学内模擬戦
ご覧いただきありがとうございます。
学内模擬戦の公示は、訓練棟の中央掲示板に出ていた。
大きな文字。
学内模擬戦実施要項。
その文字を見た瞬間、私は足を止めた。
止めたくて止めたわけではない。
足が勝手に止まった。
模擬戦。
人形。
隊。
進級評価。
そういう言葉が、掲示板の上で行儀よく並んでいる。
行儀よく並んでいるのに、こちらへ突撃してくるように見える。
文字は動かないはずなのに。
困る。
とても困る。
「ローレ」
隣でミリアが私を見る。
「顔、固い」
「固くないです」
「固いよ。掲示板見た瞬間、凍った」
「少し、冷えました」
「冷えたんだ」
ミリアは少し笑ったけれど、すぐに心配そうな顔になった。
最近、ミリアは私の顔を見るのが上手くなっている。
いや、前から上手かったのかもしれない。
私が隠せているつもりだっただけで。
「学内模擬戦、か」
トムが掲示板を見上げる。
「いよいよって感じだな」
「トムは楽しそうですね」
「緊張はしてるぞ。でも、こういうのは燃えるだろ」
「燃えすぎて前に出ないでくださいね」
「ミリアに言われる前にローレに言われた」
「重要なので」
ミリアが頷く。
「重要」
トムは少し口を尖らせた。
「俺、そんなに前に出てるか?」
「出てる」
ミリアと私は同時に言った。
少し遅れて、セシリアさんが小さく笑った。
「グラマンさんは、前に出る力がある分、戻る意識も大切かもしれません」
「ヒースローさんにまで言われた」
トムは胸を押さえる。
大げさだ。
でも、その大げささに少し空気が軽くなる。
ありがたい。
掲示板の前には、他の生徒たちも集まっていた。
皆、隊の編成を気にしている。
それは当然だった。
学内模擬戦は、ただの訓練ではない。
進級評価に大きく関わる。
実技成績。
判断力。
連携。
魔力管理。
隊内での役割遂行。
そういったものが全部見られる。
しかも、今回は八機構成。
部隊として動く。
一人で動けばよいわけではない。
それが、少し怖かった。
一人で怖いのも嫌だけれど、隊で怖いのも別の怖さがある。
自分が失敗したら、隊全体へ迷惑がかかる。
誰かの足を引っ張るかもしれない。
そう思うと、胃のあたりが小さく縮む。
「ローレさん」
セシリアさんがそっと声をかけてくれた。
「大丈夫ですか」
「少し緊張しています」
大丈夫です、と言わなかった。
言いそうになったけれど、止めた。
セシリアさんはそれだけで、少し安心したように頷いた。
「私も緊張しています」
「セシリアさんもですか」
「はい。八機構成ですから、役割が大きくなります」
「ですよね」
八機。
多い。
二人一組のバディとは違う。
三組でもない。
もっと大きな流れの中に入る。
私は、できれば無難な隊がよかった。
安全で。
目立たないところ。
前に出すぎず、後ろすぎず。
注目されず。
評価も悪くならず。
そういう、とても都合のいい場所。
でも、学園はそういう都合の良さを簡単にはくれない。
私は掲示板の周囲を見渡した。
少し離れた場所に、シュヴァルベ様がいた。
背筋を伸ばし、数人の生徒から声をかけられている。
白に近い淡い金の髪が、訓練棟の光を受けて柔らかく光っていた。
その姿を見ると、胸の奥が少し落ち着く。
同時に、少し緊張する。
シュヴァルベ様が隊長になることは、ほぼ確定している。
クラスの誰もがそう思っている。
優秀で、冷静で、判断が速く、王都記念杯でも結果を出した。
それに、ユンカース侯爵家の令嬢。
本人の実力と家格の両方がある。
だから、公示前から注目されていた。
シュヴァルベ様の隊がどうなるのか。
誰がそこに入るのか。
私も、その視線の中にいるのだろうか。
そう思うと、髪の内側が少し気になった。
白い部分は、まだ少し見えている。
完全には隠していない。
けれど、隠しきろうともしていない。
その選択は、まだ胸の中で落ち着いていなかった。
髪のこと。
模擬戦のこと。
シュヴァルベ様のこと。
