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精密競技

ご覧いただきありがとうございます。

大会本番の控室は、思っていたより静かだった。


静か、というより、静かに緊張している。


王都記念杯・学生人形使いトーナメント。


王立宇宙軍士官学園協力。


学外公開模擬戦大会。


精密操作競技と、二人一組の模擬戦。


私は個人戦には出ない。


シュヴァルベ様と二人一組で出る。


何度も確認した。


申請書にもそう書いた。


セスナ教官にも、ボーイング補助員にも確認された。


大将と女将さんにも、個人戦には出ませんと約束した。


それなのに、控室の端末に大会名が表示されているだけで、胃のあたりがぎゅっと縮む。


公開。


学外。


大会。


どの言葉も強い。


強い言葉が三つも並ぶと、私の心は弱いので押される。


かなり押される。


「プラットさん」


名前を呼ばれて、私は顔を上げた。


シュヴァルベ様が目の前に立っている。


今日は訓練服ではない。


耐Gスーツだ。


身体に沿う黒い生地に、関節部の補強。


魔力流量と負荷を計測する細いライン。


首元には学園の徽章。


剣と翼と星。


私も同じものを着ている。


同じもののはずなのに、鏡で見た私は、着られている感じがした。


シュヴァルベ様は違う。


耐Gスーツまで、きちんと侯爵令嬢に従っている気がする。


服まで礼儀正しい。


「首元が少しずれています」


「えっ」


私は慌てて手を上げた。


しかし、どこを直せばいいのかわからない。


「失礼します」


シュヴァルベ様が近づき、私の首元の留め具を指先で整えた。


近い。


近いです。


声には出さなかった。


出したら変な声になる。


たぶん、あわわに近い何かが出る。


シュヴァルベ様の指先は手早く、でも乱暴ではなかった。


「ここが浮いていると、負荷計測が少し乱れることがあります」


「はい。ありがとうございます、ユンカース様」


「緊張していますか」


「しています」


即答した。


もう隠す方が危ない。


「かなりしています」


「よろしいです。自覚できているなら、対処できます」


「よろしいんですね」


「ええ。怖い、緊張している、疲れている。それを言えることは大事です」


私は頷いた。


頷いたけれど、胸の中ではまだ震えている。


控室の向こうでは、別の参加者たちが準備をしている。


高そうな耐Gスーツ。


見慣れない家紋。


商会の印。


上級生らしい人たちもいる。


学外の学生もいる。


誰もこちらを見ていないようで、時々視線が来る。


シュヴァルベ様を見る視線。


ユンカース侯爵家の令嬢を見る視線。


そして、その隣にいる私を見る視線。


あれは誰だろう、という視線。


聞いたことのない男爵家の令嬢。


プラット。


どこの星系だろう。


なぜユンカース様と組んでいるのだろう。


そういう声が、実際には聞こえなくても、空気の端に混ざっている気がした。


「プラットさん」


「はい」


「周囲の視線は、すべて拾わなくていいです」


「拾っているように見えましたか」


「ええ」


ばれている。


かなりばれている。


「今日、あなたが見るべきものは、競技区域、機体状態、私の指示、それから自分の状態です」


「はい」


「それ以外は、必要な時だけ見ればいい」


必要な時だけ。


それができたら苦労しない。


でも、シュヴァルベ様が言うと、できるかもしれないと思ってしまう。


少しだけ。


「今日は、頑張りましょう」


シュヴァルベ様が言った。


「はい」


「ただし、頑張りすぎないように」


「はい」


私は小さく息を吸った。


「頑張りすぎないように、頑張ります」


シュヴァルベ様の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


「その調子です」


それだけで、少しだけ息がしやすくなった。



開会式は、大きな競技場で行われた。


競技場といっても、宇宙空間の訓練場ではなく、王都郊外にある公開演習施設だ。


観覧席があり、上部には投影画面。


実機が動く精密競技区域と、模擬戦用の安全隔壁つき空間。


