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第4話 就職面接は逃走中に

「こちらはご家族ですか」


中央収容院の受付官に訊かれ、リズとカイは同時に答えた。


「違います」


声が揃った。


受付官の眉が上がる。


ノアの仮台帳が焼却されるまで、あと六時間五十一分。


カイが通報を保留できる時間は、あと四十三分。


家族ではない二人が、収容された少年を連れ出すために使える時間ではなかった。


「では、対象者とのご関係を」


「従姉です」


リズが答えた。


「義兄です」


カイも答えた。


受付官は二人の顔を交互に見た。


「先ほど、お二人ともご家族ではないと」


「血縁上は遠縁です」


「婚姻上の姻族です」


再び、声が重なった。


今度は内容が一致しなかった。


受付官は静かに新しい用紙を取り出した。


表題には、《虚偽申告の可能性がある来訪者》と書かれている。


「お待ちください」


カイが言った。


「では、順番に説明します」


「時間がありません」


リズは受付台の時計を見た。


「あなたが別々の説明を始めたためです」


「リズ・ノル戸籍官が先に虚偽を」


「カイ監査官も義兄ではありません」


「あなたの従弟でもない」


「従姉です」


「訂正の問題ではありません」


受付官は用紙へ二人の発言を一言ずつ書き留めている。


このままでは、ノアより先にリズたちの事情聴取が始まる。


「親族ではありません」


リズは認めた。


受付官の筆が止まった。


「では、なぜ虚偽の関係を?」


「家族以外は面会できないと思ったためです」


「面会だけでしたら、保証人候補も可能です」


受付官は壁に貼られた案内を指した。


《家族、雇用主、認可職人、教会保護者、その他保証人候補は面会可》。


四番目の文字だけ、紙が剥がれて折れていた。


リズの位置からは、《その他》の部分が見えていなかった。


「案内が破損しています」


「昨日、貼り直しの申請を出しました」


「いつ直りますか」


「標準処理期間は十日です」


ノアの記録は、翌朝に焼かれる。


案内の紙は、十日後に直る。


受付官は何の矛盾も感じていない様子だった。


「保証人候補として申請します」


リズは言った。


「保証の種類は?」


「認可職人の徒弟です」


受付官の視線が、初めてリズの後方へ動いた。


そこに職人はいない。


いるのは、偽造を認めた戸籍官と、その偽造を一時間だけ報告していない監査官だけだった。


「認可職人ご本人は?」


「これから会います」


「徒弟として採用済みですか」


「これから採用されます」


「対象者に技能は?」


リズは答えられなかった。


ノアが書庫の本を大事にしていることは知っている。


サラのために働いていたことも。


だが、どんな仕事ができるのかまでは訊いていない。


リズはまた、本人のことを知らないまま所属先だけを決めようとしていた。


「本人に確認します」


「確認前なのですね」


受付官は《採用見込み・未確認》へ印をつけた。


「認可職人の徒弟候補であれば、外部技能審査のため一時移送が可能です。ただし認可職人の事業所まで、収容官一名の同行が必要です」


「それで構いません」


「帰院期限は翌朝第一鐘の十五分前です」


「採用が成立すれば戻す必要はありません」


「成立しなければ戻していただきます」


受付官は淡々と言った。


リズは返事をしなかった。


成立させる。


それ以外の結果を考える時間はなかった。


鉄扉が開き、収容官に連れられたノアが現れた。


昨夜と同じ布袋を抱えている。中には書庫から持ち出した本が詰まっていた。


「ノア」


リズが呼ぶと、少年は立ち止まった。


「奥様は?」


「安全な場所にいます」


それを聞いたノアの表情が緩んだ。


自分の仮台帳が焼かれようとしていることより、先にサラの安否を尋ねた。


「これから、あなたの就職面接へ行きます」


リズが告げる。


「就職?」


「認可仕立職人の徒弟になれば、職能限定の仮登録が作れます」


