微かな光
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「全員!準備はいいわね!——それじゃあ、作戦開始よ!」
船外活動用のノーマルスーツに身を包んだマーリンは、集まった全員に向けて号令を出した。
号令に応じて生徒やクルーたちが大きな掛け声をあげ、決められた配置へ向かうため足早にエアロックの向こうへ姿を消していく。
やがて、カーゴ《貨物区画》には無機質な合成音声が響き渡った。
『貨物区画内、乗員の退避完了。減圧開始…。』
人形のコクピットへ滑り込んだマーリンはシートに身を沈めて深く息を吸うと、震える指先をゆっくりとインターフェースへ通した。
指先からの伸びた糸が人形に行きわたり、人形とリンクが成立すると、マーリンはすぐにハッチを閉じた。
一瞬、視界が闇に沈む。それも束の間、すぐに周囲は人形の視界へと切り替わり、鮮やかに開けた。
やがて通信ウィンドウが浮かび上がり、ムバラクの姿が映し出された。
「フルール・デスポワール。本船にはマスドライバー《射出機》がありません。発進は、この先にある格納庫後部デッキからとなります。」
「了解よ!後部ハッチに向かう。」
マーリンがイメージすると、人形はスムーズに歩き出した。まっすぐ前を見つめるマーリンに、ムバラクが躊躇うような声で呼びかける。
「フルール・デスポワール……。」
言いかけて口をつぐんだムバラクに、マーリンは落ち着いた声で問い返した。
「…うん?どうしたの?何か、聞きたいことでも?」
「いえ…何度も言うようですが…。」
マーリンはムバラクの心配を受け止めつつも、少し笑ってから、何度も聞いたセリフを口にした。
「ふふっ、魔力切れに注意しろ、でしょ?その言葉なら、もう何度も聞いているわ。」
「えぇ…。しかし念のために…。人形には補助動力がなく、あなたの魔力が切れれば脱出も不可能です。それ以上に、魔力切れは非常に危険な状態です。どうか、ご無理だけは…。」
「分かっているわ。ありがとう、心配してくれて。」
マーリンは、何かを思い出したように、少し大げさに首を傾げてみせた。
「キャプテン。ひとつ、気になっていたことがあるの。今、聞いてもいいかしら?」
「……? ええ、構いません。何なりと。」
ムバラクは一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに応じる。マーリンはその顔をウィンドウ越しに見据え、口を開いた。
「キャプテン。あなたは、人形使い――そうよね。」
その言葉に、ウィンドウ越しのムバラクの目が大きく見開かれた。その視線を受けて、マーリンは言葉を続けた。
「……最初は、そう感じただけだった。でも、すぐに確信したわ。キャプテンは私が人形使いがどうやって人形を動かすのか尋ねたとき、一瞬も迷わず答えた。人形とのリンクで何を思い浮かべるかなんて……経験のある人にしか分からないはずよ。……だから、確信したの。」
ムバラクはうつむいたまま深く息を吐き、やがて顔を上げた。 その表情には、観念と後ろめたさが漂っていた。
「お察しの通り……私は、かつて帝国軍の人形使いだった。それを黙っていた私を、軽蔑するだろうか…。」
自問するように問いかけたムバラクに、マーリンは柔らかく首を横に振った。
「いいえ、しないわ。」
マーリンの答えに、ムバラクはすぐ問い返した。
「なぜですか。あなたがこんな危険を背負う理由などない。どうして、あなたはそこまで……。貴族とはいえ、あなたはまだ学生で、警備でも軍でもない。まして人形使いですらない。
あのとき、私が名乗り出ていれば……あなたのような方が危険に身を置く必要など、どこにもなかったのです。」
苦悶の表情を浮かべるムバラクをそっと見つめ、マーリンは落ち着いた表情で言葉を紡いだ。