全部が同じ場所で絡まりそうになる。
「ローレ、また髪触ろうとしてる」
ミリアの声で、私は手を止めた。
「すみません」
「謝らなくていいけど、触ると余計気になるよ」
「はい」
「見えてても変じゃないって」
トムが言う。
「むしろ、模擬戦で目立っても髪のせいにできる」
「それは嫌です」
「じゃあ実力のせいか」
「もっと嫌です」
トムが笑った。
ミリアが肘で軽くつつく。
「トム、ローレを追い詰めない」
「励ましたつもりだった」
「雑」
「また雑って言われた」
私は少し笑った。
本当に少しだけ。
模擬戦の文字はまだ怖い。
でも、隣にいる声が、少しだけ怖さを薄くしてくれる。
完全には消えない。
でも、薄くはなる。
それだけでもありがたい。
隊編成の発表は、講義室で行われた。
一年C組の生徒たちは、いつもより静かに席へ着いていた。
ざわつきはある。
でも、大きくはない。
皆、待っている。
セスナ教官が入ってくると、空気が一段締まった。
「全員、席に着け」
短い声。
全員が前を向く。
セスナ教官は教卓に端末を置き、投影盤を起動した。
前方に、学内模擬戦実施要項が表示される。
「学内模擬戦について説明する」
教室の空気が、さらに静かになった。
「今回の模擬戦は八機構成で行う。二機一組のバディを基本としつつ、隊全体での行動を評価する。隊員の割り当ては教官側で決定済みだ」
八機構成。
その言葉で、胸が小さく鳴る。
「編成によって、今後の訓練内容も変わる。役割ごとに必要な技術を重点的に確認する。今回の成績は進級評価に大きく影響する。遊びではない」
遊びではない。
わかっている。
わかっているけれど、言われるとさらに重くなる。
「ただし、評価のために無理をするな。魔力切れ、リンク深度過多、過負荷による機体損傷は評価以前の問題だ。特にプラット」
いきなり名前が出た。
「はい、セスナ教官」
「大丈夫は不要だ。異常があれば申告しろ」
「はい、セスナ教官」
教室のいくつかの視線がこちらへ向く。
私は少しだけ肩を縮めそうになった。
でも、縮めすぎないようにした。
シュヴァルベ様が前方の席で、わずかにこちらを見た気がする。
「では、編成を発表する」
投影盤に、隊一覧が表示された。
一番上に、シュヴァルベ様の名前。
やっぱり。
わかっていたのに、実際に見ると胸が跳ねる。
セスナ教官が読み上げる。
「第一小隊。隊長機、前衛指揮。一番機、ユンカース」
「はい、セスナ教官」
シュヴァルベ様の声は落ち着いていた。
「二番機、隊長機補佐、直衛。ダッソー」
「はい、セスナ教官」
ダッソーさん。
クラウス=ダッソー。
子爵家の男子生徒で、講義ではいつも真面目に端末を取っている。
派手ではないけれど、姿勢がよく、実技でも安定している印象がある。
家格は私より上。
でも、高圧的なところはあまり見たことがない。
「三番機、主攻撃機、切り込み役。グラマン」
「はい、セスナ教官!」
トムの返事は、少し元気がよすぎた。
セスナ教官の目がわずかに細くなる。
「返事で切り込みすぎるな」
「はい、セスナ教官」
教室の空気が少しだけ緩んだ。
ミリアが小さくため息をついている。
「四番機、主攻撃機支援、追撃、前衛補佐。ピラタス」
「はい、セスナ教官」
エイミー=ピラタス。
選抜生の女子生徒だ。
小柄だけれど動きが速く、反応訓練ではいつも上位にいる。
ミリアとは別の意味で活発そうな人。
あまり話したことはないけれど、訓練で何度か鋭い切り返しを見たことがある。
「五番機、中衛、火力支援、牽制。ブレゲ」
「はい、セスナ教官」
レティシア=ブレゲ。
伯爵家の分家筋だと聞いたことがある。
落ち着いた雰囲気の人で、魔力流量が安定しているとセスナ教官に褒められていた。
中衛支援には向いていそうだ。
「六番機、中衛補佐、観測、連携管理。ヒースロー」
「はい、セスナ教官」
セシリアさんの声は少し緊張していたけれど、きちんとしていた。
観測と連携管理。
