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戦域投影盤

ご覧いただきありがとうございます。

大型会議室の扉は、格納庫の扉ほどではないけれど、十分に大きかった。


会議室なのに、扉が重そうだ。


中に入る前から、少しだけ胸が固くなる。


ここで使うのは、戦域投影盤。


演習区画全体を立体的に投影し、部隊の動き、支援線、避難経路、敵配置、補給地点の状況を確認するための設備だと説明された。


戦域投影盤という名前から、私はもっと平たい板のようなものを想像していた。


でも実際には、壁一面と床の一部、それから中央の投影卓まで使うらしい。


盤の規模が大きすぎる。


盤とは。


私は心の中で少しだけ思った。


でも、笑えるほど気楽ではなかった。


顔合わせの場で、私は地図を見てしまった。


瓦礫の崩落。


推力風。


塞がる退避経路。


見えたものを口にしたら、カワサキ教官や地上軍の人たちに評価された。


評価。


ありがたい言葉のはずなのに、少し怖い。


役に立つと嬉しい。


でも、役に立つと期待される。


期待されると、失敗が怖くなる。


私はまだ、そのあたりの心の置き場所が下手だった。


「ローレ、顔が難しい」


ミリアが横から言った。


「えっ」


私は頬に手を当てた。


難しい顔。


また顔が勝手に仕事をしている。


困る。


「そんなに眉を寄せなくても、戦域投影盤は噛みつかないと思うよ」


トムが軽い声で言う。


「戦域投影盤が噛みついたら、それはもう兵器だよ」


ミリアが返す。


「いや、王立宇宙軍ならあるかもしれないだろ。噛みつく戦域投影盤」


「ない」


「断言?」


「ない」


トムが肩をすくめた。


そのやり取りで、少しだけ息が抜けた。


セシリアさんが静かに微笑む。


「緊張している時は、少しでも肩の力を抜いた方がよいです」


「はい。ありがとうございます、セシリアさん」


「ローレさんは、肩から緊張が出ますね」


「そんなに出ていますか」


「はい」


即答だった。


私は肩を少し下げた。


下げたつもりだったけれど、ミリアが「まだ高い」と言った。


肩とは難しい。


自分のものなのに、扱いが難しい。


人形の肩の方がまだわかりやすい気がする。


いや、それはそれで怖い。


扉が開き、私たちは大型会議室へ入った。


会議室の中は、薄暗かった。


中央の投影卓が青白い光を放ち、床には演習区画の縮尺地図が広がっている。


壁面には高度差、建物強度、通信可能範囲、避難民役の想定配置が表示されていた。


瓦礫の山は黄色。


崩落危険区域は赤。


地上部隊の進行可能路は緑。


航空支援可能空域は青。


きれいな色分け。


でも、そこに示されているのは危険の形だ。


綺麗だから安全、というわけではない。


私は床の地図を見て、思わず立ち止まった。


線が多い。


情報が多い。


でも、見えないわけではない。


むしろ、見えすぎる。


地上部隊が進む。


敵が隠れる。


避難民役が逃げ遅れる。


人形が低空を通る。


推力風が瓦礫に当たる。


建物が崩れる。


道が塞がる。


頭の中で、勝手にいくつもの線が動き始める。


まだ何も始まっていないのに。


私は手を握った。


落ち着いて。


これは戦域投影盤。


映像。


訓練。


本物の住民はいない。


本物の敵もいない。


でも、演習で見落としたことは、きっと本番でも見落とす。


だから適当に見てはいけない。


セスナ教官が宇宙軍側の生徒を見渡した。


「これより戦域投影盤を用いた模擬演習を行う。実機は使用しないが、判断は実戦を想定する。ユンカースが航空支援部隊長。地上部隊はフォッカーを隊長とする」


カワサキ教官が地上軍側に向いた。


「フォッカー、ホーカー、ブリストル、ドルニエ。地上部隊の行動案を提示しろ。宇宙軍側の支援は受ける。ただし、使える支援と使えない支援を判断しろ」


