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人形とは何か

ご覧いただきありがとうございます。

人形という言葉は、少し優しい響きをしていると思う。


小さな子どもが抱いて眠るもの。


棚の上に飾られているもの。


誰かに似せて作られた、動かないもの。


でも、王立宇宙軍士官学校でその言葉が指すものは、そんなに優しくない。


人型空間戦闘機。


人形使いの魔力で動く巨大兵器。


ソードを持ち、宇宙を駆け、敵機を斬るもの。


私は講義室へ向かいながら、手を握った。


魔力論で、魔力については少し知った。


魔力は生活を照らす光にもなる。


小型車両や航空機を動かす力にもなる。


人形を動かす動力にもなる。


同じ力。


それなのに、使われる場所が変わるだけで、こんなにも怖くなる。


手元を照らす明かりなら、まだいい。


暗い廊下で足元を照らす光なら、私は知っている。


でも、人形は違う。


大きい。


強い。


速い。


そして、人を殺せる。


そのことを考えると、胸の奥がひやりとする。


王国軍史の講義で見た白い機体が、まだ頭の片隅に残っていた。


黒い宇宙を駆ける、人形。


次々に落ちる光。


私は目を伏せた。


違う。


あれは資料映像。


今から受けるのは、人形構造の基礎講義。


戦場ではない。


でも、人形の話を聞くなら、あの映像から完全に逃げることはできない気がした。


講義室へ入ると、正面のスクリーンには人形の模式図が映っていた。


頭部。


胴体。


腕部。


脚部。


背部スラスター。


魔力変換炉。


魔力回路。


コクピット。


人体図みたいだと思った。


でも、人体ではない。


鉄と装甲と炉と回路で作られた、戦う身体。


席に着くと、隣にセシリア様が座った。


「プラット様、お加減はいかがですか」


「はい。大丈夫です、ヒースロー様」


大丈夫です。


口が勝手に動く。


セシリア様は少しだけ私を見た。


心配してくれているのだと思う。


それがありがたくて、少し申し訳ない。


私はそんなに心配されるほどの人間ではない。


でも、そう思うこと自体が少しよくないのかもしれない。


最近、そんな気もしてきた。


少し離れた席では、トムとミリアが端末を見ながら話していた。


「人形構造か。いよいよ本格的だな」


「トム、楽しそう」


「いや、だって人形だぞ。男なら一度は憧れるだろ」


「一度は憧れても、実際に乗るなら怖さも覚えておいた方がいいと思う」


「そこはわかってるって」


「本当に?」


「……たぶん」


「たぶんを消して」


「わかってる」


トムは素直に言い直した。


ミリアは満足そうに頷く。


二人の会話は、少し空気を軽くしてくれる。


それでも、スクリーンの人形図を見ると、胸の奥は重かった。


教室の前方には、シュヴァルベ様とルイーゼ様がいる。


シュヴァルベ様は背筋を伸ばし、静かに資料を見ていた。


人形について学ぶことを、きちんと受け止めている顔。


ルイーゼ様も姿勢が整っている。


二人とも、こういう場で揺れない。


私は、揺れる。


かなり揺れる。


机の上に手を置いて、深呼吸した。


講義開始の鐘が鳴る。


扉が開き、セスナ教官が入ってきた。


「席につけ」


声が短い。


でも、聞き取りやすい。


生徒たちが姿勢を正す。


セスナ教官は教卓の前に立ち、スクリーンを一度見上げた。


「この時間は、人形の歴史、構造、操縦の基本を扱う」


教室の空気が少し固くなった。


「先に言っておく。人形は兵器だ。憧れや家名や才能で動かす玩具ではない。動かせる者は限られ、扱いを誤れば死ぬ。敵だけでなく、自分も、味方もだ」


死ぬ。


その言葉は、何度聞いても慣れない。


慣れたくもない。


私は手を少し握った。


「人形の原型は、ガイア帝国で開発された」


スクリーンに古い機体の映像が映る。


訓練機より角ばっていて、どこか獣の骨みたいな印象を受ける。


「帝国は早くから人型空間戦闘機の研究を進めた。通常の戦闘艇より柔軟な姿勢制御ができ、近接戦闘で高い対応力を持つ。人間の身体感覚を機体へ写し取ることで、直感的な戦闘を可能にした」


人間の身体感覚を機体へ写し取る。


私は模式図の腕を見た。


人形の腕。


私の腕。


ソードを振るう腕。


重なる。


重ねたくないのに、重なる。


「ただし、誰でも乗れるわけではない」


セスナ教官は続けた。


「操縦者は人形使いと呼ばれる。人形使いには適性が必要だ。魔力量、魔力制御、反応速度、空間把握、戦術理解、そしてリンク特性。どれか一つだけ高ければいいわけではない」


