予知的恐心
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「やっぱり、断ってもよかったんじゃないか?」
放課後。茜色に染まる本校舎を二人並んで出たところで、ミハイルが口を開いた。
マーリンは隣を歩くミハイルに、首を傾げて問い返した。
「どうして?」
「会議のあと、ずっと考えてたんだ。生徒会長のブライアンに言われて、君は断れなかったんじゃないかって。それにいつも冷静沈着な副会長があんなに声を荒げて反対していた。」
夕日色に染まる頬でマーリンは首を横に振った。
「そんなことはないわ。言ったでしょう?仕事を任されるのは信頼されている証だもの。だからこそ、任された私は全力を尽くして、その期待に応えるだけよ。」
マーリンはくすっと笑い、明るい声で続けた。
「それに、私には信頼できるベテランさんがついているのよ。難しい仕事だけど、心配なんてちっともないわ。」
「それなら、補佐役に任命された以上、俺は気を引き締めて君を全力でサポートするか。」
「ふふっ、ありがとう、ミーシャ。頼りにしているわ。」
本校舎から目と鼻の先に立つクラブハウスは、開学以来その姿を変えることなく時を刻んできた。古びることなく佇むその姿は、学園の長い歴史と権威を身に宿していた。
「さぁ、温かいうちに召し上がってください。」
紅茶部の一室は、シックな調度品に囲まれ、ほのかな紅茶の香りが漂っていた。 眼鏡をかけた男子生徒が、繊細な絵付けのカップとソーサーを二人の前に置く。 透き通った濃い琥珀色の紅茶は、湯気を立てながら麦芽のような香りを放っていた。
「いただきます。」
紅茶を一口含んだマーリンは、口の中に広がる香りに思わず笑みを浮かべた。
「うん、しっかりとしたコクがあるのに渋みは少なくて、ほんのり甘い香り。茶葉はアッサムですか?」
マーリンの言葉に、紅茶部の部長は得意げに笑みを浮かべ、人差し指で眼鏡を押し上げた。
「さすがはフルール・デスポワール。我が部が誇るアッサムです。お気に召されたなら、後ほどお屋敷へとお届けいたしましょう。」
紅茶部部長の提案にマーリンはやんわりとそれを断る。
「申し出はありがたいけれど、今日は遠慮しておきます。お気遣いありがとう。」
あっさりと断られた部長は、肩透かしを食らったような表情を浮かべ、自分のカップに口をつけた。そして一口含むと、静かに言った。
「…そうですか、承知しました。…それで、本日はお越しになられたのは、クラブハウスの件よろしかったですね。」
マーリンは静かに頷いた。
「コンピュータ部が主張している通り、我が紅茶部は近年目立った実績を残せておりません。」
「しかし、我が国には紅茶を愛する精神が濃く根付いています。そして、我が部のOBには名家の貴族が多くいらっしゃる。このような深い伝統のある我が部を、いつの間にか、ぱっと出てきただけのコンピュータ部ごときが踏みにじっていいわけがない!」
「それに、この芸術的な趣を湛えたクラブハウスを、無粋な機械で穢すなど到底許されません。フルール・デスポワール、ルフトハンザ君も、そうお思いでしょう!」
「生徒会の役員方は我が部に優勢と聞いております!ならば結論はすでに定まっているはずだ!なのに、なぜ今さらフルール・デスポワールが我々の話をお聞きになるのか…私にはまったくわからない!」
声を荒げる部長にマーリンは落ち着いた表情で微笑んだ。
「いいえ。結論はまだ出ていません。だからこそ、両者の意見を伺っているのです。」
部長は気まずそうに眼鏡を直した。
「…失礼いたしました。では、コンピュータ部の話もお聞きになるのですね。」
「もちろんです。この後、コンピュータ部のお話も伺う予定にしています。」
マーリンの言葉に目を細めた部長は、薄く笑うと皮肉交じりに言った。
「時間の無駄では?フルール・デスポワールも何かとお忙しいでしょう。まぁ、結論も時間をかけることで、紅茶のように味わい深くなっていくのでしょうね。もっとも、味は変わりはしないでしょう、が。」
