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借りものの勝利

ご覧いただきありがとうございます。

優勝、という言葉は、思っていたより軽くて重かった。


表彰台の上で聞いた時は、音が大きすぎて、あまり実感がなかった。


拍手。


歓声。


明るい光。


投影画面に並んだ名前。


シュヴァルベ=ユンカース。


ローレッタ=プラット。


その横に、優勝の文字。


見間違いではなかった。


でも、何度見ても、自分の名前がそこにあることが不思議だった。


私は目立ちたくない。


戦いたくない。


人形戦は怖い。


それなのに、表彰台の上に立って、賞金目録を受け取っていた。


人生は、ときどき私の希望と反対方向へ全力で走る。


しかも足が速い。


かなわない。


控室に戻ってからも、手の中の賞金目録は妙に現実感がなかった。


紙は軽い。


でも、その紙に書かれている金額は、私がハネダ亭で働いていただくお給料とは桁が違う。


大きい。


とても大きい。


このお金で、全部が解決するわけではない。


ハネダ亭を完全に救えるわけではない。


でも、時間を稼げるかもしれない。


セシリアさんが言っていた、正式に異議を申し立てるための時間。


古い契約書を探す時間。


相手の計算根拠を崩すための時間。


それを買えるかもしれない。


時間は、買えないものだと思っていた。


でも、お金で少しだけ延ばせる時間もあるらしい。


世の中は難しい。


「ローレ!」


控室の扉が開くなり、ミリアが駆け寄ってきた。


「すごかった! ほんとに、ほんとにすごかった!」


「サーブさん、声」


セシリアさんがそっと言う。


「ごめん。でもすごかったんだもん」


トムも後ろから笑っていた。


「ローレ、優勝だぞ。優勝。いや、精密競技の時点で変な点出してたけどさ」


「変な点」


「高すぎて変な点」


「それは、変なのでしょうか」


「褒めてる」


たぶん褒めている。


少しだけ疑わしいけれど、トムなので褒めていると思う。


セシリアさんは私の前に立って、深く息を吐いた。


「ローレさん。ご無事でよかったです」


その一言が、一番胸に来た。


優勝より先に、無事。


セシリアさんらしい。


「はい。戻ってこられました」


言ってから、自分で少し驚いた。


勝てました、ではなく、戻ってこられました。


それが最初に出た。


私の中では、それが本当に大事だったのだと思う。


ミリアの顔が少しだけ真面目になる。


「危ないところ、あった?」


「ありました」


私は隠さなかった。


「途中で、前に出すぎそうになりました。ユンカース様が呼んでくださらなかったら、戻れなかったと思います」


三人の視線が、シュヴァルベ様へ向いた。


シュヴァルベ様は静かに首を振る。


「プラットさんが聞いたからです」


「聞けたのは、ユンカース様だったからです」


また自然に出た。


言ってから、少し恥ずかしくなる。


でも、取り消す言葉ではなかった。


ミリアがにやっとした。


「ふうん」


「ミリア、その顔は何ですか」


「別に?」


別に、ではない顔だった。


トムも同じような顔をしている。


セシリアさんは少しだけ微笑んでいた。


私はよくわからないまま、賞金目録を抱え直した。


「それで、ローレさん」


セシリアさんが言った。


「ハネダ亭へ向かわれますか」


「はい。大将と女将さんに報告したいです」


「私も伺います。手続きの話がありますから」


「俺も行く。大将に言わないと」


「私も。女将さんにローレが無理してないか報告する」


「報告内容が少し怖いです」


「正直に言うだけ」


それが怖い。


でも、もう隠すつもりはなかった。


シュヴァルベ様を見ると、静かに頷いてくれた。


「私も同行してよろしいでしょうか」


「もちろんです。大将も女将さんも、きっと喜びます」


そう言ったら、胸が少し温かくなった。


大会が終わったら、ハネダ亭へ。


訓練の時に話したこと。


それが本当になる。


賞金目録はまだ重い。


