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合同演習

ご覧いただきありがとうございます。

地上軍の演習場は、雨のあとみたいな匂いがした。


実際に降っていたわけではない。


クラウドリングは停止していて、空は灰色ではあるけれど、水滴は落ちてこない。


それでも地面にはぬかるみが残り、瓦礫の隙間には水たまりがあった。


泥の匂い。


濡れた壁の匂い。


鉄と砂の混ざった匂い。


私は訓練機のコクピットで、その景色をモニター越しに見ていた。


地上を歩いた時とは違う。


人形の視点は高い。


瓦礫も路地も、少し小さく見える。


でも、もう前ほど単純には見えなかった。


あの路地を歩くと、足が取られる。


あの壁の下は、水がひびに入る。


あの細道は、人は通れても担架は危ない。


地図の線ではなく、泥の感触として思い出せる。


それが少しだけ、怖くて、ありがたかった。


『全機、通信確認』


シュヴァルベ様の声が回線に入った。


隊長機。


いつもより少し硬い声だけれど、乱れてはいない。


『一番機、ユンカース。通信良好』


『二番機、ハインケル。良好ですわ』


ルイーゼ様の声は、通信越しでも優雅だった。


前衛機としてシュヴァルベ様の近くにつく。


『三番機、グラマン。良好です、ユンカース様』


トムの声は少し弾んでいる。


『四番機、サーブ。良好です、ユンカース様。トム、前に出すぎないで』


『まだ出てないぞ、ミリア』


『出る前に言ってる』


『了解』


いつものやり取りが通信に乗り、少しだけ肩の力が抜けた。


『五番機、ヒースロー。通信良好です、ユンカース様』


セシリアさんの声は落ち着いていた。


私の六番機は、そのすぐ傍にいる。


支援補佐。


セシリアさんの支援機と組む形だ。


前に出ない。


索敵、危険予測、避難経路の補助。


私にはちょうどいい役割のようにも思える。


でも、ちょうどいいと思った時ほど、何かが起きる気がして怖い。


『六番機、プラット。通信、良好です』


声が少しだけかすれた。


すぐに呼吸を整える。


コクピット内は安全だ。


固定具が身体を支え、耐Gスーツも正しく作動している。


ボーイング補助員の確認も済んでいる。


それでも指先は少し冷たい。


インタフェースに通した指が、魔力の糸を覚えている。


細く。


長く。


ゆっくり。


六番機の中へ糸を這わせると、冷たい鉄の身体が少しずつ近くなる。


怖い。


でも、不快ではない。


その感覚には、まだ慣れない。


慣れたくないのかもしれない。


『地上部隊、フォッカー。通信良好。地上側、各班配置完了』


フォッカーさんの声が入る。


『ホーカー、前進準備完了』


『ブリストル、偵察班配置完了』


『ドルニエ、避難誘導班、待機完了』


地上軍の声は短い。


でも、聞き取りやすい。


前よりも少し近く感じる。


完全に打ち解けたわけではない。


宇宙軍側にも、地上軍側にも、まだ距離はある。


それでも、通信回線の中にある沈黙は、最初の頃より柔らかかった。


セスナ教官の声が全体回線に入る。


『演習任務を開始する。目的は敵地補給地点の奪還、および取り残された住民役の退避。航空支援部隊は地上部隊を支援。指揮はユンカース。地上部隊指揮はフォッカー。各員、訓練であることに甘えるな』


