人形の気持ち
ご覧いただきありがとうございます。
「ローレ!一体何をするつもり!今すぐ戻りなさい!」
少し前、私はミサイルを追撃するために飛び立った。シュヴァルベ様はすぐに私のあとを追って来たのである。
通信ウィンドウに映るのシュヴァルベ様は信じられないとばかりに目を見開いた。
「...まさか!あなた!」
シュヴァルベ様にはこれから私がしようとしていることが分かったようだ。
「ダメよ!隊長として許可できない。危険よ!もし、途中で魔力切れになったどうするの!ローレにそんな危険なことさせるわけにはいかない!命令よ。今すぐ戻りなさい!」
シュヴァルベ様の口調はいつにも増して厳しい。それはそうだ。私だってこれが危険なのは分かってる。
でも、分かってほしい。私はこれから本当にしたいことをしに行くんだってことを。
(何て言ったらいいんだろう?なんて言ったらうまく伝わるかな?)
私は思ったことをそのまま言うことにした。
「シュヴァルベ様、聞いてくれますか?どうして私がこんなことをするのか。」
シュヴァルベ様の表情は厳しかったけれど頷いてくれた。
「...私には姉が2人居るんです。姉たちからはいつも見下されてました。」
「でも、それは当たり前なんだって。だって、私は...姉たちに何かあったときの身体のスペア部品だから。それが私の唯一の役割なんだって。」
「部品は部品らしく、何も考えず嫌だとも思わず、言われたと通りにしていればいいんだ。だから私は言われたことは疑いもせず言われた通りに生きてきました。」
「そんな生き方を疑いもしなかった。誰かに言われるまま...教えられるまま...自分が...何が好きで、何が嫌なのかわからないまま...。」
「そんな時、初めて自分以外の子供と遊ぶ機会があったんです。領地の同じくらいの年の子たちでした。その中の平民のある子に言われたんです。」
「お前、操り人形みたいだな。自分の嫌なこともわからないのかって。」
「私、言われた意味がわからなかった。だから、両親の目を盗んで家を抜け出して彼らに混じって、勉強することにしたんです。...でもなかなか理解できなくて。」
「そうしていたら教えてもらったんです。急に流れ込んできたって言ったほうが正しいかもしれません。自分の意思を、私が嫌だと思うことを教えてもらったんです。」
「...私は戦いが嫌いです。私は戦争が大嫌いです。私は軍人にはなりたくないんです。もう人殺しなんてしたくない、って。」
「シュヴァルベ様には間違ってるって言われたけど、この考えはずっと変わっていません。」
「だから、ごめんなさい...。ずっと何も知らない、何も出来ないフリしてたんです。いつも手を抜いていたんです。だってそうしていれば、軍人なんかにならなくて済むと思ったから。もう戦わなくて済むと思ってたから。もう自分も誰かも傷つけることもない。もうあんな辛い、苦しい思いをしなくて済むって思ってたから。」
「私、やっと人間になれたって思っていたんです。もう誰に何を言われなくても自分の意志で決められる。もう人形じゃないって。そう、思ってた。」
「王都にきて、学園に入学して、みんなに、シュヴァルベ様に出逢って、たくさんのことを教えてもらっって。人間にはいろんな生き方、考え方、物事の見方があるんだなぁって知った。」
「だから、気づいたんです。まだ人間じゃないよって。まだ、操り人形のままだよって。自分で気づくことが出来たんです。」
私はシュヴァルベ様に視線を向けた。にっこりと微笑む。
「ありがとうございます。私、やっと分かったんです。外から与えられた嫌という知識、経験を自分の感情だと勘違いしていたってことに。物事を一方方向からしか見ていないってことに。」
「だって、戦うってことは、なにも人を傷つけることだけじゃない。人を守ることもできるんだって。ついさっき教えてもらったんです。みんなに出逢ってなかったら私、一生気づくことができなかったと思います。ずっと頑固で、ずるい、壊れた人形のままだった。」
「だから...私は何も知らない、出来ないフリすることは今日で辞めます。そんな自分は...要らないから。私は、もう人形じゃない。人間だから。」
「だから、人間の私が一番嫌いなことは、戦うことじゃない。」
私はシュヴァルベ様にではなく、自分に言い聞かせる。
「私は、戦うよ。私にいろいろな生き方を教えてくれたすべての人たちの為に。そして、いまだに何も知らないフリをして見殺しにしようとする壊れた自分と戦うよ。そんな、自分は...もう要らない。さよならだ。」
「...ローレ、お願い...待って...」
私はその声に聞こえなフリをした。さらに魔力を込める。
人形に這わせた線をもっと太く、もっと全身に多くの魔力を流し込めるように。
「そんな自分は...もう要らないんだ!そんな壊れた人形は!!私は人間なんだから!」
声を張る。それに合わせてすべてのスラスターが一際輝く。人形が急加速する。真っ青な大空に白い線を描いていく。
すぐ後ろにいたシュヴァルベ様の人形がどんどん小さくなってゆく。身体がシートにきつく押し付けられる。
「くっ...だから、ごめんなさい...私を、このまま行かせてください。」
身体が辛い。でも、こんな程度で根を上げていたらこの先持たないだろう。これからもっと加速しないといけないのだ。歪みそうになる顔に笑顔を貼り付ける。
「あ、全部終わったら迎えに来てくださいね。私、ずっと待ってますから!えへへ...それじゃ、通信終了!」
「だめ!待って!お願い!待っ...」
私は笑顔で通信アプリケーションをシャットダウンした。
「こんなので伝わったかな?...ずっと嘘ついててごめんなさい...。」
「それから。ごめんね。今からたくさん無理させちゃうけど、最後の最後まで私に付き合ってよね。」
私は断りを入れてから、神経を研ぎ澄ました。
さあ、始めよう。人間の私の戦いをーー
ここまでお読みいただき有り難うございました。
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