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「分かりました…。それでは、あなた方の要求を聞きましょう。」
マーリンの答えを聞いたヴュルガーの口元が、ほんのわずかに吊り上がった。
「それでは、要求を伝える。カーゴのすべての貨物、…特に『人形』を要求する。」
「!?……………」
マーリンは、背後のムバラクが息を呑む気配をはっきりと感じ取った。
「…人形…?」
ヴュルガーの言葉に眉をひそめたマーリンは、ムバラクへと振り返った。ムバラクの顔には、先ほどまでの冷静さが消え、焦りが浮かんでいた。
「本船にそんなものは積んでいない!この船は民間の旅客船だ。軍の輸送艦では無い。」
その声が響いた瞬間、張り詰めた空気は一変し、場の風向きが大きく変わった。ヴュルガーは狼狽するムバラクを見て、にやりと口元を歪めた。
「ははっ、肝の座った男かと思ったが、そうではなかったらしい。その狼狽えようでは、自分から白状しているようなものだ。貴船が帝国宇宙軍のプロトタイプを積み込んでいるのは知っている。それをこちらに渡してもらいたい。」
動揺を船長帽の下に隠したムバラクは、苦々しい表情で小さく呟いた。
「…っ、…積んでいない物を、渡せと言われても困る…。」
「そちらが認めようと、認めまいと、こちらとしてはかまわない。することに変わりはないのだから…。」
ヴュルガーの獣の様な視線がマーリンに向けられる。
「あとは、人質として、そちらにいらっしゃるフルール・デスポワールの身柄を要求する。」
「!!冗談では…!」
それまで黙っていたクリスチーナが、噛みつきそうな勢いで声をあげた。 マーリンは鋭く手を上げて、それを制すとヴュルガーに問いかけた。
「それが受け入れられない場合は、どうするつもりかしら?」
ヴュルガーの口元が、不気味に歪んだ。
「…拒むというなら、人形部隊で貴船を攻撃し、力づくで奪うまで。それ相応の犠牲を覚悟してもらわねばならないだろう。」
「……。」
重苦しい沈黙がブリッジを支配する。
マーリンたちの沈黙を肯定と見なしたヴュルガーは、淡々と話を推し進める。
「要求が聞き入れられた場合は、お望み通り、以降の快適な航海を約束しよう。…こちらからの要求は以上だ。5分与える、それまでに―。」
「待って!たったの5分では少なすぎる。それでは、みんなに説明する時間もないわ。最低でも1時間は頂戴。」
鋭く割って入ったマーリンは、ヴュルガーを射抜くように睨み、その口を封じた。画面を挟んで、マーリンとヴュルガーの視線が激しくぶつかり合う。
先に視線を逸らしたのは、ヴュルガーのほうだった。
「…わかった。では、30分待とう。それ以上は待てない。貴船には受け渡しが円滑に進むように、取り計らってもらいたい。言い忘れていたが、この宙域の通信はすべて傍受している。妙な真似は控えることだ。また連絡する。通信終了…。」
メインスクリーンからヴュルガーの姿がブツリと消えると、ブリッジに静寂が訪れた。マーリンは表情を緩め、深く息を吐きながらハンドレールに両手を置いた。
「お嬢様!大丈夫ですか!?」
「ええ、大丈夫よ…。少し、気が抜けただけだから。」
マーリンは駆け寄ってきたクリスの手をしっかりと握り、ムバラクへ向き直った。
「キャプテン、この船の詳細を教えて。」
マーリンの問いに、ムバラクは鋭い視線を返した。その眼差しには、覚悟を試すような静かな圧があった。
しかし、その視線に一向に怯む気配のないマーリンを見て、ムバラクは静かにクルーへ指示を出した。
メインスクリーンには、シャルンホルストのデッキプランが浮かび上がった。
「各弦に対空レーザー砲が各4門ずつ…。レーザー砲8門とは、民間の旅客船としては、ずいぶんと重武装ではありませんか?」
デッキプランを読み上げたクリスチーナは、驚いたようにムバラクに問いかけた。
「今さら言うまでもないが、戦争の影響で最近は賊が増えている。自衛のために装備したものだが、単体の出力は高くない。…人形部隊が相手となると、とても心許ない。…乗客の命が最優先だ、奴らの要求を呑むしか…。」