でも、その重さを持って向かう場所があることは、少し安心だった。



ハネダ亭の暖簾は、いつも通り少しだけ色あせていた。


周りの再開発された店や、きれいなカフェに比べると、やっぱり古い。


木の立て札。


少し汚れた暖簾。


油と出汁の匂い。


表の照明は新しくない。


でも、その明かりを見た瞬間、私はやっと帰ってきた気がした。


いや、学園の寮にも戻る。


でも、ここにも戻る。


そう思える場所があるのは、不思議だった。


「いらっしゃい!」


扉を開けると、大将の声が飛んできた。


「ローレちゃん!」


女将さんの声も続く。


店内には何人か常連さんがいて、私たちを見てすぐにざわついた。


「お、看板娘が帰ってきたぞ」


「大会どうだった?」


「無事か、ローレちゃん」


看板娘。


その呼び方にはまだ慣れない。


でも、前ほど逃げたくはならなかった。


「大将、女将さん」


私は前へ出た。


賞金目録を胸の前に持つ。


手が少し震えた。


人形に乗る時とは違う震え。


「優勝、しました」


言った瞬間、店の空気が止まった。


次の瞬間、大将が大きな声を出した。


「おおおお!」


鍋の音より大きい。


店が揺れたかと思った。


常連さんたちも声を上げる。


「本当か!」


「すごいじゃないか!」


「ローレちゃん、やったな!」


拍手が起きた。


小さな店の中の拍手。


大会の表彰式の拍手とは違う。


近い。


温かい。


逃げ場がないくらい近いのに、怖くなかった。


女将さんは私の前まで来て、まず頭の上から足元まで見た。


「怪我は」


「ありません」


「無理は」


「しました。でも、止まりました」


女将さんの眉が上がる。


私は慌てて言い直す。


「ユンカース様が止めてくださいました。私は、戻れました」


女将さんは、私とシュヴァルベ様を順番に見た。


「ユンカース様」


「はい」


「ローレを戻してくださって、ありがとうございました」


女将さんが深く頭を下げた。


大将も続けて頭を下げる。


シュヴァルベ様は少しだけ目を伏せた。


「私はバディとして、当然のことをしただけです」


「その当然をしてくれる人がいるのが、ありがたいんですよ」


女将さんの声は静かだった。


私は胸が少し詰まった。


ありがたい。


本当にそうだ。


私は一人では戻れなかった。


一人では勝てなかった。


「それで」


私は賞金目録を差し出した。


「これを、ハネダ亭のために使ってください」


言いながら、少し怖かった。


受け取ってもらえなかったらどうしよう。


でも、受け取られてしまうのも怖い。


このお金は大きい。


私のもの、という感じがしない。


でも、ハネダ亭のために使ってほしい。


大将と女将さんは、目録を見た。


金額を見て、二人とも一瞬黙った。


それから女将さんが、ゆっくり首を横に振った。


「全額は受け取れないよ」


「え」


私は思わず声を出した。


「でも、必要です」


「必要な額だけだ」


大将が言った。


「初回納付に必要な分だけ、ローレちゃんから借りる」


「借りる、ですか」


「そう。もらわない。借りる」


女将さんがはっきり言った。


「利子をつけて、ちゃんと返す」


「でも、私は」


「ローレ」


女将さんの声が少し強くなる。


「これはあんたが怖い思いをして取ったお金だ。うちが丸ごと飲み込んでいいお金じゃない」


「飲み込むなんて」


「同じことだよ」


女将さんは、私の手を軽く包んだ。


「助けてくれるのはありがたい。泣きたいくらいありがたい。でも、あんたの手から全部取り上げるつもりはない」


私は何も言えなくなった。


全部使ってほしかった。


全部、ハネダ亭のために。


そうすれば、私は役に立てたと思える。


でも、女将さんはそこに線を引いた。


私を守るための線。


前にも感じた線。


関係ない、ではなく。


今回は、関係あるけれど、全部背負わせないための線。


「ローレちゃん」


大将が少し困ったように笑う。


「うちは借りる。だから返す。店を続けて、働いて、少しずつ返す。それが大人の筋ってもんだ」


