下 求めるモノ
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「満足したかい?」
いちごジャムのサンドイッチを食べ終えたマーリンが、包装と空のジュースパックを紙袋に片づけていると、先に食べ終えていたミハイルが声をかけてきた。
ほくほく顔のマーリンは、隣に座るミハイルに向かって、嬉しそうに答えた。
「ええ、とっても!ありがとう、ミーシャ。」
「どういたしまして、それにしてもー。」
マーリンの様子に気をよくしたミハイルは白い歯を覗かせると滑るように続く言葉を投げかけた。
「話には聞いていたけれど、君は随分な人気者になったんだな。なにせ君がこの学園に入学して以来、デジュネの時間になるとみんな学園中を走り回っているんだから。はははっ。」
ミハイルにとってはあの頃と同じ、他愛ない話のつもりだったのである。
しかし、マーリンの反応はミハイルの予想していたものとは違っていた。
マーリンは、手に持った紙袋を軽くくしゃりと握り、ベンチの上で膝を抱えた。膝小僧に隠れた口元から、静かなため息を漏らした。
「…人気者、ね。そんなのじゃないわ。みんな私みたいな変わった名前で呼ばれる人間が物珍しいだけなのよ。でも、それも今だけ。いずれ誰からも見向きもされなくなるわ。そうしたら…。」
ミハイルは思わず『はっ』とした。軽く受け流されると思っていたのだ。
だが、それは、あの頃。ミハイルがロイスの屋敷で共に暮らしていた頃のマーリンであり、今のマーリンではない。
自らの言葉によって一瞬にして萎れた花のようになったマーリンの姿に、ミハイルは唇を固く噛み締め、離れていた歳月の重さを思い知らされた。
マーリンはあの頃のマーリンではないと。
二人が黙り込むと、ガゼボはたちまち忘れ去られたかのように静まり返った。
「あ…。」
場を気まずくしたのではと感じたマーリンは、思わず小さな声を漏らし、慌てて膝から顔を上げた。
作り笑いを浮かべると明るい声で言った。
「ごめんなさい!たいしたことでもないのに大げさな態度をとってしまって!ミーシャがそう考えるのも当然だわ。だから…そんな顔しないで。」
ミハイルは、苦々しい表情を浮かべ静かに頭を垂れた。
「いや、マーリンのせいじゃない…。俺が悪いんだ。君の気持ちに水を差してしまった…。俺は、追い回された君が学園を嫌いになっただけだと思っていたんだ。」
マーリンは、ゆっくりと首を横に振った。
「ううん、学園は好きよ。…確かに少し大変なこともあるけれど。だからといって、そんなことで嫌になったりはしないわ。ただ…ね。」
言いよどむマーリンに、表情を引き締めなおしたミハイルは、心からの思いを込めて言葉をかけた。
「今の俺に君の助けになれるかはわからない。けれど、君の力になりたいと思っている。…よければ、話してくれないか?」
真剣な表情のミハイルを静かに見つめたマーリンは、差し出された手を取るようにそっと微笑み返した。
「ありがとう、ミーシャ。貴方はそうやって、いつも私を助けてくれるのね。」
「いつもとは限らないよ。それに、俺はずいぶん長い間、君を助けることができなかったみたいだからね。」
マーリンは首を横に振る。
(そんなことない。貴方はどんな時も私に手を差し伸べてくれるもの、今だって…。)
「ミーシャ、こんなこと言ったら、貴方は変だと思うかもしれない。でも…笑わないで聞いてくれる?」
「もちろん、笑わないよ。話してくれ。」
ミハイルが頷いたのを確認したマーリンは、ぽつりぽつりと胸の内の思いを話し始めた。
それは、マーリンがこの学園生活で求めているもの。
それはすなわち。
◇◇◇
「…、友達か…。」
マーリンの話を聞き終えたミハイルは、難しい表情で腕を組み、念を押すように問い返した。
「念のために聞くが、作りたいのは取り巻きではなく友達だな?」
マーリンは頷きながら胸の奥のものを絞り出すように答えた。
「…うん。取り巻きなんかじゃないの。たとえ、どんな状態になってもずっと仲良くしてくれる人…それが私の求めている友達なの。」
ミハイルは難しい表情を崩さぬまま、静かに言葉を発した。
「わかっているだろうが、君の家が俺たちのような、一般の家格の貴族であれば、友を作るのは容易だ。だが、君の場合はそうはいかない…。」
ミハイルはそれまでの硬い面持ちをふっと緩めた。
「それはさておき。聞くが、今までに同年代の令嬢と接する機会はあっただろう?その時はどうしていたんだ?」
マーリンは少しだけ唇を噛んで、目を伏せた。
「…それは、習ったから。…社交の場では、令嬢教育の教師に教えられた通りにしてきただけよ。でも、その教師は友達の作り方なんて教えてくれなかったの。だから、わからないのよ…クラスメイトや彼らとどう接すればいいのか…。」