マーリンはムバラクの言葉を意に介さず、問いただした。
「それに、後部には広いカーゴがあるわね…。ヴュルガーは宇宙軍のプロトタイプと言っていたわ。その時のキャプテンの慌てよう…。この船は民間船のはずよね。どういうことか、話してもらえるかしら?」
ムバラクは観念したように船長帽を脱ぎ、胸に当てた。
「…このことはくれぐれも御内密にお願いしたい。」
マーリンはムバラクをじっと見つめ、それからふっと身体の力を抜いた。
「…わかったわ、約束しましょう。」
マーリンの言葉を聞いた瞬間、ムバラクは胸の奥に溜めていた息を吐き出し、わずかな安堵を滲ませた。
「…ヴュルガーの言った通り…この船は宇宙軍の人形を運んでいます。詳細は我々も知らされてはおりません。事前に渡された指示書には、ただ…乗客には知られぬようにとだけ…。」
「積み込みはどうやって?船には人形使いが乗っているの?」
マーリンの問いかけに、ムバラクは首を横に振る。
「いいえ、人形使いは乗船しておりません。積み込みは専用のトランスポーターで行いました。」
「そう…。」
人形使いが居ないと知ったマーリンは、わずかに肩を落とした。
俯き加減で思索に沈むマーリンの表情を見て、胸の奥に嫌な予感を覚えたクリスチーナは戸惑いがちに声をかけた。
「おじょう、さま…?」
そしてマーリンは顔を上げ、にっこりと微笑んだ。その笑みのまま、ムバラクに向けて言い放った。
「その人形、見てみたいわ。」
「お嬢様!」
嫌な予感が見事に的中したクリスチーナは頭を抱えた。
その横でマーリンは、新しいおもちゃを前にした子供のように、好奇心に満ちた瞳をきらきらと輝かせる。
「あら?いいじゃない、どんなものか気になるでしょ。それに、もしかしたら、何かの役に立つかもしれないわ。」
マーリンは、ムバラクに同意を促すような視線を向けた。
「私が見ることに、問題があるかしら?キャプテン。」
「…いいえ…。ここまでお話ししてみせないというわけには行かないでしょうから。」
「キャプテン!お嬢様ぁ〜。お願いですからやめてください!」
クリスチーナの懇願の声が、ブリッジにこだました。
◇
「こちらです。カーゴの重力は常に6分に1になっています。足元にお気を付けください。」
広い貨物区画の一番奥には、後部がシートで覆われた大型のトランスポーターが固定されていた。
「では、行きます…。」
ムバラクが操作すると、覆っていたシートが音を立てて広がった。
深緑色のシートが徐々に取り払われていくにつれ、照明を受けて白く輝く流線型の装甲をまとった、美しい人形が姿を現した。
横たわる人形を見上げたマーリンは、思わず息を呑んだ。
「…。これが、人形。」
マーリンは惹かれるように近づき人形に飛び乗ると、ハッチが開いたままのコクピットを覗き込んだ。
薄暗い内部を見渡してから、ゆっくりと身体を滑り込ませる。
シートの上に置かれていた表紙のないファイルを手に取ったマーリンは真剣な表情で目を通し始めた。
マーリンに続くように中を覗き込んでいたクリスチーナが、声をかけた。
「お嬢様、あまりお手を触れませぬよう。」
マーリンは、ファイルに視線を落としたまま答えた。
「大丈夫よ、少し見るだけだから。」
ムバラクが、慎重に声をかける。
「…軍の資産とはいえ、今は状況が状況です。乗客の多くに犠牲者が出るとなれば、たとえこれを差し出すことになったとしても、国も咎めはしないでしょう。…ですから…」
クリスチーナは、信じられない物を見るような目をムバラクに向ける。
「なんてことを…、キャプテンはお嬢様を賊に差し出せと仰るのですか!?」
「いえ…そういうつもりでは…ただ……」
頭上での言い合いを始めた二人をまるで気に留めずファイルを読み続けていたマーリンは、パンッと両手でファイルを閉じ、ムバラクを見上げた。
「人形は人形使いの魔力で動くと、このマニュアルに書いてあるわ、実際にはどうやってこれを動かすの?」
マーリンの声がした途端、クリスチーナの視線がマーリンに移る。
「お嬢様!もういいではありませんか、早くそこからお出になってください。」
クリスチーナから解放されたムバラクは、小さくため息をついてからマーリンの質問に答えた。
