表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/113

人間の戦い

ご覧いただきありがとうございます。

八番機が、白い軌跡を引いた。


青い空が後ろへ流れる。


遠くに王都がある。


モニターの端に、赤い警告表示が次々と浮かぶ。


【スラスター出力上昇】


【魔力変換炉負荷増大】


【リンク深度上昇】


【耐G制御限界接近】


警告音が重なる。


ひとつずつなら聞き分けられるはずなのに、今は全部が一つの叫びみたいだった。


耐Gスーツが全身を締め付ける。


胸が潰れる。


息が浅くなる。


身体の内側が、ぎゅっと握られたみたいに痛い。


「っ、ぅ」


変な声が漏れた。


自分の声なのに、遠い。


視界の端が暗くなる。


だめ。


まだ。


まだ暗くなってはいけない。


私は歯を食いしばった。


口の中に、鉄みたいな味が広がる。


血の味。


ああ、これはまずい。


とてもまずい。


たぶん、身体が壊れ始めている。


わかっている。


でも、止まれない。


止まったら、赤い点が王都へ届く。


私はモニター中央の赤点十七を見た。


近い。


速い。


戦略級反応ミサイルは、ただの弾ではなかった。


こちらの接近を読んで、軌道を変える。


迎撃を避ける。


自律誘導が、私を敵として見ている。


それでいい。


私を見て。


王都ではなく、私を見て。


「こっち、です」


声が震える。


通信は切っている。


でも、受信側の音はまだ細く残っていた。


ノイズ交じりに、誰かが私を呼んでいる。


『……ローレ……!』


ミリアの声。


『八番機、戻れ! プラット!』


セスナ教官。


『ローレさん、機体負荷が危険域です!』


セシリアさん。


『ローレ、やめろ!』


トム。


そして。


『ローレさん!』


シュヴァルベ様。


その声で、胸が痛くなる。


戻りたい。


本当に戻りたい。


でも、今戻ったら、王都には戻れない。


だから、私は戻るために前へ出る。


矛盾だ。


でも、私は矛盾だらけなので、もう仕方ない。


「ごめんなさい」


小さく言って、ソードを抜いた。


八番機の右腕が動く。


訓練機用のソード。


実戦用ほど強くない。


それでも、今の私にはこれしかない。


魔力の糸を腕部へ通す。


関節。


肩。


肘。


手首。


指。


ソードの柄。


刃。


細く、深く。


自分の腕のように。


いや、自分の腕より正確に。


マーリンの記憶が、動きの答えを出す。


突っ込むな。


正面はだめ。


推進炎に巻かれる。


右下へ誘って、上から落ちる。


ミサイルの回避運動を待つ。


回避する瞬間、姿勢制御部が開く。


そこだけ。


そこを斬る。


怖い。


でも、見える。


「私は、ローレッタ」


言い聞かせる。


「マーリンじゃない」


でも、マーリンの記憶を使う。


使われるのではなく、使う。


赤点十七が急に右へ跳ねた。


私を避けたのではない。


誘っている。


追えば、推進炎の中。


追わなければ、王都へ。


私は機体を沈めた。


一瞬だけ、落ちる。


身体が座席へ押しつけられる。


胃が上へ上がる。


耐Gスーツがさらに締まる。


「う、ぐ」


苦しい。


でも、その落下で推進炎の外側へ入る。


ミサイルの白い外殻がモニターいっぱいに広がった。


近い。


大きい。


速い。


怖い。


刃を入れる。


ソードが姿勢制御部を捉えた。


衝撃。


機体が跳ねる。


右腕の警告表示が赤く染まる。


【右腕部過負荷】


【ソード刃部損耗】


それでも、切れた。


ミサイルの姿勢が崩れる。


赤点十七が軌道から外れる。


遅れて、防衛網の残射線がそこへ重なった。


遠くで白い爆光。


衝撃波が遅れて機体を揺らす。


『赤点十七、迎撃成功!』