「生徒会があなた方をお待たせしてしまっていること、本当に申し訳なく思っています。」
膝に置いたこぶしをぎゅっと握っているミハイルを横目に、深々と頭を下げたマーリンは、静かに立ちあがった。
「今日はお時間をいただき、ありがとうございました。伺ったお話は生徒会長や役員に伝え、しっかり話し合ったうえで結論を出します。紅茶、とても美味しくいただきました。」
マーリンはミハイルを連れて早々に紅茶部を後にした。
別れ際、戸口に立つ部長は二人に向かって言った。
「またお越しください。その時は、色よいお返事をお待ちしていますよ。フッ。」
そう言うと、口の端をわずかに吊り上げながら、軽く会釈し、静かに扉を閉じた。
ミハイルは冷めた表情で閉じられた扉を見た後、口を開いた。
「紅茶の味はともかく、どうにも、あの部長は好きになれないな。マーリンは話を聞いてどう思った?」
マーリンは落ち着いた声でそれに答えた。
「そうね、出された紅茶ほどの懐の広さは感じなかったけれど…。でも、紅茶部の主張はよくわかったわ。次のコンピュータ部に行きましょう。」
向かう先を見据えるマーリンに頷き返し、ミハイルもまたその行く先を見上げた。
「…少し距離があるな。」
「そうね、丘を登った先よ。急ぎましょう。」
二人の視線の先には、緩やかな坂道が延々と続いていた。
◇
「やっと着いたわ。」
コンピュータ部のクラブハウスは小高い丘の上にあった。整然と敷き詰められた窓に夕日を反射するその姿は、歴史の重みを抱えた紅茶部とは正反対に、未来を映す鏡のように輝いていた。
「ようこそ、コンピュータ部へ。」
明るい女性の声が、クラブハウスの廊下に響き渡る。
入り口をくぐった先で二人を出迎えたのは、ショートヘアに快活な印象を持つ女子生徒だった。
マーリンの視線はすぐに彼女の足元に注がれ、その視線に気づいた部長は自分の足を指さした。
「あぁ、これ?」
「…申し訳ありません。」
すぐに視線を逸らしたマーリンに、部長は気にした様子もなく明るい声で言った。
「珍しいでしょ?生まれつきなんだ。こんな時代に車いすだなんて…、これだけ医療技術が進歩してるのに、治せないんだよ。」
言葉を失ったマーリン達を部長は明るい声で招き入れた。
「さぁ、入って。少し散らかっているけど、好きなところに座って。コーヒーでいいかしら?」
足を踏み入れた途端にマーリンとミハイルは、言葉を失った。
「え、ええぇ、ありがとうございます。」
(これが、少し?)
顔を見合わせたマーリンとミハイルは、乱雑に散らばるケーブルやタブレットをソファーの上からそっと脇へ寄せ、ようやく二人が腰を下ろせるだけのスペースを作り出した。
ほどなくして、湯気の立つマグカップを手にした部長が近づき、二人にそれを差し出す。 嬉しそうに微笑みながら、部長は問いかけた。
「それで、麗しのフルールとそのお付きが、こんなところにどんな御用かしら?もしかして、入部希望?」
期待を込めた視線を向ける部長に、マーリンとミハイルは再び顔を見合わせ、ここに来た理由を改めて説明した。
「―あぁ、クラブハウスの件ね。」
話を聞き終えた部長は納得したように頷くと、少し困ったように笑みを浮かべた。
「そうなんだ…。せっかく来てもらって申し訳ないんだけど…、私は場所なんてどうでもいいの、私のやりたいようにクラブ活動ができればそれで…。」
「場所がどうでもいい?では、なぜ、紅茶部のクラブハウスを?」
問い返すマーリンに、部長は肩をすくめる。
「最初は、部員の一人が言ってくれたんだ。部長はここまで来るのが大変だろうって…。私はその子に言ったんだ、近いところは全部埋まってる。そんな場所はないって。…そうしたら、その子に言われた。紅茶部から、あの場所をもらえばいい。今の私達なら、それができるって。」
「フルールは学園に入ったばかりだから、まだ知らないだろうけど…紅茶部が使っているあの場所は特別なんだ。学園のクラブにとって、権威の象徴みたいなものなんだよ。あそこを持てるということは、活動の自由を約束されるということなんだ。」
