと試みる。
水分の方は綺麗な泉──ラリアンのお墨付き──のお陰でどうにかなったが、足りない体力の方はどうにもならない。
「そう言えば、ナツメはオドが少ないんじゃなかったか?」
「あ、ルイも、ナツメのお姉ちゃんのオドは少なく見えるの」
「そうらしいんだよね……」
と、途切れ途切れに、リナンに言われたことを彼女らに伝える。
「やはりな」
「え?オドが少ないことって関係あるの?」
「ああ。オドは生命力だからな。今のようにオドを消費するような行動を取ると、同時に生命力も減っていってしまう。まあ、要はオドが少ないと体力もない、ということになるな」
「マジかー」
これだと無闇に走る事も出来ない。せめてもう少しだけでもあったら良かったのに。
「確か、ナツメのその身体は、元々オドが少ない者の身体だったな。まあ、仕方ないさ。女神の人選が悪かったとしか言いようがない」
「女神?」
『はいー。呼びましたか?』
突然、脳内に女神の声が響く。
ラリアンの眉がピクリと動いたので、どうやら彼女にも聞こえているらしい。
ルイは……、水遊びをしているので、きっと聞こえていない。
「ねえ、女神。私達今、私のオドが少ないって話をしていたんだけど……」
『ああ、その事ですか。そうですね。あの者の体は確か、オドが少なかったのでしたね』
「あの者……?」
「女神っ、あんたこんな事のために、人1人を殺したっていうの!?人の命をなんだと思ってるのっ」
あまりの憤りに、口に任せて、見えない彼女に怒声を浴びせる。
──どうしてこんな事があり得よう。私なんかの命の為に人1人殺すだなんて……。
『人の命は有限で、尊ぶべき物だと私は思っています。ですが、あの者はどうせ近々死ぬ運命でした。それを形だけでも残したのですから、感謝こそされど、憎まれるような覚えは私にはありません』
「でもっ」
もう少し生きれたはずの彼女の思いは。
その子の人である事の人権はどうなったんだ。
女神のような存在に、命を簡単に操られていい筈がない。
『あなたも、あの者のお陰で今この世界にその姿で存在しているんです。死ぬ運命だったあの者の分も生きたらどうですか』
「……あんた嫌い。最低だよ」
『そうですかね?』
「しばらく話しかけないで」
『分かりました。善処しましょう』
その後、女神の声は聞こえなくなった。
「すまないな。ああいうやつで。止めてやれれば良かったのだが」
「ううん。いい。ラリアンのせいじゃないから」
悪いのは女神だ。
まさか、私をこの世界に来させる為だけに人1人の命を奪って、その身体に私の魂を移すなんて残酷な事、誰が思いつこう。
私は先程聞いた言葉が耳から離れず、ひたすら俯いていた。
「ナツメは、どうして旅に出ようと思ったんだ?魔法の上達なら、この街に止まったままでも出来るし、ルイの願いのためだとは一概には言えなさそうだ。なぜ、この街を出る必要があるんだ」
夜、ラリアンの作った小屋から少し出たところにある丘で、星空を眺めながら談笑していた。
因みにこの小屋は、ラリアンが1から作ったわけではなく、創世魔法というらしい、ラリアンにしか使えない魔法によって生み出された。
先程のことが頭から離れずにいたが、この星空を見ていたら忘れてしまえそうだった。
「……私はね、せっかく貰えたこの新しい人生を、いいものにしたい。前みたいに、後悔の残る人生にしたくない。出来るだけ頑張って生きて、ああ、生きててよかった、って最後に言って死ねるような人生にしたい。それだけ」
この答えは、ラリアンに言ったものじゃなかったかもしれない。
私に向かって、私自身を奮い立たせるために、覚悟を決めただけ。
それでも、ラリアンは納得したように頷いて、私が一番聞いて欲しくなかったことを口にする。
「ナツメは、前の人生で何があったんだ?」
口の前で人差し指を立て、片目を瞑る。
「……それは、女の秘密というものだよ──」