セシリアさんの声が聞こえた。


成功。


一機。


でも、あと三機。


喜ぶ時間なんてない。


八番機の右腕が震えている。


ソードの刃に亀裂。


機体バランスがわずかに右へ傾く。


私は魔力の糸を左脚部と背部スラスターへ流し、傾きを押さえた。


「まだ、動けますよね」


機体に話しかける。


答えはない。


でも、動く。


動いてくれる。


「ありがとう」


赤点十八が上方を抜けようとしていた。


さっきより速い。


私の動きを見て、回避パターンを変えている。


賢い。


嫌になるくらい賢い。


マーリンの記憶が囁く。


二機目は同じ方法では無理。


ソードを深く入れるな。


押す。


斬るのではなく、軌道をずらす。


推進部の外縁を叩いて、地上軍の射線へ送る。


「はい」


私は頷いた。


誰に返事をしたのだろう。


記憶か。


自分か。


八番機を上昇させる。


身体にGがかかる。


胸が痛い。


息が細くなる。


口の中の血の味が濃くなる。


視界の暗い部分が増える。


でも、赤点十八の軌道は見えている。


センサー表示は乱れている。


モニターの一部がちらつく。


でも、糸の先でわかる。


空の中を走る圧。


ミサイルの熱。


推進炎の揺らぎ。


姿勢制御の開閉。


全部が、薄い糸に触れる。


私は八番機を赤点十八の上へ出した。


上から叩く。


普通なら間に合わない角度。


でも、魔力スラスターを一瞬だけ白く焼く。


警告。


また警告。


無視する。


無視したくない。


でも、今は無視する。


ソードを振り下ろした。


刃は推進部の外殻を削っただけだった。


深くは入らない。


それでいい。


ミサイルの姿勢がわずかに下へ崩れる。


「ホーカーさんたち、お願い」


地上軍の人たちが聞いているわけではない。


でも、言ってしまった。


下方から支援砲撃の光が伸びる。


一発目は外れる。


二発目が推進部の傷に入る。


赤点十八が大きく揺れた。


宇宙軍の迎撃弾が重なる。


爆光。


『赤点十八、撃破!』


ミリアの声が混じった。


『ローレ、二機落ちた! もう戻って!』


戻りたい。


本当に戻りたい。


でも、あと二機。


赤点十九と二十が、別々の経路へ分かれた。


一機は王都中枢へ。


もう一機は軌道シャトル中枢駅へ向かうように見えた。


そこには、まだ脱出シャトルがいる。


人がいる。


どちらも止めなければならない。


二機。


私一人。


機体は壊れかけている。


右腕部は過負荷。


ソードは亀裂。


背部スラスターの出力が不安定。


魔力残量は危険域に近い。


リンク深度は上がりすぎている。


身体は、もう自分のものではないみたいに重い。


「無理ですね」


私は笑った。


少しだけ。


「でも、無理でも、やるしかないんですよね」


赤点十九へ向かう。


先に王都中枢へ向かう方。


優先順位。


マーリンの記憶が冷静に示す。


怖いくらい冷静だ。


私はその冷静さを借りる。


でも、決めるのは私。


「行きます」


赤点十九は、私を避けなかった。


真正面から来る。


いや、違う。


誘っている。


正面でこちらを潰すつもりだ。


接近すれば、急加速してすれ違い、推進炎で焼く。


避ければ王都へ。


私は魔力の糸を機体の外へ伸ばした。


もっと広く。


もっと薄く。


ミサイルだけではなく、空全体へ。


そこにある見えない道。


推進炎の端。


圧の流れ。


防衛網の残った射線。


地上砲の冷却明け。


宇宙軍機の接近位置。


全部が一瞬だけ、頭の中に入ってきた。


多すぎる。


痛い。


頭が割れそう。


「う、あ……」


取り乱しそうになる。


怖い。


多い。


痛い。


わからない。


戻りたい。


シュヴァルベ様。


『ローレさん』


ノイズの向こうで、声がした。


『呼吸を』


