【08】ヒューゴ・アンドラ公子の誕生
アレクシス大公が亡くなって二十三日目。
シュール大公の即位から十二日が過ぎたこの日、サイサリス公国に粛清の報せが届いた。
オリバー大公は、公都に残るキール将軍を呼び寄せ、届いた書状を示した。
「シュール公子が大公となった。
その点では、我らが望んでいたとおりだ。
だが、ユーリ公子とレオネル将軍は処刑された。
二人を支持した有力な家臣二十名もだ」
「しかし、思い切ったことをされましたな。
ここまでするとは、想像できませんでした。
身内だからこそ、シュール大公は許せなかったのでしょうか」
「ふん。
臆病なだけだろう。
自身の人望のなさと向き合う勇気がなかったのだろう。
圧倒的にユーリ公子が支持されていたそうだ」
「オリバー大公が、お二人にお会いになったときの印象通りですか」
「まあ、そうだな。
しかし、シュール大公が、これほど家臣の支持を得られていないとは思わなかった。
そのうえ、弟だけでなく、父のアレクシス大公が重んじていたレオネル将軍まで処刑した。
これで、残った家臣たちの信頼を得られるとは思えん」
「おっしゃる通りです。
それに、書状には、レオネル将軍の娘を妾として迎えたとあります。
父を処刑した男に従わねばならぬとは、その胸中は計り知れません」
「そうだな。
大方、自分に従わなければ、他の重臣も処刑すると脅したのだろう。
そうでなければ、誰があのような男と婚姻したいものか」
「しかし、見方を変えれば、シュール大公は、アンドラ公国の双璧と呼ばれた二人の将軍の娘を、正妻と妾に迎えたことになります。
レギレウス将軍の娘との間には、すでに二人の息子がおります。
レオネル将軍の娘との間にも子が生まれれば、亡き将軍に仕えた者たちが、その子を支えるようになるかもしれません。
両将軍に従っていた者たちを、大公家のもとへ取り込む。
そこまで考えてのことであれば、なかなかの切れ者ではありませんか」
「おぬしは、シュール大公を知らぬから、そう思うのだ。
一度会えばわかる。
あの男が、そこまで考えているとは思えん。
大方、レオネル将軍の娘に懸想したのだろう。
両将軍の娘を迎えることで家臣たちをまとめ、公国を強くする。
そのために動いたのであれば、確かに脅威だ。
我が国にはシュール大公が継ぐ方が望ましいという判断も、見直さねばならぬ」
「それでも、娘を迎えてレオネル将軍の旧家臣たちを従わせるという方法には、理があります。
シュール大公ご自身にその意図がなくとも、結果として、ご自身の立場を固めることになるでしょう」
「そうだな。
レオネル将軍の娘を妻に迎えたことは、結果だけをみればそうなるだろう。
しかし、キールよ。
それは、考え過ぎだ」
「アデイラ公妃は、何とおっしゃっていましたか。
二人の兄のうち、長兄が次兄を処刑したのです。
その悲しみは計り知れません」
「そうだろうな。
アデイラにとっては、最も残酷な結果だ。
ただ、あれが嘆いているのは、兄を失ったことだけではあるまい。
ユーリ公子とレオネル将軍に加え、有力な家臣たちまで失われた。
アンドラ公国が弱くなったことの方が、あれには堪えているかもしれん。
嫁いだ後も、何よりアンドラ公国を大切にしておるようだ」
「そうですね。
ビアトリクス様に会いにいらっしゃることもありません」
「アデイラには、ビアトリクスの母親は務まらんよ。
奴のことは、好きにさせておけばよい」
「かしこまりました。
話を戻しますが、アンドラ公国はこの後、どのようになるのでしょう」
「しばらくは、国内を治めることに力を使うだろう。
周囲には、ルトニア王国、ティモール王朝、それに我が国がある。
今のところ、いずれとも戦っているわけではない。
外から攻められる心配が少ないからこそ、あれほどの粛清に踏み切れたのだろう。
だが、有能な家臣を失い、残った者たちも処分を恐れておる。
そこから他国へ攻め込む余裕があるとは思えん。
当面は、自国の守りを固めるだけだ。
我が国とも、良好な関係を築いていくだろう」
「かしこまりました」
「アーロンには、国葬に参列した後、帰国するよう伝えよ。
戻ったら、シュール大公や家臣たちの様子を聞かせてもらう。
ダレル団長にも、軍勢を率いて公都へ戻るよう伝えよ」
「承知いたしました」
翌、大陸統一歴三百一年。
アンドラ公国に、第三の公子、ヒューゴ・アンドラが生まれた。
母は、二十一歳になったレオネル将軍の娘だった。
彼女が我が子の誕生をどのような思いで迎えたのかは、定かではない。
その年、ヒューゴの母は、父の旧家臣たちに幼い息子を託して亡くなった。
その死因は公表されなかった。
残された願いは、父レオネル将軍がどのような人物だったかを、息子に伝えてほしいというものだった。
ゼイン戦記【外伝】ヒューゴ・アンドラ誕生するを、最後までお読みいただきありがとうございました。
アンドラ公国の後継者争いは、多くの命を奪い、残された人々の運命を変えました。
その翌年に生まれたヒューゴ・アンドラは、母から父の旧家臣たちへ託されました。
祖父レオネル将軍がどのような人物だったのか。
その願いを受け継いだ人々のもとで、ヒューゴがどのように育ったのか。
そのすべてがすぐに描かれるわけではありませんが、この出来事は、やがて本編での彼の立場や選択へとつながっていきます。
本編では、十六歳になったヒューゴが、アンドラ公国第三公子として登場します。
引き続き「ゼイン戦記」をお楽しみいただければ嬉しく思います。




