迎撃
ご覧いただきありがとうございます。
作戦開始の号令は、思ったより静かだった。
もっと大きな声が響くのだと思っていた。
警報が鳴って、誰かが叫んで、整備員が走って、空が赤くなるような。
でも、実際には違った。
格納庫前のグラウンドで、作戦将校が短く言った。
「出撃」
それだけだった。
その一言で、人が動いた。
整備員が機体から離れる。
誘導灯が点く。
魔力ライフルを抱えた一番機と三番機の固定具が確認される。
補助員たちが手を上げる。
セスナ教官がこちらを見た。
「全員、戻ってこい」
それも短かった。
でも、その言葉が一番胸に残った。
勝てではなく。
落とせではなく。
戻ってこい。
私は八番機の昇降装置へ足をかけた。
耐Gスーツの中が、すでに少し蒸れている。
手袋の内側に汗をかいている。
指先が冷たいのに、汗だけは出る。
身体は不思議だ。
こんな時まで、ちゃんと怖がる準備をしている。
「ローレ」
下からミリアが呼んだ。
「はい」
「怖くなったら言う」
「はい。ミリアも」
「言う。たぶん叫ぶ」
「通信が混乱します」
「じゃあ短く叫ぶ」
「短い叫び」
「ぎゃ、くらい」
こんな時なのに、少しだけ笑いそうになった。
笑えたわけではない。
でも、胸の固まりがほんの少しだけ動いた。
トムが三番機の近くで手を上げる。
「ローレ、ユンカース様を頼む!」
「はい。トムも、ミリアの声を聞いてください」
「聞く!」
ミリアがすぐに言う。
「聞くだけじゃなくて従う!」
「従う!」
返事が早い。
早すぎて少し不安だ。
セシリアさんは六番機の前で、端末を抱えていた。
「ローレさん」
「はい、セシリアさん」
「全体の位置は私が見ます。ローレさんは、ユンカース様と、自分の戻る道を見てください」
「はい」
「ひとりで全部を抱えないでください」
その言葉に、私は少しだけ喉が詰まった。
「努力します」
「はい」
セシリアさんは、静かに微笑んだ。
その顔を見て、私は機体へ入った。
球状コクピット。
全周囲モニター。
座席に身体を固定する。
手にはめるインタフェース。
指先を入れる。
魔力の糸を、ゆっくり伸ばす。
トレパペが応える。
訓練機。
標準的で、特別ではない機体。
でも、今はこの機体で王都を守りに行く。
「お願いします」
私は小さく言った。
機体に言ったのか、自分に言ったのか、わからない。
リンク開始。
魔力流量、安定。
姿勢制御、正常。
観測補助系、強化設定。
武器、ソードのみ。
ライフルなし。
私は撃たない。
見る。
シュヴァルベ様の一番機を見る。
ミサイルを見る。
戻る道を見る。
通信が開く。
『ユンカース。通信良好』
いつもの声。
でも、いつもより少しだけ遠い。
いや、遠いのは私の心かもしれない。
順に声が続く。
『ダッソー。通信良好です』
『グラマン。通信良好』
『ピラタス。通信良好です』
『ブレゲ。通信良好です』
『ヒースロー。通信、良好です』
『サーブ。通信良好です』
私は息を吸った。
『プラット。通信、良好です』
シュヴァルベ様の声が入る。
『第一小隊、発進します。各機、隊形維持。作戦空域まで上昇』
発進路が開く。
青い空が見えた。
一番機が先に出る。
魔力ライフルを固定したシュヴァルベ様の機体は、いつもより少し重く見えた。
それでも、動きは美しい。
青い魔力スラスターの光が、空へ伸びる。
二番機。
三番機。
四番機。
順に上がる。
私の八番機も、最後尾から空へ出た。
地面が遠ざかる。
学園が小さくなる。
格納庫、訓練棟、グラウンド。
そこに残る人たち。
そこからさらに先に、王都がある。
ハネダ亭がある。
大将と女将さんがいる。
私は機体を上昇させながら、胸の奥の震えを押さえなかった。
怖いまま行く。
怖くないふりはしない。
でも、手は動かす。
指先から伸びる魔力の糸が、トレパペの中を走る。
機体が応える。
空が近づく。
作戦空域は、最終防衛ラインの外側だった。