「まぁ、それには実績がないと駄目だけどね。」
最後に、部長は胸を張り、誇らしげに言葉を付け加えた。
「コンピュータ部の活躍ぶりは耳にしています。ところで、今はどんな研究をされているんですか?」
マーリンの問いかけに、部長は手元のタブレットに目を落とし、静かに答えた。
「人工知能と、人形の制御プログラムだよ。」
「人工知能と人形の…?」
部長は頷き、タブレットから顔をあげた。
「そう、人型空間戦闘機、通称:人形。ここに居たら感じないけど、今は戦争中でしょ?私達は小さいころから国のために尽くすように、教えられてきた。そうだよね?」
同意を求められ、マーリンとミハイルは力強く頷いた。
「でも、私には出来ないから。」
部長はほっそりとした膝を掴むと俯く。しかし、すぐに顔を上げ、瞳を輝かせて言った。
「でもね、私にはコンピュータがあった。だから、得意なことで国の役に立つことをしようって。―これを見て!」
マーリンとミハイルは、部長が掲げたタブレットに身を寄せるようにして覗き込んだ。
「「これは…!」」
声が重なる。 専門的な知識はなくとも、掲げられたタブレットの画面に映るものが、とてつもない代物であることだけは理解できた。
「これを?一人で?」
部長は首を勢いよく横に振り、笑みを浮かべながら嬉しそうに言った。
「とんでもない!私ひとりじゃ無理だよ。みんなの力を借りて少しずつ取り組んでるんだ。AIと人形の融合、人が乗って戦わなくても済む――それが私たちのコンセプト。戦場に立つことはできなくても、少しでも国のために役立ちたいって思ってる。」
「…戦争の道具で役に立とうだなんて、そう思われるかもしれない。でも誤解しないで。私たちは戦争をしたいんじゃない。ただ国の役に立ちたい、それだけなんだよ。だから、自分たちの信じる方法で国に尽くそうって――そう、決めたんだ…。」
「でもね…。」
嬉々として思いを語っていた部長の声が、ふいに低く沈んだ。
「でも、ふと考えちゃったんだ…。私たちのしていることって、この国にとって本当にいいことなのかな…。もしかしたら、ただ戦争を広げるだけかもしれない…。それどころか、取り返しのつかないことになるかもしれないんだ…って。」
部長は自分の身体をきゅっと抱きしめた。
「私は、…それが、とてつもなく、怖い…。」
部長の危惧は大げさに聞こえるかもしれない。だが、歴史を振り返れば、平和のために生み出された研究が、戦争や殺戮に転用された例は数え切れないほどある。
そして、彼女らの活動は大きくなりすぎた。 今やコンピュータ部の活動範囲は、学園のクラブ活動の枠を超えている。 部長は、まだ現実になっていない未来の倫理的問題に怯えていた。
「だから、わたしは、このままでいいと思ってる。確かにここは本校舎から遠いし、毎日大変だけれど。今はまだ、確信が持てないから。私達のやっていることが本当にこの国のためになるのか。確信が持てるまでは。まだ…。」
部長は車いすに手をついてマーリンを見上げた。
「だから、お願い。頑張ってくれている、部員のみんなには悪いけれど。まだ、この場所でやっていきたい、私たちは正しいんだって胸を張って言えるようになるまで。」
マーリンの目には部長の瞳の奥で揺れる”予知的な恐怖心”と、”まっすぐな信念”が映っていた。
◇
「今日は、本当にありがとうございました。」
「ううん、いいよ。こちらこそありがとう。麗しのフルールに車いすを押してもらちゃった。また、いつでも来てね。歓迎するよ。」
もう帰るというコンピュータ部の部長と、本校舎前で静かに別れた。日はすでに沈み、空には深い夜のとばりが広がっていた。
街路灯に照らされながら、来た時とは真逆の面持ちで二人は学園は静まり帰った校内を歩いていく。
「マーリンは、どう思った?」
振り絞ったような明るい声で問いかけるミハイルに、マーリンはぽつりと答えた。
「…ごめんなさい。ミーシャ。…今は、答えられないわ。」
マーリンの心は決して釣り合うことのない天秤のように揺れていた。
