令嬢の学園生活
ご覧いただきありがとうございます。
評価、ブックマークしていただきありがとうございます。
25/10/02
一部、加筆を行いました。
講義の終了の鐘の音を追加。ロンドンの時計塔ビッグベンの鐘のような音色をイメージしました。
「ほっほっほっ。」
帝立ヘルリッヒ学園は帝国の最高学府である。
帝都郊外の雄大な自然に囲まれた学舎には惜しみなくヒト、モノ、カネが投入され、最先端の研究設備をはじめとした最高の教育環境と最高の講師陣が整えられていた。
そのような場所に集められた若者たちには、帝国の未来を担う者としてあらゆる点において高いレベルが要求され、順位付けが行われた。この順位は彼らのスクールカーストにも影響を及ぼした。
この学園では日夜、熾烈な競争が繰り広げられているのだ。
「ほっほっほっ。ええと、それでは。先日行った実力テストの結果を配信します。ご承知のとおり、このテストの成績如何により諸君らの順位が決まるわけであります。各自、配信された自分の順位を確認し、今後の勉学の糧とする様に。ほっほっ。」
真っ白な髭を蓄えた老齢の講師が慣れた手つきで手元の端末を操作すると、生徒たちの手元の端末には名前と順位がずらりと並んだ表が現れた。
自分の順位を見つけた彼らの反応は歓喜と落胆。ざわついた室内を鎮めるため講師は教鞭を数回打ち鳴らした。
「ほっ、静粛に。…ええと、今回の実力テストで全科目で満点を取ったのは、学年で2名。そのうち、加点対象外となる任意回答の記述式問題、5問まで全て正答したのは1名でした。それでは・・・。」
講師が窓際の席に顔を向ける。そこには差し込む日差しを受けてきらきらと輝く純白の髪をした美少女が静かに座っていた。
「フルール・デスポワール。学年主席として、皆に一言お願いできるかね?」
指名されたマーリンは「はい」と短く返事をして立ち上がると一言。
「決して倦む事無く、励みたいと存じます。」
「ほっ。結構。座ってください。」
一礼し、静かに着席したマーリンは内心でため息をついた。
(フルール・デスポワール・・・ね。私にはマーリン=ロイスという名前があるのだけど。)
フルール・デスポワール、希望の花。
マーリンの学園生活には常にこの言葉が伴った。ほとんどの学園生や講師はマーリンをマーリン=ロイスという一人の人間としてではなく。特別な何かとして扱った。
フルール・デスポワールというレッテルは彼らにとっては希望の象徴でもマーリンの学園生活にとっては、とても窮屈な称号だったのである。
(私はそんなものを求めてない。そんなものは要らないわ。)
マーリンが求めていたのは家や称号を気にせずもっと普通に、年相応に気兼ねなく話したり遊んだりすることのできる関係だった。
キーン、コーン、カーン、コーン…。カーン…。カーン…。
「ほっほっほっ。それでは、本日の講義はこれまでとする。」
ぼんやりと窓の外を眺めながら考え事をしているうちに講義が終わりを告げ、講師は講義室を出ていった。
(急いで行かなくちゃ。)
午前の講義が終わったらすぐにここを出なくてはならない。手早く荷物をまとめたマーリンは席を立つと講義室を後にした。
逃げるようにマーリンが向かった先は学園内のラウンジである。
学園生の利用する食堂やラウンジはランクによって使用できる場所が決められていた。
マーリンが使うのは上級ラウンジ、通称L・ラウンジと呼ばれる場所である。
広々として落ち着いた雰囲気のフロアは席同士の間隔が十分に取られているため、周りを気にする必要はなくすべての席からは美しく造営された庭園を一望することができる。
ラウンジの一角にドリンクカウンターが設けられ、給仕により軽食や飲み物が提供されていた。