「キャプテン。ひとつ言っておくわ。これは、私が言い出したことよ。それに、キャプテンは私に聞いたじゃない、”帝国貴族に生まれたからには、常に国を第一に考え、尽くさねばならない”、そういうことかって、私は、正しいと思ったことをしているだけ。それにね…。」
そして、瞳に子供のような光を宿しながら、言葉を付け加えた。
「…実はこんなふうに宇宙を身近に感じてみたかったの。こんなに素敵な場所を、ラウンジから眺めるだけなんて、もったいないでしょう?だから、キャプテンが急に”人形使いだ”って言い出さないか、不安でずっとドキドキしてたのよ?ふふふっ!」
マーリンは舌をちょこんと出し、柔らかく笑った。
呆気に取られていたムバラクだったが、マーリンの楽しげな笑顔に引き寄せられるように表情を緩め、
やがて皺の刻まれた顔をくしゃくしゃにして笑った。
「はははっ! 貴女様は、面白いお方だ!」
ウィンドウの向こうで、ムバラクはゆっくりと船長帽を外した。その仕草には、静かな想いが滲んでいた。
「フルール・デスポワール……もし、お許しいただけるなら、これからはお名前でお呼びしてもいいでしょうか。」
ムバラクの言葉に、マーリンはぱっと笑顔を咲かせ、嬉しそうに答えた。
「ほんと? ふふふっ!もちろん。構わないわ。あだ名よりも、名前で呼ばれるほうが好きなの。」
「なるほど、あだ名、ですか……。では、マーリン嬢。無礼を承知で、ひとつお願いがあります。もし……危険だと感じたときには、どうか我々のことは――。」
マーリンは、続けようとしたムバラクの言葉を遮った。
「それはできないわ。私は、たとえどんな困難があっても、正しいと信じたことに全力を尽くすと決めたの。」
マーリンの強い意志のこもった言葉に、ムバラクは静かに頷いた。そして、表情を引き締め、事務的な声で告げる。
「了解しました。貴女の位置と状態は、こちらで常に把握しております。発進後、船は停止状態ですが、距離が確保できるまではスラスターの推力にお気をつけください。
以降、映像は切りますが……こちらから指示が行えるように音声だけは、決してお切りにならぬよう。」
「ありがとう、任せたわ、キャプテン。」
マーリンが頷くと、通信ウィンドウからムバラクの姿が消えた。その直後、無機質な合成音声がカーゴ内の減圧終了を告げる。
『減圧完了、…後部ハッチ解放…。』
ぴったりと閉じられていたハッチが徐々に上がっていくにつれ、マーリンの目の前には漆黒の空間が広がっていく。それに合わせるように、マーリンの鼓動はより強く、より速く脈打ち始めた。
『…後部ハッチ、解放完了…。』
マーリンは、強く脈打つ心をなだめるように、人形へそっと声をかけた。
「…行くわよ…あなたの名前は知らないけれど、……しばらくの間、力を貸してね……。」
そして、無限に広がる空間に力強い視線を向け、高らかに宣言する。
「マーリン=ロイス!宙賊退治のため――これより発進します!」
マーリンの声とともに、白く美しい人形はデッキを蹴った。シュ、シュ、とスラスターを噴かし、闇だけが広がる真っ黒な空間へふわりと飛び出す。
飛び出したマーリンは小刻みに魔力を制御して人形を上昇させ、シャルンホルストの上方へと軌跡を描きながら進み出る。
緊張した面持ちのマーリンは、周囲を慎重に見回した。
「…これが宇宙。今は船が下にあるから上下がわかるけれど、目印がなければすぐに方向感覚を失いそうね。」
マーリンのつぶやきに、ムバラクの落ち着いた声が答えた。
「マーリン嬢。重力のある船内とは勝手が違います。姿勢の制御は人形が勝手にやってくれますが、平衡感覚を失わぬよう……どうか慎重に。」
「了解よ。気をつけるわ。」
マーリンは、事前に調整しておいたレーダーを素早く確認する。
「……向かう方向はあっち。船からも離れた。なら――いくわよ。」
