生徒会役員会
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帝立ヘルリッヒ学園の生徒会室には数名の生徒が集められていた。長い会議机に並んで座る彼らは、落ち着かぬ面持ちでそわそわとその時を待っていた。
彼らが落ち着かないのは当然だ。なぜなら今日からー。
「さて、全員揃ったな。それでは、今期最初の生徒会役員会を始めよう。」
広い室内に、美しいブロンドの髪を持つ青年、生徒会長ブライアンの声が響き渡る。すると、そわそわした空気は消え、張り詰めた空気が支配する。全員の視線が彼へと集まった。
「議題に入る前に、まずは諸君に聞いてほしい。今日から生徒会に新しいメンバーを迎えることになった。諸君らもよく知っているだろう、アンネリーゼ嬢にマーリン嬢だ。二人にはまずは皆に、挨拶をしてもらいたい。手短で結構だ。…それでは、アンネリーゼ嬢から。」
アンネリーゼが指名されると、壁際に控えていた取り巻きの一人が素早く歩み寄り、椅子を引く。
すっと立ち上がったアンネリーゼは、堂々たる面持ちで面々を見渡し、言い放った。
「まさか、この場に私の事を知らない者はいないと思うけれど…。アンネリーゼ=フェアチャイルドよ。」
アンネリーゼはブライアンをちらりと見やり、唇にかすかな笑みを刻んだ。
「本来なら、誰かのために、何かをして差し上げる、なんてこと絶対にしないのだけれど…ブライアン様から直接お話を頂いたので、お引き受けしたの。これから、よろしくお願いするわ。」
まるで最下級生とは思えぬ態度で挨拶を終えたアンネリーゼは、ゆったりと椅子に腰を下ろした。取り巻きはすぐに下がり、再び壁際に控えた。
「結構。では、次にマーリン嬢。」
「はい。」
音を立てず椅子を引いたマーリンは、ふわりと立ち上がると柔らかな笑みを浮かべて軽く一礼する。
「一年のマーリン=ロイスと申します。まだ至らぬ点ばかりで、先輩方にはご迷惑をおかけするかと存じますが、どうぞご指導のほどよろしくお願いいたします。」
その透き通る声は澄んだ水のように広がり、張り詰めた空気をやわらげながら室内へ響き渡った。緊張に満ちていた役員たちの表情も、わずかに緩む。マーリンは最後に深々と頭を下げ、静かに席へと腰を下ろした。
「うん。二人とも、ありがとう。諸君、今日からこの生徒会の一員として共に働いてもらう仲間だ。皆、仲良く、互いに協力し、円滑に務めを果たしていこう。それでは、早速だが―。」
新役員二人の挨拶が終わり、ブライアンが話を進めようとしたその時――。
「生徒会長。発言を許可していただきたい。」
マーリンの向かいの席に座る男子生徒が、手を挙げた。
「…許可しよう。」
ブライアンが男子生徒に許可を与えると、男子生徒は不機嫌そうに口を開いた。
「どうして俺、いえ、私までこの場に呼ばれているのでしょうか?私は生徒会の役員ではないのですが?それに、生徒会の役員は本来二年からです。一年…、いや、入学して間もないのお二人には荷が重いのではないでしょうか?」
男子生徒の指摘を受けたブライアンは、まるで今気づいたかのように、大げさに天井のシャンデリアを仰ぎ見た。
「…あぁ、そうか。そういえば、そうだったな。すまない、君がここにあまりに馴染んでいるものだから。すっかり失念していたよ。ミハイル、君は役員じゃなかったな。」
芝居じみた仕草を見せるブライアンに、役員たちの間からクスクスと小さな笑いが広がった。
不満げな表情を浮かべるミハイルを気にも留めず、役員たちが次々に口を開く。
「あら……?わたくしもブライアン様と同じく、ミハイル様は生徒会の一員だとばかり思っておりましたわ。」
「何言ってるんだ、ミハイル。君は、もう生徒会の一員だよ。」
役員たちの親しげな声が広がる中、ブライアンはいたずらっぽく笑みを浮かべて言った。
「ははっ、そんな顔をするなよ、ミハイル。それに、君も、これからもここに来ることができて嬉しいだろう?」
ブライアンはほんのわずかに首を動かし合図を送った。その合図で眉間に皺を刻んだミハイルの視線は向かいに座る人物へと流れていく。
ミハイルの視線の先には、まるで自分の事のように、嬉しそうに微笑むマーリンの顔があった。
