表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/112

迎撃

ご覧いただきありがとうございます。

作戦開始の号令は、思ったより静かだった。


もっと大きな声が響くのだと思っていた。


警報が鳴って、誰かが叫んで、整備員が走って、空が赤くなるような。


でも、実際には違った。


格納庫前のグラウンドで、作戦将校が短く言った。


「出撃」


それだけだった。


その一言で、人が動いた。


整備員が機体から離れる。


誘導灯が点く。


魔力ライフルを抱えた一番機と三番機の固定具が確認される。


補助員たちが手を上げる。


セスナ教官がこちらを見た。


「全員、戻ってこい」


それも短かった。


でも、その言葉が一番胸に残った。


勝てではなく。


落とせではなく。


戻ってこい。


私は八番機の昇降装置へ足をかけた。


耐Gスーツの中が、すでに少し蒸れている。


手袋の内側に汗をかいている。


指先が冷たいのに、汗だけは出る。


身体は不思議だ。


こんな時まで、ちゃんと怖がる準備をしている。


「ローレ」


下からミリアが呼んだ。


「はい」


「怖くなったら言う」


「はい。ミリアも」


「言う。たぶん叫ぶ」


「通信が混乱します」


「じゃあ短く叫ぶ」


「短い叫び」


「ぎゃ、くらい」


こんな時なのに、少しだけ笑いそうになった。


笑えたわけではない。


でも、胸の固まりがほんの少しだけ動いた。


トムが三番機の近くで手を上げる。


「ローレ、ユンカース様を頼む!」


「はい。トムも、ミリアの声を聞いてください」


「聞く!」


ミリアがすぐに言う。


「聞くだけじゃなくて従う!」


「従う!」


返事が早い。


早すぎて少し不安だ。


セシリアさんは六番機の前で、端末を抱えていた。


「ローレさん」


「はい、セシリアさん」


「全体の位置は私が見ます。ローレさんは、ユンカース様と、自分の戻る道を見てください」


「はい」


「ひとりで全部を抱えないでください」


その言葉に、私は少しだけ喉が詰まった。


「努力します」


「はい」


セシリアさんは、静かに微笑んだ。


その顔を見て、私は機体へ入った。


球状コクピット。


全周囲モニター。


座席に身体を固定する。


手にはめるインタフェース。


指先を入れる。


魔力の糸を、ゆっくり伸ばす。


トレパペが応える。


訓練機。


標準的で、特別ではない機体。


でも、今はこの機体で王都を守りに行く。


「お願いします」


私は小さく言った。


機体に言ったのか、自分に言ったのか、わからない。


リンク開始。


魔力流量、安定。


姿勢制御、正常。


観測補助系、強化設定。


武器、ソードのみ。


ライフルなし。


私は撃たない。


見る。


シュヴァルベ様の一番機を見る。


ミサイルを見る。


戻る道を見る。


通信が開く。


『ユンカース。通信良好』


いつもの声。


でも、いつもより少しだけ遠い。


いや、遠いのは私の心かもしれない。


順に声が続く。


『ダッソー。通信良好です』


『グラマン。通信良好』


『ピラタス。通信良好です』


『ブレゲ。通信良好です』


『ヒースロー。通信、良好です』


『サーブ。通信良好です』


私は息を吸った。


『プラット。通信、良好です』


シュヴァルベ様の声が入る。


『第一小隊、発進します。各機、隊形維持。作戦空域まで上昇』


発進路が開く。


青い空が見えた。


一番機が先に出る。


魔力ライフルを固定したシュヴァルベ様の機体は、いつもより少し重く見えた。


それでも、動きは美しい。


青い魔力スラスターの光が、空へ伸びる。


二番機。


三番機。


四番機。


順に上がる。


私の八番機も、最後尾から空へ出た。


地面が遠ざかる。


学園が小さくなる。


格納庫、訓練棟、グラウンド。


そこに残る人たち。


そこからさらに先に、王都がある。


ハネダ亭がある。


大将と女将さんがいる。


私は機体を上昇させながら、胸の奥の震えを押さえなかった。


怖いまま行く。


怖くないふりはしない。


でも、手は動かす。


指先から伸びる魔力の糸が、トレパペの中を走る。


機体が応える。