高度が上がるほど、空の青は濃くなる。
王都の輪郭が遠くに見える。
白いシャトルの筋は、まだ何本も伸びていた。
それとは別に、投影表示には赤い軌道が近づいている。
実際のミサイルは、まだ肉眼では見えない。
でも、モニターには二十の赤い点があった。
宇宙軍の迎撃部隊が、先に展開していた。
正規部隊の人形は、訓練機とは違う。
動きが鋭く、推力も強い。
各機が防衛網と連携し、赤い軌道へ向けて散っていく。
さらに地上から、対空支援砲撃が始まった。
地上軍の支援砲台。
固定式の重砲。
王都外縁の防衛陣地から、細い光と実弾軌道が上空へ伸びる。
空の中に、迎撃の網が編まれていく。
それを見て、少しだけ思った。
これなら、止められるかもしれない。
宇宙軍がいる。
地上軍も撃っている。
防衛網も復旧し始めている。
私たちは補助。
全部を背負うわけではない。
そう思いたかった。
『第一小隊、作戦空域に到達』
シュヴァルベ様が言う。
『各ペア、配置へ。ヒースローさん、全体監視を開始してください』
『ヒースロー、全体監視開始。赤点二十、正規迎撃部隊が第一群へ接触します』
モニターの赤い点のうち、先頭の数機へ迎撃射線が重なる。
光が走った。
遠くで、空が白く瞬く。
最初の爆光。
『防衛網、第一弾迎撃。赤点一、消失』
セシリアさんの声が入る。
消失。
一機落ちた。
誰かが通信の中で息を吐いた。
『赤点二、推進部損傷。軌道逸脱』
地上軍の支援砲撃と宇宙軍の迎撃が重なる。
もう一つ、赤点が外れる。
いける。
そう思いかけた。
でも、残る赤点はまだ多い。
『第一小隊、支援対象、赤点七。防衛網の射線外へ逃れています』
管制の声に、少しノイズが混じる。
『ユンカース隊、誘導攪乱を実施せよ』
『第一小隊、了解』
シュヴァルベ様の声が、私の通信に入る。
『ローレさん、赤点七を見ます』
『はい、シュヴァルベ様』
私は観測補助を立ち上げた。
赤点七。
高高度を超音速で飛ぶ戦略級反応ミサイル。
モニター上では、小さな赤い印。
でも、その後ろにあるのは死だ。
私は魔力の糸を細く広げる。
広げすぎない。
でも、見る。
軌道。
速度。
回避運動の癖。
誘導部の位置。
姿勢制御部。
推進部。
シュヴァルベ様の一番機が、ライフルを構える。
長い銃身が、機体の腕に固定される。
青い魔力が、ライフルの変換部へ流れていく。
『照準補助をお願いします』
『はい』
私の視界に、赤点七の予測軌道が重なる。
まっすぐではない。
迎撃射線を避けるため、ほんのわずかに機首を振っている。
次の回避は右上。
その後、下へ落として速度を保つ。
そう感じた。
根拠はない。
いや、ある。
糸の先が、そう触れている。
「右上、そのあと下」
私は言った。
『赤点七、次回避は右上。直後に下方へ沈みます。誘導部より、右側姿勢制御部を狙ってください』
『了解』
シュヴァルベ様の声は、迷わなかった。
ライフルの先に光が集まる。
一瞬、空気が固まった気がした。
『撃ちます』
青白い光が走った。
魔力ライフルの一撃は、ソードとはまったく違う。
細く、鋭く、遠くへ伸びる。
赤点七が回避する。
右上へ。
私の言葉通りに。
そして下方へ沈もうとした瞬間、光が側面を貫いた。
『命中。姿勢制御部損傷』
セシリアさんの声。
赤点七の軌道が乱れる。
防衛網の射線へ押し込まれる。
次の瞬間、遠くの空で白い爆光が開いた。
『赤点七、迎撃成功』
成功。
私は息を吐いた。
手が震えている。
でも、できた。
シュヴァルベ様が撃ち、私が見た。
一機。
止められた。
『ローレさん、よく見ました』
『シュヴァルベ様こそ、命中です』
『次に備えます。冷却開始』
魔力ライフルの発射後、シュヴァルベ様の一番機は少し後退する。
ライフル冷却。
魔力消費。
一発。
残り一発。
たった一発。
でも、一機止めた。
『グラマン、赤点九へ向かう。ミリア、補正頼んだ』
『サーブ、了解。トム、左へ流されないで。赤点九は誘導部を見せてくるけど罠』