「はい、カワサキ教官」


フォッカーさんが返事をした。


地上軍側の声は短い。


でも、揃っている。


シュヴァルベ様が一歩前に出る。


「航空支援部隊は、地上部隊の進行、避難民誘導、補給地点奪還の三点を支援します。まずは地上側の基本進路を確認させてください」


「承知しました、ユンカース様」


フォッカーさんが投影卓に触れると、緑の線が地図上に表示された。


地上部隊の進行予定。


南側の崩落路を避け、中央の狭い路地を抜ける。


途中で二隊に分かれ、一隊は補給地点へ、一隊は避難民役のいる建物へ向かう。


ブリストルさんが続ける。


「偵察班は先行して、ここ、ここ、それからこの交差点を確認します。敵影が出る可能性が高いのは、北側倉庫、中央広場の壁面、避難民建物の裏手です」


ホーカーさんが腕を組んだまま、地図を見ている。


「問題は中央路地の狭さです。地上部隊だけなら通れますが、人形が歩行すると完全に塞がります。低空支援も、推力風が瓦礫に当たります」


ドルニエさんが穏やかな声で続ける。


「避難民役は混乱状態を想定します。大きな音、頭上の影、強風で移動速度が落ちる設定です。航空支援は距離を取っていただけると助かります」


「地上軍は注文が多いな」


宇宙軍側の後ろで、小さな声がした。


私は肩がぴくっとした。


まただ。


あの嫌な空気。


カワサキ教官の目が動く。


セスナ教官も、声の方を見た。


しかし、その前にシュヴァルベ様が振り向いた。


「支援を受ける側が条件を示すのは当然です」


静かな声。


でも、よく通った。


「私たちは地上を知らない。知らない場所で知ったふりをする方が危険です」


会議室が静かになった。


私はシュヴァルベ様の背中を見た。


正しいことを、まっすぐ言える人。


その背中は、やっぱり大きく見える。


フォッカーさんがわずかに表情を緩めた。


「ありがとうございます、ユンカース様」


「いえ。続けてください」


シュヴァルベ様はすぐ地図へ視線を戻した。


その切り替えもきれいだった。


私は少しだけ、うらやましいと思った。


私はいつも引きずる。


言葉も、視線も、失敗も。


胸の中に全部持って歩いてしまう。


重いのに、捨てられない。


「航空支援案を出します」


ミリアが端末を操作した。


青い線が地図に重なる。


「人形は高高度待機。索敵支援を優先。直接攻撃は、敵影が地上部隊の進行を妨げる場合に限定。低空接近は禁止区域を設定します」


「サーブ、禁止区域の根拠は」


セスナ教官が聞く。


ミリアはすぐに答えた。


「建物強度と推力風の重なりです。特に東側の古い集合棟周辺は、低空通過で避難経路が塞がる可能性があります」


「よし」


ミリアは少しだけほっとした顔をした。


トムが小声で「さすが」と言い、ミリアに足を踏まれた。


たぶん軽くだ。


たぶん。


「前衛支援は俺が出ます」


トムが地図を指した。


「敵が中央広場に出た場合、上から押さえるより、ここから姿を見せて注意を引いた方が地上部隊が抜けやすいと思うんですけど」


フォッカーさんが少し考える。


「人形がそこに出ると、こちらの進路と近い。だが、敵役の注意を引けるなら使える」


ホーカーさんがすぐに言う。


「ただし、前に出すぎると邪魔。広場の線を越えないで」


トムは真剣にうなずいた。


「了解。線、越えない」


ミリアが横から小さく言う。


「本当に?」


「本当に」


「絶対?」


「絶対」


「記録する?」


「そこまでする?」


ホーカーさんが少しだけ口元を緩めた。


ほんの少し。


でも、地上軍側の空気が緩むのがわかった。


トムはやっぱりすごい。


本人はたぶん、あまり考えていない。


でも、前に出る癖が、こういう時には距離を縮める。


危なっかしいけれど、温かい。


セシリアさんは、避難民誘導の線を見ていた。


