初めての人形
ご覧いただきありがとうございます。
朝、端末が小さく震えた。
私は寝台の上で、その音を聞いただけで少し固まった。
通知。
学園からの通知。
体力測定の疲れがまだ少し足に残っている。持久走で倒れた身体は、今日もちゃんと自分の身体だった。起き上がると、ふくらはぎが控えめに抗議してきた。
控えめだけれど、しっかり痛い。
私は顔をしかめながら端末を開いた。
適性検査結果。
その文字を見た瞬間、眠気がどこかへ飛んでいった。
いつもより強い通知だった。
これは見ないわけにはいかない。
でも、見るのも怖い。
私は端末を持ったまま、しばらく画面を見つめた。
見なければ結果は存在しない、ということにはならないだろうか。
ならない。
たぶん、学園の端末はそんなに優しくない。
私は息を吸って、結果を開いた。
魔力量。
高。
反応速度。
高。
空間認識。
高。
目標追従。
高。
戦術判断。
高。
リンク特性。
高。
画面の中に、高、という文字が並んでいた。
高い。
高すぎる。
高という文字がこんなに怖いものだとは知らなかった。
普通は中ではないのだろうか。
中。
中くらい。
ほどほど。
目立たない。
それがよかったのに。
私はさらに下へ視線を動かした。
魔力制御。
不安定要素あり。
要確認。
そこだけ、少し違う表示になっていた。
不安定。
要確認。
胸の奥が冷える。
やっぱり適性検査の測定で揺れたのは、記録に残っている。
緊張による一時的なもの、と処理されたはずなのに。
いや、処理されたからといって、消えたわけではない。
私は端末を閉じた。
閉じても、見た文字は消えなかった。
高。
高。
高。
要確認。
目立たない生活が、朝から少し遠くなった気がした。
朝食の食堂で、トムはさっそく身を乗り出してきた。
「なあ、プラット様。適性検査の結果、見た?」
「見ました」
「どうだった?」
その質問がまっすぐ飛んできた。
トムらしい。
悪気はない。
たぶん本当に気になっているだけだ。
でも、私の手はスープの器を持ったまま止まった。
言っていいのだろうか。
高ばかりでした、と。
それは自慢みたいではないだろうか。
いや、私は自慢したいわけではない。
むしろ隠したい。
でも隠していると、余計に変に見えるかもしれない。
普通の答え。
普通の結果。
普通がまたわからない。
「トム」
ミリアが横から低めの声を出した。
「結果をいきなり聞かない」
「え、そういうもの?」
「そういうもの。測定結果は個人情報でしょ」
「そっか。悪い、プラット様」
トムはすぐに頭を下げた。
素直だ。
前に出るけれど、引く時は早い。
「いえ、大丈夫です」
また大丈夫と言った。
ミリアが少しだけ眉を上げた。
私は慌てて言葉を足した。
「その、まだ自分でもよくわかっていなくて」
これは本当だった。
セシリア様は何も聞かなかった。
ただ、いつものように穏やかに私を見ている。
聞かないでいてくれることが、こんなにありがたいとは思わなかった。
「今日は初めて人形に触れる日ですね」
セシリア様が話題を変えてくれた。
「はい」
人形。
その言葉で、胸がまたきゅっとなる。
王国軍史の講義。
白い人形の映像。
マーリン=ロイス。
撃墜女王。
黒い宇宙。
そして今日、私は実機に触れる。
訓練機。
本物の人形。
食堂の温かいスープの匂いが、少し遠くなった。
「初回だから、本格的な機動はしないって話だよな」
トムがパンをかじりながら言った。
「リンクと基本動作だけ。できても歩行までって端末に書いてあった」
ミリアが確認する。
「耐Gスーツじゃなくて訓練服だし、危険なことはしないはず」
「危険なこと、しないといいですね」
私が思わず言うと、三人がこちらを見た。
しまった。
少し本音が漏れた。
「人形は、少し緊張します」
私は小さく言い直した。
それも本当だった。
少しではないけれど。
セシリア様が静かにうなずいた。
「私もです。適性検査だけでも難しかったですから」