空が近づく。



作戦空域は、最終防衛ラインの外側だった。


高度が上がるほど、空の青は濃くなる。


王都の輪郭が遠くに見える。


白いシャトルの筋は、まだ何本も伸びていた。


それとは別に、投影表示には赤い軌道が近づいている。


実際のミサイルは、まだ肉眼では見えない。


でも、モニターには二十の赤い点があった。


宇宙軍の迎撃部隊が、先に展開していた。


正規部隊の人形は、訓練機とは違う。


動きが鋭く、推力も強い。


各機が防衛網と連携し、赤い軌道へ向けて散っていく。


さらに地上から、対空支援砲撃が始まった。


地上軍の支援砲台。


固定式の重砲。


王都外縁の防衛陣地から、細い光と実弾軌道が上空へ伸びる。


空の中に、迎撃の網が編まれていく。


それを見て、少しだけ思った。


これなら、止められるかもしれない。


宇宙軍がいる。


地上軍も撃っている。


防衛網も復旧し始めている。


私たちは補助。


全部を背負うわけではない。


そう思いたかった。


『第一小隊、作戦空域に到達』


シュヴァルベ様が言う。


『各ペア、配置へ。ヒースローさん、全体監視を開始してください』


『ヒースロー、全体監視開始。赤点二十、正規迎撃部隊が第一群へ接触します』


モニターの赤い点のうち、先頭の数機へ迎撃射線が重なる。


光が走った。


遠くで、空が白く瞬く。


最初の爆光。


『防衛網、第一弾迎撃。赤点一、消失』


セシリアさんの声が入る。


消失。


一機落ちた。


誰かが通信の中で息を吐いた。


『赤点二、推進部損傷。軌道逸脱』


地上軍の支援砲撃と宇宙軍の迎撃が重なる。


もう一つ、赤点が外れる。


いける。


そう思いかけた。


でも、残る赤点はまだ多い。


『第一小隊、支援対象、赤点七。防衛網の射線外へ逃れています』


管制の声に、少しノイズが混じる。


『ユンカース隊、誘導攪乱を実施せよ』


『第一小隊、了解』


シュヴァルベ様の声が、私の通信に入る。


『ローレさん、赤点七を見ます』


『はい、シュヴァルベ様』


私は観測補助を立ち上げた。


赤点七。


高高度を超音速で飛ぶ戦略級反応ミサイル。


モニター上では、小さな赤い印。


でも、その後ろにあるのは死だ。


私は魔力の糸を細く広げる。


広げすぎない。


でも、見る。


軌道。


速度。


回避運動の癖。


誘導部の位置。


姿勢制御部。


推進部。


シュヴァルベ様の一番機が、ライフルを構える。


長い銃身が、機体の腕に固定される。


青い魔力が、ライフルの変換部へ流れていく。


『照準補助をお願いします』


『はい』


私の視界に、赤点七の予測軌道が重なる。


まっすぐではない。


迎撃射線を避けるため、ほんのわずかに機首を振っている。


次の回避は右上。


その後、下へ落として速度を保つ。


そう感じた。


根拠はない。


いや、ある。


糸の先が、そう触れている。


「右上、そのあと下」


私は言った。


『赤点七、次回避は右上。直後に下方へ沈みます。誘導部より、右側姿勢制御部を狙ってください』


『了解』


シュヴァルベ様の声は、迷わなかった。


ライフルの先に光が集まる。


一瞬、空気が固まった気がした。


『撃ちます』


青白い光が走った。


魔力ライフルの一撃は、ソードとはまったく違う。


細く、鋭く、遠くへ伸びる。


赤点七が回避する。


右上へ。


私の言葉通りに。


そして下方へ沈もうとした瞬間、光が側面を貫いた。


『命中。姿勢制御部損傷』


セシリアさんの声。


赤点七の軌道が乱れる。


防衛網の射線へ押し込まれる。


次の瞬間、遠くの空で白い爆光が開いた。


『赤点七、迎撃成功』


成功。


私は息を吐いた。


手が震えている。


でも、できた。


シュヴァルベ様が撃ち、私が見た。


一機。


止められた。


『ローレさん、よく見ました』


『シュヴァルベ様こそ、命中です』


『次に備えます。冷却開始』


魔力ライフルの発射後、シュヴァルベ様の一番機は少し後退する。


ライフル冷却。


魔力消費。


一発。


残り一発。


たった一発。


でも、一機止めた。


『グラマン、赤点九へ向かう。ミリア、補正頼んだ』


『サーブ、了解。トム、左へ流されないで。赤点九は誘導部を見せてくるけど罠』


