そして、わたし達の音は響き続ける 最終話
叉音ちゃんの体は温かくて、想像以上に華奢で薄かった。
そしてこんな体であんなに力強い演奏をしているのかと思うとなんだか涙が出そうになってしまって、ギュッと抱きしめると頬に髪の毛が当たり、ツルツルとしていてすごく気持ちよかった。
そして叉音ちゃんが言った「匂い」というのが気になって、思わずわたしも嗅いでしまった。
ほとんど無臭だけど、微かにする頭皮の匂いに混じって石鹸のようないい香りがする。
これが叉音ちゃんの匂い、たしかに叉音ちゃんの部屋もこんな匂いだった気がする。
「響、嗅いでる」
あ、ばれちゃった
「わたしも気になっちゃった。いい匂いだよ」
「本当?」
「うん、ずっと嗅いでたいかも」
半分冗談で半分本気だったけど、叉音ちゃんは本当と受け取ったようで離れようとされてしまった。
「ごめんごめん冗談だよ、もうちょっとこのまま」
「……うん」
再び抱き合う、わたしの明後日の方向への告白は失敗に終わったけど、こうしてハグできているのは本当に幸せで、わたしも叉音ちゃんのことが好きなのを直接再確認できた。
「叉音ちゃんの方はどう? わたしの匂い」
「いい匂い、安心する」
そう言うと体の力を少し緩めてもたれてくれ、体重が掛かったけどその重みもなんだから愛おしかった。
「ねえ響、響は私のどこが好き?」
「えー、言うの?」
「響だけ聞いてズルい、言って」
たしかにあの八つ当たりの質問をしてしまった以上はこっちも答えないわけにはいかないよね。
「わたしが知らない曲をいっぱい知ってて教えてくれて性格は素直でいい子、ちっちゃくてかわいいのにギターとフィドルとバンジョーが弾けるのが凄いし、あとやっぱりギターを弾いてところがかっこよくて好き」
「そっか、ありがとう」
お礼と一緒に強く抱きしめられたのでこちらも抱き返したけど、細くて薄い叉音ちゃんの体は折れてしまいそうで怖かったのでほどほどにしておいた。
ソファーに横向きに座りながら抱き合っていたせいで足が痛くなって、叉音ちゃんも同じなのか体をしきりに動かすので名残惜しさを感じながら体を離した。
そして離れた瞬間、体の前面に残る残っていた叉音ちゃんのぬくもりが部屋の寒い空気で急速に冷やされて消えてしまい、なんとも言えない寂しさを覚えた。
もう一回、今度は立ってハグしたいなと思ったけれど、顔を赤くしながらせわしなく服のシワを整える叉音ちゃんの姿でなんだかすごくいけないことをしていたような気にさせられ、急にまた恥ずかしくなってきた。
叉音ちゃんとハグしたんだ……
匂いと感触と体温を思い出してさらに恥ずかしくなってしまい、気持ちを誤魔化すためにスマホを取り出したけど、SNSだったり自分の動画チャンネルを見ても全然内容が頭に入ってこなかった。
何だか気まずいけどまだ帰るには早いからどうしようかと悩んでいると───
「響、私が告白したら付き合ってくれるんだ…」
しみじみと、噛みしめるように確認されてしまった。
「もー、恥ずかしいから言わないでよ」
「私、告白なんかされたこと無かったから嬉しかったよ、それに……ドキドキもしちゃった」
叉音ちゃんは照れつつも眉を下げながら目を細め”へにゃ”っとした笑顔を見せてくれた。
いつもは口角を上げて微笑むくらいだけど本当に嬉しい時はこの笑顔をしてくれて、わたしはこのかわいらしくて愛らしい表情が一番好きだ。
感極まると言えばいいのか、わたしの中の何かがあふれてしまい、今度はこっちから叉音ちゃんの胸に飛び込むように抱きしめてしまい、ちょっと驚かせてしまったようだったけど優しく頭を撫でてくれた。
叉音ちゃんの胸の中は温かくて、安心感と充実感にあふれていた。
ずっと抱きしめてもらいたかったけど、いつまでも叉音ちゃんにわたしの体を預けるわけにもいかないから「もう十分堪能した」と言い聞かせながら体を離した。
でも叉音ちゃんはわたしの隣に座り直して肩をくっつけてもたれかかり、手も握ってくれた。
「今日は叉音ちゃんの動画投稿第二弾を何にするか考えに来たけど、それどころじゃなくなっちゃったなぁ……」
「ごめんね」
「あやまらなくていいよ」
空いた右手で叉音ちゃんの頭を撫でてあげる、今朝までこんなことができるなんて思っていなかったけど、告白のおかげで今までよりもずっと距離が縮まって、ずっと仲良くなれた気がした。
「今……じゃなくてもいいけど響と一緒になんか弾いて、両方のチャンネルに動画出したい」
「おーいいね、コラボ動画だね」
「うん、わたしはカントリーで、響の方はこの前のアニメの曲」
「じゃあカントリーでもなんか歌えるようにしたいなぁ」
「それならカントリー・ロードは?」
「いいねいいね、そうしよう」
叉音ちゃんと出会ってわたしはカントリーミュージックが好きになった。
でもそれは、叉音ちゃんが弾いて、一緒に聴いて、教えてくれて、ひとりで聴いている時はいつもそれを思い出しているからで、一番好きな曲と言うわけではない。
それは叉音ちゃんも多分一緒で、叉音ちゃんにとってもカントリーが一番でわたしが教えてあげたり一緒に聴いた曲はわたしとの思い出の一部なんだと思う。
この前までは叉音ちゃんにとっての”一番”がわたしにとっての”一番”じゃないことに悩んでいたけれど、今はそれでいいと思える。
だって、わたしと叉音ちゃんがそれぞれの一番好きな曲を持ち寄って、教えたり弾いたりすれば一人で聴いているよりずっと楽しくなる。
そう、ギターやフィドルやバンジョーの弦が交わらなくてもそれぞれの音を響かせて、音楽を作るように。