「筋……」


「そう。皿より手が大事だし、恩より筋が大事な時もある」


「大将、それは少しわかりにくいです」


「そうか?」


「はい」


女将さんが小さく笑った。


店の空気が少し和らぐ。


セシリアさんが一歩前に出た。


「では、借用書を作りましょう」


「借用書、ですか」


私が聞くと、セシリアさんは頷いた。


「はい。金額、返済方法、利子、返済期限を記録します。ローレさんが貸す側、大将さんと女将さんが借りる側です。きちんと書面に残した方が、双方のためになります」


「プラットさんから借りたお金であることを、外からも説明できるようにするためですか」


シュヴァルベ様が言う。


「はい。相手が後から資金の出所を問題にしてくる可能性もあります。学園関係者、商会関係者、ヒースロー家の確認が入っている形にしておけば、少しは牽制になります」


セシリアさんの声は穏やかだけれど、内容はしっかりしていた。


トムも頷く。


「グラマン商会の方でも、金の流れはきちんとした方がいいって言われる。曖昧にすると、後で突かれる」


「常連の協力とか寄付とかも、ちゃんと分けないとだね」


ミリアが続ける。


「ローレのお金は、初回納付のための短期貸付。ハネダ亭側は返済義務あり。別で支援金を集めるなら、それはそれで記録する」


私は三人を見た。


話が進んでいる。


私一人なら、絶対にわからなかった。


お金を渡せば終わりだと思っていた。


でも、そうではない。


お金には流れがある。


書類がある。


後で守るための形がある。


「私、何もわかっていませんでした」


思わず言うと、ミリアがすぐに言った。


「だから一緒に考えるんでしょ」


その言葉が、胸に入る。


一緒に考える。


一緒に。


大将が腕を組んだ。


「じゃあ、ヒースロー様。頼めますか」


「はい、大将さん。私にできる範囲で進めます」


女将さんも頷いた。


「ユンカース様、グラマンさん、サーブさんも、ありがとうございます」


「俺は父さんに確認してるだけです」


「確認できるのが助かるんだよ、トム」


女将さんが笑う。


トムは少し照れた顔をした。


「ミリアちゃんも、ローレを見張っておくれ」


「任せて、大将。ローレはすぐ無理するから」


「ミリア」


「事実」


反論できない。


私は小さく肩を落とした。


シュヴァルベ様が静かに言う。


「私も、必要な確認があれば協力します」


女将さんは、少し驚いたようにシュヴァルベ様を見た。


「ユンカース様まで巻き込んでいいんですかい」


「私もプラットさんのバディです。大会に出ると決めた時点で、関わっています」


バディ。


その言葉が、また胸に落ちる。


大会は終わった。


でも、バディだった時間が消えたわけではない。


私はそれを、少しだけ嬉しいと思った。


「ありがとうございます、ユンカース様」


「礼を言うのは、まだ早いです」


シュヴァルベ様は静かに言った。


「手続きはこれからです」


現実。


とても現実。


でも、現実を一緒に見てくれる人がいる。


それは、とても心強かった。



そのあと、ハネダ亭では小さな祝いのような、手続きの打ち合わせのような、よくわからない時間になった。


大将は「優勝祝いだ」と言って、まかないを増やした。


女将さんは「多すぎ」と言って少し減らした。


少しだけ。


本当に少しだけ。


私はそれを見て、何も言わなかった。


うまうまだった。


シュヴァルベ様は、ハネダ亭の料理を丁寧に食べていた。


姿勢はきれいなのに、堅苦しすぎない。


大将が少し緊張していた。


「ユンカース様、お口に合いますか」


「はい。とてもおいしいです。温かい味ですね」


温かい味。


その言葉を聞いた女将さんが、少しだけ目を細めた。


「ありがとうございます、ユンカース様」


トムはいつもより多めに食べ、ミリアに注意されていた。


セシリアさんは借用書の項目を静かに整理している。


私は自分の前の皿を見ながら、少しずつ息をした。


優勝した。


賞金を得た。


でも、全部を差し出して終わりにはならなかった。


借りる。