『グラマン、了解』


トムとミリアのペアも動く。


三番機が前へ出る。


魔力ライフルを構える。


ミリアの七番機が後ろから観測する。


『トム、撃つなら半拍待って』


『待つ』


『まだ』


『まだ?』


『まだ。今!』


『撃つ!』


光が走る。


赤点九が回避する。


でも、ミリアの指示通り、半拍遅らせた一撃が推進部の端をかすめた。


かすめた、ではない。


削った。


赤点九の速度が落ちる。


地上からの支援砲撃がそこへ重なる。


さらに宇宙軍機が斜め上から射線を通す。


赤点九が爆光に消えた。


『赤点九、迎撃成功』


『やった!』


トムの声。


すぐにミリアが返す。


『トム、下がる! 冷却!』


『わかってる!』


『返事じゃなくて機体!』


三番機が少し遅れて後退する。


危ない。


でも、戻った。


私はほっとした。


トムとミリアのペアも機能している。


セシリアさんが全体を見ている。


シュヴァルベ様の指揮も通っている。


宇宙軍と地上軍の迎撃も、赤点を削っている。


うまくいくかもしれない。


そう思った。


最初は。


赤点は、簡単には消えなかった。


防衛網の射線へ入ったと思った瞬間、ミサイルは大きく機首を振る。


迎撃弾を避ける。


魔力ライフルの照準が合う直前に、高度をずらす。


地上軍の支援砲撃は強力だけれど、高高度を超音速で飛ぶ標的には、当てるだけでも難しい。


宇宙軍の正規部隊でさえ、何度も外していた。


いや、外しているのではない。


ミサイルが避けている。


自律誘導。


迎撃軌道の予測。


回避運動。


あの旧防衛線跡の兵器は、古いのに賢すぎた。


『赤点十一、射線外へ離脱!』


『第二防衛網、再照準に遅延』


『正規迎撃三番隊、魔力残量低下』


『地上支援砲、冷却待ち』


通信が重なる。


ノイズも混じる。


空のあちこちで白い光が開く。


でも、すべてが成功ではない。


ダッソーさんとピラタスさんのペアは、赤点十三へ接近した。


ピラタスさんが一発撃つ。


しかし、ミサイルは直前で軌道を跳ね上げた。


光は推進部の下をかすめるだけだった。


『外しました……!』


ピラタスさんの声が震える。


『ピラタスさん、後退。冷却を優先してください』


シュヴァルベ様がすぐ指示する。


『ダッソー、直衛継続します』


『赤点十三、速度維持。防衛網へ再誘導不能』


セシリアさんの声が硬い。


外す。


当たり前だ。


難しい作戦なのだ。


一発で当たる方が奇跡に近い。


それでも、外れた一発は戻らない。


魔力も戻らない。


時間も戻らない。


私たちは次の赤点へ向かう。


シュヴァルベ様の二発目。


私は見た。


赤点十四。


さっきより速い。


回避が不規則。


右へ振ると見せて、上へ逃げる。


その後、姿勢制御部を隠すように回転する。


「左下からでは間に合いません」


私は言った。


『上を取ってください。推進部の冷却線が一瞬見えます。そこです』


『了解』


一番機が上昇する。


魔力ライフルに、青い光が集まる。


これで二発目。


シュヴァルベ様はもう撃てない。


外せない。


その思いが、私の喉を締める。


『ローレさん』


『はい』


『呼吸を』


こんな時に、シュヴァルベ様が私の呼吸を見ている。


私は息を吸った。


『補正を続けます。赤点十四、上昇後、半拍遅れて回転。撃つのは回転開始直後』


『はい』


ミサイルが動く。


上へ。


回転。


今。


『撃ってください!』


光が走った。


命中。


推進部の一部が吹き飛ぶ。


赤点十四の速度が落ち、軌道が乱れる。


宇宙軍の迎撃弾が重なる。


爆光。


『赤点十四、迎撃成功』


成功。


でも、私は喜べなかった。


シュヴァルベ様の二発は終わった。


トムも二発目を撃ち、赤点十五の誘導部を壊した。


ミリアの観測は正確だった。


トムはちゃんと下がった。


でも、トムももう撃てない。


ピラタスさんは一発外し、二発目は赤点十六の姿勢制御部をかすめただけで、防衛網への誘導には足りなかった。


ブレゲさんの牽制と地上支援砲がそれを補い、どうにか軌道を逸らした。


次々に赤点は消える。


でも、こちらの魔力も削れていく。


