第13話
「王宮へ戻っていただきたいのです。以前と同じように、来賓の手配を取りまとめていただければ」
宮内尚書の言葉に、私は首を振った。
「以前と同じ条件では、お断りします」
「もちろん、報酬はお支払いします!」
「以前も、支払うというお話でしたわ」
尚書が口をつぐんだ。
私は茶器を彼の前へ置き、自分の椅子へ戻った。ロルフは壁際に座り、黙って話を聞いている。
「引き継ぎ帳は読まれましたか?」
「はい。通常の手配は、あれで進められました。ただ、殿下が独断で出した招待状に、違う宿泊先や待遇が記されていまして。双方に約束してしまった部屋もあり……」
私は目を閉じた。
あの方は、外国の使節にまで二枚舌を使っていたのか。
「あと二週間です」
尚書は両手を膝に置き、深く頭を下げた。
「最初に異なる請求書をお持ちくださった時、私が調べるべきでした。王子殿下のご指示だからと、お帰ししてしまった。その責任も問われております」
私が何も言わずにいると、彼は顔を上げた。
「式典が終われば、私は職を退きます。その前に、招待した方々へ迷惑をかけずに済ませたいのです」
謝罪だけで、今までの夜更かしが帳消しになるわけではなかった。
けれど、困るのが殿下たちだけでないことも知っている。
私は紙を一枚引き寄せた。
「現場の責任者は、そちらで置いてください。私が受けるのは、来賓名簿と宿泊・食事の手配の照合、矛盾した招待内容の修正案作りまでです」
「はい」
「期間は建国祭の当日まで。夜間の呼び出しはお断りします。報酬は半額を前払い、残りは業務終了時に。私個人の口座へ」
尚書はうなずき、提示した額も含めて書き留めた。
金貨二十枚。引き継ぎ帳の作成や事前の調査に費やした時間も考えれば、遠慮する必要はない。
「この条件を法務官が確認し、契約が結ばれてから着手します」
「承知いたしました」
尚書が帰った後、ロルフが茶を飲み干した。
「今度は、ずいぶん薄い台本だな」
「読み飛ばしたら、契約を打ち切りますから」
「怖えな」
全然怖がっていない顔で、彼は笑った。
翌日、私は王宮の法廷で、判決の言い渡しを聞いた。
ロルフは傍聴席の私の隣にいる。裁判官が判決文を広げると、私は膝の上で指を握った。
宝物を私のロッカーへ入れた従者の証言。殿下の指示を書いた手紙。パウラが侍女に買わせた赤いシロップ。金細工師の納品帳と、宝飾品の代金を式典の装飾費に書き換えさせた、パウラの署名入りの指示書。
父と継母が受け取った金も、口座と領収書で確かめられていた。
私が集めてきた控えは、その一部として机に並んでいた。
「フーベルト。王籍からの除外、および王位継承権の剥奪は、陛下の裁可により確定した」
殿下だった男は、顔を上げた。
「待ってくれ。継承権までとは聞いていない!」
裁判官は読み続けた。
虚偽の告発、王室財産の不正使用、式典費用の横領、そして私へ剣を抜いた件。
十年間の労役。私有財産は被害弁済に充て、刑を終えても王都への居住は認めない。
「十年……?」
フーベルトが椅子から立ちかけ、両脇の衛兵に座らされた。
「北の離宮ではないのか? 謹慎の間、読書でもしていればよいと、父上は」
「そのような決定は出ていない」
「俺に労役などできるわけがない!」
誰も返事をしなかった。
パウラには、虚偽告発への加担と横領金を使った買い物への関与で、八年間の労役が言い渡された。宝飾品もドレスも没収され、売却代金は返還に充てられる。
彼女は自分の首元を押さえた。いつも揺れていた宝石は、もうない。
「私のドレスもですか? あれは殿下からの贈り物ですわ!」
「他人の金で買ったものだ。贈られたからといって、返さなくてよいことにはならない」
パウラはフーベルトを見た。
「知らなかったと、証言してくださればよかったのに!」
「お前があれもこれも欲しがったからだ!」
「王子妃になれると言ったのは、あなたでしょう!」
衛兵が二人を黙らせた。
ついにパウラが傍聴席の私を見つけ、身を乗り出す。
「お姉様! 嘘だと仰って! いつもみたいに、私の失敗を直してよ!」
私は膝の上で手を重ねたまま、答えなかった。
これを聞くために来たのだ。自分が傷つけられたことを、なかったことにされずに済む場所へ。
父は爵位を剥奪され、五年の労役。継母も架空の請求書を作らせた件などで四年。屋敷を含む財産の処分も決まった。
父がこちらを向き、口を開いた。