来賓席には貴族や軍関係者、商会関係者らしい人たちが並んでいる。


人が多い。


とても多い。


学園の入学式も緊張したけれど、ここはまた違う。


見られるための場所だ。


声を響かせるための場内装置。


参加者名を表示する光の板。


機体の動きを映す投影画面。


全部が、目立たせるためにある。


目立ちたくない私には、かなり厳しい構造だった。


「参加者、整列」


係員の声に従って並ぶ。


私とシュヴァルベ様の名前が表示された時、観覧席の一部がざわついた。


シュヴァルベ=ユンカース。


その名は強い。


表示されるだけで、空気が少し動く。


その横に、ローレッタ=プラット。


プラット。


小さな男爵家の名前。


私は視線を落としそうになった。


でも、落としすぎると余計に目立つ。


目立ちたくないのに、目立たない動きにも技術がいる。


難しい。


かなり難しい。


「プラットさん」


隣のシュヴァルベ様が、前を向いたまま小さく言った。


「呼吸」


「はい」


私は小さく息を吐いた。


吸うより先に吐く。


訓練で何度も言われたこと。


吐いてから、吸う。


少しだけ胸の硬さがほどける。



開会の挨拶が進む。


大会の説明。


安全規定。


競技順。


精密競技の採点基準。


基本動作の正確性。


魔力流量の安定。


指定位置停止の誤差。


複数機連携時の距離維持。


支援指示への反応。


障害物回避の滑らかさ。


模擬戦の前に、まず精密競技。


ここで点を取る。


シュヴァルベ様はそう言っていた。


私たちが目指すのは優勝。


言葉にすると胃が縮む。


でも、賞金が必要だ。


ハネダ亭のために。


大将と女将さんのために。


あの暖簾のために。


自分で選んだ。


怖いまま、ここに来た。


私は手を握りかけて、やめた。


耐Gスーツの手袋越しでも、握りしめすぎると指が固くなる。


指を開く。


閉じる。


ゆっくり。


「大丈夫」ではなく、具体的に。


今の状態。


指先は少し冷たい。


呼吸は少し浅い。


視界は狭くない。


足は震えていない。


たぶん。


いや、少し震えている。


でも立てる。


私はそれを心の中で確認した。



最初の競技は、基本動作と精密操作だった。


使用機は大会側が用意した標準訓練機。


王立宇宙軍士官学園のトレパペに近い仕様だけれど、細部は違う。


機体には大会用の安全制限がかけられ、出力は抑えられている。


模擬戦ではないので、ソードは装備しているが抜かない。


抜かない。


そこはありがたい。


ソードを抜かない競技。


それだけで、少し心が軽い。


コクピットに入ると、いつもの丸い空間が広がった。


全周囲モニター。


手にはめるインタフェース。


起動前確認。


ボーイング補助員はいない。


大会側の補助員が外部確認をしている。


そのことが少し心細い。


でも、通信にはシュヴァルベ様がいる。


『ユンカース。通信良好』


『プラット。通信、良好です』


声に出すと、少しだけ気持ちが整った。


コクピットの中で交わす言葉は、教室の返事とは違う。


短くて、はっきりしていて、迷う余地をできるだけ残さない。


そういう返事をするたびに、私は今、人形の中にいるのだとわかる。


『プラットさん、状態を申告してください』


『指先が少し冷たいです。呼吸は浅めですが、視界は狭くありません』


『了解。起動前確認を続けます。怖いですか』


『怖いです』


言えた。


観客がいる大会で、通信越しに怖いと言うのは恥ずかしい。


でも、これは必要なことだ。


『では、怖いまま進めましょう』


怖いまま。


その響きは、胸の奥に静かに残った。


怖さを消してからではない。


怖くないふりでもない。


怖いとわかっているまま、手を動かす。


そのために、後ろから聞こえる声を頼る。


『はい、ユンカース様』


魔力の糸を伸ばす。


細く。


薄く。


大会用訓練機の腕、脚、背中、スラスター、姿勢制御系へ通していく。


学園のトレパペより少し反応が鈍い。


いや、鈍いというより、糸の通り方が違う。


関節部の抵抗。


背部スラスターの返り。


