無心の逃走1
第三話 無心の逃走
「……っし、これで大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます。……申し訳ありません、お手を煩わせてしまって」
俺は不自然な揺れを生む車の中で、ティアフィールの腕に包帯を巻き終わった所だった。飛んできた銃弾の一つが当たったようで、小さいながらも銃創を作っていたのだ。蒼井家に備蓄されていた液状ナノマシンの染みた包帯を巻けば、すぐに治るとのことだった。
「……なんでこんなことになってんだよ」
僅かな軋みを上げるのみで、拳を入れた助手席の背もたれはびくともしない。
俺が原因。
そう思うと、複雑な負の感情が奥の方から沸き上がってくる。
シミ一つない真っ白な肌着に、血の滲んだガーゼと包帯が痛々しく目に映る。
そして、何より先程の人間達。突然のこととはいえ、やはりあれは死んでいるのだろうか……。しかし、口に出すのも憚られる。何故ならあの射手は、ティアフィールだったからだ。
だが、結局のところ、全ての原因は俺にあるのだろう。俺が知らなかったとか関与していなかったとかは関係ない。俺が、この現実味のない惨劇を引き起こしたことに変わりはない。
「……礼、様。あの───」
「礼様。使用人として逸脱したことをこれから言います。あんたは今、全ては自分の責任だ、とでも思ってるんだろ。───自惚れるな。身をわきまえろ。あんたは一騎様じゃぁない。蒼井の当主ならいざ知らず、たかだか一週間前に蒼生次期当主の席に就いた一般人が面倒を見れる余裕は限られている。二階堂やら鈴金やらを見すぎて麻痺しているかもしれないが、何のための使用人だと思っている。───もっと、我々を頼って下さい」
カタカタと揺れる車内。
呻くように伝えられた言葉に、俺は氷のハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
自惚れるな。
身をわきまえろ。
確かに、その通りだ。俺は何もかもを背負おうとしていた。環境が変わっただけで、俺は自分までが変わったような気になっていた。
「……それで、罰則は」
「は……? ……もしかして、口調と言うか発言自体のことを言ってるんですか?」
「勿論です」
「いや……、あるわけ無いですよ。むしろ、有難うございます……」
同時、長い溜息が静かな空間に響いた。俺はそれに苦笑し、肩の力を緩めた。
「これから、クリストフに行くんですよね?」
「はい、そうです。このまま246を進んで二十分程で着くと思います。……あ、ティアフィール。お前」
「……っ、そうでした」
すると使用人たちは何かを思い出したかのように声を上げ、揃って俺の方を向いた。
……居心地が悪くなる。
俺は目で何だとティアフィールに訴えると、ティアフィールは服のシワを伸ばして背筋を伸ばした。
「礼様。……その、一騎様に頂いた補助記憶装置《ESU》内の情報を閲覧していただけないでしょうか。……一騎様が、そう仰られたのです」
「じいさんが……? いいけど、なぜ?」
「わかりません。ただ、一騎様は私どもに車の中でそう伝えるようにと……」
酸っぱいものが込み上げてきて、脳裏に浮かんだ光景を無理矢理かき消しながら飲み下す。……今は、まだその時じゃない。
「わかった。ティアフィール、取り出すの手伝ってくれないか?」
「分かりました」
俺は足首を外気に晒すと、皮膚と同化している生体テープを取り外しにかかる。3分程かけて綺麗にテーピングを解いた後、埋め込まれていたESUを摘み上げた。
「何かリーダーを持ってるか?」
「はい、これをお使いください」
渡されたのは、micro USBの口のついた拡張リーダーと先程ティアフィールも使っていた耳にマウントするタイプのウェアラブル・デバイス。デバイスを耳にかけて、スリープ状態から立ちあげ、コードを引っ張って拡張リーダーへ接続する。
「……一体何が入ってるんだか」
短く息を吐いて、意を決した。ESUからUSBの口を突出させ、リーダーへと挿した。
『新しいデバイスマネージャーをインストールしています』
『新しいデバイスマネージャーのインストールが完了しました』
『このリムーバルディスクには複数のセキュリティがかけられています。解除しますか?』
是非のボタンが目の前の空間に現れる。
俺は一瞬ドキリとしながらも、次の瞬間にはイエスのボタンを脳波《BW》操作で押した。
同時、いくつものセキュリティ検査のプログラムが走り出す。個人情報を打ち込むものから指紋認証や脳波のパターン認証まで数分をかけて行われた。
「これで最後か……」
最終認証と銘打たれたセキュリティを通ると、『認証しました』と極めて簡易的な文字が帰った来た。
直後、自動再生機能か、勝手にフォルダーが展開され、一つのファイルが開かれた。ポップアップしたウィンドウの中身はテキストファイルらしく、簡素なフォントで文字が並んでいた。
『礼へ
このテキストファイルを今すぐにこのアドレスに遅れ。ティアフィールのデバイスに繋がっている。
Tiafeal/SkyGate/Aoi@ttt.plax.folten6.stsf.jp
Alterium : 12yd2ys9 int E』
「……は?」
「どうされました……?」
「いや……、取り敢えずこれで分かるか」
俺はある意味思考を放棄して、アドレスの記述をタップ、自動で立ち上がったメーラーを操作してファイルを送る。
「……え? え? 礼、様? なぜ私のアドレスを?」
「読めば分かる──。って言うか、ティアフィール、今デバイス何か付けてるのか?」
「え、えぇと、はい……」
するとティアフィールはちらりと俺と加賀の顔を伺い、一拍の間を開けてから口を開いた。
「……実は、半生体型の脳チップを入れています」
「脳チップだって!?」
Brain Machine Interface。いや、この場合はmachineではなくcomputerか。長らく電磁パルス解析と並行して行われてきた、ウェアラブル・デバイスの先端技術だ。
しかし、これには従来の無線通信や無線電力供給といった技術が人体に与える悪影響が大きすぎて難航していたはずだ。それを、解決したものなのだろうか……?
「安全面は保証されておりますので問題ありません。TELESA社と……ある教育機関が合同で開発しているものですので」
「TELESA社ってあのテレサだよな? 普通に、OS作ってる、というかほとんどのシェアを持ってる」
「はい、そうです。チップの名前は『After Brain』。OSは今、最新の『TimeTech 2』を使用しています」
「……、おい、もしかしてその教育機関って───」
「ミラシェスタ学院です」