「俺、リンクで指がつりそうになった」
トムが言う。
「それは力みすぎ」
ミリアがすぐに返した。
いつもの会話。
少しだけ、胸が楽になる。
でも端末の中の結果は、まだ私の鞄の中で黙っていた。
高。
高。
高。
要確認。
黙っているのに、存在感が大きすぎる。
鞄が少し重くなった気がした。
格納庫前に整列した時、私は思わず見上げた。
大きい。
扉だけで、屋敷の正面玄関よりずっと大きい。
灰色の建物は無駄な飾りがなく、ただ必要だからそこにある、という形をしていた。
そのせいで余計に迫力がある。
王都の美しい塔とは違う。
ここは、兵器が眠る場所だ。
私たちは訓練服のまま並んでいた。
耐Gスーツではない。
初回だから、本格的な機動訓練ではないと説明されている。
それでも、格納庫の扉の前に立つだけで、胸の奥が冷える。
セスナ教官が列の前に立った。
「本日は人形実機との初回リンク訓練を行う」
声が格納庫の壁に響いた。
「目的は、機体とのリンク確立、手足の基礎動作、可能であれば補助付き歩行までだ。本格的な機動は行わない。勝手な出力上昇、指示外動作、補助員の警告無視があった場合は即刻降ろす」
即刻降ろす。
その言葉は少し安心だった。
危ないことをすれば止められる。
止めてもらえる。
「人形は魔力の糸を通して操る。適性があればリンク自体は比較的容易だ。だが、リンクできることと、動かせることは違う。最初は指一本を動かすことも難しい。焦るな」
指一本。
私は自分の指を見た。
適性検査で、勝手に糸が伸びていった指。
「本日使用するのは、王国標準訓練機、通称トレパペだ。出力は低く抑えられている。その代わり反応は素直で、初学者が扱いやすい。実戦機とは違う。勘違いするな」
トレパペ。
訓練機。
名前だけなら、少し可愛らしい。
でも扉が開いた瞬間、その考えは少し吹き飛んだ。
格納庫の中に、人形が並んでいた。
白灰色の装甲。
人型の機体。
長い腕。
膝を折って固定架に保持された姿。
眠っているようにも見えるし、縛られているようにも見える。
胸の奥で、何かが小さく動いた。
知っている。
知らないのに、知っている。
機体の関節の位置。
魔力回路が通る場所。
コクピットのある胸部。
指先から糸を伸ばした時、どこへ這わせればいいのか。
全部、記憶の中にある。
私は息を吸った。
これは訓練機。
戦場ではない。
誰も撃たない。
誰も斬らない。
ただ、触れるだけ。
そう言い聞かせながら、割り当て表を確認した。
ローレッタ=プラット。
六番機。
私は六番機の前へ向かった。
近づくにつれて、人形の大きさがよくわかる。
見上げるほどの高さ。
白灰色の装甲は、磨かれているけれど新品ではない。
訓練用らしく、ところどころに細かな使用痕があった。
でも、傷だらけではない。
きちんと整備されている。
私はその足元で立ち止まり、装甲にそっと手を触れた。
冷たい。
鉄の冷たさ。
魔力が通る前の、眠った身体。
「よろしくね」
小さく呟いた。
言ってから、少し恥ずかしくなった。
人形に挨拶をする人はいるのだろうか。
いるかもしれない。
いてほしい。
六番機の補助員は、若い女性だった。
整備服に補助端末を装着している。
「六番機担当の補助員、ノーラ=ボーイングです。プラットさん、無理せず指示に従ってください」
「はい。よろしくお願いいたします」
ボーイング補助員は慣れた手つきで簡易点検を行い、昇降用の足場を動かした。
私は胸部コクピットへ向かう。
人形の中へ入る。
その一歩一歩で、記憶の中の別の足音が重なりそうになった。
だめ。
これは私。
ローレッタが乗る。
マーリンじゃない。
球状のコクピットに入ると、全周囲モニターはまだ暗かった。
座席に座る。
すぐに固定具が肩、腰、脚を固定した。
少しきつい。
でも不快ではない。
身体を預ける場所が決まると、逆に逃げ場がなくなる。
手元のインタフェースに指を通す。
手袋のようで、手袋より硬い。