指先へ戻る感触。


私はそこを探る。


強く引かない。


押し込まない。


細い水路へ水を流すように、少しずつ。


機体が起きる。


冷たい機械の中に、私の糸が入っていく。


嫌なのに、馴染む。


怖いのに、わかる。


その感覚が、また胸をざわつかせた。


『リンク深度、規定範囲内。魔力流量、安定』


大会側の機械音声が告げる。


『プラットさん、深く入りすぎないように』


シュヴァルベ様の声。


『はい』


私は糸をほんの少しだけ緩めた。


深く入れることはできる。


たぶん、もっとずっと。


機体の細かな癖まで、奥の奥まで、掴める気がする。


でも、掴みすぎない。


必要な分だけ。


待つ。


抑えるのではなく、待つ。



競技開始の合図が鳴った。


まずは指定姿勢。


右腕を上げる。


左脚を半歩引く。


胴体を規定角度まで回す。


指定線上で停止。


私はゆっくり動かした。


速すぎない。


なめらかすぎない。


でも、ぎこちなくしない。


糸を分ける。


肩へ。


肘へ。


手首へ。


指先へ。


胴体の姿勢制御へ。


脚部の重心保持へ。


細い糸が、無数に分かれていく。


本当は、身体が知っている。


どの関節をどれだけ動かせば、どの軌道が一番美しいか。


どこに止めれば、機体の負担が少ないか。


でも、それを全部出してはいけない。


私は、普通に。


少し上手いくらいに。


目立たないくらいに。


そう思っていた。


けれど、止まった瞬間、場内の採点表示が光った。


停止誤差。


ほぼゼロ。


魔力流量の乱れ。


極小。


姿勢保持。


高評価。


観覧席が、少しざわついた。


あれ。


困る。


かなり困る。


『プラットさん』


シュヴァルベ様の声。


『今の動きは良好です。乱れないで』


『はい』


乱れないで。


そうだ。


驚いて乱れる方が目立つ。


私は呼吸を整えた。


次は微細操作。


機体の手で、浮遊する小さなリングを掴み、指定位置へ移す。


リングは軽い。


軽いけれど、衝撃を与えると減点。


掴みすぎても減点。


離す位置がずれても減点。


私は機体の右手を動かした。


人形の指は大きい。


でも、魔力の糸で細かく動かせば、手袋越しの自分の指のように感じる。


いや、それは言いすぎかもしれない。


でも、近い。


リングの縁に触れる。


力を入れない。


包む。


少し持ち上げる。


揺れを殺す。


指定位置へ。


置く。


離す。


リングは、ほとんど揺れなかった。


また採点表示が光る。


高得点。


ざわめきが広がる。


「……あわわ」


コクピットの中で小さく漏れた。


通信には乗っていないはず。


たぶん。


『プラットさん』


乗っていたらしい。


恥ずかしい。


『すみません』


『謝らなくていいです。次に集中してください』


『はい』


次。


障害物回避。


狭いゲートを低速で通過し、姿勢を崩さず指定地点へ入る。


模擬戦ではない。


敵はいない。


でも、赤い誘導点が出る。


その点に沿って進む。


赤い点。


胸が少し冷える。


追う必要はない。


これは敵ではない。


誘導点。


競技用の目標。


わかっている。


それでも、赤い光は私の中の古い戦場を少し叩く。


『プラットさん、目標は敵ではありません』


シュヴァルベ様の声。


『はい。誘導点です』


『速度を上げないで。私が後ろから距離を見ます』


『はい』


シュヴァルベ様が後方支援位置へ入る。


シュヴァルベ様の機体。


通信の声。


背中にある、頼っていい場所。


私は赤い点だけを見ないようにした。


ゲート。


機体の肩幅。


脚の角度。


背部スラスターの微弱噴射。


シュヴァルベ様との距離。


赤い点は、ただの一点。


全部ではない。


機体をゆっくり進める。


ゲートの内側を通る。


肩が近い。


でも触れない。


脚部をわずかに畳む。


胴体を回す。


背中の推力を落とす。


通過。


停止。


採点表示。


また、高い。


観覧席のざわめきが大きくなった。


今度は、私にも聞こえた。