通信は切ったはずなのに。


聞こえた。


本当に聞こえたのか、記憶の中の声なのか、わからない。


でも、その声はいつも通りだった。


『あなたの状態を聞いています』


訓練の時の声。


耐Gスーツの時の声。


戻ることを優先してください、と言った声。


私は息を吸った。


痛い。


それでも吸った。


吐く。


細く。


「はい」


答えた。


「怖いです。でも、見えます」


落ち着く。


完全には無理。


でも、崩れきらない。


糸を伸ばす。


機体の外へ。


広く。


薄く。


世界に触るように。


モニターの一部が消えた。


右側の映像が黒く落ちる。


センサーが沈黙する。


警告表示が赤く重なる。


【右側外部センサー消失】


【姿勢制御補助低下】


【リンク深度危険】


「見えなくても」


私は目を閉じかけて、開いた。


「見えます」


糸の先に、赤点十九がある。


位置。


速度。


次の回避。


その次。


推進部の振動。


姿勢制御部の開く瞬間。


ソードの残った刃。


壊れる前に、一度だけ深く入れられる。


一度だけ。


私は機体を横に滑らせた。


直線ではない。


高Gの弧。


人形の関節が悲鳴を上げる。


耐Gスーツが締めつける。


胸が潰れる。


血の味が喉へ落ちる。


意識が飛びかける。


だめ。


まだ。


ソードを突き出す。


刃がミサイルの側面へ刺さった。


その瞬間、ソードが割れた。


亀裂が走り、刃の半分が吹き飛ぶ。


でも、残った刃が姿勢制御部を引き裂いた。


八番機の右腕も、衝撃で持っていかれる。


警告が赤く燃える。


【右腕部機能低下】


【ソード破損】


【機体バランス異常】


ミサイルの軌道が大きく逸れる。


防衛網の射線へ入る。


迎撃光。


爆光。


『赤点十九、迎撃成功!』


セシリアさんの声。


震えている。


泣いているようにも聞こえた。


あと一機。


赤点二十。


軌道シャトル中枢駅へ向かっていた最後の一機が、急に進路を変えた。


王都中枢へ。


私のせいだ。


私を避けた結果、最短で王都へ向かう軌道に入った。


最後の一機。


速度が上がっている。


回避運動も激しい。


防衛網は間に合わない。


宇宙軍機も遠い。


地上砲は冷却中。


私しかいない。


でも、ソードは壊れた。


右腕はまともに動かない。


センサーも消え始めている。


モニターの半分が黒い。


警告音が途切れ途切れになる。


魔力残量、危険。


リンク深度、危険。


機体負荷、危険。


身体負荷、危険。


危険ばかりだ。


危険でないものはないのだろうか。


たぶん、ない。


私は左腕を動かした。


壊れたソードの残骸を投げ捨てる。


武器はない。


でも、推進器はまだある。


背部スラスター。


脚部スラスター。


魔力変換炉。


全部を、最後に使う。


赤点二十の推進部へ体当たりする。


弾頭ではない。


推進部の外側。


そこへ機体ごとぶつけて、軌道を変える。


そして、爆発の圧で外へ飛ばされる。


生き残れるかはわからない。


たぶん、わからない方がいい。


考えたら止まる。


『ローレさん、もう駄目です! 戻ってください!』


シュヴァルベ様の声が聞こえた。


私は通信を完全には切っていなかった。


ノイズの向こうに、まだ声がある。


『これ以上は、機体が持ちません!』


「はい」


声が出た。


届いているかはわからない。


「でも、最後です」


『ローレさん!』


「約束、しました」


戻る。


戻れなかったら、迎えに来てください。


私、待ってますから。


約束です。


自分で言った。


ずるい約束だと思う。


シュヴァルベ様を縛る約束だ。


でも、私はそれでも言った。


戻りたいから。


待っていたいから。


私は赤点二十を見た。


見た、というより、触れた。