指の一本一本を包み込み、魔力の流れを拾う装置。
知っている。
この感触を、私は知らないはずなのに。
『プラットさん、まずは呼吸を整えてください。リンクは細く、ゆっくり。魔力を急に流さないでください』
ボーイング補助員の声が通信で聞こえた。
「はい」
私は目を閉じかけて、やめた。
目を閉じると、別のコクピットが見える気がした。
だから、開けたままにする。
インタフェースに、魔力を流す。
細く。
長く。
ゆっくり。
指先から、糸が伸びる。
見えない白い糸。
それが機体の内部へ這っていく。
腕へ。
肩へ。
胸へ。
腰へ。
脚へ。
背中の魔力回路へ。
細い糸が、冷たい鉄の中を進んでいく。
暗い部屋に明かりをつけていくように。
眠った身体へ血を通していくように。
人形が、少しずつ自分の身体のように感じられてくる。
怖い。
とても怖い。
でも、不思議と不快ではない。
嫌なのに。
戦いたくないのに。
この感覚だけは、妙に馴染む。
訓練機は軍用機よりずっと素直だった。
記憶の中の機体より反応が柔らかく、癖が少ない。
まるで、こちらを怖がらせないように作られているみたいだった。
『……リンク確立。プラットさん、少し待ってください』
ボーイング補助員の声が変わった。
『リンク深度が通常より高いですね。糸制御も細かい。違和感はありますか?』
「い、いえ。ありません」
本当だった。
違和感はない。
むしろ、違和感がないことが怖い。
『魔力の流量をもう少し落としてください。安定していますが、初回としては深いです』
「はい」
私は慌てて糸を細くした。
細く。
目立たないように。
人形の中を満たしすぎないように。
それでも、六番機は私の指先に素直に応えた。
コクピットの表示が起動する。
全周囲モニターに、格納庫の内部が映る。
最後に学園の徽章が表示された。
剣と翼と星。
王立宇宙軍士官学校。
その紋章が一瞬光って消える。
私はその光を見ながら、息を呑んだ。
本当に、乗ってしまった。
人形に。
『では、固定架保持のまま基礎動作を行います。右手の指を一本ずつ。急がず』
ボーイング補助員の指示が入る。
私は糸を少しだけ引いた。
六番機の右手の人差し指が、ゆっくり曲がる。
動いた。
当たり前のように。
『……遅延なし、良好。次、中指』
中指。
薬指。
小指。
親指。
どれも動く。
どのくらい糸を引けばいいのか、わかってしまう。
深く引けば速すぎる。
強く流せば反応が跳ねる。
関節の遊びを残すには、少しだけ緩める。
全部、知っている。
私は慎重に動かした。
うまくなりすぎないように。
初めての人形。
初めての訓練機。
だから、ぎこちなくていい。
むしろ、ぎこちない方が自然だ。
そう思って、少し遅らせる。
でも、遅らせ方がわからない。
下手に動かす方が難しい。
わざと雑に動かそうとすると、機体に申し訳なくなる。
六番機は悪くない。
変に動かされたら、きっと困る。
人形に申し訳ないと思うのは変だろうか。
たぶん変だ。
でも、そう思ってしまった。
『次、右腕を肘から曲げます』
「はい」
糸を肩と肘へ。
重くない。
人形の腕は大きいはずなのに、魔力の糸を通すと、重さが別の意味になる。
自分の腕ではない。
でも、自分の腕の延長にある。
六番機の右腕が滑らかに持ち上がった。
滑らかすぎた。
ボーイング補助員が端末を見て沈黙する。
沈黙は怖い。
『プラットさん』
「はい」
『人形の操縦経験が?』
「ありません」
私はすぐに否定した。
これは本当。
私は実機に乗ったことなどない。
プラットの屋敷には人形なんてなかった。
階段が抜ける家に、人形があるはずもない。
『訓練用のシミュレーターは』
「ありません」
『家庭教師などで、魔力糸制御の訓練は』
「受けていません」
質問に答えるほど、ボーイング補助員の沈黙が深くなる。
私はだんだん小さくなりたくなった。
コクピットの中で小さくなっても、機体は大きいままだけれど。