聞いたことのない男爵家。


ユンカース様の相方。


あの動き。


誰だ。


声ではなく、気配。


私は呼吸が浅くなる。


『プラットさん、状態』


『呼吸が浅いです。視界は狭くありません。指先は少し冷たいです』


『了解。次は私の指示を聞いて動いてください。観覧席は見なくていい』


『はい』


見なくていい。


私は観覧席を意識から外そうとした。


完全には無理。


でも、シュヴァルベ様の声の方を大きくすることはできる。


次の課題は、二機連携だった。


支援機の指示を受け、前衛機が複数の指定点へ移動する。


二機の距離維持。


指示への反応。


停止精度。


魔力流量の安定。


全部が見られる。


『開始します』


シュヴァルベ様の声が入る。


『はい、ユンカース様』


『右前方、二十。速度は低速維持』


『はい』


動く。


『停止』


止まる。


『左後方、十。旋回を小さく』


『はい』


旋回。


『待って』


待つ。


『今です』


動く。


声に従うたび、身体の中の余計な力が少しずつ抜ける。


一人で全部見なくていい。


自分の動きだけを完璧にしようとしなくていい。


後ろに声がある。


その声が、私の視界を広げてくれる。


私は機体の動きを、シュヴァルベ様の指示に合わせた。


速くしない。


鋭くしない。


けれど、遅れない。


細い糸を、必要な場所へ必要な分だけ。


『次、連続三点。右、下、中央』


『はい』


右へ。


下へ。


中央へ。


赤い誘導点が連続で光る。


胸が少し冷える。


でも、声がある。


『追わない。合わせる』


『はい』


追わない。


合わせる。


それだけで、指先の動きが変わった。


赤い点に引っ張られるのではなく、シュヴァルベ様の声に乗せる。


機体が滑るように動いた。


指定点を通過し、中央で停止する。


停止誤差。


ほぼゼロ。


連携評価。


高得点。


場内の表示が大きく光った。


ざわめきが、今度ははっきりした歓声に近くなった。


私はコクピットの中で固まりかける。


『プラットさん』


『はい』


『今は固まるところではありません』


『はい』


『次で最後です』


最後。


私は息を吐いた。


最後の精密課題は、二機同時姿勢制御。


前衛機と支援機が、指定距離を保ちながら同じ軌道をなぞる。


一機が速すぎても駄目。


遅すぎても駄目。


距離が詰まっても開いても減点。


支援機の動きに合わせ、前衛機が微調整する。


つまり、私はシュヴァルベ様を感じながら動かなければならない。


『プラットさん』


『はい』


『私を見すぎないでください』


『えっ』


『支援機ばかり見れば、あなたの機体が揺れます。声と距離表示を信じてください』


『はい』


見すぎない。


でも、頼る。


難しい。


人を頼るのは、どうしてこんなに微妙な加減が必要なのだろう。


近づきすぎても駄目。


離れすぎても駄目。


人形の距離維持と似ているかもしれない。


いや、人間関係を人形の距離維持で考えるのはどうなのだろう。


でも、少しわかりやすい。


『開始』


二機が動き出す。


シュヴァルベ様が後方斜めに入る。


私は前方。


軌道はゆるやかなS字。


速度は低い。


けれど、低いほど誤差が見える。


私は距離表示を見た。


シュヴァルベ様との距離。


角度。


推力。


シュヴァルベ様の声。


『そのまま』


『はい』


『少し右』


『はい』


『力を抜いて』


『はい』


力を抜く。


抜くと、糸が細くなる。


細くなると、機体の揺れが収まる。


不思議なくらい、動きが合った。


シュヴァルベ様の声が先にあり、その声へ私の糸が沿っていく。


一人で動くより、少し遅い。


でも、怖くない。


いや、怖い。


怖いけれど、落ち着いている。


そのまま、最後の指定点へ入った。


『停止』


止まる。


私とシュヴァルベ様が、指定距離を保ったまま静止した。


ほんの一瞬、何も音がしなかった気がした。


次の瞬間、採点表示が光る。


高得点。


現在順位。


上位。


かなり上位。