糸の先で、最後の死を掴む。


「トレパペ」


機体に呼びかける。


「ごめんね」


赤い警告の中で、魔力をすべて推進器へ流す。


残っている分。


奥に沈んでいる分。


自分の身体の中から絞り出す分。


白い魔力が、機体の中を走る。


熱い。


指先が焼けるように痛い。


背中まで痛い。


胸の奥が空っぽになっていく。


【魔力残量限界】


【変換炉過負荷】


【リンクダウン危険】


「お願い」


私は前を見た。


「届いて」


八番機が、最後の急加速をした。


耐Gスーツが全身を締め付ける。


肺が潰れる。


視界がほとんど黒くなる。


その黒の中で、赤点二十だけが見えた。


推進部の外縁。


そこへ、機体を押し込む。


衝撃。


世界が白く弾けた。


音が消えた。


次に、すべてが揺れた。


爆発。


推進部が破壊されたのか、誘導部が吹き飛んだのか、もうわからない。


八番機が吹き飛ばされる。


身体が座席に叩きつけられる。


何かが機体の外で剥がれる音。


背部スラスターの警告。


脚部制御の消失。


全周囲モニターが一斉に乱れる。


赤。


白。


黒。


そして、ほとんど消えた。


私は、まだ生きているのだろうか。


わからない。


でも、通信が入った。


遠い。


とても遠い。


『……赤点二十……軌道逸脱……』


ノイズ。


『迎撃……成功……全弾……迎撃成功……』


全弾。


迎撃成功。


王都は。


救われた。


そう思った瞬間、身体の力が抜けた。


抜けたというより、もう入らなかった。


手が動かない。


足も動かない。


指先も、糸を掴めない。


魔力がない。


空っぽ。


八番機は落ちている。


モニターはほとんど黒い。


高度表示だけが、壊れかけた数字で減っていく。


落下。


機体制御不能。


リンクダウン寸前。


私は戻らなければならない。


戻るって言った。


必ず戻りますって。


でも、身体が動かない。


魔力も残っていない。


「ごめんなさい」


声になったかはわからない。


また謝っている。


怒られる。


女将さんにも、ミリアにも、シュヴァルベ様にも。


大将は、たぶん大きなまかないを出してくれる。


戻れたら。


戻れたら、だけど。


『ローレさん!』


シュヴァルベ様の声。


今度ははっきり聞こえた。


泣きそうな声。


怒っている声。


必死な声。


『ローレさん、返事を!』


返事。


しないと。


でも、口が動かない。


『ローレ!』


ミリア。


『ローレ、聞こえるか!』


トム。


『ローレさん、お願いです、応答してください!』


セシリアさん。


みんなの声がする。


私はひとりではない。


ひとりで行ったのに。


ひとりではなかった。


よかった。


「……約束」


やっと、それだけ言えた。


届いたかはわからない。


『ローレさん!』


シュヴァルベ様。


迎えに来てくれるだろうか。


来てくれる。


きっと。


だって、約束した。


私、待ってますから。


だから、少しだけ眠ってもいいだろうか。


身体が痛い。


苦しい。


でも、王都は救われた。


みんなが生きている。


それなら。


暗闇が、ゆっくり近づいてくる。


怖い。


でも、通信の向こうに声がある。


その声を掴もうとして、指は動かなかった。


魔力の糸も、もう伸びなかった。


それでも、胸の奥で小さく思う。


戻りたい。


戻る。


戻れなくても、待つ。


シュヴァルベ様が迎えに来てくれるまで。


私は、落ちていく八番機の中で、遠のく意識を手放した。

ここまでお読みいただき有り難うございました。


面白いと思っていただけましたら、評価、ブックマークをお願いいたします。

励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