「人形は、人形使いと魔力を媒介にしてリンクするのです。フルール・デスポワールは、糸人形をご覧になったことは?」
マーリンは頷いた。
「人形使いは、自身の魔力を人形へとめぐらせます。まるで人形に糸を張るように。そして、イメージするのです。糸で人形を操るかのように…。」
「そのリンクは、魔力があればだれでも簡単にできるものなの?」
ムバラクはゆっくりと首を振った。
「いいえ、簡単ではありません。ですから、人形はリンクしやすいように、人形使いの魔力パターンに合わせて調整されているのです。」
ムバラクの説明を聞いたマーリンは、いたずらを思いついた子どものような笑みを浮かべ、シートの背もたれに手を触れた。
「ちょっと、試してみたいわ。」
「お嬢様!」
「やめたほうがいい。調整されていない人形とリンクできるわけがない。」
「少し試すだけよ。出来なかったらすぐにあきらめる。」
二人の制止の言葉を振り切り、コクピットのシートに座ったマーリンは、インターフェースを手に着ける。
大きく深呼吸をしてから目を閉じると、子供の頃に見た光景を思い起こした。
マーリンの脳裏にはっきりと浮かび上がったのは、幼い頃にミハイルと一緒に見た、糸で操られる人形の姿だった。
(人形に魔力の糸を、這わせる…。)
そして、指先へ意識を集中させ、指先から伸びていく糸をイメージしながら、内に秘める魔力の出力を上げていく。マーリンの手首にロイス家の紋章がくっきりと浮かび上がった。
頭部、胴体、腕部、脚部――マーリンはゆっくり、丁寧に、人形全体に幾重もの魔力の糸を這わせていった。
そうして、人形にマーリンの魔力が行き渡ったとき、張り詰めた糸がピーンと弾けるような感覚が、マーリンの全身を走った。
その瞬間、ヒューン……という微かな音が響き、無機質だった球状コクピットが、まるで眠りから覚めるように周囲の景色を映し出した。
コンソールウィンドウが連鎖するように現れ、膨大な文字列と記号が高速で流れ去っていく。
一連のシークエンスが完了すると、やがて帝国宇宙軍の紋章を鮮やかに浮かび上がり、マーリンは人形との『初めてのリンク』を果たしたのである。
ゆっくりと目を開いたマーリンは、口元に余裕の笑みを浮かべ、言葉を発した。
「なるほど…、こうやって動かすのね。」
マーリンは、指先から無数に伸びる魔力の糸の一本を軽く引いた。すると、人形はマーリンがイメージしたとおりに腕を持ち上げた。
その光景を目を見開いて見ていたクリスチーナとムバラクは、我に返ったように声をあげた。
「お嬢様…!」
「ありえん!未調整の人形とリンクできるはずがない!しかも、こんな短時間に!」
早々に人形とのリンクに感触をつかんだマーリンは、驚愕に目を見開く二人へと視線を向け、軽く声をかけた。
「二人とも離れて、少し歩いてみるわ。」
二人が十分に離れたのを確認したマーリンは、人形を固定していたロックを解除し、ゆっくりと人形の身体を起こした。
トランスポーターから難なく立ち上がった人形は、しっかりとした足取りで開けた場所へ進み出ると、二人に向かって見事な帝国式の礼を披露した。
「どうかしら?」
コクピットから顔を出したマーリンは、満面の笑みで二人に問いかけた。
マーリンの問いかけに、クリスチーナは困惑したように口を閉ざし、ムバラクはただ言葉を失っていた。
◇
「乗船されている方々の中で、指揮権をお持ちなのはお嬢様とこちらにいらっしゃる侯爵家の方達ですが、お嬢様以外の方々は、指揮権を破棄されました。いかがされますか?」
「そう……。わかったわ。」
ブリッジの椅子に腰掛けていたマーリンは、名簿のファイルを静かに閉じ、クリスチーナへと手渡すと、ゆっくりと立ち上がった。そして、集まった主要メンバーを見渡し、凛とした声で宣言した。
「帝国法に従い、今よりこの場の全責任は、私、マーリン=ロイスが引き受けます。異論ないわね。」
全員の同意を確認したマーリンは、間を置かずに続けた。
「…キャプテン。この船の指揮は引き続きあなたにお願いします。」
「承知いたしました。」
「あなたたちはこれから編成する班の班長として他のみんなを指揮して。」
