希望の花
ご覧いただきありがとうございます。
帝立ヘルリッヒ学園。この場所はそう呼ばれている。
長い歴史と伝統に彩られたここは「ガイア帝国」が誇る最高学府として貴族の子息子女が集まる学舎だ。
帝都郊外の小高い丘の上に雄大な自然を有するこの学園は、芸術的な建築物が壮観な景色に溶け込むように立ち並ぶ。
遠くにうっすらと見える高層ビル群に目を向けなければ、都会の喧騒からは切り離されたまったくの別世界だった。
立派な外門を抜け森の中をまっすぐに通る広く美しい石畳の校路をしばらく進めば見えてくるのは学園中央にそびえ立つヘルリッヒ大講堂だ。
学園の名を冠するこの講堂は、かつて皇帝の居城として使われていた。しかし、今は未来有望な少年少女を迎え入れ、また送り出してきた場所となっている。
普段であれば堅牢荘厳な姿の講堂も今は至る所に煌びやかな飾り付けが施され、いつもとは違った明るく華やかな雰囲気に包まれていた。
「新入生宣誓。代表者はご登壇ください。」
進行役の呼びかけに最前列で着席していた一人の生徒が立ち上がり、薄暗い舞台裾よりゆっくりと光あふれる空間に向かって上ってゆく。
真っ白な光に満たされた演壇に生徒の姿が照らし出されるとそれまで静かだった講堂内は感嘆の声と感極まったのか、ちらほらと生徒の名を呼ぶ黄色い歓声に包まれた。
そんな彼らの羨望の視線の先で祝福の光を一身に浴びる生徒は真新しい制服にこの世の美を体現した容姿を包み、純白のシルクのような長く艶やかな髪をなびかせながらしっかりとした足取りで演壇の中央に進み出た。
芸術的な造形の演台の前に立った生徒は、帝国の紋章が描かれた国旗に一礼、次に三方礼をしてからすり鉢状に広がる歓声を正面にまっすぐと視線を向けた。
生徒が気持ち肩で息を吸ってからそっと演台に手を添えると、講堂内を包んでいた感嘆の声はぴたりと収まった。
そして、静まり返った講堂内に少女の鈴を転がすような美しい声が響き渡り始めた。
「美しい自然と伝統に彩られた学舎で、私たちはこの素晴らしき日を迎えられたことを大変うれしく思います。本日は私たち新入生のために入学式を盛大に挙行して頂き、誠にありがとうございます。」
「ご臨席の皆さま、またこの素晴らしい会場の準備をしてくださった学園関係者、先輩方に対して、新入生を代表してここに感謝申し上げます。今日、私たちはこの学園の生徒として新しい・・・。」
煌びやかな光を纏い羨望のまなざしを一身に受ける少女の名はマーリン=ロイス。ガイア帝国、ロイス公爵家の令嬢である。
明晰な頭脳、優れた身体能力、内に秘めた膨大な魔力。そして、誰もが感嘆の声を漏らしてしまうほど美しい容姿。
明るく前向きで正義感にあふれる性格は誰からも好かれ、今や国内のみならず国外でもその名を知らぬ者はいない。
マーリンは人々が望む性質を全て兼ね備えていたのである。
その姿はまさに、多くの人々にとって希望の象徴であり、未だに出口の見えない暗雲の中にあった帝国にとってフルール・デスポワール(希望の花)であった。
そんな可憐な少女もついにこの日を迎え、晴れて歴史の表舞台に立つことになったのだ。
「ー私たちは今、ここに誓います!」
帝国旗を背に堂々とした振る舞いの少女は降り注ぐ光を全身に浴びながらピンと伸ばした白魚のような手を高らかに掲げる。
「我ら、すべては愛すべき祖国の為に!共に尽くそう!ガイア帝国に栄光あれ!!」
そして、美しい帝国式敬礼で言葉を締めくくったその瞬間。講堂内は溢れんばかりの拍手と喝さいに揺れた。
「マーリン!」
「フルール・デスポワール!」
客席の誰もが感極まって立ち上がり、何度も少女の名を呼ぶ。希望の花と。
少女は最後に、一度だけにっこりと年相応な笑顔を周りに向けると一礼して光と歓声に満ちた演壇を後にした。
マーリンはこの日、華々しい門出の日を迎えた。
しかし、これがマーリンにとって辛く苦しい戦いの始まりであったということを、この時の少女はまだ知らない。
ここまでお読みいただき有り難うございました。
面白いと思っていただけましたら、評価、ブックマークをお願いいたします。
励みになります!




