黒い影
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シャルンホルストの航路は、まだ静かだった。
展望区画には、生徒たちの声が満ちている。
星を指さす者。
護衛艦を見つけてはしゃぐ者。
軍艦の内装に感心する者。
教師たちは控えめに注意しながらも、生徒たちの浮き立つ気配を完全には止めなかった。
安全圏の航路。
帝国宇宙軍の研究艦。
二隻の護衛艦。
それだけ材料がそろっていれば、ここが戦争中の宇宙であることを少し忘れても、無理はなかった。
マーリンも、窓の外から目を離せずにいた。
宇宙は広い。
とても広い。
学園の講堂も、社交会の大広間も、ロイス家の屋敷も、全部小さな箱だったのだと思ってしまうくらいに。
その広さが、少しだけ嬉しかった。
胸の奥に残っていた生徒会の資料の重さも、ミハイルに叱られた時の気恥ずかしさも、星の光の中では少し薄くなる。
マーリンは、そっと息を吐いた。
「綺麗ね」
小さな声だった。
隣に立つミハイルが、同じように窓を見る。
「マーリン嬢は、宇宙がお好きですか」
公の場の呼び方。
けれど、声は柔らかい。
マーリンは少し考えてから、微笑んだ。
「ええ。怖いくらいに」
綺麗で、広くて、遠い。
手を伸ばしても届かない。
だから、見ていたくなる。
クリスチーナは一歩後ろで、その横顔を見ていた。
マーリンの表情は穏やかだった。
希望の花としての笑顔ではなく、未知のものに心を引かれている少女の顔。
だからこそ、クリスチーナはその時間が長く続けばいいと思った。
少なくとも、この瞬間だけは。
戦争のことも。
家格のことも。
誰かの期待も。
少しだけ遠くに置いておけるなら。
「お嬢様」
「何?」
「窓に近づきすぎでございます」
マーリンはすぐに半歩下がった。
「近づきすぎてはいないわ」
「先ほどより、半歩ほど」
「クリスは測っているの?」
「必要であれば」
「必要はありません」
そう言って、マーリンは小さく笑った。
その笑い方が、クリスチーナには嬉しかった。
軽い。
とても軽い。
すぐに壊れてしまいそうな軽さではあるけれど、それでも、社交場で磨かれた笑みとは違っていた。
ミハイルも、かすかに目元を緩める。
「本当に吸い込まれるなよ」
「ミハイル様まで」
「広いものを見ると、君は近づく」
「まるで子ども扱いね」
「違うのか」
「違います」
即答したつもりだった。
けれど、ミハイルは少しも信じていない顔をした。
マーリンは言い返そうとして、やめた。
言い返すより、星を見る方がよかった。
少し離れた窓辺では、アンネリーゼが取り巻きの令嬢たちと並んで星を見ていた。
彼女は歓声を上げない。
大きく身を乗り出すこともない。
ただ、窓の外と護衛艦の灯を交互に見ている。
綺麗なものを見ている顔でありながら、どこかで距離を測っているようでもあった。
マーリンはその横顔を見て、少しだけ目を細める。
同じ宇宙を見ている。
けれど、同じものを見ているわけではないのかもしれない。
「マーリン様」
アンネリーゼが、こちらへ顔を向けた。
「はい」
「宇宙を見ていると、ずいぶん自由に見えますわね」
その言葉は穏やかだった。
棘は薄い。
けれど、完全には抜けていない。
マーリンは窓の外へ視線を戻す。
「そうですね。どこまでも広いからかしら」
「広い場所ほど、決められた航路が必要になりますもの」
アンネリーゼは、護衛艦の灯を見る。
「自由に見えるものほど、実際には多くの線に縛られているのかもしれませんわ」
マーリンはすぐには返せなかった。
美しい星。
静かな航路。
安全な見学。
けれど、その外側には線がある。
航路。
護衛範囲。