続いてカワサキ教官。


『地上側は足を止めるな。宇宙軍側は地上の速度を忘れるな。支援とは、上から押しつけることではない』


その言葉に、胸が少しだけ動いた。


地上の速度。


雨と泥と人の足音。


それを忘れない。


私はモニターの地上表示を見つめた。


『演習開始』


表示が切り替わった。


緑の地上部隊が南側から進入する。


青い航空支援部隊は上空待機。


赤い敵役の位置は、まだ一部しか表示されていない。


避難民役は白い点で、集合棟内部に固まっている。


戦域投影盤で見た線が、実際の演習区画に重なっていく。


ただ、今は線だけではない。


瓦礫の高さも、路地の狭さも、泥の深さも、少しだけわかる。


『サーブさん、地上視界レイヤーを展開。ヒースローさん、避難経路の上空を確認。プラットさん、支援補佐としてヒースローさんの索敵を補ってください』


『はい、ユンカース様』


ミリアとセシリアさんの声が重なる。


「はい、ユンカース様」


私は少し遅れて答えた。


六番機のセンサー表示を開く。


セシリアさんの五番機から共有される情報。


地上部隊の進行。


避難経路。


危険区域。


推力風影響範囲。


私はそれを見ながら、余計なことを考えないようにした。


見えたものを言う。


見えないものを言わない。


勝手に先へ行かない。


セシリアさんと合わせる。


バディなのだから。


『ローレさん、こちらは集合棟西側の上空を見ます。ローレさんは南側の細道と、地上部隊の後方を見ていただけますか』


『はい、セシリアさん』


通信で返すと、セシリアさんの機体が少しだけ位置を変えた。


五番機と六番機の視界が重なる。


前衛ではない。


でも、誰かを支えるために見る。


それは前より少しだけ、怖くなかった。


演習は、最初のうちは順調に進んだ。


フォッカーさんの地上部隊が瓦礫を避けて前進する。


ブリストルさんの偵察班が先行し、敵役の配置を確認。


ミリアが航空側の索敵情報を整理し、地上側へ流す。


トムは前衛機として広場南端で待機していた。


今のところ、線は越えていない。


たぶんミリアがずっと見ている。


『グラマンさん、現在位置維持。敵役が北倉庫から出るまでは動かないでください』


『了解、ユンカース様。維持します』


トムの声は真面目だった。


やればできる人だ。


いや、いつもできないわけではない。


前に出るだけで。


それが問題なのだけれど。


ルイーゼ様の二番機は、シュヴァルベ様の近くで綺麗に動いていた。


前衛として、敵役が広場へ出た場合に牽制する位置。


無駄がない。


そして、やっぱり優雅だった。


人形の動きに優雅という言葉を使うのは少し変かもしれない。


でも、そう見える。


シュヴァルベ様の一番機は全体を見ている。


指示が早い。


強引ではない。


地上軍の速度を見て、航空支援の線を絞る。


フォッカーさんも、それに応じて地上部隊を動かす。


ぎこちないところはある。


通信が重なる瞬間もある。


宇宙軍側が少し早く動きかけて、地上側から止められることもある。


でも、大きな衝突にはならない。


少しずつ、噛み合っている。


私はモニターを見ながら、息を浅くしすぎないよう気をつけた。


大丈夫。


今は、うまくいっている。


『避難民役、集合棟から移動開始』


ドルニエさんの声。


『ヒースローさん、上空の影を避難経路から外してください』


『承知しました、ドルニエさん』


セシリアさんの五番機が高度と位置を少し変える。


私は南側の細道を確認した。


泥の深い場所は避けられている。


担架役の通行幅も確保されている。


外壁のひびも、前に見た位置は避けている。


よかった。


本当に、よかった。


そう思った瞬間、モニターの端に赤い予兆表示が走った。


敵役の増援。


ただし、地上側。


予定内の配置だ。


『敵地上部隊、補給地点北側に出現』


ブリストルさんの声。


『主力、速度を落とさず進む。航空支援、牽制をお願いします』


フォッカーさんがすぐに言う。


『グラマンさん、前進。ただし広場線は越えないでください。ルイーゼ、北側から牽制姿勢。攻撃判定は不要、敵役の注意を割ってください』


『了解、ユンカース様』


『承知しましたわ、シュヴァルベ様』


トムの三番機が広場南端へ出る。


ルイーゼ様の二番機が北側から姿を見せる。


敵役の赤い駒が一瞬鈍る。


地上部隊がその間に補給地点へ近づく。


うまい。


私は胸の奥で小さく息を吐いた。


このままなら、いける。


そう思った。


その時だった。