セシリアさんらしい役割だと思った。
冷静で、周りをよく見る。
私は少し安心した。
「七番機、後衛、予備戦力、通信、救援。サーブ」
「はい、セスナ教官」
ミリアの返事は明るいけれど、真面目だった。
通信と救援。
分析もできるミリアには合っている。
「八番機、後衛補佐、予備戦力、退路確保。プラット」
息が止まりかけた。
「……はい、セスナ教官」
少し遅れた。
でも、返事はできた。
八番機。
後衛補佐。
予備戦力。
退路確保。
前に出る役ではない。
主攻撃ではない。
後ろ。
安全に近い場所。
そう思いたい。
でも、隊はシュヴァルベ様の隊だ。
目立つ。
かなり目立つ。
一番機がシュヴァルベ様。
三番機がトム。
六番機がセシリアさん。
七番機がミリア。
八番機が私。
知っている人が多い。
安心もある。
でも、注目もある。
胸の中で、安心と怖さが同じ椅子に座ろうとして押し合っている。
「以上が第一小隊だ。各隊の訓練内容は、後ほど提示される難易度判定に基づき調整する」
難易度判定。
投影盤に、新しい文字が出る。
DDS。
模擬戦難易度診断システム。
「DDSは、隊員の能力、適性、過去の訓練成績、模擬戦歴、魔力特性を統合評価し、隊ごとの模擬戦難易度を算出する」
セスナ教官が説明する。
「王国宇宙軍とハインケル社が共同開発した、軍用AIを用いる判定システムだ。難易度は低すぎても高すぎても訓練効果が落ちる。各隊の力量に合わせ、課題を設定する」
ハインケル社。
その名前が出た時、教室の空気が少しだけ動いた気がした。
ルイーゼ様の方は見なかった。
見ない方がいい気がした。
DDS。
軍用AI。
隊員の能力や適性を判断する。
私の能力も、見るのだろうか。
適性検査の時みたいに。
王都記念杯の記録も。
リンク深度の変化も。
精密競技の停止誤差も。
そう考えると、背中が少し冷たくなる。
私は目立ちたくない。
安全で、目立たないところがよかった。
でも、八番機という後衛補佐でも、シュヴァルベ様の隊にいる時点で、もう目立たないとは言いにくい。
「各隊は発表後、指定場所に集合し、隊長の指示で顔合わせと役割確認を行う」
セスナ教官は端末を閉じた。
「質問は後で受ける。まずは隊ごとに移動しろ」
教室が一気にざわついた。
椅子の音。
端末をしまう音。
小さな声。
私は座ったまま、一瞬動けなかった。
八番機。
退路確保。
後衛補佐。
その文字が頭の中で繰り返される。
「ローレ」
ミリアが隣に来た。
「一緒だね」
「はい」
「後ろだし、悪くないんじゃない?」
「そう、ですね」
後ろ。
安全。
目立たない。
そう思いたい。
でも、シュヴァルベ隊だ。
「ローレ、顔がまた複雑」
「複雑です」
「正直でよろしい」
トムが前から振り返る。
「俺、三番機だってさ。切り込み役」
「とても似合います」
「だろ」
「でも、前に出すぎないでください」
「またそれか」
セシリアさんが端末を抱えて立ち上がる。
「私は観測と連携管理です。皆さんの位置を見る役目ですね」
「セシリアさんが見てくれるなら、安心です」
「ローレさんも、退路確保ですから、大切な役割です」
大切。
そう言われると、少し怖い。
でも、セシリアさんの声は優しかった。
「行きましょう」
私は頷いた。
第一小隊の集合場所は、訓練棟の小会議室だった。
八人が入ると、ちょうどよい広さ。
中央に投影盤付きの机。
壁には人形の標準配置図。
訓練記録用の端末。
シュヴァルベ様は、すでに前に立っていた。
隣にダッソーさん。
少し離れてブレゲさんとピラタスさん。
私たちが入ると、シュヴァルベ様が顔を上げた。
「全員、揃いましたね」
その声だけで、場の空気が整う。
やっぱり隊長だ。
そう思った。
「第一小隊の隊長を務めます、シュヴァルベ=ユンカースです。模擬戦では、個人の成果だけでなく、隊としての機能が問われます。全員の役割を確認します」
「はい」
全員の声が重なる。