私は画面を見て、息を止めた。


「……うそ」


小さく漏れた。


これは通信に乗っていないはず。


たぶん。


『プラットさん』


乗っていた。


二度目。


私は顔が熱くなった。


『すみません』


『謝らなくていいです。精密競技、終了です』


終了。


終わった。


私は全身から力が抜けそうになる。


でも、まだ帰投操作がある。


最後まで訓練。


大会でも同じ。


指定位置へ戻り、機体を停止し、リンクを切る。


私は手順を一つずつ確認した。


焦らない。


浮かれない。


怖がりすぎない。


リンクを切った瞬間、指先から力が抜ける。


コクピットの中で、私はようやく長く息を吐いた。


機体から降りると、足元が少しふわふわした。


整備床は固い。


でも、自分の身体が少し浮いている気がする。


実際に浮いてはいない。


浮いていたら大変だ。


係員が結果を確認している。


周囲の参加者の視線を感じる。


さっきより強い。


聞いたことのない男爵家の令嬢。


シュヴァルベ様のバディ。


精密競技で高得点を出した人。


それは、私が一番避けたかった種類の目立ち方だった。


でも、今は逃げるわけにはいかない。


私は耐Gスーツの手袋を軽く握った。


指先は冷たい。


でも、危険な冷たさではない。


緊張。


驚き。


そして、少しだけ。


本当に少しだけ、達成感。


シュヴァルベ様がこちらへ歩いてきた。


「プラットさん」


「はい、ユンカース様」


「精密競技、お疲れさまでした」


「お疲れさまでした」


「良い結果です」


「はい。……良すぎる気がします」


正直に言うと、シュヴァルベ様は少しだけ目を細めた。


「それは、悪いことではありません」


「でも、目立ちました」


「ええ」


否定してくれなかった。


少し悲しい。


「目立ちましたが、必要な結果です。賞金を目指すなら、ここで点を取る必要がありました」


「はい」


そうだ。


私は目立ちたくないために来たのではない。


ハネダ亭を守るために来た。


賞金を得るために。


そのためには、点が必要だ。


「それに」


シュヴァルベ様が静かに続ける。


「あなたは一人で高得点を取ったのではありません」


私は顔を上げた。


「バディとしての結果です」


その言葉が、胸にゆっくり入った。


一人ではない。


私だけの異常な適性ではなく。


シュヴァルベ様の声と、私の動き。


二人の結果。


そう思うと、少しだけ怖さが薄くなる。


全部を一人で背負わなくていい。


高得点も、視線も、次の模擬戦も。


「はい」


私は頷いた。


「ユンカース様の指示があったから、動けました」


「では、次もそのように動きましょう」


次。


模擬戦。


胸の奥がまた冷たくなる。


精密競技にはソードを抜く場面はなかった。


赤い誘導点はあったけれど、敵機ではなかった。


でも、次は違う。


二人一組の模擬戦。


相手がいる。


攻撃判定がある。


ソードがある。


赤い点が、今度は本当に敵役になる。


私は手袋越しに指先を開いた。


閉じる。


まだ震えていない。


でも、怖い。


「ユンカース様」


「はい」


「次は、もっと怖いと思います」


言えた。


言っただけで、胸が少し痛い。


でも、言えた。


シュヴァルベ様は頷いた。


「わかっています。だから、私を頼ってください」


「はい」


「追わない。聞く。戻る」


「はい」


短い言葉。


訓練で何度も聞いた言葉。


私はそれを胸の中で繰り返した。


追わない。


聞く。


戻る。


観覧席のざわめきは、まだ続いている。


表示板には、私たちの順位が上位に出ていた。


ハネダ亭の暖簾を思い出す。


大将の声。


女将さんの手。


まかないの湯気。


ここまで来た。


でも、まだ終わっていない。


精密競技は終わった。


次は、模擬戦。


私は怖さを飲み込まずに、胸の中で抱え直した。


そして、シュヴァルベ様の隣を歩き出した。


ここまでお読みいただき有り難うございました。


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