向かう先を見据えたマーリンが魔力出力を一気に上げると、モニターに表示されていた出力ゲージが緑から赤に変わる。それに呼応して4基のメインスラスターが一際激しい輝き、闇の中へと光の尾を引いた。
眼下に映っていたシャルンホルストの大きな船体がみるみるうちに小さな白い点へと縮んでいく。
マーリンの喉の奥からは、絞り出すような声が漏れた。
「く……ぅぅっ……!!」
マーリンの強力な魔力によって生み出された加速は鋭く、強烈な加速Gが全身をシートへ叩きつけた。
同時に、未知の感覚がマーリンに押し寄せる。加速の衝撃に耐えようと力を入れているはずにもかかわらず、全身の力が抜け、徐々に意識が遠のく。そして、瞳に写る視界は闇に奪われた。
「マーリン嬢!魔力出力が高すぎる!すぐに抑えて!」
意識が途切れかけていたマーリンは、ムバラクの鋭い声で辛うじて我に返り、魔力の出力を落とした。
コクピットに、ムバラクの切迫した声が反響する。
「大丈夫ですか!?」
マーリンは全身の不快感に眉を寄せながら恐怖に震える声で、それに答えた。
「あ……危なかった……こんなに負荷がかかるなんて…キャプテンの声がなければ、…きっと、取り返しがつかないところだったわ…。もっと魔力を丁寧に扱わないと…。」
「先ほどのような急な加速や旋回は、大変危険です。人形使い専用のスーツと違い、ノーマルスーツでは耐Gは望めません。…しかしながら、身体への負荷を和らげる方法はあります。」
マーリンは震える呼吸を、何度か深呼吸して整える。
「…方法?…さっきみたいに…目の前が真っ暗にならない方法が、あるの…?」
「ええ、もちろんです。」
ムバラクの声色が、わずかに熱を帯びる。
「その方法って…?」
「マーリン嬢。では、これからその方法――マニューバについて、お教えしましょう。」
そう言うとムバラクは、声を弾ませて意気揚々と説明を始めた。
◇
マーリンが初めての宇宙の洗礼を受けていた、その頃、レッドコメットのブリッジでは――。
「艦長、レーダーに反応あり。数は1、大きさから、おそらく人形です。」
キャプテンシートに座るヴュルガーは、センサークルーの言葉に一瞬眉をひそめたが、すぐに口元に笑みを浮かべた。
「人形…?この宙域に帝国軍はいないはずだ…見間違いか、石ころではないのか?」
「それ、本気で言ってますか?何年一緒にこの仕事をやってると思ってるんです?そんなわけがないでしょう?…どうぞ、自分の目で確かめてください。」
コンソールから顔をあげたセンサークルーはヴュルガーのほうに振り返り、呆れたようにそう言うと、コンソールのキーをタンッと叩いた。
「ははっ!すまんすまん。久々の大物に、少し浮かれているのかもしれん。」
ヴュルガーは悪びれた様子もなく笑いながら、手元に浮かび上がったコンソールウィンドウに視線を移した。
「……データにない人形、か。となると――考えられるのは、例の試作機だな。しかし…。」
先ほどまでの余裕に満ちた表情をさっとしまい込み、ヴュルガーの顔つきは思案へと変わった。その耳に、通信越しの軽薄な声が飛び込んでくる。
「ひゅー、わざわざ向うから持ってきたのか。さすが、帝国が誇るエリート貴族様は律儀だねぇ…。」
正面のメインスクリーンへ視線を移したヴュルガーは、わずかに眉を動かしながら答えた。
「そんなのんきなこと言っている場合か。あの船に人形使いは乗っていないはずなんだぞ……。」
「手間が省けたって話だろ?せっかく持ってきてくれたんだ、お出迎えに行かねぇ理由はねぇよなぁ。宇宙に出してくれ、皆待ちくたびれてる。」
メインスクリーンに映る人形使いの軽薄な声に、ヴュルガーは小さく息を吐き、仕方なく指示を飛ばした。
「…こうなっては仕方あるまい。待機中の人形部隊、全機発艦用意。私も『ナイトホーク』で外に出る。発艦後は、いいと言うまでまで一切手を出すな。」
キャプテンシートから勢いよく飛び降りたヴュルガーは、低い声でつぶやいた。