モニターの奥の黒が、少しだけ深く見えた。


全周囲表示の端。


演習区画の北西。


航空支援禁止区域のさらに外側。


そこには何も表示されていない。


敵役も、味方も、障害物も。


ただの空域。


なのに、指先が冷えた。


赤い警告は出ていない。


センサーにも反応はない。


でも、胸の奥で何かが軋む。


見覚えのある感じ。


黒い宇宙。


全周囲モニター。


赤い警告。


青い点。


違う。


ここは地上演習場。


私は六番機。


ローレッタ=プラット。


マーリンじゃない。


そう思ったのに、魔力の糸が動いた。


機体の中へ通していた糸が、外へ伸びようとする。


身体の外へ。


六番機の装甲の外へ。


細く、細く、見えない線が、空気の中へ這い出そうとした。


だめ。


私は慌てて抑えた。


普通のリンクではない。


こんなものは、教わっていない。


人形を動かす糸は、機体の中へ通すものだ。


外に伸ばすものではない。


出してはいけない。


見つかる。


何が。


わからない。


でも、出してはいけない。


私は指を強く握ろうとした。


固定具に押さえられた手の中で、インタフェースがかすかに軋む。


止める。


止めたい。


止まらない。


糸が、すっと外へ伸びた。


一瞬、世界が変わった。


モニターに映る映像とは別に、何かが見えた。


見えた、というより、わかった。


北西外縁。


崩れた通信塔の影。


高度三十。


機影、四。


一機は少し遅れている。


二機は牽制用。


一機は地上部隊の退避経路を遮る位置へ入る。


敵航空支援部隊。


伏兵。


数。


位置。


進行方向。


全部。


はっきりと。


なんとなくではない。


気のせいでもない。


そこにいる。


私は息を呑んだ。


糸を引き戻す。


細い糸が震える。


指先が冷たい。


心臓が速い。


どうしよう。


言わなければ。


でも、どうしてわかったのか聞かれたら。


センサーにはまだ出ていない。


言ったら、また目立つ。


でも言わなければ、地上部隊の退避経路が塞がれる。


避難民役が止まる。


トムとルイーゼ様の前衛は地上敵役に意識を割いている。


シュヴァルベ様の隊長機も、今は地上支援全体を見ている。


遅れたら、間に合わない。


私は通信を開いた。


『ユ、ユンカース様』


声が震えた。


『プラットさん?』


シュヴァルベ様の声が返る。


『北西外縁、通信塔影。高度三十。敵航空支援部隊、四機。二機は牽制、一機は退避経路遮断、残り一機は遅れて追従。進入まで、おそらく二十秒弱です』


言ってしまった。


細かすぎる。


しまった。


言い終えた瞬間、背中が冷たくなった。


どうしてそこまでわかるのか。


普通なら、そう思う。


私でも思う。


通信に一瞬、沈黙が落ちた。


その沈黙が怖い。


私はすぐに言葉を足しそうになった。


偶然です。


たぶんです。


気のせいかもしれません。


でも、シュヴァルベ様の判断は早かった。


『サーブさん、北西外縁を索敵。通信塔影、高度三十を優先』


『はい、ユンカース様』


ミリアの声が鋭くなる。


数秒。


たった数秒なのに、ひどく長い。


『……反応あり。敵航空支援部隊、四機。ローレの報告通りです』


空気が変わった。


通信の向こう側で、全員が息を呑んだ気がした。


フォッカーさんの声がすぐに入る。


『地上部隊、退避経路を維持。ドルニエ、避難民役を建物陰へ寄せる』


『了解』


シュヴァルベ様の声が続く。


『撃墜は不要です。前衛機は牽制。グラマンさん、ルイーゼ、北西へ姿を見せて進路を折ってください。攻撃判定は取らない。退避経路へ入らせないことを優先』


『了解、ユンカース様!』


『承知しましたわ』


トムとルイーゼ様の機体が動く。


トムの三番機は広場線を越えずに、ぎりぎりの位置で機影を見せた。


ルイーゼ様の二番機は、高度を少し上げて北側へ回る。


優雅だけれど、速い。


敵航空支援部隊の赤い点が、進路を変えた。


一機が牽制に反応して外へ流れる。


二機が高度を落としかけ、ミリアの索敵線に捕まる。


『サーブさん、敵二機の進路を地上側へ共有。ヒースローさん、退避経路上の安全範囲を再計算。プラットさん、後続一機の動きに注意してください』


『はい、ユンカース様』


『承知しました、ユンカース様』


「はい、ユンカース様」


私は答えた。


声がまだ少し震えている。


後続一機。


見える。


もう、センサーにも出ている。