『グラマン、了解』
トムとミリアのペアも動く。
三番機が前へ出る。
魔力ライフルを構える。
ミリアの七番機が後ろから観測する。
『トム、撃つなら半拍待って』
『待つ』
『まだ』
『まだ?』
『まだ。今!』
『撃つ!』
光が走る。
赤点九が回避する。
でも、ミリアの指示通り、半拍遅らせた一撃が推進部の端をかすめた。
かすめた、ではない。
削った。
赤点九の速度が落ちる。
地上からの支援砲撃がそこへ重なる。
さらに宇宙軍機が斜め上から射線を通す。
赤点九が爆光に消えた。
『赤点九、迎撃成功』
『やった!』
トムの声。
すぐにミリアが返す。
『トム、下がる! 冷却!』
『わかってる!』
『返事じゃなくて機体!』
三番機が少し遅れて後退する。
危ない。
でも、戻った。
私はほっとした。
トムとミリアのペアも機能している。
セシリアさんが全体を見ている。
シュヴァルベ様の指揮も通っている。
宇宙軍と地上軍の迎撃も、赤点を削っている。
うまくいくかもしれない。
そう思った。
最初は。
赤点は、簡単には消えなかった。
防衛網の射線へ入ったと思った瞬間、ミサイルは大きく機首を振る。
迎撃弾を避ける。
魔力ライフルの照準が合う直前に、高度をずらす。
地上軍の支援砲撃は強力だけれど、高高度を超音速で飛ぶ標的には、当てるだけでも難しい。
宇宙軍の正規部隊でさえ、何度も外していた。
いや、外しているのではない。
ミサイルが避けている。
自律誘導。
迎撃軌道の予測。
回避運動。
あの旧防衛線跡の兵器は、古いのに賢すぎた。
『赤点十一、射線外へ離脱!』
『第二防衛網、再照準に遅延』
『正規迎撃三番隊、魔力残量低下』
『地上支援砲、冷却待ち』
通信が重なる。
ノイズも混じる。
空のあちこちで白い光が開く。
でも、すべてが成功ではない。
ダッソーさんとピラタスさんのペアは、赤点十三へ接近した。
ピラタスさんが一発撃つ。
しかし、ミサイルは直前で軌道を跳ね上げた。
光は推進部の下をかすめるだけだった。
『外しました……!』
ピラタスさんの声が震える。
『ピラタスさん、後退。冷却を優先してください』
シュヴァルベ様がすぐ指示する。
『ダッソー、直衛継続します』
『赤点十三、速度維持。防衛網へ再誘導不能』
セシリアさんの声が硬い。
外す。
当たり前だ。
難しい作戦なのだ。
一発で当たる方が奇跡に近い。
それでも、外れた一発は戻らない。
魔力も戻らない。
時間も戻らない。
私たちは次の赤点へ向かう。
シュヴァルベ様の二発目。
私は見た。
赤点十四。
さっきより速い。
回避が不規則。
右へ振ると見せて、上へ逃げる。
その後、姿勢制御部を隠すように回転する。
「左下からでは間に合いません」
私は言った。
『上を取ってください。推進部の冷却線が一瞬見えます。そこです』
『了解』
一番機が上昇する。
魔力ライフルに、青い光が集まる。
これで二発目。
シュヴァルベ様はもう撃てない。
外せない。
その思いが、私の喉を締める。
『ローレさん』
『はい』
『呼吸を』
こんな時に、シュヴァルベ様が私の呼吸を見ている。
私は息を吸った。
『補正を続けます。赤点十四、上昇後、半拍遅れて回転。撃つのは回転開始直後』
『はい』
ミサイルが動く。
上へ。
回転。
今。
『撃ってください!』
光が走った。
命中。
推進部の一部が吹き飛ぶ。
赤点十四の速度が落ち、軌道が乱れる。
宇宙軍の迎撃弾が重なる。
爆光。
『赤点十四、迎撃成功』
成功。
でも、私は喜べなかった。
シュヴァルベ様の二発は終わった。
トムも二発目を撃ち、赤点十五の誘導部を壊した。
ミリアの観測は正確だった。
トムはちゃんと下がった。
でも、トムももう撃てない。
ピラタスさんは一発外し、二発目は赤点十六の姿勢制御部をかすめただけで、防衛網への誘導には足りなかった。
ブレゲさんの牽制と地上支援砲がそれを補い、どうにか軌道を逸らした。
