第82小節
彼の曲、2曲を弾き終えた。
じぶんの思う通りに、ワンミスもなく弾けた。
1回目の演奏をお客さんたちは褒めてくれた。
わたしには反省点はあった。
それにもかかわらず誉めてくれたのは、無心で弾いたその良さはあったのだろうと受けとめていた。
2回目、3回目に関しては、あまりにクレアを意識しすぎて、お客さんには何も伝わらなかったんじゃないかと後ろめたい気持ちでいた。
そしてラスト、弾いていて、彼の曲がいままででいちばん深くこころに響いた。
愛おしさで、胸がいっぱいになった。
拍手が、遠くから聴こえる潮騒のように近づいてきて、そしてはじけるように一斉に聞こえはじめた。
わたしは立ちあがり、深々と礼をした。
顔をあげると、中央の通路の向こう、閉じられた扉のまえに、彼がいた。
彼が、うれしそうに拍手してくれていた。
わたしは涙があふれだして、顔を両手でおおった。
クレアが、肩を抱いてくれた。
しばらく拍手がつづくなか、わたしはずっと、泣いていた。
クレアが肩を、ポンポンと、軽く叩いた。
わたしはうなずくと、ようやく堰を切った感情がおさまって、ぎこちない笑顔をつくった。
拍手がやんで、司会者がラストの曲の紹介をはじめた。
クレアとわたしは、用意された連弾用の椅子に座った。
わたしはハンカチで、涙を拭いた。
紹介が終わり、ホールが静かになった。
クレアが、いい? と聞いた。
うん、とわたしは答えた。
連弾バージョン。
クレアがやわらかな魔法のタッチで最初の音を響かせた。
観客をとりこにする1音。
彼女を好きにさせるファースト・タッチ。
この曲のそれは、まるで教会の鐘のようだった。
何かを知らせる。
あるいは何かを、呼び覚ます。
それは、誰もに宿された光のような気がした。
鐘にみちびかれて、歓喜するように、メロディーたちがあとを追った。
そうか、その音は、祝福の鐘だったのか。
わたしの最初の1音は、学校のチャイムでしかなかったのだ。
連弾バージョンの最初のテーマのメロディーが終わって、ソロのクレアの部分に移った。
そこにあったのは、最初のメロディーとソロのクレアの部分がつながることによってはじめてあらわれてくる、彼からのメッセージだった。
クレアはこの曲が、わたしとの連弾のためにあるといった。
けどこの曲を何度も練習で弾いてゆくうちに、これはクレアと彼とのものだということがわかった。
ハーモニーは、彼。
寄り添い、調和をもたらす。
ピアノで彼はクレアの心を癒していた。
恐ろしいほどのエネルギーが、この連弾バージョンには込められていた。
ソロのクレアという曲のテーマがエールなら、連弾のこの曲のテーマはヒーリングだった。
誰かの魂を救うことができる音楽がある。
それを伝える、ピアノという楽器。
そのピアノを、わたしは畏敬の念を抱いて見つめていた。
この曲は、彼からわたしにバトンタッチされた。
わたしがクレアを癒す番、という理由ではない。
クレアがわたしにもちかけた理由は、そうではない。
もしそう思ってそうしたとしたら、クレアはむしろがっかりするんじゃないかと思う。
だからわたしはそうしない。
表立っては、だけど。
クレアはじぶんが受けたものを、くれた人にはくれたもの以上のものを返そうとしたり、またほかの誰かともそれをわけへだてなく分かち合おうとするコだ。
彼女はこの曲をそう弾いている。
彼からもらった癒しを、そしてそこから生まれた勇気を、観客と分かち合おうとしている。
もともとそうゆうコなのか、それともそれは一族の理念なのかわからない。
だけど、そうゆうことを自然とするコだ。
だからクレアが連弾を持ちかけた理由は、わたしへのエールなんだと思う。
ハーモニーをわたしが弾くことによって、ソロのクレアのメロディーにもっとも近づくかたちで、そうしてくれる。
彼女も、人に伝わるいちばんの方法をわかっている。
まあ将来、グループのトップの一員となるかもしれない彼女がわかってないわけはないんだけど。
血筋なのかな。
教育なのかな。
血筋があって、教育がされたのかな。
上に立つ人間はやはりわたしとは成り立ちがちがうようだ。
それでも、クレアはクレアだ。
わたしのライバルで、親友で、目標であることに変わりない。
わたしのソロのパートがきた。
どちらが譜めくりをするか、そのタイミングはふたりで打ち合わせしている。
そのために分けてくれた聴かせどころのパートだった。
クレアの最後の音にかぶせるように、わたしが入る。
ソロではできない、音のバトンタッチ。
そうしたほうが劇的でカッコイイとわたしが提案したら、クレアはそれにワォっといってのってくれた。
クレアの瞳が、譜面の音符を追っている。
おなじ音符を、わたしの瞳も追って弾いている。
わたしのパートが終わって、そしてクレアとわたしの音が、ダンスで手を取り合うようにして重なっていった。