ノアはリズを見た。


次に、カイ。


最後に、収容官。


「断ったら、どうなりますか」


リズは言葉を止めた。


戸籍官としてなら答えられる。


収容院へ戻る。


翌朝、仮台帳が焼かれる。


医療も配給も防護も受けられなくなる。


だから、断るはずがない。


断る余地などない。


そう結論を出すのは簡単だった。


カイが先に口を開いた。


「断ることはできます」


「カイ監査官」


「本人へ選択肢を説明せず、同意だけ取るつもりですか」


「説明すれば何か変わりますか」


「彼が自分で決めたという事実が残ります」


ノアは二人の間を見ていた。


カイは少年へ向き直る。


「断れば、今夜は収容院へ戻ります。明朝までに別の所属が見つからなければ、仮登録は焼却されます」


収容官が咳払いをした。


「不安を煽る説明はお控えください」


「事実です」


「事実でも、表現には配慮が」


「焼却を整理と呼び直せば、結果が変わりますか」


受付官と収容官が同時に黙った。


ノアは布袋を抱き直した。


「その職人は、僕を知っているんですか」


「いいえ」


リズは答えた。


「何ができるか見て、本人が採用を決めます」


「採用されたら?」


「その店と、仕事に関係する物だけがあなたを認識します。賃金も受け取れます」


「奥様の家族には戻れない?」


「戻れません」


「町の病院には?」


リズは答えに詰まった。


職能限定仮登録は、人間一人を市民にする制度ではない。


その仕事をする間だけ、必要な権利を細く開く仕組みだ。


「通常の医療登録には反映されません」


ノアは頷いた。


それがどれほど不完全な救済なのか、理解しているようだった。


「でも、明日も名前は残るんですね」


「職人が採用すれば」


「なら、行きます」


リズが決める前に、ノアは自分で答えた。


カイは何も言わなかった。


ただ、監査服の袖口から時計を出した。


「保全期限まで、あと三十六分です」



中央収容院の馬車は、夜間の王都を走った。


御者席には収容官。


客室にはノア、リズ、カイ。


扉には外側から鍵がかけられている。


リズたちは囚人ではない。


ただし、自由に降りることもできなかった。


馬車が曲がるたび、ノアの布袋から本の角が覗く。


「字は読めますか」


リズは尋ねた。


「少しなら」


「書くことは?」


ノアは首を振った。


「名前も?」


「奥様に教わり始めたけど、まだ」


徒弟契約には本人の署名が要る。


書けない者は、職能ごとに定められた《本人の印》で代用できるが、その場で作らなければならない。


仕立職人なら、一本の糸で自分だけの結び目を作る。


リズはノアの指を見る。


細い。


爪の脇には紙の埃が詰まっていたが、針仕事をしている手には見えなかった。


「仕立ての経験は?」


「ありません」


「糸を結んだことは」


「荷物なら」


「布は?」


「破れた服を縫ったくらいです」


採用の可能性が一つずつ減っていく。


「モナ・ベルは慈善で弟子を取りません」


リズは言った。


「できないことを、できるとは言わないでください」


「分かりました」


「分からないことも、分かったと言わないで」


「分かり――」


ノアは途中で止めた。


「今のは、まだ分かっていません」


カイが窓の外を見たまま言った。


「適性はありそうですね」


「何のですか」


「ノル戸籍官との会話です」


馬車が止まった。


窓の向こうに、白い花で飾られた五階建ての店がある。


夜中だというのに、正面の魔法灯は明るい。


看板には金文字で、《モナ・ベル婚礼商会――始まりを、何度でも》と書かれていた。


入口の鈴が鳴る。


『ご結婚ですか?』


「徒弟希望です」


リズが答える。


鈴は少し沈黙した。


『おめでとうございます』


何を言われても祝うように作られているらしい。


店内には、白いドレスが何十着も並んでいた。


花嫁のいない夜には、人の形をした白い影に見える。


階段の上から、女が一人降りてきた。


黒い喪服。


白い婚礼帽。