軍の管理宙域。
立ち入りを許された場所と、許されない場所。
「アンネリーゼ様は、少し意地悪ですわね」
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
「褒めてはいないかもしれません」
「まあ。では、なおさら光栄です」
アンネリーゼは小さく笑った。
その笑みは、社交場で見せたものより少しだけ柔らかかった。
マーリンも笑う。
ほんの少しだけ。
その時だった。
床が、低く震えた。
大きな揺れではない。
ティーカップなら、表面がほんの少し波打つ程度。
けれどここに茶器はない。
あるのは強化窓と、星と、軍艦の冷たい床だった。
「今の、何?」
誰かが笑いながら言った。
不安よりも、物珍しさが先に出た声だった。
教師がすぐに振り返る。
「その場で待機してください。窓から離れすぎないように」
落ち着いた声。
けれど、表情は先ほどより少し硬い。
マーリンは窓の外を見た。
遠くで、護衛艦の灯がひとつ進路を変える。
ゆっくりではない。
明らかに、何かへ向かっている。
隣でミハイルの気配が変わった。
少しだけ、鋭くなる。
「ミハイル様」
「まだ動くな」
短い返事だった。
それだけで、何かが起きているのだと分かる。
マーリンは唇を結んだ。
その直後、艦内放送が入った。
『全乗員に告げる。進路外に未確認機影。現在、護衛機が確認中。見学班の生徒は、教員の指示に従い、その場で待機してください』
声は落ち着いていた。
落ち着きすぎていた。
生徒たちのざわめきが、一拍遅れて広がる。
未確認機影。
その言葉は、教科書の中なら冷たいだけの専門語だった。
けれど、艦内放送で聞くと違う。
胃のあたりに、小さな石が落ちる。
マーリンは窓の外に目を凝らした。
遠くに、小さな影がいくつも浮かんでいる。
星ではない。
護衛艦でもない。
規則正しい航路から外れた、黒い点。
それが、少しずつ増えていく。
「宙賊……?」
誰かが呟いた。
その言葉が、生徒たちの間に細く広がる。
宙賊。
航路を外れた艦や輸送船を襲う、帝国領内の黒い影。
戦争が長引けば、治安の隙間も広がる。
授業で聞いた言葉だった。
聞いたことがあるだけの言葉だった。
それが、窓の外にいる。
マーリンの喉が、少しだけ乾いた。
「冗談でしょう」
取り巻きの令嬢のひとりが、震えた声で言った。
アンネリーゼがすぐにそちらを見る。
「冗談なら、艦内放送は使われませんわ」
「アンネリーゼ様」
「深呼吸を。声を大きくしないで。周りが怖がります」
厳しい声だった。
けれど、言葉は正しい。
令嬢は泣きそうな顔で頷いた。
アンネリーゼはその肩を軽く押さえる。
叱るようで、支えるような手だった。
次の瞬間、護衛機が展開した。
窓の外で、光が走る。
護衛機の推進光が尾を引き、黒い影へ向かっていく。
生徒たちから小さな歓声が上がりかけた。
しかし、それはすぐに消えた。
黒い影は散った。
逃げたのではない。
護衛機を囲むように、ばらけた。
光が交差する。
遠くで爆ぜる。
音は届かない。
届かないのに、展望区画の空気だけが冷えていく。
マーリンは、窓に映る自分の顔を見た。
白い髪。
整った式服。
少し強張った目。
その向こうで、誰かが戦っている。
自分たちを守るために。
『第一護衛隊、交戦開始。見学班の生徒は、教員の指示に従い、避難区画へ移動してください。繰り返します。避難区画へ移動してください』
今度の放送には、わずかな硬さが混じっていた。
教師たちが動き出す。
「列を作ってください。走らない。押さない。近くの者同士で離れないように」
ブライアンも生徒会の腕章をつけたまま、すぐに周囲へ指示を出した。
声を荒げない。