『わかりました。続けます。次は左腕、上半身、脚部の順に確認します』
「はい」
私は慎重に動かした。
本当に慎重に。
腕。
肩。
首。
腰。
膝。
足首。
固定架に保持されているので、転ぶ心配はない。
それでも、重心の位置がわかる。
ここで膝を緩めすぎると傾く。
腰を先に動かすと、上半身が遅れる。
足首の糸を少し残さないと、接地が乱れる。
わかってしまう。
どこをどれだけ動かせばいいのか。
頭ではなく、指先が知っている。
私はゆっくり、わざと慎重に動かした。
それなのに、六番機はきれいに動いた。
困る。
とても困る。
通信の向こうでは、他の訓練機の声も少し聞こえていた。
『グラマン、出力が高い。力で押すな。細く流せ』
セスナ教官の声。
『はい、セスナ教官! いや、思ったより通るんですよ、これ!』
『喋る前に絞れ』
『はい!』
トムらしい。
少し安心した。
別の方向では、ミリアの機体がゆっくり腕を上げていた。
動きは慎重だった。
一つひとつ確認している。
無理をしない。
たぶん、頭の中で全部分解しているのだと思う。
『サーブ、反応は遅いが安定している。そのまま確認を続けろ』
『はい、セスナ教官』
セシリア様の機体は、腕の動作を何度も確認していた。
速くはない。
でも丁寧。
指の開閉、肘の曲げ伸ばし、肩の回転。
ひとつずつ、確かめるように動いている。
『ヒースロー、動作が丁寧だ。焦るな』
『はい、セスナ教官』
みんな、初めてなのだ。
トムも、ミリアも、セシリア様も。
私だけが、初めてではないみたいに動いている。
そのことが怖い。
さらに奥では、シュヴァルベ様の機体がすでに歩いていた。
固定架の補助を外し、転倒防止の支援だけで、まっすぐ数歩進む。
きれいだった。
人形が人形として動いているのに、どこか騎士の歩みのようだった。
シュヴァルベ様はユンカース侯爵家の令嬢。
ユンカースは人形を製造している家だ。
幼い頃から訓練していても不思議ではない。
ルイーゼ様の機体も歩行に入っていた。
ハインケル家も人形製造に関わる名門。
二人が先へ進んでいるのは当然だった。
当然。
でも、私がそこに近づいてはいけない。
私は訓練を受けていない。
プラット男爵家の三女。
初めて実機に触れた新入生。
普通なら、指一本でも難しいはず。
普通なら。
『プラットさん』
ボーイング補助員の声で、私は意識を戻した。
「はい」
『機体の反応は非常に安定しています。固定架の保持を一段階解除して、補助付きで少し歩いてみましょう』
「えっ」
声が出た。
歩く?
もう?
トムもミリアもセシリア様も、まだ歩行には入っていない。
シュヴァルベ様とルイーゼ様は歩いている。
でも、あの二人は特別だ。
私は違う。
『大丈夫です。転倒防止の補助は付いています。動作は一歩だけ。無理ならすぐ停止します』
「はい……」
断るべきか迷った。
でも、ボーイング補助員が必要と判断した訓練を、私が怖いから嫌ですと言えるはずもない。
それに、セスナ教官の注意が頭に残っている。
手を抜くな。
誤魔化すな。
私は目立ちたくない。
でも、あからさまに拒むのも目立つ。
どちらにしても困る。
人生は困ることでできているのだろうか。
『固定架保持、一段階解除』
音がした。
機体を支えていた固定が少し緩む。
六番機の重さが、糸を通してわずかに伝わってきた。
重い。
けれど怖いほどではない。
脚部へ糸を這わせる。
膝。
足首。
爪先。
腰。
背中。
ゆっくりと立ち上がる。
重心を少し前へ。
でも前すぎない。
右脚を出す。
踵ではなく、足裏全体で受ける。
左の糸を残して、機体を倒さない。
『プラットさん、ゆっくり』
「はい」
私はゆっくり右脚を動かした。
六番機が、一歩踏み出す。
格納庫の床に、重い足音が響いた。
一歩。
ただの一歩。
でも、コクピットの中で、私は息を止めていた。
転ばない。
傾かない。
六番機は、素直に立っている。
『……良好。次、左脚。無理せず』