静かすぎず、騒々しくもない。とても快適な空間だった。
そして何より、マーリンにとって一番なのは常に誰かに相手をする必要がないことである。
ここに来るようになってから軽く挨拶をする程度で休み時間中、誰かに拘束されることはなくなった。
ラウンジ内にはすでに数名のグループが思い思いにくつろいでいた。マーリンはいつもの席に座ると給仕にいつもの軽食とティーセットを頼んだ。
運ばれてきた昼食をゆっくりと時間をかけて食べ終えてから、紅茶を嗜む。
最近はここで時間を潰してから、午後の講義に向かうのがルーティーンとなっていた。
色彩豊かな庭園を眺めながら紅茶を楽しんでいたマーリンはスマートフォンのディスプレイに目を向けた。
表示された時刻を確認して、もうしばらくここでゆっくりとお茶を楽しむことにしたマーリンはカウンターの奥で控える給仕を呼ぶため片手をあげた。すると。
「へぇ、所詮は学園のラウンジだから、たいしたことはないと思っていたけれど…。なかなか良いところじゃないの。」
静かなラウンジでくつろいでいた皆の視線が出入口に向く。
そこには入ってきたばかりの女生徒の一団の姿があった。大きく開かれた両開きの扉の周りにたむろする一団は、一際目立つ女生徒を筆頭に数名の女生徒が付き従うように取り巻いていた。
「!!」
一際目立つ女生徒の姿を目にしたマーリンは隠れるように顔を背ける。
しかし、その行動が裏目に出たのか、気づいた取り巻きの一人が目立つ女生徒に耳打ちをすると、一団はつかつかとマーリンに押し寄せた。
「まぁ、どなたかと思いましたら。マーリン様ではありませんか。」
(はぁ…いつかは、こうなると思ったけれど。思ったより早かったわね。さようなら、私の平穏…。)
マーリンはげんなりした気分をしまい込むと目立つ女生徒に向けてニコヤカな表情を張り付けた。
「…ごきげんよう。アンネリーゼ様。」
取り巻きを率いてラウンジに現れた女生徒の名はアンネリーゼ=フェアチャイルド。
縦ロールに巻いた鮮やかなピンクブロンド、瑠璃色の瞳が特徴的な美少女である。
アンネリーゼのフェアチャイルド家は新参の末席公爵家である。
しかし、末席とされているフェアチャイルドであるが、実際のところはすでに筆頭のロイスを超えていると言われていた。
それはフェアチャイルド家が家電製品から人形をはじめとする軍需産業まで非常に幅広く手がける超複合企業体を統括する経済界の支配者だからである。
「ここよろしいかしら?」
「えぇ、もちろん。」(ニコヤカ)
席はたくさん空いているにも関わらず、なぜかマーリンの向かいに座ろうとするアンネリーゼ。
アンネリーゼに用のないマーリンとしては何としてもお断りしたいが、そうもいかず頷いた。
席に座ったアンネリーゼは校則違反のミニ丈スカートであることをものともせずに足を組むと、ちょうどやってきた給仕係に注文を告げる。
「マーリン様と同じものを。」
アンネリーゼの登場に気が削がれたマーリンは冷たい水を頼むと給仕係は一礼してカウンターに戻っていく。給仕が十分に離れるとアンネリーゼは口を開いた。
「同じ学園に入学したというのにクラスが違うというだけで、なかなかお顔を合わせる機会がありませんでしたわね。私、マーリン様とは一度ゆっくりとお話をしてみたいと思っていましたのよ。」
取り巻きから受け取った扇子をひらひらとさせるアンネリーゼ。
「…でも、その前に。」
小気味良い音を立ててそれを閉じると片手をあげ人差し指をちょいちょいと動かして取り巻きの一人を呼び寄せた。
閉じた扇子で口元を隠したアンネリーゼが指示をすると取り巻きは頷いてから他の取り巻きにそれを伝えに行く。指示が全員に行き渡ると取り巻き達は一斉に周りの席に声をかけ始めた。
(はぁ、そこまでする必要が?)