正規部隊の一部が後退する。


地上軍の砲撃にも冷却時間が入る。


防衛網の再照準が間に合わない場面が増える。


そして。


『残存赤点、四』


セシリアさんの声が、通信に落ちた。


四。


まだ四機。


『赤点十七、十八、十九、二十。最終防衛ラインへ接近』


管制の声がノイズに混じる。


『正規迎撃部隊、再接触困難。第一小隊、追撃可能か』


シュヴァルベ様が一瞬黙った。


その一瞬で、私は機体状態を見る。


一番機、魔力消費大。


ライフル二発使用済み。


冷却中。


三番機も同じ。


四番機は一発外し、一発使用。


五番機は中衛支援で魔力が減っている。


六番機は全体監視の負荷が高い。


七番機も通信と観測で魔力消費が大きい。


八番機、私はまだ撃っていない。


でも、観測補助を使い続けて、魔力はじわじわ削れている。


全員、余裕はない。


『第一小隊、これ以上のライフル迎撃は困難です』


シュヴァルベ様が答えた。


声は静かだった。


でも、苦しさがあった。


『魔力切れの危険があります。追撃すれば隊全体の帰投が不可能になる可能性があります』


帰投。


戻る。


セスナ教官の声が頭に浮かぶ。


全員、戻ってこい。


『管制、了解……ザ……最終防衛ライン……突破の可能性……』


ノイズが強い。


モニターの赤い点が、最終防衛ラインへ近づく。


そして、越えた。


四つの赤点が、線の内側へ入る。


最終防衛ラインを超えた。


その瞬間、空気が変わった気がした。


実際には、コクピットの中だから空気は変わらない。


でも、胸の奥で何かが落ちた。


『赤点四、最終防衛ライン突破』


セシリアさんの声が震えていた。


『迎撃困難域へ移行』


迎撃困難。


四機。


四つの死が、王都へ向かっている。


一発でも着弾すれば壊滅的な打撃。


四機。


ハネダ亭。


大将。


女将さん。


セシリアさん。


ミリア。


トム。


シュヴァルベ様。


王都の人たち。


名前の知らない人たち。


全部が、赤い点の向こうに重なる。


私は手が震えるのを感じた。


「いや」


声が漏れた。


いやだ。


誰にも死んでほしくない。


本当に。


もう、ただの優しい言葉ではなかった。


目前に死がある。


モニターの赤い点が、数字になって迫ってくる。


到達予測。


残り時間。


軌道。


角度。


速度。


死が、計算されている。


なら、どうする。


私の視線が、機体の武装表示へ向いた。


ソード。


八番機の武装。


魔力ライフルはない。


でも、ソードはある。


近接。


直接攻撃。


将校は言っていた。


最終手段。


生還率は低い。


推進部、姿勢制御部の切断。


ソードで。


近づく。


戦略級反応ミサイルへ。


「だめ」


自分で言った。


だめ。


そんなことをしたら死ぬ。


近づけば、回避運動に巻き込まれる。


推進炎に焼かれる。


誘爆すれば終わり。


魔力も足りない。


訓練機だ。


私は一年生だ。


ローレッタだ。


戦いたくない。


死にたくない。


でも。


マーリンの記憶が、静かに動いた。


戦場。


迎撃。


推進部の切断角。


回避機動の読み。


ミサイルの死角。


自律誘導の癖。


ソードを入れる場所。


知っている。


私は知っている。


いや、マーリンが知っている。


あの人は戦いを嫌っていた。


戦いたくなかった。


人を殺したくなかった。


それでも、戦った。


なぜ。


記録は、撃墜数だけを残した。


怪物と呼んだ。


撃墜女王と呼んだ。


でも、記憶の奥にある感情は違う。


怖かった。


嫌だった。


もう誰も落としたくなかった。


それでも、戻したかった。


一人でも多く。


守りたかった。


大切な人たちに、死んでほしくなかった。


マーリンは、戦いが好きだったわけではない。


強さを誇ったわけでもない。


仕方なく。


守るために。


そのために、自分から死に近づいた。


胸の奥で、何かがつながる。


私はマーリンではない。


でも、マーリンの記憶は、ここにある。


この知識を使えば、何かできるかもしれない。


逃げるために隠してきたもの。


怖くて押し込めてきたもの。