私は少し遅れたけれど、ちゃんと返事をした。
シュヴァルベ様は投影盤に隊形図を出した。
八機の位置が表示される。
一番機から八番機まで。
「一番機、私が前衛指揮を担当します。全体の判断と前衛展開、必要に応じた突破を行います」
青い印が前方に出る。
「二番機、ダッソーさん。直衛と補佐をお願いします。私が前へ出る時、後方と側面を維持してください」
「承知しました、ユンカース様」
ダッソーさんは真面目に頷いた。
「三番機、グラマンさん。主攻撃機です。あなたの推進力と反応は前衛に向いています。ただし、突出は禁止です」
「はい、ユンカース様」
トムが少し背筋を伸ばす。
ミリアが横目で見ている。
「四番機、ピラタスさん。グラマンさんの支援と追撃をお願いします。三番機が作った動きの隙間へ入り、敵の退路を潰してください」
「はい、ユンカース様」
ピラタスさんの声は明るいけれど、鋭い。
少し頼もしい。
「五番機、ブレゲさん。中衛から牽制と火力支援。前衛が動きすぎた時の抑えもお願いします」
「はい、ユンカース様」
ブレゲさんは静かに頷く。
「六番機、ヒースローさん。観測と連携管理。各機の位置、通信の乱れ、隊形の崩れを見てください」
「はい、ユンカース様」
セシリアさんの返事は落ち着いていた。
「七番機、サーブさん。後衛通信と救援。隊形後方から通信状態と被支援機の確認をお願いします。必要時には、六番機の補助にも入ってください」
「はい、ユンカース様」
ミリアがしっかり頷く。
そして、シュヴァルベ様の視線が私に向いた。
「八番機、ローレさん」
心臓が跳ねる。
「はい」
「後衛補佐、予備戦力、退路確保です。あなたには、隊の後方で全体の逃げ道を維持してもらいます」
逃げ道。
その言葉に、少しだけ息がしやすくなった。
逃げる。
それは悪いことのように聞こえる時もある。
でも、戦場で退路があることは、きっと大事だ。
「前に出る役ではありません。ですが、ただ後ろにいるだけでもありません。前衛、中衛、後衛の位置関係を見て、危険な隙間ができたら知らせてください」
「知らせる」
「はい。あなたは、危険な位置や崩れそうな場所に気づくのが早い」
胸がどきりとした。
危険な位置。
崩れそうな場所。
合同演習で、連絡橋や建物の崩落を見た時のことが頭をよぎる。
あれは、たまたま。
鋭い勘。
そういうことにしている。
「たまたま、当たっただけです」
私は小さく言った。
シュヴァルベ様は否定しなかった。
ただ、静かに続ける。
「そのたまたまが、隊を救うことがあります」
言葉が胸に落ちる。
重い。
でも、嫌な重さではなかった。
「八番機は、退路確保だけでなく、各機が戻れる線を維持します。敵に追われた機体が戻る場所。通信が乱れた時に再接続する位置。救援へ動く七番機を支える位置。ローレさんには、そこをお願いします」
戻る場所。
私はその言葉を、少しだけ違う意味で受け取ってしまった。
模擬戦の話だ。
人形の話。
隊形の話。
それなのに、胸の奥で、別のものが重なる。
戻れる場所。
戻っていい場所。
私はいつも、そういうものを探していたのかもしれない。
「できますか」
シュヴァルベ様が聞く。
できます、とすぐに言えなかった。
できるかどうか、わからない。
でも、やらなければならない。
それに、シュヴァルベ様が隊長だ。
セシリアさんも、ミリアも、トムもいる。
「努力します」
私は言った。
「無理はしない範囲で、ちゃんと見ます」
シュヴァルベ様の目が少しだけ柔らかくなる。
「それで構いません」
ミリアが小さく親指を立てた。
トムも頷く。
セシリアさんは優しく微笑んでいる。
知らない人たちもいる。
ダッソーさん、ピラタスさん、ブレゲさん。
その前で少し恥ずかしい。
でも、前ほど逃げたくはなかった。
シュヴァルベ様は投影盤を切り替えた。
「次に、DDSについてです」
画面に、Difficulty Diagnosis Systemの文字が出る。
