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眠れる白い人形

ご覧いただきありがとうございます。

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格納区画は、赤い非常灯に沈んでいた。


壁際へ寄せられた生徒たちは、身を寄せ合うように立っている。教師たちは人数を確認し、負傷者がいないか声をかけていた。返事はある。けれど、どの声も少しだけ高い。


ブライアンは生徒会長として列を整えていた。


「壁から離れすぎないでください。負傷した方は、すぐに申し出てください。上級生は近くの新入生を確認してください」


声は落ち着いている。


姿勢も乱れていない。


赤い光の中でも、彼は場を整えようとしていた。


けれど、艦は揺れている。


床の奥から低い振動が伝わり、天井から吊るされた太いケーブルがわずかに揺れる。どこかで金属が軋む音がした。遠くで何かが爆ぜる。音は鈍く、厚い隔壁を越えてなお、胸の内側を叩いた。


『護衛隊、後退。敵機、接近中。格納区画付近、衝撃に備えよ』


艦内放送には雑音が混じっていた。


マーリンは、目の前の白い人形を見上げていた。


巨大な機体。


人に似た輪郭。


伏せられた頭部。


折り畳まれた腕。


白い装甲は、赤い非常灯の中でも冷たく白い。


護衛の人形とは違う。


学園の教材とも違う。


それは、見せるための機体ではない。


隠されていたものだった。


見てはいけない。


近づいてはいけない。


そう告げる気配が、格納区画の空気そのものに染み込んでいる。


それでも目が離せない。


白い人形は、眠っているように見えた。


兵器なのに。


鋼鉄と装甲と管制系で組み上げられたもののはずなのに。


赤い光の下で静かに伏せている姿は、ひどく深い眠りの底にいるもののようだった。


整備士たちが管制卓の前で怒鳴り合っている。


「起動手順、再試行!」


「駄目です。操縦系が応答しません」


「認証を迂回しろ!」


「リンク自体が弾かれています!」


「外部電源は?」


「生きています。ですが操縦系が閉じています!」


白い人形は動かない。


耐Gスーツを着た軍人が、次々に操縦席へ向かっていた。


実戦経験がありそうな者。


魔力量に自信があるらしい者。


整備士に急かされながら、強張った顔で昇降機に乗る者。


彼らは生徒たちを見ない。


見る余裕がない。


コクピット周辺の装甲が開き、ひとりの軍人が中へ入る。


操縦席が閉じる。


管制卓の表示が走る。


「接続開始」


「魔力波形、確認」


「同期率、上がりません」


「弾かれました!」


舌打ちが聞こえた。


操縦席が開き、軍人が引きずり出されるように降りてくる。顔色が悪い。まだ何も戦っていないのに、額には汗が浮いていた。


次の軍人が乗る。


また、閉じる。


また、表示が走る。


また、弾かれる。


「試作一号機、応答なし!」


その言葉が、格納区画に落ちた。


試作一号機。


名前ではなかった。


呼び名ですらない。


ただの管理番号のような言葉。


けれどマーリンは、白い人形を見上げたまま、息を止めた。


試作一号機。


その言葉が、この白い人形をさらに遠くへ押しやったような気がした。


おかしな話だ。


兵器に名前があってもなくても、兵器は兵器だ。


人形は人形だ。


それなのに、目の前の白い機体を「試作一号機」と呼ぶ声が、少しだけ痛かった。


まるで、眠っている誰かに番号を貼るみたいで。


そんなことを思う自分の方がおかしい。


分かっている。


分かっているのに、胸の奥がざわめいた。


「お嬢様」


クリスチーナが、そばで低く呼んだ。


マーリンは返事をする。


「ええ」


返事はした。


けれど、足は動かない。


白い人形から目を離せなかった。


艦が大きく揺れた。


生徒たちの悲鳴が上がり、天井のケーブルが大きく振れる。固定具が軋み、床に細かな破片が散った。


壁際にいた生徒がよろめく。