返す。


書類にする。


手続きを進める。


難しいことがまだ続く。


それでも、最初の白く冷たい書類を見た時より、胸の中の冷たさは少し薄くなっていた。


一人で抱え込んでいないからだと思う。


完全に安心したわけではない。


ハネダ亭が守られたわけでもない。


でも、一人ではない。


それだけで、少し呼吸がしやすい。


女将さんが私の前にお茶を置いた。


「ローレ」


「はい」


「優勝、おめでとう」


改めて言われると、胸が熱くなった。


「ありがとうございます」


「怖かっただろ」


「はい」


「よく帰ってきた」


その言葉で、喉の奥が詰まった。


勝ったね、ではなく。


よく帰ってきた。


私は小さく頷いた。


「帰ってこられました」


「うん。それが一番だ」


女将さんの手が、ぽんと私の頭に触れた。


優しい力だった。


泣きそうになったので、お茶を飲んだ。


少し熱かった。


でも、おいしかった。



大会が終わると、学園の日常に戻った。


講義。


訓練。


食堂。


寮。


ハネダ亭。


何もかもが元通り、とはいかなかった。


まず、視線が増えた。


廊下を歩くと、前よりもよく見られる。


食堂でも、聞こえるか聞こえないかくらいの声で名前を言われる。


「プラットさん」


「王都記念杯の」


「ユンカース様と組んだ」


「精密競技の点が」


できれば聞こえないでほしい。


でも、聞こえる。


人は見られたくない時ほど、視線に敏感になる。


私は皿を持って食堂の席へ向かいながら、肩を縮めそうになった。


「ローレ、肩」


ミリアがすぐに言う。


「はい」


私は肩を戻す。


「戻すの早くなったね」


「鍛えられています」


「いいこと」


トムが笑う。


「でも、しばらくは仕方ないだろ。優勝したんだから」


「目立ちたくありません」


「優勝して目立たないのは無理だな」


「現実は厳しいです」


セシリアさんが穏やかに言う。


「でも、ローレさんを見る目が、悪いものばかりではありません」


「そうでしょうか」


「はい。驚きや興味はありますが、認める視線もあります」


認める。


その言葉は、少し怖い。


認められると、次も求められる気がする。


もっとできるはず。


もっと役に立てるはず。


そう言われるような気がする。


でも、セシリアさんは続けた。


「ただし、無理に応える必要はありません」


「はい」


私は頷いた。


無理に応えない。


それも、まだ練習中だ。



食堂の入口が少し静かになった。


シュヴァルベ様が入ってきた。


隣にルイーゼ様。


その後ろに何人かの令嬢。


空気が少し整う。


シュヴァルベ様の視線がこちらへ向いた。


「プラットさん」


「はい、ユンカース様」


「体調はいかがですか」


「問題ありません。少し見られるのに慣れません」


正直に言うと、シュヴァルベ様は小さく頷いた。


「無理に慣れる必要はありません。ただ、萎縮しすぎないように」


「はい」


ルイーゼ様の視線が、私の上に落ちる。


冷たい。


表情は美しい。


でも、目の奥に小さな棘がある。


「プラットさんは、ずいぶん注目されるようになりましたわね」


声は柔らかい。


でも、柔らかい布に針が入っている。


私は背筋が固くなった。


「はい。少し、困っています」


そう答えると、ルイーゼ様の眉がほんの少し動いた。


たぶん、私が謝ると思ったのかもしれない。


私も謝りかけた。


すみません、目立ってしまって。


すみません、ユンカース様の隣にいて。


すみません、分不相応で。


でも、言わなかった。


困っています。


それだけ。


ルイーゼ様は微笑む。


「ユンカース様のお名前があったからこその注目でもありますもの。立場をお忘れにならないことですわ」


胸が少し冷える。


その通りかもしれない。


私は、シュヴァルベ様と組んだから目立った。


ユンカースの名があったから、視線が集まった。


私一人なら、きっとここまでではなかった。


でも。


「ルイーゼ」


