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私を悪役にするなら、もっと上手くやってください  作者: 九葉(くずは)


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第12話

 医師が帰った後も、ロルフは部屋に残っていた。

 大家が運んできた水差しを置き、飲めるかと尋ねる。私は支えてもらい、少しずつ水を飲んだ。


「お仕事は」

「明日は午後からだ。朝の連絡は大家に頼んだ」

「そんなに、私に構わなくても」

「俺が気になって眠れねえ。諦めろ」


 掛け布団を直す手を、私は目で追った。

 思い出すのは、幼い頃に熱を出した日のことだった。字の練習が遅れると言われて、寝台の上へ板を置き、震える手でペンを持った。

 今日は、何もできていない。


「私、役に立っておりません」


 ロルフがこちらを見た。


「ここへ来てから、食事をいただいて、助けていただいてばかりです。今日はとうとう、お仕事の邪魔まで」

「邪魔だなんて言ってねえだろ」

「でも、私から仕事や刺繍を取ったら、何も残りません。口うるさくて、可愛げもなくて」


 熱のせいか、声がうまく抑えられなかった。


「完璧じゃない私に、何の価値があるのですか」


 ロルフは水差しを置いた。

 すぐには答えず、私の乱れた前髪を指で分ける。


「階段で、俺の手の傷を見つけただろ」

「卿は、ご自分のことを放っておかれるから」

「昨日はスープを飲んで、二杯目をよそった。塩が濃いって顔をしながらな」

「そこまで見ていらしたの!?」


 少し声が出た。

 ロルフは口元を緩める。


「お前と飯を食うのが好きなんだよ。小言を言われるのも、まあ、嫌いじゃねえ」


 私は毛布を握った。


「ハンカチを直してくれたのは嬉しかった。でも、何も縫えなくなったからって、隣の部屋を引き払う気にはならねえよ」

「どうして」


 彼はひと息ついて、私を見た。


「お前が好きだからだ、アグネス」


 その名前の呼び方が、妙に近かった。

 胸がいっぱいになって、言葉が出ない。目元だけが熱くなる。


「今、返事しようとすんな。明日、覚えてたら困れ」

「もう、困っています」

「そいつは悪かった」


 悪かったと思っている顔ではなかった。

 私が泣きながら睨むと、彼は困ったように笑い、頬へ布を当てた。


 翌朝、熱は少し下がっていた。

 まだ頭は重かったが、昨夜のことは恐ろしくよく覚えていた。

 ベッドのそばでは、ロルフが椅子に座って眠っている。長い脚を窮屈そうに折り、私の手を握ったまま。

 私は指を動かした。

 彼が目を開ける。


「水か?」

「違います」

「じゃあ、何だ」


 寝起きの低い声を聞いただけで、顔が熱くなった。


「昨夜のお話を、熱に浮かされた私の聞き違いになさらないでくださいね」


 ロルフの眠そうな目が、はっきり開いた。


「しねえよ」

「そうですか」


 私は布団を口元まで引き上げた。

 そのまま黙ってしまいたかったが、彼はまだ私の手を握っている。


「私も、あなたが来ると嬉しいのです」


 言ってしまった。

 逃げる場所は布団の中しかない。


「昨日も、隣にいてくださると思ったら安心しました。だから、その……困った時だけ頼って、肝心なことはあなたにばかり言わせるのは、不公平だと思いまして」


 握られていた手が、ほんの少し強く包まれた。

 顔を上げると、ロルフは嬉しそうに笑っていた。

 あまりにまっすぐな笑い方で、私は先に目を逸らした。


「口説いてもいいってことか」

「今さら許可を取るのですか!」

「一応な」


 私は、布団の陰でうなずいた。


 身体が戻るまで、数日は針を休めた。

 ロルフは仕事の前後に顔を出し、大家も食事を運んでくれた。元気になってから二人にお礼をすると、大家は、次に私が寝込んだらよろしくね、と笑った。

 それなら、できる。


 それから六週間、私は職人街の暮らしを少しずつ覚えた。

 刺繍の見本は無事に乾き、手芸店から最初の注文が来た。受け取った代金で、大家には焼き菓子を、ロルフには市場の肉を買った。

 本人の前で肉の包みを掲げると、彼は求婚でもされたような顔をした。


「そんなにお好きでしたの?」

「お前が稼いだ金だろ。いいのか」

「私が、あなたと食べたいのです」


 それで彼は黙り、耳だけ赤くなった。


 休日には二人で市場へ出かけた。

 人混みではぐれそうになった時、私から手を取ったら、彼は帰り道まで離さなかった。翌週は、混んでいない道でも同じように手を差し出してきた。

 理由を尋ねるのは、やめておいた。


 王宮からは、何度か証言の確認が来た。

 調査が終わり、殿下たちへの判決が出るという知らせが届いた日の午後、今度は宮内尚書が訪ねてきた。

 目の下に濃い隈を作り、私の前で頭を下げる。


「アグネス様。建国祭の来賓接遇について、どうかお力をお貸しください」


 私は手元の針を針山へ戻した。

 以前なら、用件の続きも聞かずに立ち上がっていただろう。

 今は、仕上げを待っているお客様のハンカチが、机に三枚ある。


「まず、何を、いつまでに、いくらで頼みたいのか伺いましょう」

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