アンネリーゼが、取り巻きの令嬢を支えた。


「壁に手をつきなさい。足を揃えないで。倒れますわ」


声は鋭い。


けれど、自分も顔色がよくない。


それでも背筋は伸ばしている。


マーリンには、その姿が少し痛く見えた。


怖くないはずがない。


それでも怖くない顔を作る。


そのやり方を、マーリンはよく知っている。


「お嬢様、こちらへ」


クリスチーナがマーリンの腕を掴む。


「ええ、クリス」


もう一度、返事をした。


けれど、やはり足が動かない。


白い人形の胸部装甲。


閉じた操縦席。


そこへ伸びる太いケーブル。


管制卓の上に流れる表示。


すべてが、妙に鮮明に見えた。


ミハイルがすぐそばへ来る。


「マーリン嬢。下がった方がいい」


「……分かっています」


「なら、下がるんだ」


公の場の呼び方のままなのに、その声は幼馴染のものだった。


マーリンは頷こうとした。


今度こそ下がろうとした。


ここは軍の格納区画。


目の前にあるのは試作機。


誰にも起動できない危険な機体。


近づいていい理由など、ひとつもない。


それでも、指先が熱を持つ。


何かが伸びそうになる。


いや、違う。


伸ばそうとしていない。


胸の奥がざわめき、手袋の下で指の先が細く震えた。


見えない糸。


そう呼ぶしかない感覚が、マーリンの手の奥から生まれる。


糸は、白い人形へ向かっていた。


マーリンは慌てて手を握る。


止まって。


そう思う。


けれど糸は止まらない。


細く、白く、見えないはずのものが、まっすぐ白い人形へ滑っていく。


誰にも見えない。


整備士にも、軍人にも、生徒たちにも見えていない。


マーリンにだけ、そこにあると感じられた。


自分の中から伸びた何かが、白い人形へ触れる。


その瞬間、胸部装甲の奥に光が走った。


ほんの一瞬。


眠る人形が、まぶたの裏で目を動かしたような光。


管制卓が反応する。


「反応あり!」


「誰が触った!」


「誰も触れていません!」


整備士たちが慌てて表示を確認する。


管制卓の光が走る。


『操縦者候補、未登録。魔力波形、照合中。接続対象、検索中』


表示板の文字が、赤い光の中で明滅した。


マーリンは自分の手を見る。


何もしていない。


触れてもいない。


声もかけていない。


ただ、勝手に糸が伸びた。


白い人形が勝手に呼んだのではない。


マーリンの中の何かが、あちらへ向かった。


そして白い人形は、それに応えた。


けれどマーリンには、その意味が分からない。


分からないから、怖い。


「お嬢様?」


クリスチーナの声が震える。


マーリンは答えようとする。


けれど、言葉が出ない。


自分の指先が、自分のものではないみたいだった。


『敵機、外装甲へ接近。迎撃火器、出力低下。反応炉区画、損傷なし。繰り返す、反応炉区画、損傷なし』


放送に、少しだけ安堵が広がる。


反応炉は無事。


艦はまだ沈まない。


だが、外の黒い影は近づいている。


護衛機は押されている。


避難経路は閉じられたまま。


生徒たちは、格納区画に閉じ込められている。


マーリンは白い人形を見る。


もし、この人形が動けば。


もし、外の敵を退けられれば。


もし、誰かを助けられるなら。


そう思った瞬間、ミハイルの言葉が胸を刺した。


嫌なら嫌と言え。


できることと、引き受けていいことは違う。


分かっている。


けれど、これは席次表ではない。


挨拶文でもない。


花飾りでもない。


人の命だ。


その重さは、紙とは違う。


下ろしたくても、どこへ下ろせばいいのか分からない。


また、糸が伸びる。


今度はさっきよりも細く、深い。


マーリンの意思より先に、白い人形の中へ滑り込んでいく。


機体の表面ではない。


装甲の隙間でもない。


もっと奥。


閉じた操縦系の中。


誰の魔力も弾いていたはずの場所。


糸は迷わない。


まるで、そこへ行く道を最初から知っているみたいに。


管制卓の表示が変わった。


