最愛の幼馴染
ご覧いただきありがとうございます。
マーリンとブライアン。
二人は帝国でも指折りの美男美女である。その二人が創り出す世界に割って入ったのは一人の青年だった。
「オホン!」
わざとらしく咳払いをした青年は全員の注意が自分に向いたことを確認してから口を開いた。
「お二人とも。そのくらいにされてはいかがでしょうか。ほかの者の目も多い。あまり見せつけるのは、いかがなものかと。」
青年は帝国では珍しい黒い髪、そして深い海の底のような深蒼の瞳を持ち、非常に整った容姿をしていた。
眉目秀麗な青年の登場でさらなる感嘆が訪れるかと思いきや、視線を向ける彼らの表情には「この男は何者?」という感情がありありと見て取れ、排他的ともいえる沈黙が支配する。
「ミーシャ!」
しかし、それもほんの一瞬のこと。鈴を転がしたような可愛らしい声で青年を迎え入れたのは他でもないマーリンだった。
軽く膝を折ってブライアンに断りを入れたマーリンはブライアンが快く頷いたのを確認するとすぐにミーシャと呼んだ青年の元に歩み寄った。
マーリンがミーシャと愛称で呼んだ青年の名はミハイル=ルフトハンザ。ブライアンのような華やかさはないものの、負けず劣らずの容姿と才能を持つ美青年である。
ミハイルのルフトハンザ家は男爵家である。本来ならば高位貴族の二人に意見などできるような身分ではない。
しかしながら、ミハイルもブライアンと同様にロイス公爵に見出された人物であった。
幼くして才能を見いだされたミハイルはロイス公爵家の庇護下でマーリンと供にさまざまな教育を受けた。マーリンとは幼馴染の関係なのだ。
そんなこともあってブライアンにとってはかつてのライバル、今は将来の右腕として身分の差を超えた付き合い方をしていた。
「マーリン嬢、ご入学おめでとうございます。」
歩み寄ったマーリンにミハイルは恭しく頭を下げた。
「ありがとう、ミーシャ。今日から私もあなたと同じ学園生よ。これからはミハイル先輩、と呼んだほうがいいかしら、ふふふっ。」
「ミハイルと、お呼びください。マーリン嬢。」
頭を下げたまま胸元に手を添えたミハイルは上機嫌なマーリンの軽口をさらりと受け流した。
マーリンはそっけない態度に二の句を継ごうとしたが、そこに。
「ミハイル。君もマーリンの顔が見たくなったのかな?」
片手を上げ近づいてきたブライアンに阻まれたため口をつぐむ。ミハイルは頭を上げると小さく息を吐いてブライアンを見る。
「何を言ってるんですか、ブライアン。そんなわけがないでしょう。」
(そんなわけがない?)