マーリンは言葉を重ねるように、必死に口を開く。
「だからって何もしなかったわけじゃないわ。ちゃんと彼らの事を知ろうとしたの。爵位、所属する派閥、領地、家族構成、入学するまでにすべて頭に入れたわ。」
「…でも、そんなものは役に立たなかった。流行のお洋服やお化粧品、美味しい甘味屋さん、みんなの話についていけなかったわ…。」
肩を落とすマーリンを見つめ、ミハイルは思案げに口を開いた。
「ふむ…社交の場で必要なこと以外は何も知らない…。まさか、君にこんな弱点があったとは、意外だったな。」
意外だと言われ、マーリンは小さく眉を寄せて問い返した。
「そういうミーシャはどうだったの?その…あなたにもいろいろとあるでしょう?」
「俺か?俺の家は何の変哲もない男爵家だから、それに君の御父上のおかげで上の方々とも普通に話せたよ。」
ミハイルはあっさりとした調子で言うと、思いついたように手を合わせて言った。
「そうだ。そういう相談なら、ブライアンが適任だ。」
急に飛び出した名にマーリンは首を傾げた。
「ブライアン様…?」
「あぁ、ブライアンは侯爵家だから、家格も近い、それに顔が広いんだ。一度相談してみるか?」
「だめよ!」
マーリンは勢いよく首を横に振った。
「…だって、ブライアン様はお忙しいもの。それに…。それに、私はミーシャに聞いてもらいたいし…。」
少し恥ずかしそうに目を伏せたマーリンの言葉に、ミハイルは嬉しさを隠すようにはにかんで笑った。
「ははっ、そうか、なら、ブライアンには言わないでおこう。…そうだな。俺から君に言えることは一つだけだ。」
「一つだけ??」
疑問符を浮かべるマーリンに、ミハイルは優しく語りかけた。
「君は、君らしくいればいい。誰かを気にして、自分自身を飾り立てる必要はない。君は君自身のままでいればいいだけだ。」
「…私、らしく?それだけで本当に友達ができるの?」
ミハイルはマーリンを真っ直ぐに見つめ、ゆっくりと頷いた。ミハイルの言葉は一見すると無責任にも感じられるかもしれない。
帝国は男たちの支配する世界だった。貴族令嬢として生まれた以上、家のために使われる道具であり、糸に操られる人形にすぎない。マーリンもまた、その宿命から逃れることはできなかった。
だが、ミハエルは違った。
ミハイルはいつもそばにいて、優しくマーリンを支えた。励まし、時に支え、温かく見守りながら、彼女の意思を尊重した。いつだってマーリンを一人の人間として尊重したのだ。
その存在は、マーリンにとって何よりも心強かった。
「自分を信じて。そうすればきっとうまくいく。いつもそうしてきたじゃないか?」
「ミーシャ…。」
(それができたのは、あなたがいつも傍にいてくれたからよ。)
「細かいことなんて考えなくていい。君は君らしく振舞っていればいいんだよ。それが…」
ミハイルは一呼吸開けてから、言葉を続ける。
「それが、…俺の知っている、一番…素敵な女の子なんだから、さ。」
(…えっ)
マーリンの心に、一陣の風が吹き抜けた。
顔を赤らめたミハイルは、恥ずかしさを振り払うように語気を強めた。
「それから!君に友達が居たことがない。というのは大きな間違いだ。…俺は、マーリンのことを、昔から、いや。今でも大切な友達だと思ってる。」
「ミーシャ…。」
マーリンはミハイルを瞳をじっと見つめると、初めて出会った時のことを思い返した。
その時の自分はどうだったのか、今は何が違うのか。 ミハイルの言うマーリンらしさとは何なのか――それに気づいた瞬間、マーリンの表情が晴れる。
その表情は、もはや萎れた花ではない。
「…ありがとう、ミーシャ。…分かった気がする。私がどうしたいのか。これからどうしたらいいのか。」
マーリンは頬をほんのり桃色に染め、にっこりと微笑んだ。 それは皆が憧れるフルール・デスポワールではなく、マーリン=ロイス本来の笑顔だった。
「それでいい。」
力強く頷いたミハイルは、すっと立ち上がると、手を差し伸べた。
「さて、そろそろ戻ろう。もうすぐデジュネが終わる。」
二人は並んで古びたガゼボを後にする。
マーリンは隣を歩く幼馴染の顔をちらりと覗き見た。 顔つきはすっかり大人びてしまったが、面影は昔のまま変わらない。
――マーリンの気持ちも、あの頃から変わらずに。
ほんの少し前までは、どんなに手を伸ばしても届かなかった。 だが今は違う。
二人の距離は伸ばさずとも触れられるほど近い。
それだけで、並んで歩けるだけで、マーリンの心は満たされていた。
その想いは、隣を歩くミハイルも同じだった。
ミハイルは微笑みを浮かべ、楽しげに歩くマーリンへと静かに問いかける。
「悩み事は無事に解決したみたいだな。」
「ええ!幼馴染のお友達のおかげで綺麗さっぱりね!」
(素敵な女の子に、大切な友達。ふふふっ!)