マーリンは内心でため息をついた。
アンネリーゼがどんな話をするつもりか知らないが、声を少し落とせば会話内容が周りに漏れ聞こえることはない。
くつろいでいるところに声をかけられた彼らは当然いぶかしげな顔をする。しかし、それも最初だけである。
「今すぐ出ていけ」と言っているのが、アンネリーゼであることがわかると彼らは会釈をして足早にラウンジを去っていった。
瞬く間に広いラウンジはアンネリーゼとマーリンの貸切となった。
仕事を終えた取り巻き達はアンネリーゼに一礼をすると出入り口の扉の前に一列に並び封鎖した。
それから程なくしてテーブルの上にはふわりと上質な香りのティーセットとグラスに注がれた水が置かれる。アンネリーゼはカウンターに戻ろうとした給仕に告げる。
「あなた。もういいから、呼ばれるまで外で控えていなさい。」
必要がなくなった給仕はラウンジから追い出された。
「さて、邪魔者はいなくなりましたわ。これでゆっくりとお話できます。こうして私たちが直接顔を合わせてお話しするのは、久しぶりですわね。半年ぶりかしら?」
マーリンは最後にアンネリーゼと会話したときのことを思い出しながら答えた。
「たしか、昨年の皇帝陛下のお誕生日パーティの時以来と思います。」
「まぁ、もうそんなになるのですね。家同士がライバル関係にあるとはいえ、同じ帝国の貴族。もう少し交流があってもいいのではと常々思いますの。まぁ、これからしばらくは同じ学園生。今後はそのようなことは気にせず、仲良くいたしましょう?ね。マーリン様。」
うっすらとほほ笑むアンネリーゼ。獲物を見定めた猛禽類のようなその表情にマーリンは息を呑んだ。
「…んく、え、ええ。そうですわね、ぜひ。」
マーリンの受け答えに満足したアンネリーゼは手をポンと合わせる。
「そうだわ、忘れるところだった。学年主席、おめでとうございます。さすがは、フルール・デスポワールと呼ばれるだけのことはありますわ。あの問題をすべて正解されるなんて。私は任意問題を1問、間違えてしまいましたのに。」
マーリンはげんなりとしたが、表情は崩さない。
「ありがとうございます。しかし、アンネリーゼ様と点数は同じです。であれば、順位はないも同じでしょう?」
アンネリーゼは鼻にかける。
「ふっ…。表はご覧になったのでしょう?主席の座は一つですわ。主席か次席か、1番か2番か、それしかありません。」
「…私、マーリン様が心底羨ましいです。…だって、いつも1番ですもの。…それは、婚約相手にしても…。」
(婚約相手…。)
マーリンは一人の男性を思い浮かべた。
「我が夫となる者は、国内の名だたる企業を率いて行かねばなりません。そのためには、2番目の殿方ではお話にならない。1番でなくては。そう、生徒会会長のブライアン様のような・・・。」
「・・・。」
アンネリーゼの瑠璃色の瞳の奥が光ったように見えた。マーリンは何も言わずただ、ただ、穏やかな表情を維持するように努めた。
「そういえば、ご長兄の足取りは。」
そんなマーリンを一瞥したアンネリーゼは唐突に話題を変えた。マーリンの表情が固くなる。
「ロイス公も災難でしょうね。それか、自業自得。いつまでもちっぽけな椅子にしがみ付いていないで早くにお譲りになっていれば、爵位を他人に譲らなくてもよかったのに。」
「くっ…。」
マーリンは奥歯を噛み締めた、張り付けた仮面が壊され表情が険しくなる。
ちらりとマーリンを見たアンネリーゼはしたり顔で視線をテーブルの上のスマートフォンに向けた。
「ふふっ、気分を害されましたか?もう時間ですから今日はこのくらいにいたしましょう。楽しい時間はあっという間ですわね。また、改めて。ゆっくりとお話ししたいですわ。マーリン様。それでは、ごめんあそばせ。」
「…ええ、そうですね。ぜひ、に…。」
マーリンは煮え切らない思いを胸に立ち上がりアンネリーゼの背中を見送る。
言いたいことを一方的に言ったアンネリーゼは取り巻きを引き連れて、上機嫌でラウンジを出て行った。
その姿が完全に消えるとマーリンは乱暴に腰を下ろす。
(…つかれたわ。あの人、苦手なのよね。なるべくかかわらないようにしなくっちゃ…。)
マーリンは汗をかいてずぶ濡れのグラスを掴んで一気にあおる。
「…ふう。」
アンネリーゼのせいで一日分以上の精神力を使ってしまったマーリン。
正直言えばこのまま屋敷に帰ってしまいたいがその選択肢はない。まだ午後の講義が残っているのだ。
(さてと。私も行かなくっちゃ。)
マーリンは空になったグラスをトンッとテーブルに置いて気合を入れなおすと、次の講義に向かうためラウンジを後にした。
ここまでお読みいただき有り難うございました。
面白いと思っていただけましたら、ご評価、ブックマークをお願いいたします。
感想もお待ちしています。
励みになります!