シュヴァルベ様の声が静かに入った。


ルイーゼ様がすぐに向きを変える。


「はい、シュヴァルベ様」


「王都記念杯に出ることを決めたのは、私の意志です」


その声は強くはなかった。


でも、はっきりしていた。


「プラットさんから相談を受け、私が個人として引き受けました。ユンカース家の義務としてでも、誰かに強いられたわけでもありません」


「……承知しておりますわ」


ルイーゼ様はすぐに引き下がった。


本当にすぐだった。


シュヴァルベ様の前では、強くは言わない。


でも、消えたわけではない。


その視線の奥の冷たさは、少しだけ残っていた。


「私が選んだことです」


シュヴァルベ様は続けた。


「その結果を、プラットさんだけに背負わせるつもりはありません」


胸の奥が揺れた。


背負わせない。


私は何か言おうとして、言葉が出なかった。


ルイーゼ様は微笑みを保ったまま、軽く頭を下げる。


「失礼いたしました。私の言葉が過ぎましたわ」


「いいえ。確認できたならよいのです」


シュヴァルベ様はそれ以上責めなかった。


ルイーゼ様も引いた。


けれど、空気に小さな影が残る。


見えないけれど、消えていない影。


私はそれを、胸のどこかで感じていた。


シュヴァルベ様はこちらを見た。


「プラットさん。食事は取れていますか」


「はい。取っています」


「なら、よろしいです」


そう言って、シュヴァルベ様は席へ向かった。


ルイーゼ様もその後に続く。


私はしばらく、その背中を見ていた。


ミリアが小さく息を吐く。


「ローレ、大丈夫?」


「少し怖かったです」


「よし。言えた」


「褒めるところですか」


「褒めるところ」


トムが皿を持ったまま頷く。


「でも、ユンカース様、はっきり言ったな」


「はい」


私は頷いた。


シュヴァルベ様が、自分の意志だと言った。


私のせいだけではないと。


結果を私だけに背負わせないと。


その言葉は、表彰台の光よりも静かで、でも長く残った。


セシリアさんがそっと言う。


「ローレさん」


「はい」


「一人ではできないことも、誰かとなら進めることがあります」


「……はい」


それは、最近ずっと学んでいることだった。


一人で抱え込む方が慣れている。


誰かに頼るのは、まだ怖い。


借りることも。


助けてもらうことも。


信じることも。


全部、まだ練習中だ。


完全に受け入れられたわけではない。


胸のどこかでは、やっぱり自分で何とかしなければと思っている。


誰かに迷惑をかけていると思っている。


でも、もう一人だけで全部を抱えなくてもいいのかもしれない。


少なくとも、そう思える瞬間が増えた。


私は食堂の席に座った。


皿の上の温かい料理を見る。


ハネダ亭ではないけれど、これはこれで温かい。


周りからの視線はまだある。


ルイーゼ様の影も残っている。


ハネダ亭の問題も終わっていない。


でも、私はもう、何もできないまま立っているだけではなかった。


セシリアさんが書類を進めてくれる。


トムが商会の確認をしてくれる。


ミリアが私の無理を見張ってくれる。


大将と女将さんは、借りたお金を返すと言ってくれた。


そして、シュヴァルベ様は私の隣で、バディとして立ってくれた。


私はスプーンを持った。


手は少しだけ震えていた。


でも、ちゃんと持てる。


「食べます」


ミリアが笑った。


「うん。食べて」


私は一口食べた。


うまうま、とは小さくしか言わなかった。


でも、セシリアさんが少し笑ったので、たぶん聞こえていた。


日常に戻る。


でも、戻った日常は、少しだけ前と違っていた。


視線が増えた。


不穏な影も増えた。


けれど、頼れる人の数も増えていた。


その変化が怖い。


怖いけれど、悪いものだけではない。


私はまだ、それを完全には受け入れられない。


それでも、胸の中に残った小さな温かさを、なかったことにはしたくなかった。

ここまでお読みいただき有り難うございました。


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