左脚。
同じように。
いや、同じではない。
右脚に重心が乗っている。
腰をほんの少し戻して、背中の糸を緩めすぎない。
左脚を前へ。
六番機が二歩目を踏み出した。
滑らかに。
あまりにも、滑らかに。
『停止』
ボーイング補助員の声が少し硬かった。
私はすぐに止めた。
「はい」
『姿勢保持、そのまま』
機体は立っている。
私の糸に支えられて。
白灰色の訓練機。
六番機。
冷たい鉄の身体が、今は私の中に重なっている。
怖い。
でも、嫌いになれない。
それが一番怖い。
私は戦いたくない。
人形に乗りたくない。
でも、動かす感覚は不快ではなかった。
むしろ、少しだけ安心してしまった。
自分の身体は持久走で倒れるのに、この鉄の身体はちゃんと歩く。
そのことが、頼もしくて、悲しかった。
『プラットさん、リンクを維持したまま、ゆっくり固定架保持へ戻します。保持後、ゆっくりリンクを解除してください』
「はい」
補助が戻り、六番機が再び固定される。
私はゆっくり魔力の糸を細めた。
急に切らない。
ほどく。
戻す。
指先から、機体の奥へ伸びていた糸を一本ずつ引き戻す。
人形が遠くなる。
冷たい鉄へ戻っていく。
最後にリンクが切れると、指先が少し寂しくなった。
寂しい?
今、そう思った?
私は自分で少し驚いた。
だめ。
これは兵器だ。
人を殺すためのものだ。
寂しいなんて思ってはいけない。
それなのに、コクピットの中で手を握ると、さっきまでそこにあった感覚が消えたことが、少し心細かった。
訓練が終わり、私は六番機から降りた。
足場を下りる時、少し足が震えた。
持久走の時の疲れとは違う。
心の方が疲れている。
補助員のボーイングさんは端末を見ながら、少し考え込んでいた。
「プラットさん、今日の記録は教官へ共有します。体調に異常が出たら、すぐ申告してください」
「はい」
「魔力の減りは?」
「ほとんどありません」
「指先の痺れは」
「ありません」
「頭痛、吐き気」
「ありません」
答えるたびに、ボーイングさんの表情が少し難しくなる。
私は小さくなりたかった。
でも、六番機の足元では隠れる場所がない。
「わかりました。今日のところは以上です」
「ありがとうございました」
私は頭を下げた。
白灰色の装甲をもう一度見上げる。
六番機は固定架に戻り、静かに立っていた。
さっきまで、私の糸に応えて歩いた機体。
「……ありがとう」
今度は声に出さないで、心の中だけで言った。
その時、視線を感じた。
振り向くと、少し離れた場所にシュヴァルベ様がいた。
すでに機体から降りている。
訓練服姿のまま、静かにこちらを見つめていた。
まっすぐに。
講義室でも感じた視線。
責めるようではない。
怖がらせるようでもない。
けれど、逃げられないくらい真剣な目。
私は胸がきゅっとなった。
見られていた。
歩いたところを。
六番機が動いたところを。
また、何か目立ってしまった。
シュヴァルベ様の隣にはルイーゼ様がいて、こちらを見ていた。
表情は穏やか。
でも、目はやっぱり冷たい。
その視線に、私は反射的に背筋を伸ばした。
身の程を弁えなさい。
聞こえない声が、また胸に刺さる。
私は小さく頭を下げた。
誰に向けたものなのか、自分でもわからなかった。
シュヴァルベ様に。
ルイーゼ様に。
六番機に。
それとも、自分の中でまだ静かに糸を覚えている何かに。
訓練機の格納庫は明るかった。
床は整っていて、補助員たちの声が行き交っている。
ここは戦場ではない。
初回訓練の場だ。
ただ、リンクして、手を動かして、少し歩いただけ。
それだけ。
それだけなのに、私の中では、冷たい鉄の人形がまだ立っていた。
私の身体より大きく。
私の身体より素直に。
私の指先を、待っているみたいに。
ここまでお読みいただき有り難うございました。
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