それを使う。


使えば、私はまたマーリンに近づくかもしれない。


シュヴァルベ様が私を見る目が変わるかもしれない。


DDSが拾った異常値が、現実になるかもしれない。


でも。


王都が壊れたら。


誰も戻れない。


『ローレさん』


シュヴァルベ様の声が入る。


『状態を報告してください』


私は返事をしなかった。


できなかった。


モニターの赤い点を見る。


四つ。


まだ間に合うかもしれない。


最終防衛ラインは越えた。


でも、王都にはまだ届いていない。


距離はある。


高度もある。


速度は速い。


でも、道はある。


見える。


いや、触れる。


魔力の糸の先が、空の中の細い線へ伸びる。


一番近い赤点の、推進部の下。


回避運動の隙間。


そこへ入れば。


入って、ソードを通せば。


一機は止められる。


一機だけでは足りない。


でも、一機でも止めなければ。


『ローレさん!』


シュヴァルベ様の声が強くなる。


その声で、私は少し戻った。


戻ったうえで、決めた。


「シュヴァルベ様」


『はい』


「私、行きます」


一瞬、通信が静かになった。


『何を、言っているのですか』


声が低い。


怒りではない。


恐怖に近い。


「ソードで、止めます」


『許可できません』


即答だった。


当然だ。


シュヴァルベ様ならそう言う。


『八番機は退路管理です。単機で前へ出ることは許可できません』


「はい」


私は頷いた。


コクピットの中で。


誰にも見えないのに。


「でも、退路がなくなる前に、死が王都へ届きます」


『ローレさん』


「誰にも死んでほしくありません」


声が震える。


でも、止まらない。


「戦いたくないです。怖いです。死にたくないです。でも、何もしないで王都が壊れるのは、もっと嫌です」


ミリアの声が割り込む。


『ローレ、待って。単機はだめ』


トムも。


『ローレ! 戻れ!』


セシリアさんの声は、必死に落ち着こうとしていた。


『ローレさん、機体状態を確認してください。魔力残量はまだありますが、観測負荷が高いです。単機突入は危険です』


危険。


わかっている。


危険だから、誰も行けない。


でも、誰かが行かなければ、四機は王都へ届く。


私はソードの表示を見た。


手元のインタフェースに力を入れる。


魔力の糸が、八番機の腕へ伸びる。


ソードのロックが外れる。


まだ抜かない。


まだ。


「私は、マーリンじゃありません」


自分に言ったのか、通信に言ったのか、わからなかった。


「でも、マーリンの記憶があります」


通信の向こうが静かになる。


言ってしまった。


一部だけ。


でも、もう隠せない。


「私はずっと怖くて、逃げて、隠していました。でも、その記憶が守るために使えるなら、使います」


シュヴァルベ様の声が震えた。


『ローレさん、それは』


「私はローレッタです」


今度は、はっきり言った。


「ローレッタ=プラットとして、行きます」


胸の奥で、黒い宇宙の記憶が開く。


でも、飲まれない。


私は私のまま、それを見る。


使う。


奪われるのではなく、選ぶ。


魔力の糸を広げる。


白い光が、指先から機体へ流れる。


警告表示が赤く灯った。


魔力流量上昇。


リンク深度上昇。


過負荷注意。


私は息を吸った。


怖い。


とても怖い。


でも、もう逃げない。


目の前に、王都へ迫る四つの赤い点がある。


その向こうに、守りたい人たちがいる。


私はソードのグリップを握らせた。


八番機が、わずかに前傾する。


『ローレさん、待ちなさい!』


シュヴァルベ様の声。


私は泣きそうになった。


でも、笑った。


少しだけ。


「ごめんなさい、シュヴァルベ様」


謝るなと言われるかもしれない。


でも、今だけは言わせてほしい。


「私、戻るために行きます」


白い魔力が、八番機の背を押した。


王都に迫る死へ向かって。


私は、自分から近づくことを選んだ。

ここまでお読みいただき有り難うございました。


面白いと思っていただけましたら、評価、ブックマークをお願いいたします。

励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