黒と白を半分ずつ選び、どちらにも謝るつもりがない装いだった。


「夜中に監査官と収容官を連れてくるなんて」


女は言った。


「ずいぶん景気の悪い結婚相談ね」


「モナ・ベルさん」


「無料の相談なら、店はもう閉めたわ」


「認可仕立職人として、徒弟を一人採用してください」


「無料の頼みなら、もっと前に閉めたわ」


モナの視線がノアへ移る。


頭から靴まで、一度で見た。


次にリズ。


最後にカイの監査服。


「期限は?」


「三十四分です」


カイが答えた。


「この人、正直で嫌ね」


「褒め言葉として記録します」


「それも嫌」


モナは踵を返した。


「二階へ。面接をします」


収容官が手を上げる。


「対象者から離れることは認められません」


「では、一緒にどうぞ。ただし二階は試着室よ。靴を脱いで」


「職務中です」


「床は絹張りです」


「規定では」


「床を傷つけた場合、王都婚礼商法に基づいて監査局へ請求します」


収容官は靴を脱いだ。


カイも脱いだ。


リズも続く。


ノアだけは最初から靴を履いていなかった。



「礼儀作法は?」


モナは追手が来るかもしれない夜とは思えない調子で、面接を始めた。


長机の向こうにモナ。


手前にノア。


リズとカイは立会人として左右に座る。


収容官は扉の前で、脱いだ靴を抱えていた。


「少しだけです」


ノアが答える。


「少し、は答えにならないわ。公爵夫人へ朝の挨拶をするなら?」


ノアは立ち上がり、右足を半歩引いた。


頭を下げる。


深すぎず、浅すぎない。


「おはようございます。昨夜はお休みになれましたか」


「花嫁が式の直前に逃げたいと言ったら?」


「裏口を教えます」


収容官が顔を上げた。


カイもノアを見る。


モナだけが表情を変えなかった。


「店主としては?」


「代金を払ってもらってから教えます」


モナは机へ一本線を引いた。


合格なのか不合格なのか、リズには分からない。


「糸は結べる?」


モナが赤い糸を投げる。


ノアは受け取り、荷造り用の固い結び目を作った。


「これは船荷の結び方ね」


「ほどけないです」


「花嫁の背中を二度と開かなくする気?」


ノアは糸をほどこうとした。


固すぎて動かない。


モナは二本目の線を引く。


「希望賃金は?」


ノアは黙った。


「遠慮は美徳ではないわ。自分の値段を他人へ決めさせる癖になる」


「食事と、寝る場所があれば」


「それは賃金ではなく、家畜の飼料と厩舎よ」


ノアの顔が強張る。


モナは容赦しなかった。


「月にいくら欲しいの?」


「分かりません」


「では、王都のパン一個はいくら?」


「分かりません」


「針一本は?」


「分かりません」


「自分が一日働いたら、何が買えるべきだと思う?」


ノアは考えた。


リズは時計を見た。


あと二十三分。


階下で入口の鈴が鳴った。


『ご結婚ですか?』


男の声が返る。


「王宮監査局だ。カイ監査官を捜している」


カイの保全期限には、まだ時間がある。


だが監査局は、彼が閉庁後に証拠を持って王宮を出たことへ気づいたらしい。


収容官が靴を抱えたまま立ち上がる。


「私は何も聞いておりません」


「まだ誰も説明していません」


カイが言った。


階下で複数の足音が広がった。


店員たちが、驚くほど自然な声で応対している。


「監査官様、花嫁用ですか、花婿用ですか」


「人を捜している」


「でしたら再婚相談は三階です」


「カイという男だ」


「ご予算は?」


モナは面接を続けた。


「何が買えるべき?」


ノアは階段の音を聞きながら答えた。


「自分で選んだ本を、一冊」


モナが三本目の線を引く。


「それから?」


「次の日に食べるパン」


「それから?」


ノアは少し考えた。


「糸と針。借りたものを返すために」


モナは初めて、わずかに頷いた。


「文字は?」


「読めます。書けません」


「名前も?」


「まだ」


「では、契約書には署名できない」


階段を上る足音が近づく。


リズは腰の訂正紐へ手を伸ばした。