「模擬戦難易度診断システム。隊員の成績、適性、訓練履歴、戦術傾向を基に、隊ごとの難易度を判定します。判定結果によって、敵機数、敵機の行動パターン、地形条件、通信制限、勝利条件が調整されます」
敵機数。
行動パターン。
地形条件。
通信制限。
言葉が並ぶたび、模擬戦が具体的になっていく。
具体的になるほど、怖さも形を持つ。
「判定には軍用AIが使用されます。王国宇宙軍とハインケル社の共同開発です。公平性は高いですが、万能ではありません。結果を過信せず、私たちは私たちの訓練内容を組み立てます」
ハインケル社。
また、その名前。
私は少しだけルイーゼ様を思い出した。
でも、ここにはいない。
今はこの隊の話だ。
「まずはDDSの初期判定を待ちます。その間に、各機の役割を個別に確認します。特に三番機と四番機、六番機から八番機の連携が重要になります」
「七番機と八番機も?」
ミリアが聞く。
「はい、サーブさん。救援と退路確保は、別々では機能しません。あなたが救援に動いた時、ローレさんが戻る線を維持する。ローレさんが異常を察知した時、あなたが通信と救援を繋ぐ」
「了解です、ユンカース様」
ミリアが私を見る。
「ローレ、私たち後ろ組だね」
「後ろ組」
少しだけ軽い響きになった。
「はい。よろしくお願いします、ミリア」
「任せて」
その返事は明るかった。
頼もしい。
シュヴァルベ様は最後に全員を見渡した。
「第一小隊は、個々の能力に差があります。家格も、経験も、得意分野も違う。ですが、模擬戦で必要なのは、同じ動きをすることではありません。違う役割を繋ぐことです」
声が静かに通る。
「全員が自分の役割を理解し、必要な時に互いを支える。そのための訓練を行います」
私は、シュヴァルベ様を見た。
隊長として立つ姿。
まっすぐで、静かで、強い。
その声を聞くと、怖さの中に一本の線ができる。
この人が隊長なら。
そう思える。
それは安心だった。
けれど、同時に目立つ場所でもある。
シュヴァルベ様の隊。
第一小隊。
DDSは、きっとその能力を高く見る。
王都記念杯の記録もある。
私の名前も、その中に入っている。
安全で、目立たない場所。
そんなものは、もうどこにもないのかもしれない。
でも、後ろにはいる。
退路を守る役として。
私は八番機。
逃げ道を作る役。
誰かが戻れる線を守る役。
それなら、少しだけ私にもできる気がした。
できる、と言い切るのはまだ怖い。
でも、少しだけ。
顔合わせが終わる頃、投影盤に通知が入った。
DDS初期判定準備完了。
文字が浮かぶ。
部屋の空気が変わった。
全員の視線が画面に向く。
私も、息を止めかけた。
シュヴァルベ様が端末に手を置く。
「初期判定は、このあと教官確認を経て通知されます。判定結果を受けて、訓練内容を決めます」
そこで一度、こちらを見た。
「不安はあると思います。ですが、不安を隠す必要はありません。申告してください。隊として扱います」
隊として。
その言葉が、胸に残る。
私は一人ではない。
一人で全部隠さなくていい。
髪のことも。
怖さも。
模擬戦の緊張も。
まだ全部を言えるわけではない。
でも、少しずつなら。
「はい」
私は小さく答えた。
声は小さいけれど、ちゃんと出た。
DDSの判定は、まだ出ていない。
模擬戦の難易度も、訓練内容も、これから決まる。
怖い。
でも、少しだけ違う。
ただ逃げたい怖さではない。
戻る場所を守るための怖さ。
八番機として、そこにいるための怖さ。
私は髪の内側に触れそうになって、やめた。
白はまだ少し見えている。
隠しきれていない。
でも、そのままここにいる。
第一小隊、八番機。
後衛補佐。
退路確保。
投影盤の文字が、静かに光っていた。
次に表示されるDDSの判定を、私は息を詰めて待っていた。
ここまでお読みいただき有り難うございました。
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