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私を悪役にするなら、もっと上手くやってください  作者: 九葉(くずは)


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2/15

第2話

 翌日の放課後、西校舎の渡り廊下には、教員と巡回の騎士が立っていた。

 私が頼んだ立ち会いだ。これなら余計な芝居もできないだろう。

 そう思ったのが甘かった。


「お姉様! こちらへいらして!」


 パウラは西階段ではなく、その手前にある小さな脇階段の踊り場にいた。昨日とは別の、薄桃色のドレスを着ている。

 これにも私が縫ったレースがついていた。見るだけで肩が凝る。


「お話なら、先生の前でどうぞ」

「二人きりではお話も聞いてくださらないのね」


 彼女が一段、後ろへ下がった。

 私は足を止める。階下では、殿下の取り巻きの令息たちが不自然に天井を見上げていた。

 教員のいる方へ顔を向けると、パウラが私の手首を掴んだ。


「お待ちになって! あっ、お姉様、押さないで!」

「まだ何もしていません!」


 わざと後ろへ傾けた身体が、ぐらりと揺れた。

 パウラの踵が段の縁を踏み外す。掴むつもりだった手すりは、彼女の指先より遠かった。

 その顔から、作り笑いが消えた。


「きゃっ!」


 私は咄嗟に手首を掴み返し、もう片方の手でドレスの肩口を掴んだ。

 左肩に痛みが走る。引き戻そうとしても、踏ん張った靴が滑った。


「動くな!」


 背後から伸びた腕が私の腰を支えた。もう一方の腕がパウラを抱え込み、踊り場へ引き戻す。

 私たちはまとめて床に座り込んだ。


 ロルフ卿だった。

 教員も駆けてくる。階下にいた令息たちは、口を開けたまま立ち尽くしていた。


「手ぇ離せるか」


 言われて初めて、パウラのドレスをまだ握っていると気づいた。

 指をほどくと、レースの縫い目が少し裂けていた。パウラはそれを見つめ、喉の奥でひくりと音を立てた。


「お姉様が、突き落とそうと……」

「私が引かなければ、そのまま落ちていたでしょうが!」


 声が廊下に響いた。

 パウラがびくりと肩を震わせる。私の左腕も震えていたので、右手で押さえた。


「階段から落ちるなら、角度を計算しなさい! その位置で後ろへ倒れたら、下の踊り場に頭からぶつかりますわよ!」

「ちょっと、足を滑らせるだけのつもりで……」


 言いかけて、パウラは口をつぐんだ。

 遅れて近づいてきた教員が、その言葉を書き留める。


「パウラ嬢。お話は医務室で伺います」

「違うの! 今のは!」

「俺も見た。姉の手を取って、自分で後ろに下がったな」


 ロルフ卿の声に、階下の令息が一人、逃げようとした。

 巡回の騎士が出口を塞ぐ。


「下で何を待っていたのか、君たちにも聞こう」


 パウラは泣き出した。けれど、今度は誰も私を責めなかった。

 教員に付き添われて歩いていく背中を見送り、私は床に落ちていたレースの切れ端を拾った。


「また、縫い直しだわ」

「直さねえんじゃなかったか?」

「そうでした」


 くしゃりと握り、手を開く。

 捨てる場所もなくて、私は結局それをポケットに入れた。


「立てるか」


 差し出された手に、右手を乗せる。

 ロルフ卿は私を立たせると、左肩へ目をやった。


「そっちも医務室だな」

「少し引っ張られただけです」

「なら、少し診てもらえば済む」


 言い返す前に、教員を呼び止められてしまった。


 医務室では肩を冷やされ、しばらく重いものを持たず、針仕事も控えるように言われた。重い帳簿も駄目なのかと尋ねたら、医師とロルフ卿に同時に睨まれた。

 何なのだ、二人とも。


 診察を終え、廊下へ出ると、ロルフ卿が窓際に立っていた。


「お仕事は?」

「部下に指示は出した。お前に話がある」


 差し出されたのは、油紙に包まれたアップルパイだった。


「これは?」

「裏門の露店で買った。昨日、昼飯を食い損ねてたろ」

「今日は食べましたわ」

「じゃあ俺の勘違いだ。食えるなら食え」


 返そうと持ち上げた時、バターと煮たリンゴの匂いがした。

 昼食は食べた。パンを半分だけ。

 私は受け取ったまま、油紙の端を折った。


「代金は後ほど」

「はいはい」


 窓から差す光が、彼の手の甲を照らした。赤い擦り傷ができている。


「それ、さっきの階段で?」

「かすっただけだ」

「少し診てもらえば済むのではなくて?」


 私が医務室を指すと、ロルフ卿は眉を上げ、それから笑った。


「そいつは一本取られた」


 手当に入る前に、彼は声を落とした。


「話ってのは、殿下から近衛に来た捜索要請だ。明日の朝、お前のロッカーを調べろとよ。学園に貸し出された王家の羅針盤が盗まれたらしい」


 パイを持つ手が止まった。


「なぜ、私のロッカーを?」

「そこまで場所を指定できるのが、俺も引っかかる。担当を部下に任せず、俺が立ち会う」


 私は窓の外を見た。

 つい先ほどまで、裂けたレース一枚で済んだことにほっとしていたのに。


「医師に、手当を急いでいただきましょう」

「何でだ」

「卿にも聞いていただきたいことがあります。私のロッカー、先週から壊れていますの」

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