「…そうだわ!」
足取り軽やかなマーリンは、ひらめいたように胸もとでぽんと手を合わせる。
ミハイルの前に躍り出て、くるりと振り返ったその顔には、悪戯めいた笑みが輝いていた。
「競争しましょ!昔みたいに。」
「競争?」
「そう!…用意!…ドン!」
ミハイルの返事を待たず、マーリンは短い合図をして木漏れ日の中へ駆け出した。
「あ、おい!いきなりかっ!?ちょっと、待てって!競争って、ゴールはどこだ!?」
ミハイルはすぐに追いかけた。声の調子こそ急いていたが、その顔には慌てた様子はない。
木漏れ日の光を浴びたマーリンは、眩しいほどの笑顔で振り返る。
「ふふふっ!講義棟までよ!私が勝ったら、次もいちごジャムのサンドイッチ、…の今度はクリーム入りを買ってきてもらうわ!」
「ははっ、クリーム入りか。いいだろう買ってきてやる!だがな!それは、君が俺に勝てたらの話だ!」
笑顔のミハイルは走る速度を上げながら思った。
すぐ前を駆ける最愛の友人の楽しげな声と後ろ姿が、とても綺麗で、何にも代えられぬ尊いものだとー。
後日。
「♪~♪~、ふわふわでおいし♪」
「そういえば、聞こうと思っていたことがあるんだが…。」
「ん〜♪?」
(何かしら)
ミハイルの問いかけに、口いっぱいにいちごのクリームサンドを頬張ったまま、マーリンは視線だけを返した。
「あのガゼボに行く途中よく見つからなかったな。かなりの人数が探し回ったようだが。いったい、どんな魔法を使ったんだ?」
クリームの付いたマーリンの口元が弧を描く。
「ふふふっ、魔法なんて使っていないわ。とても簡単な方法よ。」
「簡単な方法?」
首をかしげるミハイルに、マーリンはその時のことを思い出したのか、面白そうに笑って言った。
「えぇ。この学園の敷地には至る所に木が植えられているでしょう?それをありがたく使わせてもらったの。面白いことに誰一人として上を見なかったわ。ふふふっ!」
「はぁ…。マーリン。」
額に手を当てたミハイルを見ながら、マーリンは言葉を続けた。
「大丈夫よ。木登りには自信があるの。ミーシャが屋敷から居なくなってからも一度だって木から落ちたことはないのよ。それに、学園の制服はドレスと違って登りやすいし。」
ミハイルはやれやれとため息をつきつつも、口元に小さな笑みを浮かべながら言った。
「はぁ、君が木登りが上手なのは昔からよく知っているよ。俺はそんな心配はしていない。そうじゃなくて、そのドレスより短いスカートの事だよ。」
マーリンは、クリームの付いた顔で、きょとんと聞き返した。
「え?スカート?どういうこと?」
そんなマーリンに、あの頃へ戻ったような気持ちのミハイルは笑みを浮かべ、クリームの付いた口元へ人差し指を伸ばすと、優しく撫でながらこう言ったのである。
「ははっ、誰にも、上を見られなくてよかったねってこと。」
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