偽造するなら、一分もかからない。


ノアの筆跡など存在しない。


存在しないなら、誰にも偽物とは見抜けない。


「書きます」


リズが言った。


カイが即座に遮った。


「本人の署名ではありません」


「徒弟の本人印は結び目で代用できます」


「彼は仕立職人の結び方を知りません」


「今、教えれば」


「教えられた形を再現するだけでは、本人の印にならない」


「では、どうしろと」


「本人に作らせます」


足音が試着室の前で止まった。


店員が扉の外から声をかける。


「奥様。監査局の方が、室内を確認したいと」


「花嫁が着替え中だと言いなさい」


モナが答えた。


「何名でしょう」


「今夜は全員花嫁よ」


カイが何か言いかけ、やめた。


扉の外で監査官たちが困惑している。


モナはノアの前へ、白いウェディングベールを置いた。


「最後の質問。これを商品として出せる?」


ノアはベールを広げた。


繊細な刺繍。


銀糸の花。


端には真珠。


リズには、どこにも問題がないように見えた。


ノアは一箇所へ指を置いた。


「ここが引きつれています」


モナの目が細くなる。


「直せる?」


「針を貸してください」


「使ったことは?」


「服の穴を塞いだだけです」


「これは王侯貴族向けのベールよ」


「でも、糸は同じです」


ノアは細い針を受け取った。


引きつれた部分を裏返す。


銀糸を切らない。


縫い足さない。


周囲の糸を一本ずつ緩め、張りの偏りを逃がしていく。


布袋の紐を結んでいた時と、同じ指だった。


破れたものを目立たなく塞ぐのではない。


どこで無理に引かれているかを見つけ、その力を周囲へ分けている。


最後に、余った糸で小さな結び目を作った。


リズが見たことのない形だった。


二つの輪が重なり、一方を引けば締まり、もう一方を引けばほどける。


「これは?」


モナが尋ねる。


「奥様のドレスを直す時に使っていました」


「誰に教わったの?」


「誰にも。逃げる時、すぐ脱げるように」


部屋の中が静かになった。


サラの服を縫いながら、ノアは彼女が逃げる日のための結び方を考えていた。


リズが夫を他人に変えるより前から。


誰に命じられるでもなく。


自分の手で。


モナはベールを表へ返した。


引きつれは消えている。


銀糸の花が、最初からそこに咲いていたように広がった。


「採用します」


モナは言った。


扉が外から叩かれた。


「監査局です。開けてください」


「契約を先に」


モナは机の引き出しから徒弟契約書を出した。


認可職人の印章を押す。


文書。


印章。


残るのは、社会的証人と本人の印。


「立会人」


モナが言った。


リズとカイが契約書の両側へ署名する。


ノアは赤い糸を取った。


先ほどの結び目を、もう一度作る。


同じ形だった。


だが、今度は逃げるためではない。


自分がここで働くと示すための結び目だった。


糸を契約書の穴へ通す。


最後の輪が締まった。


机の上に置かれた職能台帳が光を放つ。


《認可職人モナ・ベル》


《徒弟候補・ノア》


《本人印を確認》


《社会的証人二名を確認》


《職能限定仮登録を受理します》


店内の祝福魔法が、階下から明るく響いた。


『おめでとうございます』


扉の外にいた監査官たちまで、一瞬黙った。


台帳に文字が続く。


《事業所への立入りを許可》


《仕立道具の使用を許可》


《徒弟賃金の受領を許可》


店の奥にあった道具棚が開いた。


今までノアを人として数えていなかった賃金箱に、少年の名を刻む小さな枠が現れた。


ベールを運ぶ浮遊台が、初めてノアを避けて通った。


少年は、自分を避けた道具を見て目を見開いた。


それは王国が初めて、彼をそこにいる人間として扱った動きだった。


だが、表示はさらに続いた。


《出生記録・未確認》


《家族資格・なし》


《市民権・なし》


《一般医療資格・なし》


《住居資格・事業所内に限定》


《都市門通行・許可なし》


救われたのは、すべてではない。