「ドルニエさん、避難民役がこちらの建物から出る場合、最初に必要なのは進路確保でしょうか。それとも混乱の抑制でしょうか」


ドルニエさんは少し驚いたようにセシリアさんを見た。


「混乱の抑制です。進路があっても、動けないと意味がありません」


「では、航空支援側は姿を見せすぎない方がよいのですね」


「はい。避難民役にとって、人形は味方でも恐怖の対象になる可能性があります」


その言葉に、私は胸が少し痛んだ。


味方でも恐怖の対象。


人形は大きい。


強い。


空を飛べる。


でも、地上にいる人から見れば、空から落ちる影だ。


守るために来たとしても、怖いものは怖い。


私は、その気持ちが少しわかる。


「では、支援機は避難経路から見えにくい位置で待機し、索敵情報だけ共有する形にします」


セシリアさんが言う。


ドルニエさんは頷いた。


「その方が助かります」


助かります。


その言葉が、セシリアさんに向けられた。


セシリアさんは静かに頭を下げた。


私は少し嬉しくなった。


自分が褒められたわけではないのに。


友達が認められると、胸の中が少し温かくなる。


これは新しい感覚だった。


悪くない。


むしろ、かなり良い。



最初の模擬演習が始まった。


戦域投影盤上で、地上部隊の駒が動く。


緑の小さな光。


宇宙軍側の支援機は青い光。


敵役は赤。


避難民役は白い点で表示されている。


「開始」


カワサキ教官の声と同時に、地図の中の時間が動き始めた。


地上部隊が南側から進入する。


ブリストルさんの偵察班が先行。


フォッカーさんの主力が中央へ。


ホーカーさんの副隊が避難民建物へ寄る。


ドルニエさんの誘導班が後方で準備する。


シュヴァルベ様は青い支援線を見ながら、落ち着いた声で指示を出した。


「サーブさん、索敵情報を地上側へ。グラマンさんは広場南端で待機。ヒースローさん、避難経路の上空表示を確認してください」


「はい、ユンカース様」


ミリアが答える。


「了解です、ユンカース様」


トムも返事をする。


「承知しました、ユンカース様」


セシリアさんの声も落ち着いていた。


シュヴァルベ様の統率は、やはりきれいだった。


余計な言葉がない。


でも、冷たくもない。


必要な人に、必要な指示を出す。


私なら、たぶん言葉を選びすぎて間に合わない。


すごい。


そう思う一方で、地図の上に別の線が見えてくる。


赤い敵影が、まだ表示されていない場所。


中央広場の壁面ではない。


北側倉庫でもない。


避難民建物の裏手でもない。


もっと手前。


崩れた連絡橋の影。


そこに敵役が隠れていた場合、地上部隊の偵察が曲がる瞬間に死角ができる。


宇宙軍の索敵なら上から見える。


でも、支援機がその位置へ近づくと、推力風が瓦礫を落とす。


だから上ではなく、斜めから。


いや、斜めも危ない。


索敵だけなら、機体を動かさずセンサー角度を変えればいい。


「……」


私は黙っていた。


言うべきか。


まだ表示されていない。


ただの予感。


でも、頭の中の線は強い。


そこから来る、と言っている。


「ローレ」


ミリアが小声で呼んだ。


「また何か見えてる顔」


顔。


また顔。


私は少し泣きたくなった。


私の顔は密告者だ。


「ローレさん?」


セシリアさんも気づいた。


シュヴァルベ様の視線がこちらへ向く。


「プラットさん、気づいたことがあるなら言ってください」


その声に、私は背筋を伸ばした。


ここで黙って、失敗したら。


地上部隊の駒が赤に飲まれる。


避難民役への経路が遅れる。


演習だけど。


演習だからこそ、言わないといけない。


「連絡橋の影が、気になります」


私は地図の一角を指した。


「偵察班がこの角を曲がる時、地上からは壁で見えません。航空支援は上から見ようとすると瓦礫に近すぎます。でも、支援機を動かさず、センサーだけ角度を変えれば確認できると思います」