『適合率、上昇。操縦者候補、検出』


整備士たちの視線が、白い人形からマーリンへ移る。


一人。


また一人。


見つかった。


マーリンはそう思った。


希望の花としてではない。


ロイス家の令嬢としてでもない。


生徒会を手伝える優等生としてでもない。


もっと別の何かとして。


白い人形に糸を届かせた存在として。


ミハイルが、マーリンの前へ出た。


「マーリン嬢、下がって」


「ミハイル様……」


「下がるんだ」


静かな声だった。


けれど、絶対に譲らない声だった。


クリスチーナもマーリンの腕を離さない。


「お嬢様、いけません」


「でも」


言いかけて、止まる。


でも。


その言葉は、さっき展望区画でミハイルに止められた時も口にした。


人を助けたい。


誰かが困っている。


自分に何かできるかもしれない。


いつも、その言葉の先へ進んでしまう。


その先が花飾りなら、まだよかった。


資料なら、戻せた。


けれど今、目の前にあるのは白い人形だ。


そして外には、黒い影がいる。


艦がまた揺れる。


壁際の生徒が倒れかける。


アンネリーゼが青ざめた顔で取り巻きの手を引く。


教師たちの声は、悲鳴に押されて細くなる。


外で、護衛機の光がまたひとつ消えた。


マーリンはそれを直接見ていない。


窓などない。


けれど、管制卓の沈黙と整備士の顔で察してしまう。


誰かが落ちた。


守るために出た誰かが。


マーリンの指先が震える。


その震えに合わせるように、白い人形の光が強くなった。


整備士の声が、かすれる。


「適合候補……ロイス嬢です」


格納区画の空気が変わった。


ブライアンがマーリンを見る。


教師たちも見る。


生徒たちも、不安と期待の混じった目で見る。


また視線だ。


講堂でも、社交会でも、生徒会室でも浴びた視線。


けれど今の視線は違う。


美しい花を見る目ではない。


助けてくれるかもしれないものを見る目だった。


マーリンは唇を結ぶ。


戦いたくない。


怖い。


逃げたい。


そのどれも本当だった。


けれど、自分の糸は白い人形へ伸びている。


止めようとしても、完全には止まらない。


白い人形は、その糸を受け取っている。


「ロイス嬢」


ブライアンが一歩近づいた。


声は落ち着いている。


こんな時でさえ、彼は言葉を整える。


「今の反応は、あなたのものですか」


「……分かりません」


マーリンは正直に答えた。


「何かをしたつもりはありません」


「ですが、機体は反応しています」


その言葉は、責めるものではなかった。


確認。


判断。


状況整理。


ブライアンらしい。


けれどマーリンには、それが少し怖かった。


彼はもう、白い人形が反応した理由を見ている。


マーリンの震えではなく、起きた事実を見ている。


「ロイス嬢なら、起動できるかもしれません」


低く、誰かが言った。


整備士の一人だった。


その瞬間、ミハイルの目が鋭くなる。


「何を言っている」


「しかし、他に適合候補が」


「彼女は生徒だ」


「このままでは艦が」


「だからといって」


ミハイルの声が低くなる。


怒鳴ってはいない。


だが、怒っていた。


はっきりと。


「生徒を試作機へ乗せるのか」


整備士は言葉を詰まらせる。


メッサーシュミットが歩み寄ってきた。


顔は硬い。


視線は一瞬だけマーリンを見て、それから管制卓へ向かう。


「状況を報告しろ」


「試作一号機、操縦系に反応。適合候補はロイス嬢です。他の軍属人形使いはすべて接続失敗」


「起動は」


「候補者が操縦席へ入れば、可能性があります」


可能性。


その言葉が、ひどく薄く聞こえた。


命を乗せるには、あまりにも薄い。


メッサーシュミットはしばらく黙った。


艦がまた揺れる。


その沈黙の間にも、外の黒い影は近づいている。


「ロイス嬢」


メッサーシュミットが言った。


「あなたに搭乗を命じる権限は、こちらにはありません」