でも、私の中の糸は、それより少し早く位置を知っている。


怖い。


怖いけれど、今は見る。


見るしかない。


『後続一機、通信塔の影から右へ。退避経路ではなく、地上主力の後方へ回る可能性があります』


『フォッカーさん、主力後方へ敵航空支援一機が回ります。地上側、伏せる必要は?』


シュヴァルベ様がすぐに繋ぐ。


『この位置なら、地上部隊は壁沿いに寄れば支障なし。航空側は牽制だけお願いします』


『了解。ルイーゼ、敵後続を外へ押してください。グラマンさんはそのまま退避経路を守る』


『はい、シュヴァルベ様』


『了解です、ユンカース様』


二番機が動く。


敵後続機の進路が外れる。


地上部隊は止まらない。


避難民役も、ドルニエさんの誘導で建物陰を抜ける。


セシリアさんが静かに支援情報を流し続ける。


『退避経路、安全範囲維持。避難民役、進行可能です』


その声を聞いて、私は少しだけ呼吸が戻った。


糸は、まだ外へ伸びたがっている。


私はそれを必死に抑えた。


もう十分。


もう見えた。


戻って。


お願いだから、戻って。


指先が冷える。


冷えすぎて、感覚が少し薄くなる。


でも、リンクは切れない。


六番機は、静かに支援補佐の位置を保っている。


外から見れば、たぶん何もしていない。


ただ報告しただけ。


いつもの偶然。


そう処理される。


そうであってほしい。


任務はそのまま進んだ。


補給地点はフォッカーさんの主力が確保。


避難民役はドルニエさんの誘導班が退避地点へ移動。


トムとルイーゼ様の前衛機は、敵航空支援部隊を落とさず、進路だけを折った。


シュヴァルベ様の指示は最後までぶれなかった。


攻撃ではなく牽制。


撃墜ではなく遮断。


地上部隊を助けるための航空支援。


その形が、ちゃんとそこにあった。


『補給地点、奪還完了』


フォッカーさんの声。


『避難民役、全員退避』


ドルニエさんの声。


『演習任務、達成』


セスナ教官の声が、通信に入った。


終わった。


私は大きく息を吐いた。


吐いた瞬間、身体の力が抜けそうになる。


固定具が支えてくれた。


ありがたい。


固定具は優しい。


いや、ただの装置だけれど、今はかなり優しい。


『全機、帰投。演習終了後、記録確認を行う』


記録。


その言葉で、指先がまた冷えた。


格納庫に戻り、六番機から降りると、足が少しふわふわした。


地上を歩いた時の疲れとは違う。


魔力が大きく減ったわけではない。


でも、身体の外へ糸が伸びた感覚が、まだ残っている。


指先の奥。


爪の下。


そこに冷たいものが残っているようだった。


私は手を握った。


戻っている。


糸はもう外にない。


ないはず。


それでも、冷える。


訓練終了後の確認室では、宇宙軍と地上軍の生徒たちが記録を見ていた。


任務は成功。


大きな衝突なし。


合同演習としては及第点。


セスナ教官とカワサキ教官が、そう評価した。


完全な成功ではない。


通信の遅れ。


索敵共有のズレ。


地上部隊の進行速度に対する航空側の読み違い。


課題は残っている。


でも、失敗ではない。


そのことに、少しだけ安心した。


ただ、私の報告だけが、変に浮いていた。


北西外縁。


通信塔影。


高度三十。


敵航空支援部隊、四機。


細かすぎる報告。


後から記録を見ると、ミリアの索敵が敵影を確認する数秒前に、私は報告していた。


「ローレ、すごかったな」


トムが言った。


悪気のない、まっすぐな声。


「本当に見えてたみたいだった」


「た、たまたまです」


私はすぐに言った。


「戦域投影盤の時と、地上訓練の時の配置を思い出して、それで……たぶん、そこかなと」


ミリアが腕を組む。


「ローレのたまたまは、本当に働き者だよね」


「偶然です」


「うん。いつもの偶然」


ミリアはそう言ったけれど、目は少し考えている。


それでも、それ以上は聞かなかった。


ありがたい。


セシリアさんは、少し静かだった。


いつものように責める目ではない。


でも、何かを見ている。


五番機は私の六番機のすぐ傍にいた。


支援機同士、センサー共有も近かった。


何か、変なものを拾ったのかもしれない。


私は胸が冷えるのを感じた。


「セシリアさん?」


声をかけると、セシリアさんは少しだけ瞬きをした。


「いえ。ローレさんが無事でよかったです」


「はい。ありがとうございます」


それだけだった。


でも、セシリアさんの端末には、五番機の記録が保存されている。


訓練終了後の自動記録。