だが、誰がどこへ進むべきかを的確に示していく。
「上級生は新入生を挟む形で。窓側から離れてください。教師の方は先頭へ」
正しい指示だった。
落ち着いた声は、人を落ち着かせる。
生徒たちの足が、少しずつ動き始めた。
マーリンは反射的に手伝おうとする。
視線が迷っている生徒を見つけ、そちらへ一歩踏み出す。
その袖を、ミハイルが軽く押さえた。
「マーリン嬢。まずご自身の避難を」
「でも」
「でも、ではない」
短い言葉。
前に叱られた時と同じ、逃がさない声。
マーリンは唇を結ぶ。
クリスチーナもそばに寄る。
一歩後ろではない。
もう、半歩近かった。
「お嬢様、こちらへ」
マーリンは頷く。
今は、すべてを抱えようとする場面ではない。
そう言い聞かせる。
けれど、叫び声が上がると、足が止まりそうになる。
艦が大きく揺れた。
床が傾き、生徒たちが壁に手をつく。
茶器でも書類でもない。
船ごと揺れる。
世界の土台がずれる。
マーリンの身体が反射的に強張る。
窓の外で、護衛機のひとつが光に呑まれた。
爆発は遠い。
それなのに、胸の中で何かが小さく潰れる。
戦っている人がいる。
自分たちを守るために。
そう思った瞬間、宇宙の美しさが少し変わった。
黒く、冷たく、広すぎる場所に見えた。
「ロイス嬢」
ブライアンの声が聞こえる。
「こちらへ。列の中央に入ってください」
「ブライアン様、後方の生徒が」
「生徒会で対応します。ロイス嬢は移動を」
静かだが、はっきりした指示だった。
マーリンは頷く。
ミハイルが横に立ち、クリスチーナがそばに寄る。
アンネリーゼは少し前方で、取り巻きの令嬢の腕を掴んでいた。
「泣くのはあとになさい。今は足を動かすのです」
声は鋭い。
けれど、震える令嬢を置いていかない。
アンネリーゼは、押し出されかけた別の生徒へも目を向ける。
「そちら、壁側へ。通路の中央で止まらないでくださいませ」
こんな時でも、棘は消えない。
ただ、その棘は人を傷つけるためだけのものではなかった。
列は展望区画を出て、中央通路へ進む。
非常灯がまだ白く点っている。
だが、通路の先では警告表示が赤く点滅していた。
『第三避難区画、隔壁閉鎖。進路変更。教員は見学班を第二避難経路へ誘導してください』
放送と同時に、別の方向からも生徒たちが流れてくる。
別区画の見学班だ。
年少の生徒も混じっている。
その顔には、もう好奇心はなかった。
恐怖と混乱だけが浮かんでいる。
列が詰まる。
誰かが転びかける。
教師の声が重なる。
「押さないでください!」
「こちらではありません、第二経路へ!」
「列を崩さないで!」
声が多すぎる。
正しい声が多すぎると、人はかえって迷う。
ブライアンはすぐに別の通路を示した。
「こちらです。走らずに。足元を見てください。後方は詰めすぎないでください」
落ち着いている。
こんな時でも、彼は場を整えようとする。
マーリンはその背中を見る。
正しい人。
正しい指示。
正しい避難。
けれど、艦は正しさだけで守れるほど優しくはなかった。
二度目の衝撃。
今度は近い。
照明が一瞬落ち、非常灯に切り替わる。
赤い光が通路を染める。
警告音が鳴る。
『外部装甲、第七区画に損傷。反応炉区画への直撃なし。繰り返す、反応炉区画への直撃は――』
放送の途中で雑音が混じった。
生徒たちの列が乱れる。
誰かが悲鳴を上げる。
誰かが泣き出す。
教師の声が押し流される。
マーリンの手を、クリスチーナが強く握った。
「お嬢様、離れないでください」
「クリスこそ」
言ってから、こんな時に何を返しているのだろうと思った。
けれどクリスチーナは一瞬だけ目を丸くし、それから強く頷いた。
「はい。離れません」