「アグネス、お前まで他人の顔をするのか」
私は目を逸らさなかった。
家を出る書面に署名した時、父は私の顔を見なかった。そのことを、今さら教えて差し上げる気はなかった。
一週間後、母の形見の受け取りと最後の面会のため、私は法務官と監獄を訪れた。
王宮の離れから移されたフーベルトは、すでに作業を始めていた。
案内された通路から、洗濯場へ水を運ぶ姿が見えた。桶を持つ手が震え、こぼした水で靴が濡れる。
「おい、誰か持て! 重いんだ!」
近くの作業員は、自分の桶を持って通り過ぎた。
監督役が空いた台を指す。
「一度に持てなければ、量を減らして往復しろ」
「俺に何度歩けと言うんだ!」
「終わるまでだ」
彼は桶を置いた。
赤く擦れた手のひらを見つめ、肩で息をする。そこで私に気づいた。
「アグネス!」
柵のところまで駆け寄り、両手で鉄棒を掴んだ。
「来てくれたのか! 父上に言ってくれ。こんな扱いは間違いだと! 食事は冷たいし、着替えも誰も用意しない。昨日は、自分で寝台まで整えさせられた!」
私は彼の手を見た。
誰かが代わりにやっていた時には、何も感じなかった仕事なのだろう。
「私に、何をしてほしいのですか」
「証言を変えるんだ! 気が動転していた、俺に脅されたわけではないと。お前の言葉なら、父上だって」
「嘘をつけということですか」
フーベルトは口を閉じ、すぐに首を振った。
「やり直そう、アグネス。今度は大切にする。パウラとは縁を切る! お前が望むなら、あいつを一生下働きにしても」
「あなたに、誰かの処遇を決める権限はありませんわ」
彼の指が鉄棒の上を滑った。
「お前は、俺の婚約者だろう」
「ご自分で破棄なさいました。皆様の前で」
フーベルトの顔が歪んだ。
そこで初めて、私は彼が泣くところを見た。
「頼む。ここから出してくれ。十年なんて、俺には耐えられない……!」
私は一歩、柵から離れた。
「後悔するなら、もっと早く頭を使いなさい」
呼び止める声は、通路を曲がっても聞こえた。
振り返らなかった。
女子棟の面会室では、パウラが机の前に座っていた。
指には針でついた小さな傷がいくつもあり、膝には縫い直しを命じられた作業着が置かれている。
「こんなの、縫えないわ」
私の顔を見るなり、彼女はそれを押し出した。
「ほどけるからって、またやり直しなの。お姉様なら、すぐでしょう? これだけやってくださらない?」
私は手を伸ばさなかった。
パウラは作業着をもう少し前へ押す。
「こんな指になったら、綺麗な刺繍なんてできなくなるわ」
「私の指をご覧になったことは?」
彼女の目が、机の上の私の手へ落ちる。
針仕事の痕は、今も消えていない。
「あなたのドレスを直した翌朝も、こうでしたわ。インクで汚した、あの日の朝も」
パウラは唇を噛んだ。
「だって、私は下手なのだもの」
「最初から上手な人ばかりではありません。教えていただけるうちに覚えなさい」
「そんなことを聞きたいんじゃない!」
作業着が床に落ちた。
監督役が拾うよう命じる。パウラは私を見たが、私は動かなかった。
長い沈黙の後、彼女は自分で椅子を下り、床から拾った。
「ねえ。いつ、迎えに来てくださるの」
声が小さくなった。
「八年も経ったら、誰も私を待っていないわ。友達に手紙を書いたのに、返事も来ないの。お母様まで別の施設へ行ってしまうのよ」
私は法務官から、小さな箱を受け取った。
父の屋敷から回収された、母のブローチだった。幼い私が泣いて取り返そうとした品が、ようやく手元へ戻ってきた。
「今日は、これを受け取りに来ました。それから、あなた方を助けるよう求める手紙は、今後受け取らないと伝えに」
パウラが椅子から立った。
「お姉様! 私たち、家族でしょう!?」
私は箱の蓋を閉じた。
「私が困っていた時にも、そう言ってほしかったわ」
扉に手をかける。
背後でパウラが泣き出した。いつもの、誰かが止めてくれるのを待つ泣き方だった。
けれど、私が廊下へ出た後も、その声はやまなかった。
門の外では、ロルフが待っていた。
何も聞かずに手を差し出してくれる。
私はその手を取り、母のブローチの箱を、もう片方の手で抱えた。
「帰りましょう」
「おう」
歩き始めてから、私は彼を見上げた。
「今日は、甘いものが食べたいです」
「アップルパイか」
「ええ。一人で一つ」
ロルフは笑って、店のある通りへ曲がった。