ブリストルさんがすぐに端末を操作する。


「その位置は、敵候補としては低優先でした」


「でも、補給地点へ向かう地上部隊を止めるなら、ここが一番早いと思います。直接止めなくても、偵察班を下がらせれば主力が詰まります」


言ってから、自分で少し怖くなった。


早口になっている。


説明しすぎていないだろうか。


でも、カワサキ教官は何も止めなかった。


セスナ教官も黙っている。


フォッカーさんが地図を見た。


「ブリストル、確認」


「はい」


ブリストルさんが索敵条件を重ねる。


数秒後、連絡橋の影に赤い点が浮かんだ。


敵役。


会議室の空気が変わった。


「……出た」


トムが小さく言った。


ホーカーさんが私を見る。


目が鋭い。


でも、さっきとは違う鋭さだった。


疑いではなく、評価に近い。


「よく気づいたね」


「いえ、偶然です」


反射的に言うと、ミリアが小さくため息をついた。


「ローレの偶然、働きすぎ」


フォッカーさんはすぐに判断した。


「偵察班を止める。主力は進行を遅らせない。航空支援で敵影の位置だけ共有してください。攻撃は不要です」


シュヴァルベ様が頷く。


「サーブさん、索敵共有。グラマンさんは前に出ない。敵影を引きつける必要はありません」


「はい、ユンカース様」


「了解、ユンカース様」


青い線が動かず、索敵範囲だけが広がる。


地上部隊の駒は、敵影を避けるように進んだ。


危険は消えていない。


でも、流れは止まらない。


私は小さく息を吐いた。


よかった。


本当に、よかった。


でも、それで終わりではなかった。


避難民役の白い点が、予定より早く建物から動き出した。


混乱状態。


設定上の突発行動。


ドルニエさんがすぐに反応する。


「避難民役が予定より早く出ています。誘導班を前へ」


ホーカーさんが言う。


「そのまま出ると中央路地に重なる。主力の進行とぶつかる」


フォッカーさんが地図を見て、一瞬だけ迷った。


本当に一瞬。


でも、戦域投影盤の上では時間が進む。


白い点が動く。


赤い敵影も別方向から出る。


トムの青い駒が少し前へ動きかけた。


「グラマンさん、待機」


シュヴァルベ様の声。


「はい、ユンカース様」


トムは止まった。


えらい。


とてもえらい。


でも、このままだと避難民役の列が主力とぶつかる。


地上部隊が詰まる。


敵役がそこを狙う。


私は地図を見た。


線。


線。


線。


見える。


避難民役を戻すのではなく、横へ逃がす。


でも横道は瓦礫。


通れない。


いや、人が一列なら通れる。


装備を持った地上部隊は無理。


避難民役だけなら。


ドルニエさんの誘導班なら、軽装だから入れる。


「ドルニエさん」


声が出た。


自分でも驚いた。


ドルニエさんがこちらを見る。


「はい」


「この細い通路、部隊は通れないと思います。でも避難民役だけなら、一列で抜けられませんか」


私は地図の白い細線を指した。


「ここを通れば、中央路地に出ずに一度南側へ逃がせます。人形は近づけません。音を出すと混乱するので、地上誘導だけで」


ドルニエさんが地図を確認する。


「通路幅、ぎりぎりです。ただ、負傷者設定がある場合は遅れます」


「負傷者役を先に動かすと詰まります。歩ける人を先に出して、負傷者役は誘導班二名で支える方が……」


そこまで言って、私は口を閉じた。


言いすぎ。


私は地上軍ではない。


避難誘導の専門でもない。


なのに、勝手に口を出している。


「す、すみません」


私は慌てて謝った。


ドルニエさんは少しだけ目を瞬いた。


それから、真剣に頷いた。


「いえ、使えます。フォッカー、南側細道へ誘導を変更したいです」


フォッカーさんが即座に判断した。


「許可する。ホーカー、主力を止めるな。ブリストル、敵影の再確認」


「了解」


「了解」


地上軍側の駒が動く。


白い点が細道へ流れる。


少し遅い。


でも、中央路地にはぶつからない。


トムの駒は広場南端で待機。


ミリアが索敵情報を更新。


セシリアさんが避難経路上の航空支援禁止区域を広げる。


シュヴァルベ様が全体を見ている。


「グラマンさん、敵影が広場へ出た場合のみ姿を見せてください。攻撃ではなく牽制です。サーブさん、北側の索敵を維持。ヒースローさん、避難経路上空は完全に空けてください」