マーリンの顔を見て、それまで難しい表情をしていたミハイルもふっと表情を和らげる。
ブライアンは場の空気を一瞥すると、満足げに頷いた。
「さて、場も和んだところで、一つ目の議題に移ろう。副会長。頼むよ。」
ブライアンの呼びかけに、眼鏡をかけた男子生徒が静かに立ち上がった―。
◇
「よろしい、副会長の説明は以上だな。さて、就任早々ではあるが、この議題を新役員の二人にお願いしたい。」
説明が終わるや否や、ブライアンは待ちかねたように二人を指名した。すると、座りかけていた副会長が、その言葉を遮るように口を挟んだ。
「お待ちください、会長。それは…。先ほどのミハイルの意見にも通じますが、就任したばかりのお二人に委ねるのはあまりに重責ではありませんか。しかも、この問題は軽々しく扱えるものではありません。」
「それは、今から補足すれば済むことだよ。副会長、そうだろう?それに、支援者のことを言っているのなら心配はいらない。二人は公爵家の出だよ。」
「しかし...。」
なおも食い下がろうとする副会長を、ブライアンはサッと挙げた手で制し、新役員の二人へと向き直った。
「さて、アンネリーゼ嬢、マーリン嬢。先ほど説明したとおり生徒会には二つのクラブから調停の依頼が届いている。」
「一つはクラブ・ドゥ・テ、開学当初から続く伝統ある部で、かつては新種の紅茶を開発するなど数々の実績を残してきたクラブだ。しかしながら、近年はその栄華も陰り、以前ほどの実績を残せていない。とはいえ、我が国には紅茶愛好家が多い、力のあるOBの後押しを受け、いまだ強い発言力を持つクラブだ。」
「そしてもう一つはクラブ・ランフォルマティーク、歴史こそ浅いが、優秀な人材が集まり、近年は数々の発展的な実績を残している。さらには帝国内の企業からの支援を自ら取り付け、産学連携のプロダクト開発にも参加している。部員数を着々と伸ばし、急速に発言権を得ているクラブだ。」
「両クラブの間で問題となっているのはクラブハウスの使用についてだ。学園は実力主義であり、より良い実績を残し発言権を得たクラブが予算や環境を勝ち取ることができる。コンピュータ部は紅茶部が使う本校舎と目と鼻の先のクラブハウスを要求しているが、紅茶部は当然譲る気がない。両クラブは平行線のまま、生徒会でも意見がまとまらず、この議題は前年から持ち越しとなっている。」
説明を終えたブライアンは、いったん言葉を切り、前のめりに座り直すと、アンネリーゼとマーリンへ問いかけた。
「では、二人に問う。我々はどちらを選ぶべきだろうか。ちなみに、今は紅茶部が一票差で優勢だ。さて、君たちはどう考える?」
ブライアンの問いかけに、アンネリーゼはためらうことなく声を上げ、はっきりと言った。
「当然、選ぶべきはコンピュータ部に決まっています。昔がどうであれ、今実績を残せていないようなクラブがいつもまでも、条件の良い場所にしがみ付いているなど害悪でしかありません。即刻、未来有望な者達にその場所を明け渡すべきです。—あなたもそうお思いになられますよね?ロイス公爵令嬢、マーリンさま?ふふふ。」
アンネリーゼの含みある言葉に、マーリンは否定も肯定もせず、ただ静かにうつむいた。
「アンネリーゼ嬢はコンピュータ部を選んだか。これで意見は拮抗し、五分と五分となった。マーリン嬢はどう思う?よく考えてくれ、君の意見次第で、どちらにクラブハウスを使わせるべきか決まる。」
「はい、ええと…。」
答えに詰まったマーリンの視線は、自然とミハイルに吸い寄せられる。ミハイルは他には気づかれぬほど僅かに頷き、しっかりとマーリンを見つめ返した。
ミハイルの眼差しに背中を押されたマーリンは、迷うことなく声を上げ、はっきりと自分の意見を口にした。
「私は、一度両者の意見を聞いてみたいと思います。そのうえで判断してもよろしいでしょうか。」
マーリンの言葉に、アンネリーゼはすぐさま嚙みついた。
「話を聞く?聞いたところで何も変わりません。第一、聞いたところで事実が変わるとでも?私にはとてもそうは思えません。だいたい—!」
次第に語気を強めていくアンネリーゼに、ブライアンの落ち着いた声が待ったをかける。