「…マーリン。」
その日、マーリンは答えを出せないまま、ミハイルと別れた―。
◇
「あれ?ミハイルはどうした?」
「今日は急用ができたみたいで、欠席ですわ。」
「…では、マーリン嬢。君の答えを聞かせてほしい。」
ブライアンに促され、マーリンは両部から聞いた内容を包み隠さず語った。 話を聞き終えたブライアンは、すぐに口を開いた。
「僕は、コンピュータ部だと思うが?」
マーリンは、勇気を振り絞って反論した。
「…待ってください。コンピュータ部の部長は今回の申し出を望んでいません。…ですからー」
「ーそれが?」
「え?」
「我々は貴族だ。マーリン嬢。帝国の貴族ならば、常に国のために何が最善かを考えねばならない。そうだろう?」
「それは…」
「目の前に我が国にとって非常に有益な手立てがあるというのに、フルール・デスポワール。君は一研究者の意見でそれを眠らせておくのかい?想像してごらんよ。日夜、何千、何万という兵士が戦地で戦っている。離れ離れの家族や友人は、いったい、どんな気持ちだろうね?それだけじゃない、王国は徹底抗戦の構えだ。たとえ自国の民がどうなろうとね。罪なき民は戦争の長期化で苦しんでいる。それを、君は何もせずに放っておくのかい?人々の希望と呼ばれている君が。」
ブライアンは答えを持たず沈黙するマーリンから視線を外すと、全員に向かって問いかける。
「諸君はどうだろうか?」
「聞いてみるものだな。」
「紅茶は好きだけど、貴族としてコンピュータ部支持に意見を変えさせてもらうよ。」
「そうね、そんなに頑張っているなら、紅茶部じゃなくて、コンピュータ部かしらね。」
国益を第一に考える。紅茶部寄りだった生徒会役員たちは、次々にコンピュータ部支持に意見を変えていった。
「マーリン嬢、もう一度問う。我々はコンピュータ部一択となったが、異議はあるかい?」
問いかけるブライアンの声は穏やかだったが、会議室を包む空気にはそんなかけらは微塵もなかった。
前髪に隠れたマーリンの視線は、ある人物を求めて彷徨う。だが、その姿は――そこにはなかった。
マーリンの内なる声が彼女に問いかける。
「・・・。」
(わかるでしょう?彼女の危惧が。)
「・・・。」
(今は待ってと、言ったのよ?)
「・・・。」
(マーリン、後悔しない?)
「…。いいえ、ありません。」
マーリンの内なる声が唇から漏れることはなかった。マーリンは心の奥底に響くその声に、静かに背を向けた。
「満場一致だな。」
ブライアンは高らかに宣言した。
「生徒会は今回の申し出に対し、クラブハウスの使用権をクラブ・ランフォルマティークに認めることとする。」
「クラブハウスの使用を認めるだけではなく、もっと手厚い支援をしていくべきと考えるが、どうだろうか諸君。」
「生徒会として、活動費や待遇について、学園の理事会に上申してみよう。」
「そうですね、そうすべきと思います。」
「未来有望者達にはそれ相応の待遇を与えなければ。私からもフェアチャイルド公爵家として、正式に口添えを致します。」
満足げなブライアンと、次々に賛同する役員たち。その光景を、マーリンは黙って見つめるしか出来なかった。
◇
「マーリン様。」
とぼとぼと廊下を歩いていたマーリンが振り返ると、そこにはブライアンとアンネリーゼの姿があった。二人の声は、一方的にマーリンへと降りかかった。
「マーリン嬢、今回の件、言い出してくれなければ、私たちは未来の芽を摘んでしまうところだった。よくやってくれた。」
「まぁ、今回ばかりは、認めてもよろしくてよ。…それでは、ごめんあそばせ。」
マーリンは、去っていくブライアンとアンネリーゼの背中を、黙って見送った。
後日、クラブ・ランフォルマティークは希望通りクラブハウスを移った。そして、後押しを受けた彼らの活動は、軍学共同研究プロジェクトとして認められ、帝国宇宙軍からの全面的な支援が決定した―。
少し文章量が多くなってしまいました。
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