次々に赤点は消える。
でも、こちらの魔力も削れていく。
正規部隊の一部が後退する。
地上軍の砲撃にも冷却時間が入る。
防衛網の再照準が間に合わない場面が増える。
そして。
『残存赤点、四』
セシリアさんの声が、通信に落ちた。
四。
まだ四機。
『赤点十七、十八、十九、二十。最終防衛ラインへ接近』
管制の声がノイズに混じる。
『正規迎撃部隊、再接触困難。第一小隊、追撃可能か』
シュヴァルベ様が一瞬黙った。
その一瞬で、私は機体状態を見る。
一番機、魔力消費大。
ライフル二発使用済み。
冷却中。
三番機も同じ。
四番機は一発外し、一発使用。
五番機は中衛支援で魔力が減っている。
六番機は全体監視の負荷が高い。
七番機も通信と観測で魔力消費が大きい。
八番機、私はまだ撃っていない。
でも、観測補助を使い続けて、魔力はじわじわ削れている。
全員、余裕はない。
『第一小隊、これ以上のライフル迎撃は困難です』
シュヴァルベ様が答えた。
声は静かだった。
でも、苦しさがあった。
『魔力切れの危険があります。追撃すれば隊全体の帰投が不可能になる可能性があります』
帰投。
戻る。
セスナ教官の声が頭に浮かぶ。
全員、戻ってこい。
『管制、了解……ザ……最終防衛ライン……突破の可能性……』
ノイズが強い。
モニターの赤い点が、最終防衛ラインへ近づく。
そして、越えた。
四つの赤点が、線の内側へ入る。
最終防衛ラインを超えた。
その瞬間、空気が変わった気がした。
実際には、コクピットの中だから空気は変わらない。
でも、胸の奥で何かが落ちた。
『赤点四、最終防衛ライン突破』
セシリアさんの声が震えていた。
『迎撃困難域へ移行』
迎撃困難。
四機。
四つの死が、王都へ向かっている。
一発でも着弾すれば壊滅的な打撃。
四機。
ハネダ亭。
大将。
女将さん。
セシリアさん。
ミリア。
トム。
シュヴァルベ様。
王都の人たち。
名前の知らない人たち。
全部が、赤い点の向こうに重なる。
私は手が震えるのを感じた。
「いや」
声が漏れた。
いやだ。
誰にも死んでほしくない。
本当に。
もう、ただの優しい言葉ではなかった。
目前に死がある。
モニターの赤い点が、数字になって迫ってくる。
到達予測。
残り時間。
軌道。
角度。
速度。
死が、計算されている。
なら、どうする。
私の視線が、機体の武装表示へ向いた。
ソード。
八番機の武装。
魔力ライフルはない。
でも、ソードはある。
近接。
直接攻撃。
将校は言っていた。
最終手段。
生還率は低い。
推進部、姿勢制御部の切断。
ソードで。
近づく。
戦略級反応ミサイルへ。
「だめ」
自分で言った。
だめ。
そんなことをしたら死ぬ。
近づけば、回避運動に巻き込まれる。
推進炎に焼かれる。
誘爆すれば終わり。
魔力も足りない。
訓練機だ。
私は一年生だ。
ローレッタだ。
戦いたくない。
死にたくない。
でも。
マーリンの記憶が、静かに動いた。
戦場。
迎撃。
推進部の切断角。
回避機動の読み。
ミサイルの死角。
自律誘導の癖。
ソードを入れる場所。
知っている。
私は知っている。
いや、マーリンが知っている。
あの人は戦いを嫌っていた。
戦いたくなかった。
人を殺したくなかった。
それでも、戦った。
なぜ。
記録は、撃墜数だけを残した。
怪物と呼んだ。
撃墜女王と呼んだ。
でも、記憶の奥にある感情は違う。
怖かった。
嫌だった。
もう誰も落としたくなかった。
それでも、戻したかった。
一人でも多く。
守りたかった。
大切な人たちに、死んでほしくなかった。
マーリンは、戦いが好きだったわけではない。
強さを誇ったわけでもない。
仕方なく。
守るために。
そのために、自分から死に近づいた。
胸の奥で、何かがつながる。
私はマーリンではない。
でも、マーリンの記憶は、ここにある。
この知識を使えば、何かできるかもしれない。
逃げるために隠してきたもの。