「「「はい!」」」
マーリンは次々と指示を出し、場を支配するように声を響かせていった。
「お嬢様、人員の配置はこれでよろしいとして、今後の方針はいかがなさいますか?賊に下るなどという選択肢は、当然ながら存在いたしませんが。」
クリスチーナはマーリンに問いかけながら、ムバラクに鋭い視線を向ける。
「クリス、落ち着いて。私だって、そんなことは考えていないわ。」
マーリンは、この場の全員を視界に収めながら言葉を続けた。
「よって、これより作戦会議を始めます。デッキプランを出して頂戴。」
メインスクリーンのデッキプランが表示されると、班長の男子生徒の一人が口を開いた。
「この船は速力があるし、奇襲戦が最も有効な戦法だ。急襲して船のレーザー砲で一気に敵艦と人形を叩くというのはどうだろうか?」
男子生徒の意見にムバラクはすぐさま首を横に振った。
「いや、奇襲は無理だ。レッドコメットは旧式だが装甲は厚い、本船のレーザー砲を最大出力で撃っても装甲を貫くのは難しい。沈めるなど到底不可能だ。それに、縦横無尽で動き回る人形に攻撃を当てられる練度のクルーは本船には居ない。」
「だめか…。」
項垂れる男子生徒へ、マーリンは柔らかな微笑みを向けた。
「ちっとも、ダメなんかじゃないわ。むしろレーザー砲は弱くていいの。私は沈めようなんて思っていないもの、レッドコメットの足止めができれば十分よ。作戦は奇襲攻撃で行きましょう。」
「しかし、キャプテンが言ったように火力が圧倒的に不足しています。どうやって奇襲を行うのです?」
発せられた疑問に全員の視線が、マーリンへと注がれた。
「もちろん、私が人形で外に出るわ。」
「「「はぁ!?」」」
さも当然のように言い放つマーリンに、一同はそろって声をあげる。クリスは両手で頭を抱え、言葉を失った。
マーリンは、皆を安心させるように微笑んだ。
「大丈夫よ。無理だと思ったら、要求通り、人形と一緒に彼らに下るわ。…そうならないように頑張るつもりだけどね。ふふふっ。」
「…帝国貴族に生まれたからには、常に国を第一に考え、尽くさねばならない。……そういうことですか。」
ムバラクのつぶやきに、マーリンは黙って頷き返した。
その場の空気がマーリンの意見に傾きかけた、その時――。
「何を考えているのですか!!そんなのダメに決まっています!私はぜったいに!反対です!」
マーリンは静かにクリスチーナへ歩み寄り、そっと手を取ると、涙で潤んだ瞳をまっすぐに見つめた。
「…ありがとう、クリス。あなたの気持ちは本当にうれしいわ。でも、私は正しいことを選びたい。後悔はしたくないの。…そのためなら、できることは何だってする。」
マーリンの目をじっと見つめたクリスチーナは、目元を拭った。顔をあげると、決意を宿した瞳でマーリンに告げた。
「私も、お嬢様と共に行かせていただきます。」
クリスチーナの言葉に、マーリンの表情が花のように綻んだ。
「ほんと?ふふふっ、それは心強いわね。ぜひ、お願いするわ。」
「心強い?失礼だが…?」
マーリンとクリスチーナのやり取りを見ていたムバラクは、眉をひそめて問いかける。
クリスチーナは膝を折り、礼をしてその視線を受け止めた。
「私はクリスチーナ=アリソンと申します。」
「アリソン侯爵家…、なるほど…。」
納得した様子のムバラクから視線を離したマーリンは、よく通る声で呼びかけた。
「時間がないわ。みんな、行動開始よ。キャプテンは警備のクルーを、各班長は皆をカーゴに集めて。それからクリス、集まった班員の中から腕の立つ者を選んで。」
そして、マーリンは最後に一言を付け加えた。
「…いいわね。彼らに、私達の気概を見せてやるのよ。」
「「「はい!」」」
マーリンの顔には、自信に満ちた不敵な笑みが浮かんでいた。
2026年明けましておめでとうございます。今年最初の投稿となります。
今年も「操り人形の宇宙ーにんぎょうつかいのそらー」をよろしくお願いします。
ここまでお読みいただき有り難うございました。
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