奇妙な反応。


おそらく、説明のつかない何か。


セシリアさんは詳細を報告しなかった。


少なくとも、その場では。


でも、記録は残る。


消えない。


私は指先を握った。


冷たい。


まだ冷たい。


少し離れた場所で、フォッカーさんがシュヴァルベ様と話していた。


「ユンカース様の指示が早かったので、地上部隊は止まらずに済みました」


「プラットさんの報告があったからです。こちらだけでは遅れていました」


シュヴァルベ様がそう言った。


その言葉で、周囲の視線が私へ集まる。


宇宙軍の生徒。


地上軍の生徒。


驚き。


評価。


疑問。


探るような目。


いろいろな視線。


私は小さくなりたくなった。


でも、ここで縮こまりすぎると、また目立つ。


どうすればいいのだろう。


目立ちたくないのに、目立たない方法がわからない。


ホーカーさんが私を見て、短く言った。


「プラットさんの報告は助かった」


ブリストルさんも頷く。


「索敵前に位置が出ていた。偶然でも、使える偶然です」


使える偶然。


それは少し変な言葉だった。


でも、否定しにくい。


「ありがとうございます」


私は頭を下げた。


ルイーゼ様の視線を感じたのは、その時だった。


冷たい。


雨の日より冷たい。


表情は穏やかだ。


合同演習が成功したことを喜ぶような、整った微笑み。


けれど、目だけが違う。


また、私が余計に目立った。


地上軍に評価され、シュヴァルベ様の口から名前を出された。


そのことが気に入らないのだと思う。


たぶん。


私は視線を落とした。


落とした先に、自分の手がある。


人形を動かす手。


地図を見てしまう目。


そして、機体の外へ伸びてしまった糸。


私はローレッタだ。


マーリンじゃない。


そう思う。


でも、あの瞬間、私の中で目を覚ましたものは何だったのだろう。


戦況を読むだけではなかった。


経験則でも、勘でも、たまたまでもない。


数も位置も、はっきりわかった。


見えないものを、糸が触ったみたいに。


それを私は抑えきれなかった。


シュヴァルベ様がこちらを見ていた。


深く追求する目ではない。


でも、何かを考えている目。


王国軍史の講義で見た映像。


白い人形。


マーリン=ロイス。


その影が、また私の背中に落ちる。


シュヴァルベ様が何を思っているのか、私にはわからない。


聞かれないことがありがたくて、少し怖い。


聞かれない間に、何かが大きくなっていく気がする。


セスナ教官が全員に向けて言った。


「合同演習は及第点とする。だが、これは終わりではない。宇宙軍と地上軍が互いを理解したとは言えない。ただ、互いの動きを知らなければ支援にならないことは理解できたはずだ」


カワサキ教官が続ける。


「地上軍側も、航空支援を使う判断を学べた。過去の事故は消えない。だが、同じ失敗を繰り返す理由にはならない」


会議室が静まる。


過去の事故。


模擬弾。


負傷者。


軍役が不可能になった生徒。


不慮の事故で片づけられた痛み。


それは、この演習が成功したからといって消えるものではない。


完全な和解には、まだ遠い。


でも、トムはフォッカーさんと普通に話している。


ミリアはブリストルさんと索敵記録を確認している。


セシリアさんはドルニエさんと避難民役の反応を見直している。


シュヴァルベ様とフォッカーさんは、次の改善点を話している。


線は残った。


細いけれど、切れてはいない。


私はそれを見て、少しだけ胸が温かくなった。


そして、すぐに指先の冷たさを思い出した。


記録は残る。


セシリアさんの五番機が捉えた奇妙な反応。


私の報告の早さ。


センサーより先に示された伏兵の位置。


いつもの偶然。


そう言って笑える範囲から、少しだけ外へ出てしまった気がする。


私は自分の手を、もう一度強く握った。


目立ちたくない。


普通にしていたい。


卒業できればいい。


そう思っているのに。


私の中にあるものは、少しずつ私を見つけてしまう。


隠しても。


笑っても。


大丈夫と言っても。


魔力の糸は、暗い場所へ伸びる道を知っていた。


その先に何があるのか、私はまだ知らない。


知りたくない。


でも、セシリアさんの端末に残った記録と、シュヴァルベ様の静かな視線が、知らないままではいられないと告げている気がした。

ここまでお読みいただき有り難うございました。


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