モナの店。


賃金。


仕事道具。


眠る場所。


ノアの世界は、ひとまずこの建物の壁の内側だけに作られた。


それでも、翌朝になれば焼かれるはずだった名前は残った。


職能台帳の下で、紙を吸い込む音がした。


徒弟契約の副本が一枚、自動的に作られる。


通常なら王都市民台帳庫へ送られるはずだった。


しかし副本の端へ、七つの小さな穴が浮かんだ。


ノアの失効した家族資格が、遡及訂正と結びついているためだ。


黒い帯が紙を包む。


宛先欄には何も書かれていない。


床板の下で、見えない投函口が開いた。


副本は、王宮のある方角へ伸びる地下管へ吸い込まれていった。


リズが床を見た時には、すでに音は消えていた。


扉が開く。


監査局員が三人、室内へ入ってきた。


先頭の男がカイを見つける。


「カイ監査官。証拠保全命令について確認を」


カイは時計を出した。


残り、一分十二秒。


「期限内です」


「なぜ婚礼店に?」


「証拠から派生した被害の保全です」


「その説明を局で」


「承知しました」


カイは逃げなかった。


黒い報告封筒を取り出し、その場で監査局員へ渡した。


「リズ・ノル戸籍官による婚姻原本偽造五件。加えて、私が報告を一時間遅らせた事実を記載しています」


監査局員がリズを見る。


ノアが一歩前へ出ようとした。


モナが白いベールを少年の頭から被せた。


「採寸中よ」


「彼は事件関係者ですか」


「今夜から、うちの徒弟です」


「その女性は?」


監査局員がリズを指す。


モナは微笑んだ。


「無料の質問は一つまで」


「もう尋ねましたか」


「ええ。あなたは今、二つ目を使ったわ」


監査局員は言葉を失った。


カイは額を押さえた。


リズだけは、モナを見ていた。


徒弟契約は成立した。


ノアの名は残った。


だが、モナは契約書へ署名する前に、七つ穴の紙も、偽造も、何も見ていない。


それなのに彼女は、すべて分かっているような目をしていた。


監査局員に連れられる直前、リズは小声で尋ねた。


「なぜ、助けたのですか」


モナはノアの頭からベールを外し、乱れた白い布を丁寧に畳んだ。


「助けた?」


「徒弟として採用した理由です」


「ベールを直したからよ。仕事ができる子には賃金を払う。それだけ」


「私たちが何をしたのか、知っていますか」


モナの視線が、リズの左親指へ落ちた。


落ちきらない青いインク。


腰に残る五本の訂正紐。


そして、婚姻課では使わないはずの黒い紙粉がついた袖口。


「公爵の先妻を三十年遡って作ったのでしょう」


モナは、今夜の天気を言い当てるように答えた。


リズは声を失った。


「筆跡ですか」


「違うわ」


「用紙?」


「それも違う」


「では、何を見て」


モナは階下を指した。


店の入口では、来客鈴が監査局員一人ひとりへ尋ねている。


『ご結婚ですか?』


誰も答えない。


鈴は勝手に祝福した。


『おめでとうございます』


モナはリズへ顔を近づけた。


「婚礼商を二十年やっていると、存在しない結婚の匂いくらい分かるのよ」


その笑顔は、善意だけではなかった。


商人が、値段のつく商品を見つけた時の笑顔だった。


「無料の助言はここまで」


モナは言った。


「次からは、共同事業よ」

第4話をお読みいただき、ありがとうございます。


逃走中にもかかわらず、礼儀作法、糸結び、希望賃金まで一切省略しなかったモナ。ノアは誰かに与えられた身分ではなく、自分の指で直した一枚のベールによって、ひとまず明日も残る名前を勝ち取りました。


ただし、職能限定仮登録が認めたのは、店と仕事に関する権利だけ。そして、契約の副本は通常の台帳庫ではなく、宛先のない地下へ消えています。


次話では、表の店で花嫁が結婚招待状を選ぶすぐ下で、サラの逃走計画が進められます。同じ高級紙を使った招待状と離縁書類が入れ替わりかける中、モナの三人の元夫まで動き始めます。しかし、店を訪れる客の一人は監査院の職員です。


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