「了解、ユンカース様」


「はい、ユンカース様」


「承知しました、ユンカース様」


フォッカーさんが地上側へ指示を出す。


「ホーカー、主力を補給地点へ。ドルニエ、避難民役を南側退避点へ。ブリストル、連絡橋の敵影を監視。航空側の索敵と照合しろ」


「了解」


「はい」


「了解」


二つの部隊が、別々に動いている。


でも、少しずつ噛み合っている。


完全ではない。


ぎこちない。


でも、動いている。


私はそれを見て、胸の奥が熱くなった。


この線なら。


このままなら。


「敵増援、補給地点北側」


戦域投影盤が新しい赤い点を表示した。


空気が一気に変わる。


赤い点は、補給地点へ向かう主力の背後を狙う位置に出た。


地上部隊だけでは反応が遅れる。


航空支援が必要。


でも、低空で入れば倉庫の壁が崩れる。


トムが地図を見る。


「俺が前に出れば注意を引ける」


ホーカーさんが即座に言う。


「広場線を越えると、こちらの主力の進路を塞ぐ」


「なら越えない。手前で姿だけ見せる」


ミリアが表示を重ねる。


「それなら推力風の影響は少ない。でも、敵役が反応しない可能性がある」


セシリアさんが静かに言った。


「音と影だけでは足りないなら、上空から接近予兆を見せるのはどうでしょう。実際には攻撃せず、敵役の行動判定だけを引きつける形です」


フォッカーさんがシュヴァルベ様を見る。


「航空側で可能ですか」


シュヴァルベ様は少しだけ考えた。


「可能です。ただし、牽制の線を越えないことが条件です。グラマンさん、できますか」


トムは一度深く息を吸った。


いつもの軽い返事ではなかった。


「できます、ユンカース様。線は越えません」


シュヴァルベ様は頷く。


「では実行。サーブさん、グラマンさんの位置を監視。線を越えそうなら止めてください」


「はい、ユンカース様」


「ミリア、信じてる」


「信じるから止める」


「了解」


青い駒が動く。


トムの駒が広場南端ぎりぎりに出る。


赤い敵影が反応した。


補給地点へ向かう動きが一瞬鈍る。


その隙に、フォッカーさんが主力を前へ押し出した。


「今だ。主力、補給地点へ入る」


緑の駒が補給地点へ到達する。


判定が切り替わる。


補給地点、奪還。


同時に、ドルニエさんの避難民誘導班が南側退避点へ白い点を導いた。


避難民、退避完了。


任務達成。


戦域投影盤に、青白い文字が表示された。


成功。


私は息を吐いた。


知らないうちに、ずっと息を詰めていたらしい。


肺が少し驚いている。


ちゃんと仕事をしてほしい。


会議室に、小さなざわめきが広がった。


宇宙軍側にも、地上軍側にも、ほっとした空気がある。


完全な勝利、というより、崖の端で踏みとどまったような成功だった。


辛うじて。


本当に、辛うじて。


カワサキ教官が腕を組んだ。


「任務は成功。ただし、課題は多い」


その声で、空気が少し引き締まる。


「初動の連絡橋、避難民役の突発移動、敵増援。いずれも対応はしたが、判断が遅れれば失敗していた」


セスナ教官も頷く。


「航空支援側は、地上の進行をまだ線で見すぎている。実際の地上部隊は、瓦礫、負傷者、恐怖、視界不良で遅れる。青い支援線がきれいでも、下が動けなければ意味がない」


ミリアが真剣にメモを取っている。


トムも珍しく静かだ。


セシリアさんは、ドルニエさんと小さく確認を続けている。


フォッカーさんはシュヴァルベ様に向き直った。


「ユンカース様の統率がなければ、航空側の支援が散っていました。助かりました」


「フォッカーさんの判断が早かったからです。地上部隊が迷わず動いてくださったので、こちらも支援線を絞れました」


二人は互いに頭を下げた。


まだ硬い。


でも、顔合わせの時よりずっと近い硬さだった。


敵意ではなく、緊張。


次のための緊張。


ホーカーさんが私の方へ来た。


少しだけ身構える。


怒られるのかと思った。


でも、ホーカーさんは真面目な顔で言った。


「プラットさん、細道の指摘、助かった」


「あ、いえ。勝手に口を出してすみません」


「謝ることじゃない。地上では、ああいう細い逃げ道を見落とすと詰む」


詰む。


短い言葉が、妙に重かった。


「ただ、地上部隊の負荷まではまだ読めていなかった。負傷者役の移動速度、誘導班の人数、恐怖による停止。そこまで入れると、もっと変わる」


「あ……はい」


指摘は厳しい。


でも、嫌ではなかった。


正しいから。


そして、見下している言い方ではないから。


「次は、教えてください」


私は思わず言った。


ホーカーさんが少しだけ目を丸くする。


「私でよければ」


「ありがとうございます、ホーカーさん」