当然だ。


マーリンは生徒だ。


軍人ではない。


戦場に出るためにここへ来たわけではない。


けれど、その続きがあることを、マーリンは感じていた。


「ですが、現状で試作一号機が反応しているのは、あなたの魔力波形のみです」


事実。


ただの事実。


だから残酷だった。


クリスチーナがマーリンの腕を強く掴む。


「お嬢様」


その声は、命令ではない。


お願いだった。


行かないで。


そう聞こえた。


ミハイルも前に立ったまま動かない。


「駄目だ」


短い。


強い。


「マーリン嬢は乗らない」


「ミハイル様」


「君も言え。嫌なら嫌と言え」


その言葉に、マーリンは胸を突かれた。


嫌なら嫌と言え。


休憩室で教えられた、まだ新しい線。


引いたばかりの線。


マーリンは、白い人形を見る。


嫌だ。


怖い。


戦いたくない。


乗りたくない。


本当は、そう言えばよかった。


言っていいはずだった。


世界は壊れないと、ミハイルは言った。


でも。


今は、世界が揺れている。


床が軋んでいる。


生徒たちが泣いている。


外で誰かが落ちている。


マーリンが嫌だと言っても、世界は壊れないかもしれない。


けれど、誰かは死ぬかもしれない。


その考えは卑怯だった。


誰かがマーリンに押しつけたものではない。


彼女自身の中から生まれた。


だから、なおさら逃げにくい。


「……嫌です」


声は、小さかった。


クリスチーナの指が震える。


ミハイルの表情が少しだけ変わる。


マーリンは続けた。


「怖いです。乗りたくありません」


言えた。


確かに言えた。


けれど、その言葉を言ったあとでも、糸は切れなかった。


白い人形の奥に、まだ繋がっている。


「でも」


ミハイルの目が揺れた。


「マーリン」


公の呼び方ではなかった。


その一言で、胸が痛くなる。


マーリンは泣きたくなった。


泣けなかった。


「でも、誰かが死ぬのはもっと嫌です」


その言葉は、綺麗ではなかった。


希望の花の言葉でもない。


公爵令嬢の正しい答えでもない。


ただ、震える少女の本音だった。


クリスチーナが首を振る。


「お嬢様、いけません。お願いです」


「クリス」


「私は、お嬢様をお守りするためにおります。戦わせるためではございません」


「分かっているわ」


「分かっておられません」


クリスチーナの声が、少しだけ乱れた。


それほど珍しいことはなかった。


マーリンは息を呑む。


「お嬢様は、いつもそうです。大丈夫とおっしゃる。少しだけとおっしゃる。今度は、人を助けるためだとおっしゃる」


「クリス」


「でも、お嬢様ご自身はどこへ行かれるのですか」


その問いに、マーリンは答えられなかった。


自分自身。


そんなものは、今この場で一番軽く見える。


生徒たちの命。


艦の安全。


外で戦う護衛機。


その重さの前で、自分の怖さはあまりにも小さい。


小さいから、踏み潰せる気がしてしまう。


それがたぶん、よくないところだった。


ミハイルが、低く言った。


「マーリン。俺は君に死んでほしくない」


まっすぐな言葉だった。


格納区画の赤い光の中で、あまりにもまっすぐだった。


マーリンは、ほんの少しだけ笑いそうになった。


こんな場所で。


こんな時に。


そんなことを言わないでほしい。


言われたら、行けなくなる。


行かない理由が、強くなってしまう。


「私も、死にたくありません」


マーリンは答えた。


声は震えていた。


「でも、ここで何もしなかったら、きっと私はずっと後悔します」


ミハイルは何も言わない。


言いたいことがある顔だった。


山ほどある顔だった。


けれど、艦がまた大きく揺れた。


今度の衝撃はさらに近かった。


格納区画の一部で火花が散る。


生徒たちが悲鳴を上げる。


管制卓の警告表示が増える。


『敵機、格納区画外壁へ接近。迎撃火器、応答低下。隔壁保持、限界まで残り――』