その返事に、胸が少し痛くなる。
守られている。
守らなければとも思う。
けれど、今の自分は何も持っていない。
剣も。
艦の知識も。
避難経路の権限も。
ただ、白い式服の袖を掴まれているだけだ。
ミハイルが前方を見る。
「避難経路が詰まっている」
ブライアンも気づいていた。
だが、後方から別の生徒たちが押し寄せている。
戻ることも難しい。
教師のひとりが端末を操作しているが、表示は赤のまま変わらない。
「第二避難経路、圧力異常。開放待ちです」
「どれくらいで」
「分かりません」
分からない。
その言葉が、一番怖かった。
その時、通路脇の隔壁が半開きになっているのをマーリンが見つけた。
立入禁止の表示。
黄色と黒の警告線。
軍関係者以外進入不可。
その先は、見学では案内されなかった区画だった。
教師の一人が顔を強張らせる。
「そこは駄目です。格納区画は――」
言葉の途中で、艦がまた揺れた。
天井から細かな破片が落ちる。
後方で生徒が押され、列がさらに崩れる。
駄目。
入ってはいけない。
規則ではそうだ。
でも、このまま通路に押し潰されるよりは。
マーリンは半開きの扉の奥を見る。
広い。
少なくとも、今の狭い通路よりは人が入る。
隔壁も厚い。
圧力遮断もできる。
「一時退避なら、可能ではありませんか」
自分でも驚くほど、声が落ち着いていた。
教師が迷う。
ブライアンが素早く状況を見る。
閉鎖された避難区画。
詰まった通路。
増える生徒。
揺れる艦。
「格納区画へ一時退避します」
短い判断だった。
「教員の方は先頭と後方をお願いします。生徒会は列を分けてください。上級生は新入生を壁側に寄せて」
教師が何か言いかける。
だが次の警告音に、その反論は消えた。
規則よりも、今は生徒の安全だった。
ブライアンの判断で、生徒たちは立入禁止の格納区画へ流れ込む。
ミハイルはマーリンのそばを離れない。
クリスチーナも一歩後ろではなく、すぐ隣に近い。
主従の距離を守っている場合ではなかった。
アンネリーゼは、取り巻きの令嬢を先に押し込む。
「足元を見なさい。裾を踏まない。泣くなら中に入ってからになさい」
言い方は厳しい。
けれど、手は離さない。
マーリンはその姿を横目に見た。
こんな時でも、美しく立っている。
いや。
美しく立とうとしている。
それは少し、痛いくらいに分かった。
重い扉をくぐると、空気が変わった。
格納区画は広い。
高い天井。
冷たい床。
壁際に並ぶ整備機材。
天井から吊るされたケーブル。
白い照明が、非常灯の赤と混ざっている。
生徒たちは息を呑んだ。
そこは、学園行事の一部ではない。
軍の奥。
見せるためではなく、隠すための場所。
匂いも違う。
金属と油。
焼けた配線のような匂い。
人が働き、機械が動き、何かが整備されてきた場所の匂いだった。
そして格納区画の奥に、巨大な何かが眠っていた。
白い布のような装甲。
人の形に近い輪郭。
折り畳まれた腕。
静かに伏せた頭部。
人形。
けれど、マーリンが授業で見たものとは違う。
もっと白く、もっと静かで、もっと異物めいている。
美しいと言っていいのかも分からない。
兵器と言うには静かすぎる。
彫像と言うには、どこか生々しい。
その周囲には、整備員らしき人影が慌ただしく走っていた。
だが、生徒たちを見て明らかに動揺した。
「なぜここに生徒が――」
「避難経路が閉鎖されています」
ブライアンが即座に答える。
「一時退避です。生徒の安全確保を優先します」
整備員は言葉を詰まらせた。
反論したい顔だった。
けれど、外から伝わる衝撃がそれを許さない。
メッサーシュミットが別の入口から駆け込んできた。
鋭い目が、一瞬で状況を見渡す。