「……人形使い…まさかな。」
そう言うや否や、ブリッジを飛び出すと、格納庫へと急いだ。
◇
「…マーリン嬢、年甲斐もなく熱が入りすぎたようです。…申し訳ありませんでした。」
「大丈夫よ。おかげで少し自信がついたわ。」
どこか照れを含んだムバラクの声に、マーリンは呼吸を整えながら、小さく笑って答えた。
「それは、何よりです。さて、クルーの報告によると、レーダーに反応があったようです。…レッドコメットから人形部隊が出ています。数、5。」
マーリンは、思わず息を呑んだ。
「そう…、思ったより、動きが早いわね。」
「距離からして、こちらが捕捉圏内に入ってからそう時間は経っていないはずです。おそらくは、いつでも出られるように部隊を待機させていたのでしょう。…どうしますか?」
ムバラクの声は冷静だったが、その奥にわずかな焦りが滲んでいた。
「…変更はないわ。計画通り、まずは人形部隊から片づける。」
「承知しました。補佐はお任せください。」
マーリンは頷き、モニターに小さく映る人形部隊を見据えると、短く言葉を発した。
「……行くわ。」
緊張がピークに達し、神経を研ぎ澄ませて指先に魔力を集中させたその瞬間、通信要求を知らせる警告音がコクピット内に響いた。
突然の音にマーリンは驚き、思わず声を漏らして大きく身体を震わせる。場違いな声が、反射的に飛び出した。
「ひゃうっ!?」
反射的に、インターフェースのはめられた両手を身体のほうに強く引き寄せた。
その動きに反応して新しく通信ウィンドウが開き、鋭い男の声がコクピット内に満ちた。
「そこで止まれ!」
マーリンは喉を鳴らした。
「こちら輸送艦レッドコメット所属、ナイトホーク。その人形一体……誰が動かしている!」
驚いた顔で身を固くしているマーリンに、ムバラクがそっと声をかける。
「…通信を許可してしまったものは仕方ありません。ここは、応答しましょう。」
マーリンは息を吸い、途切れた覚悟をもう一度固めると、口を開いた。
「レッドコメット、ヴュルガー殿。こちら、旅客船シャルンホルスト所属、名前は…。」
周りを取り囲む宇宙にさっと視線を走らせたマーリンは、とっさに思い付いた名前を口にする。
「『リュール』。貴艦の降伏を勧告しに来ました。」
「降伏だと……?」
微かにいらだちを含んだヴュルガーの声に続き、ノイズ交じりの軽薄な声が割り込んでくる。
「……ひゅー、乗ってんのは女かよ。しかも、その声……フルールじゃねぇか!
ヴュルガーの言った通り、ほんとにあの船に乗ってたんだな。がぜんやる気になってきた……!」
「…急に割り込むな。マナー違反だぞ!」
怒気を含んだヴュルガーの声にも怖気づく様子はなく、次々に別の声が割り込んでくる。
「固いこと言うなよ。俺たちは正規軍じゃないんだ。」
「おい、…最初にあれを倒した奴が、フルールを好きにしていいってのはどうだ?見たところ丸腰だ。ソードも持ってない。」
賊のやり取りを黙って聞いていたムバラクは、マーリンに声をかける。
「マーリン嬢、敵は完全に油断しています。しかも銃火器は装備していません。ほぼ間違いなく正面攻撃を仕掛けてくるでしょう。ですから、不用意に動かず、ギリギリまで引き付けてください。私が合図をしたら、身を引くようにイメージを。」
ムバラクの指示に、マーリンは静かに頷いた。
「…早い者勝ちだ。んじゃ、おれからいくぜぇ!」
「まて!勝手に動くな!」
ヴュルガーの制止を無視した軽薄な声の主が、勢いよく突進してくる。その赤い軌跡は、まるで獲物に飛びかかる獣のようだった。
徐々に輪郭を帯びていく機影に、マーリンは奥歯にぐっと力を込めて踏みとどまる。敵機が目前に迫ったその瞬間、ムバラクの声が鋭く空気を裂いた。
「——いまです!」
そしてー。
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