マーリンは思った。
「貴方が式典の後片付けをほったらかしにして、マーリン嬢の様子を見に行くと飛び出していったきり、いつまで待っても戻ってこないものだから、今度は僕が貴方の様子を見に来たのです。そうしたらあなた達は人目を気にせず、見せつけるような真似を。」
ミハイルの言動にブライアンはマーリンを一瞥するとさわやかな笑顔で答えた。
「あいかわらず手厳しいな。君がここに来た理由はちゃんと理解しているさ。それに、僕たちは普通に会話をしていただけだよ。誰にも見せつけてなんかいない。」
「あれが普通の会話と?・・・まぁ、それはいいのです、ブライアン。用事は済んだのでしょうか?でしたら早く戻りましょう。まだ式典の片付けが終わっていません。貴方が抜けたおかげで予定より大幅に遅れています。このままでは徹夜はもちろんの事、講義の始まる明日までに終わるかどうかも疑わしい。」
「心配するな。それもわかっているよ。遅れた分の追加人員ならこうしてすでに用意できている。」
そう言って大げさに両腕を広げたブライアンは取り囲む彼らに向けて大きな声で呼びかけた。
「さて、君たち。わかっていると思うが、ここに許可なく入り込むのは重罪だ。もし、学園に知れれば厳しい罰が下される。」
「しかし、聞いた通りだ。今必要なのは罰ではない。協力だ。もし、自主的に生徒会への協力を申し出るのならば、今日のことは僕の胸の中に仕舞っておいてもいい。さて、君たち、どうする?」
ブライアンの協力要請を聞いた彼らはお互いに顔を見合わせる。が、選択の余地などない。
「あ、あの!カーチスライト会長!ぜひ!私たちに生徒会のお手伝いをさせていただけないでしょうか?」
「カーチスライト会長のお役に立てるなら何でもしますよ!」
口々に協力を申し出る彼らの声にブライアンはうっすらと笑みを浮かべる。
「そうか。ありがとう。」
そして、マーリンに申し訳なさそうな顔をした。
「すまない、マーリン。あまり時間が取れなくて。僕はそろそろ行かなければならない。」
「理解しております、ブライアン様。改めまして、本日のお礼もかねてご挨拶にお伺いいたします。」
マーリンは上品に微笑んだ。
「うん、楽しみに待っているよ。それでは、僕は、これで。」
「失礼いたします。マーリン嬢。」
ブライアンが出口に身体を向けるとミハイルも後を追う。が、ブライアンはミハイルを止めた。
「ミハイル。なぜついてくる?君にはもっと大事な要件があるだろう?」
「大事な要件?いったい何でしょうか?」
ブライアンと出口に向かうつもりだったミハイルは眉を顰めると聞き返した。ブライアンは少し呆れたように答えた。
「君が言ったんだ。僕が戻らなければ明日までに終わらない、と。であれば、僕の代わりにマーリンをエスコートして無事に車まで。いいや。屋敷までお送りするのは必然的に君しかいないじゃないか。」
ミハイルは声を荒げた。
「ブライアン。俺の話聞いてましたよね?人手は多いに越したことはないんです。大丈夫なんですか?それに、そんなことを勝手に決められてはマーリン嬢がお困りになるでしょう。」
「私はミーシャが嫌じゃなければ、是非お願いしたいわ。」
二人の会話を黙って聞いていたマーリンはすかさず口を挟む。ミハイルは何か言いたげな表情でマーリンとブライアンを交互に見たが。
結局は指示に従った。
「…かしこまりました。…ブライアン。」
「ん、決まりだな。今度こそ行くことにするよ。マーリン、また近いうちに。」
「はい、ぜひ。」
マーリンは頭を下げ、ミハイルはすこし不機嫌そうな表情をして、ブライアンが確保した協力者を引き連れて出口の向こうに側に消えるのを見送った。
その姿が完全に見えなくなるとクリスチーナはマーリンの傍に進み出た。
「申し訳ありません!お嬢様!」
勢いよく頭を下げたクリスチーナを横目したミハイルは大きなため息を吐き出す。
「クリスチーナ嬢、貴女が誤る必要は一切、ありませんよ。どう考えても悪いのはマーリンです。」
「しかし。私は。」
ミハイルは首を振ってクリスチーナを止めるとマーリンを上から見据えた。
「マーリン。また、クリスチーナ嬢の言うことを聞かなかったのか。」
「う…。」
「そのせいでクリスチーナ嬢が叱責を受けたのだろう。だいたい、マーリンは昔から・・・。」
「うう…。」
ミハイルはマーリンに説教を始めた。ギュッと手を握り締めたマーリンの顔は次第に下を向いていく。
「あの…。ミハイル様、そのくらいにして差し上げてください。お嬢様が…。」
見かねたクリスチーナはそれを止めた。
「ぐすっ…。」
マーリンの様子を見たミハイルはハッとして黙り込む。顔を上げたマーリンは大きな瞳を潤ませてミハイルを睨むと短くつぶやいた。
「ひどい。傷ついた…。」
ミハイルは内心で頭を抱えた。
少し前までいつも一緒にいたミハイルが久しぶりに会ったマーリンに気持ちが高ぶらないわけがない。むしろ逆で自分の感情を出さないように気を付けていたのだ。本当はもっと話したくて仕方がなかったのである。
そんな自分の気持ちが気恥ずかしくて、ミハイルはついつい心にもないことを言ってしまったのだ。
マーリンには笑顔がいちばんよく似合うと知っている。ミハイルはマーリンに本当の気持ちを話すことにした。
「悪かったよ。ブライアンがマーリンのところに出て行ってから、本当はすごく心配だったんだ。それに、最近は、あまり話してなかっただろう?だから、俺も少し、その、…うれしくて…調子に乗って言い過ぎた…。だから、すまなかった。この通りだ。」
頭を下げるミハイルをマーリンは上目遣いで見つめる。
「…それって…ほんとう?」
「ああ、本当だよ。ずっと、会いたかった。」
「…じゃぁ、許してあげる…。…その代わり、学園の中を案内して。」
「…わかった。案内しよう。」
(やった!)