生徒。
教師。
閉じかけた隔壁。
そして、格納区画の奥にある白い人形。
彼の顔がわずかに険しくなる。
「カーチスライト様。なぜこちらへ」
「第三避難区画が閉鎖、第二経路が詰まっています。ここが最も安全と判断しました」
「……一時退避として認めます。ただし、奥へは近づかないでください」
メッサーシュミットの声は硬かった。
奥。
その言葉で、生徒たちの視線が自然と白い人形へ向かう。
マーリンも、目を離せなかった。
怖いのに。
危ないのに。
見てはいけないものだと、分かるのに。
胸の奥で、何かが細く震えた。
まるで、遠くから呼ばれたような。
そんな気がした。
「お嬢様」
クリスチーナが呼ぶ。
その声にも、不安が混じっていた。
マーリンは返事をしようとした。
大丈夫、と言いかける。
けれど、言わなかった。
言えなかった。
大丈夫ではない。
少なくとも、この場所は。
この状況は。
この白い人形を見上げている自分は。
「マーリン嬢」
ミハイルの声が低く届く。
マーリンはようやく、ほんの少しだけ彼を見る。
ミハイルの深蒼の瞳は、白い人形ではなくマーリンを見ていた。
それが、少しだけ怖かった。
まるで、自分の中で何かが動いたことまで見られたようで。
アンネリーゼも、人形を見上げていた。
彼女の顔からは、さっきまでの棘が少し消えている。
代わりに、別のものがあった。
驚き。
警戒。
そして、工廠に近い家の娘としての、隠しきれない理解。
「……あれは」
小さな声だった。
続きは言わない。
言えない。
メッサーシュミットが整備員へ鋭く指示を出す。
「固定具の確認を急げ。生徒を奥へ近づけるな。隔壁を閉めろ」
「敵機、接近中です」
「分かっている。護衛隊は」
「第二護衛隊、押されています」
その会話は、聞こえてはいけないもののようだった。
けれど、非常灯の下では声がよく響く。
マーリンは、白い人形の足元に伸びるケーブルを見る。
固定具。
整備架台。
閉じられたコクピットらしき装甲。
あれは、眠っているのだろうか。
それとも、眠らされているのだろうか。
その問いが浮かんだ瞬間、艦内放送が再び響いた。
『第二護衛隊、後退。敵機、接近。格納区画付近、衝撃に備え――』
言葉は最後まで続かなかった。
大きな衝撃が格納区画を揺らす。
生徒たちの悲鳴。
赤い警告灯。
散る火花。
白い人形を覆う固定具が、低く軋む。
マーリンは反射的に手を伸ばしかけた。
届くはずがない。
動くはずもない。
自分には何もできない。
そう思うのに、その白い人形だけが、暗い格納区画の中で妙に鮮明に見えた。
ミハイルが肩を支える。
クリスチーナの手が、マーリンの袖を掴む。
アンネリーゼが息を呑む音が聞こえた。
ブライアンが何かを叫んでいる。
メッサーシュミットが整備員へ指示を飛ばしている。
けれど、そのすべてが遠くなる。
赤い非常灯の下で、白い人形はひどく静かだった。
静かすぎて、まるで息を潜めているようだった。
外では護衛機が押され、シャルンホルストは揺れ続けている。
通路へ戻ることも、予定の避難区画へ進むこともできない。
黒い影が艦を襲い、白い人形が眠っている。
その間に、マーリンたちは閉じ込められていた。
「マーリン嬢」
ミハイルがもう一度呼ぶ。
クリスチーナの指先が、袖を強く握る。
けれどマーリンは、まだ白い人形から目を離せなかった。
何かが、始まろうとしていた。
そう思った。
思ってしまった。
そしてその予感だけが、警告音の中で奇妙なほど静かに響いていた。
ここまでお読みいただき有り難うございました。
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