そう言うと、ホーカーさんは小さく頷いて戻っていった。


胸の奥が少し温かい。


地上軍の人と、話せた。


怒鳴られずに。


見下し合わずに。


ただ、次のために。


それは小さなことだけれど、小さくない。


ブリストルさんはミリアと索敵表示について話していた。


「サーブさんの更新線は早い。ただ、地上側の視界遮断をもう少し重ねたい」


「うん。こっちも航空用の表示に慣れすぎてる。次は地上視界のレイヤーを先に置くね」


「助かる」


トムはフォッカーさんに、広場線を越えなかったことを褒められていた。


「グラマンさん、よく止まりました」


「ミリアに怒られるのが見えたので」


「それは良い判断材料です」


「ですよね」


ミリアが遠くから「聞こえてる」と言った。


トムは背筋を伸ばした。


セシリアさんはドルニエさんと避難民役の動揺設定を確認している。


二人とも声が穏やかだから、会話だけ聞くとお茶会みたいだ。


内容は、避難民の恐怖と誘導失敗時の危険についてだけれど。


お茶会ではなかった。


私はその様子を見ながら、少しだけ笑いそうになった。


笑える場所がある。


でも、戦域投影盤の上には、まだ赤い点の残像がある。


成功した。


だけど、課題は多い。


カワサキ教官の言葉通りだった。


もし私が連絡橋に気づかなかったら。


もしドルニエさんが細道案を使えないと判断していたら。


もしトムが線を越えていたら。


もしシュヴァルベ様が全体をまとめられなかったら。


任務は失敗していた。


辛うじての成功。


それが、今の私たちだった。


戦域投影盤の光が落とされると、会議室は少し暗くなった。


地図が消える。


緑の線も、青い線も、赤い点も、白い点も消える。


でも、頭の中には残っている。


私は自分の手を見た。


人形を動かす指。


地図の上に危険を見つける目。


そして、誰かが傷つくのが嫌で、つい口を出してしまう心。


これを何と呼べばいいのか、まだわからない。


能力、というほど立派なものではない気がする。


勘、というには、嫌なほどはっきり見える。


マーリンの記憶なのか。


私自身の目なのか。


それも、まだわからない。


ただ、今回は役に立った。


その事実だけが、少し怖くて、少し嬉しかった。


シュヴァルベ様がこちらへ歩いてきた。


私は反射的に背筋を伸ばす。


「プラットさん」


「はい、ユンカース様」


「良い判断でした」


短い言葉。


でも、胸に強く入ってきた。


シュヴァルベ様に褒められた。


嬉しい。


そう思った瞬間、また少し怖くなる。


嬉しいものは、重くなる。


期待に変わる。


「ありがとうございます。でも、まだ地上のことは全然わかっていません」


私がそう言うと、シュヴァルベ様は少しだけ目を細めた。


「だから、学ぶのでしょう」


その声は穏やかだった。


「私たちも同じです。地上軍を支援するなら、地上を知らなければならない」


私たち。


また、その言葉。


シュヴァルベ様は私を含める。


責務の時もそうだった。


今回も。


私は逃げたくなる。


でも、完全には逃げたくない気もする。


困った。


心がとても面倒だ。


「次は、実際に地上部隊の作戦に参加します」


シュヴァルベ様が言った。


「避難民誘導任務。戦域投影盤ではなく、足で歩いて、目で見る訓練になるはずです」


足で歩く。


目で見る。


私は窓の外に広がる演習区画を思い出した。


瓦礫。


狭い路地。


崩れかけた壁。


そこを地上軍と一緒に進む。


人形ではなく、生身で。


少し怖い。


でも、見なければわからない。


地図の上では見えないものが、きっとある。


「はい」


私は小さく頷いた。


「ちゃんと、見ます」


シュヴァルベ様は頷いた。


少し離れた場所で、ルイーゼ様がこちらを見ていた。


穏やかな微笑み。


でも、目は冷たい。


地上軍に評価され、シュヴァルベ様に褒められた私を見る目。


その冷たさが背中に刺さる。


けれど、今はすぐに縮こまらなかった。


怖い。


それは変わらない。


でも、戦域投影盤の上で見えた赤い点を、私は黙っていられなかった。


誰かが傷つくかもしれないと思ったら、言わずにはいられなかった。


それが私の弱さなのか、強さなのかはわからない。


わからないまま、次の訓練は来る。


地図ではなく、瓦礫の中へ。


青い線ではなく、人の足音の中へ。


私は大型会議室の扉を出る前に、もう一度だけ消えた戦域投影盤を見た。


光は落ちている。


でも、そこにあった線は、まだ胸の中で静かに動いていた。

ここまでお読みいただき有り難うございました。


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