怖くて押し込めてきたもの。
それを使う。
使えば、私はまたマーリンに近づくかもしれない。
シュヴァルベ様が私を見る目が変わるかもしれない。
DDSが拾った異常値が、現実になるかもしれない。
でも。
王都が壊れたら。
誰も戻れない。
『ローレさん』
シュヴァルベ様の声が入る。
『状態を報告してください』
私は返事をしなかった。
できなかった。
モニターの赤い点を見る。
四つ。
まだ間に合うかもしれない。
最終防衛ラインは越えた。
でも、王都にはまだ届いていない。
距離はある。
高度もある。
速度は速い。
でも、道はある。
見える。
いや、触れる。
魔力の糸の先が、空の中の細い線へ伸びる。
一番近い赤点の、推進部の下。
回避運動の隙間。
そこへ入れば。
入って、ソードを通せば。
一機は止められる。
一機だけでは足りない。
でも、一機でも止めなければ。
『ローレさん!』
シュヴァルベ様の声が強くなる。
その声で、私は少し戻った。
戻ったうえで、決めた。
「シュヴァルベ様」
『はい』
「私、行きます」
一瞬、通信が静かになった。
『何を、言っているのですか』
声が低い。
怒りではない。
恐怖に近い。
「ソードで、止めます」
『許可できません』
即答だった。
当然だ。
シュヴァルベ様ならそう言う。
『八番機は退路管理です。単機で前へ出ることは許可できません』
「はい」
私は頷いた。
コクピットの中で。
誰にも見えないのに。
「でも、退路がなくなる前に、死が王都へ届きます」
『ローレさん』
「誰にも死んでほしくありません」
声が震える。
でも、止まらない。
「戦いたくないです。怖いです。死にたくないです。でも、何もしないで王都が壊れるのは、もっと嫌です」
ミリアの声が割り込む。
『ローレ、待って。単機はだめ』
トムも。
『ローレ! 戻れ!』
セシリアさんの声は、必死に落ち着こうとしていた。
『ローレさん、機体状態を確認してください。魔力残量はまだありますが、観測負荷が高いです。単機突入は危険です』
危険。
わかっている。
危険だから、誰も行けない。
でも、誰かが行かなければ、四機は王都へ届く。
私はソードの表示を見た。
手元のインタフェースに力を入れる。
魔力の糸が、八番機の腕へ伸びる。
ソードのロックが外れる。
まだ抜かない。
まだ。
「私は、マーリンじゃありません」
自分に言ったのか、通信に言ったのか、わからなかった。
「でも、マーリンの記憶があります」
通信の向こうが静かになる。
言ってしまった。
一部だけ。
でも、もう隠せない。
「私はずっと怖くて、逃げて、隠していました。でも、その記憶が守るために使えるなら、使います」
シュヴァルベ様の声が震えた。
『ローレさん、それは』
「私はローレッタです」
今度は、はっきり言った。
「ローレッタ=プラットとして、行きます」
胸の奥で、黒い宇宙の記憶が開く。
でも、飲まれない。
私は私のまま、それを見る。
使う。
奪われるのではなく、選ぶ。
魔力の糸を広げる。
白い光が、指先から機体へ流れる。
警告表示が赤く灯った。
魔力流量上昇。
リンク深度上昇。
過負荷注意。
私は息を吸った。
怖い。
とても怖い。
でも、もう逃げない。
目の前に、王都へ迫る四つの赤い点がある。
その向こうに、守りたい人たちがいる。
私はソードのグリップを握らせた。
八番機が、わずかに前傾する。
『ローレさん、待ちなさい!』
シュヴァルベ様の声。
私は泣きそうになった。
でも、笑った。
少しだけ。
「ごめんなさい、シュヴァルベ様」
謝るなと言われるかもしれない。
でも、今だけは言わせてほしい。
「私、戻るために行きます」
白い魔力が、八番機の背を押した。
王都に迫る死へ向かって。
私は、自分から近づくことを選んだ。
ここまでお読みいただき有り難うございました。
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