マーリンはにやけそうになる顔を必死で我慢すると後ろ手に小さく握りこぶしを作った。
「でもその前に。マーリン。クリスチーナ嬢に言うことがあるだろう?」
ミハイルに促されたマーリンは潤んだ目元を軽く拭うとクリスチーナに向かって深く頭を下げた。
「クリス。あなたのいう通りだったわ。そのせいであなたに余計な心配をさせてしまった。ごめんなさい。」
「お嬢様、いけません!使用人に相手にそのような!お顔をお上げください。」
「いいんですよ。クリスチーナ嬢。悪いことをしたら、謝罪をするのは人として当然です。身分は関係ない。それと・・・。」
ミハイルは落ち着いた口調でたしなめる。
「マーリン、君にはもう婚約者がいるんだ。いつまでもその呼び方で俺を呼ぶのは・・・。」
「嫌。だって、ミーシャはミーシャだもの。たとえ誰かと結婚したって、ずっとミーシャって呼ぶつもりよ。」
顔を上げたマーリンはミハイルが最後まで言い終わらぬうちに、言いたいことを言うとプイっとそっぽを向いた。
「マーリン、子供じゃないんだから。」
ミハイルは顔を覗き込んだが、マーリンは目を合わせようとはしなかった。
「…子供のままでいいわよ…。バカ…。」
マーリンは本当に小さく、小さくつぶやいた。
幼い頃から一緒に育ったミハイルはクリスチーナと同様にマーリンが本来の姿を見せることができる数少ない人物の一人である。
しかし、ミハイルが学園に入学しロイス邸を出てルフトハンザ家に戻ってからはそうも行かなくなった。
その頃からである。ミハイルのことを考えると、胸の奥がぎゅっと締め付けられるようになったのは。マーリンには最初これがな何なのか分からなかった。
でも、今はそれが何なのかハッキリとわかる。
「それじゃぁ、行くか、マーリン。この学園は広い。全てを回るのは無理だから俺のお気に入りの場所をいくつか紹介するよ。」
「うん!ふふふっ!」
マーリンは顔を綻ばせると元気よく頷いた。
「お嬢様。私は車で待機しております。」
二人の嬉しそうな表情にクリスチーナは目を細めると二人を送り出した。
マーリンとミハイル。肩を並べた二人は明るい光が差し込む出口に向かっていく。
二人の距離感は決して昔のようなものではない。
けれど、「ずっとこの時間が続けば良いのに」と願うほどに二人は久々の時間を楽しんだ。
マーリンにとってもミハイルにとっても、互いに最愛の幼馴染だったのである。
ここまでお読みいただき有り難うございました。
面白いと思っていただけましたら、評価、ブックマークをお願いいたします。
感想もお待ちしています。
励みになります!