「待ちたまえ、アンネリーゼ嬢。マーリン嬢の言うことももっともだ。人から聞くだけでなく、自ら確かめて判断するのは悪いことではない。そうだな…」
ブライアンはほんの少し考えるような素振りを見てから、マーリンへ視線を向けて微笑んだ。
その優しげな瞳の奥には、揺るぎない答えを秘めていた。
「こうしよう。この件はマーリン嬢、君に委ねよう—。」
ブライアンが決定を告げたその瞬間、副会長は椅子を鳴らして立ち上がり、声を張った。
「お待ちください、会長!アンネリーゼ嬢と共にというのなら理解できます。しかし、マーリン嬢ただ一人に委ねるなど、あまりにも荷が重すぎます!」
異論を唱える副会長を、ブライアンは即座に切り捨てた。
「僕はそうは思わない。ロイス家は筆頭公爵家だ。その上、マーリン嬢は我が帝国が誇る、フルール・デスポワール。そして、政治が絡む問題は、結局のところ力がものをいう。そういう意味では、これ以上の適任者はいない。」
「それに、僕はマーリン嬢一人で、とは一言も言っていない。新しく生徒会に入ったばかりなのだから、わからないことも多いだろう。慣れるまでは補佐をつける。それくらいのことは当然考えているさ。」
ブライアンは、副会長を見据えたまま、ミハイルの名を呼ぶ。
「ミハイル。しばらくの間、マーリン嬢の補佐役を務めてくれ。」
「お、おれか?」
突然名を呼ばれたミハイルは、目を白黒させた。
「君はマーリン嬢とも個人的に親しいだろう?頼んだ。」
淡々と話を進めるブライアンは、有無を言わせぬ気迫をまとい、副会長を射抜く。
「副会長、これでも、君は、まだ、納得ができないか?」
副会長は短く『いいえ』とだけ言うと、椅子に深く腰掛けて完全に黙り込んだ。ブライアンは、マーリンへ向き直り、目元を緩めた。
「マーリン嬢。どうだろうか。難しいと思うなら、はっきり言ってくれて構わない。ただ、この仕事はぜひ君に引き受けてもらいたい。」
マーリンはにこやかに微笑み返し、静かに答えた。
「右も左もわからない新米役員ですが、お任せいただけるのでしたら全力を尽くすだけです。」
「うん、素晴らしい考え方だ。私たちも見習わなくてはならないね。」
マーリンの答えを聞いたブライアンは、満足そうに頷くとすぐにアンネリーゼのほうを向く。
「アンネリーゼ嬢の補佐は僕がしよう。アンネリーゼ嬢、異論はないか?」
「もちろんですわ。ブライアン様のお決めになったことに、異論などございません。」
アンネリーゼは嬉しげに瞳を輝かせ、頬に期待に満ちた笑みを浮かべた。
「よろしい。一つ目の議題はこれで決まりだ。諸君、次の議題に移ろう―。」
ブライアンがそう言うと、全員の意識は次の議題へと向けられた。
その後の会議は淡々と進み、マーリンにとって初めての生徒会役員会は幕を閉じた。
◇
会議が終わり、生徒会室を出たところで、マーリンはアンネリーゼに呼び止められた。
「マーリン様。よろしいかしら?」
マーリンが振り向くと、ブライアンが補佐についたのがよほど嬉しかったのか、いまだ嬉々とした面持ちのアンネリーゼが立っていた。
「ブライアン様がお決めになったことに口を挟むつもりはないけれど…。これだけは言っておいて差し上げます。ブライアン様のご期待を裏切らぬよう、せいぜい頑張ってくださいませ。ふふ、それでは、ごめんあそばせ。」
アンネリーゼは一方的に言葉を残し、軽快な足取りで取り巻きを引き連れ、廊下の奥へと姿を消した。
「まったく、相変わらず感じの悪いやつだ。」
眉をひそめながら近づいてきたミハイルを、マーリンは静かに微笑んでなだめる。
「まぁまぁ。アンネリーゼ様には、アンネリーゼ様のお考えがあるのよ。とにかく、私は私のやり方で頑張ってみるつもりよ。」
マーリンの言葉にミハイルは嬉しそうに頷いた。
「はははっ、それなら、しっかりと支えさせてもらうよ。」
「あら?私は新米役員なんだから、陰ながらだなんて言わないで、ベテランさんは堂々と支えてくれていいのよ?ふふふっ。」
マーリンは嬉しそうに笑った後。
「ありがとう、ミーシャ。」
ミハイルをまっすぐに見つめ、にっこりと笑った。
その瞳に写るのは揺るぎない信頼だった。
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