数字は途中で途切れた。


メッサーシュミットが歯を食いしばる。


ブライアンはマーリンを見る。


その目には、迷いがあった。


けれど同時に、判断もあった。


「ロイス嬢」


彼は言った。


「あなたが拒むなら、それが答えです」


意外な言葉だった。


マーリンは顔を上げる。


ブライアンは続ける。


「ただし、あなたが選ぶなら、生徒会長として、可能な限り場を整えます」


正しい。


どこまでも正しい言い方だった。


けれど、それはマーリンを押す言葉でもあった。


道を塞がず、開ける言葉。


マーリンは白い人形を見上げる。


名前のない試作機。


誰にも応えなかった眠れる白い人形。


そこへ、自分の糸が繋がっている。


「……この子」


思わず、口からこぼれた。


ミハイルが眉を寄せる。


「この子?」


マーリンは自分でも驚いた。


けれど、そう見えた。


機械ではなく。


番号ではなく。


眠っている、白い誰かのように。


「起こし方を、間違えられているみたいに見えるの」


整備士が顔をしかめる。


だが、誰も笑わなかった。


白い人形の光が、また強くなる。


まるで返事をするように。


マーリンは深く息を吸った。


怖い。


嫌だ。


乗りたくない。


それでも、足は前へ出た。


クリスチーナの手が離れない。


マーリンは、その手に自分の手を重ねた。


「クリス」


「嫌です」


即答だった。


マーリンは目を伏せる。


「ごめんなさい」


「謝らないでください」


「ごめんなさい」


二度目は、ほとんど息だった。


クリスチーナの目に、涙が浮かぶ。


けれど彼女は泣かなかった。


泣けば、マーリンがもっと進みにくくなることを知っているから。


ミハイルが前に立ちはだかる。


「行くな」


「ミーシャ」


「行くな」


同じ言葉。


短い。


ただの願い。


マーリンは胸が裂けるような気がした。


「戻ります」


「約束できるのか」


約束。


その言葉は重かった。


戦場へ行ったことのない少女に、戻る約束などできない。


それでも、言わなければ進めない。


マーリンは小さく頷いた。


「戻りたいです」


ミハイルは息を止める。


それは約束ではなかった。


けれど嘘でもなかった。


「マーリン」


「ごめんなさい」


彼女はそれ以上、言えなかった。


言えば崩れる。


崩れれば、進めなくなる。


マーリンは白い人形へ向かって歩き出した。


赤い非常灯の下で、生徒たちの視線が道を開ける。


助けてほしい目。


止めたい目。


信じられない目。


怖がる目。


すべてが刺さる。


それでも、白い人形へ伸びた糸だけが、まっすぐだった。


管制卓の表示が変わる。


『操縦席、開放準備』


操縦席へ続く昇降機が、赤い光の中へ降りてくる。


マーリンはそれを見上げた。


眠れる白い人形は、まだ完全には目覚めていない。


けれど、待っている。


そう感じた。


誰が何と言っても、そう感じてしまった。


格納区画に、警告音が響き続ける。


外では黒い影が近づき、シャルンホルストはまた大きく揺れる。


ミハイルはまだマーリンを見ている。


クリスチーナは手を胸元で握りしめている。


ブライアンは生徒たちを下がらせ、メッサーシュミットは整備員へ短く指示を飛ばしている。


アンネリーゼは青ざめた顔のまま、まっすぐマーリンを見ていた。


マーリンは白い人形の前で立ち止まる。


自分の中から伸びた見えない糸が、眠れる試作一号機の奥に、まだ繋がっていた。


名前はまだない。


けれどマーリンには、もうただの試作機には見えなかった。


赤い光の中で、白い人形は静かに眠っている。


その眠りを破るための糸が、自分の手の中にある。


マーリンは震える指を握りしめた。


怖い。


怖いまま、マーリンは白い人形を見上げた。

ここまでお読みいただき有り難うございました。


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