リンク特性。


指先から、何かが伸びる感覚を思い出す。


簡易検査の時、装置の奥へ勝手に滑り込んだ糸。


私は慌てて視線をスクリーンへ戻した。


「人形使いは、魔力の糸を人形全体に行き渡らせて操縦する。指先から伸ばす糸を、腕部、脚部、スラスター、姿勢制御系、武装制御系へ通す。糸が届かなければ、機体は思うように動かない」


セスナ教官の手元の端末が操作され、模式図の中に細い光の線が走った。


コクピットから、腕へ。


脚へ。


背中へ。


指先の神経みたいに、人形全体へ広がっていく。


「魔力には、大きく二つの使われ方がある」


スクリーンに二つの色が表示された。


一つは機体を満たす太い流れ。


もう一つは細い糸のような流れ。


「一つは、エネルギーとして消費される魔力だ。魔力変換炉で動力へ変換され、スラスター、関節駆動、機体維持に使われる。もう一つは、操作するための魔力。人形使いが機体へ通す糸だ」


エネルギーとしての魔力。


操作するための魔力。


同じ魔力でも、役目が違う。


明かりを灯す魔力と、指を動かす感覚が違うように。


少しだけ、わかる気がした。


わかりたくないのに、わかる。


「人形は多くのエネルギーを消費する。内燃機関では、必要な出力を賄えない。通常動力だけでは、急加速、姿勢制御、ソード戦闘時の瞬間出力に追いつかない」


スクリーンに通常動力機との比較図が出る。


出力曲線。


反応速度。


重量。


炉のサイズ。


「核融合炉を搭載すればどうか、という案は昔からある。だが、人形に搭載できるサイズまで小型化された安定炉はまだない。炉を積めば機体は重くなり、被弾時の危険も増す。結果として、現行の人形は人形使いの魔力と魔力変換炉を組み合わせて動く」


人間が炉の一部になる。


そんなふうに聞こえた。


もちろん、正確には違うのだろう。


でも、私にはそう聞こえた。


人形は鉄でできている。


でも、動くためには人の魔力がいる。


人の中にあるものを吸って、大きな身体を動かす。


それが怖い。


セスナ教官はスクリーンを切り替えた。


二種類の訓練機が表示される。


片方はユンカース製。


片方はハインケル製。


「王国では、主にユンカースとハインケルが人形を製造している。学園の訓練機にも、ユンカース型とハインケル型がある」


教室の前方で、空気が少し動いた。


ユンカース。


ハインケル。


どちらもこの教室にいる。


シュヴァルベ様とルイーゼ様は、それぞれの家名を背負ってそこにいる。


私はその背中を見て、少しだけ身を小さくした。


プラットには、人形を作る力なんてない。


古い屋敷の階段すら、まともに直せなかった。


「ユンカース型はバランス型だ。出力、制御性、整備性、安全性のバランスが良い。癖が少なく、初学者にも扱いやすい」


スクリーンのユンカース型が回転する。


すっきりした構造。


無駄の少ない関節配置。


「ハインケル型は高出力型だ。瞬間出力、加速、武装運用に強みがある。だが、扱いが雑だと燃費も悪く、機体負荷も大きい」


次にハインケル型が映る。


少し力強い形に見えた。


背部スラスターも、関節部も、出力を意識した構造らしい。


「優劣の話ではない。運用思想が違うだけだ。バランスを取るか、出力を取るか。人形使いの特性、任務内容、バディとの組み合わせで適する機体は変わる」


優劣ではない。


その言葉に、少しだけ空気がゆるむ。


セスナ教官は、家名の前でもはっきり言う。


ユンカースが上とか、ハインケルが上とか、そういう話にしない。


それは少し安心した。


でも、後ろの方で誰かが小さく囁いた。


「結局、ユンカース製の方が安定しているだろう」


「高出力ならハインケルだ」


そういう声。


どちらが上かを決めたがる声。


私は聞こえないふりをした。


世の中には、何でも上下にしたがる人がいる。


私の家でもそうだった。


誰が役に立つか。


誰が価値を持つか。


誰が上で、誰が下か。


その中で私は、たいてい下だった。


「静かにしろ」


セスナ教官の声で、囁きは消えた。


「機体思想の違いを家名の上下にするな。戦場で必要なのは、目の前の機体をどう使うかだ」


教室が静かになる。


私は少しだけ息を吐いた。


セスナ教官は、次にコクピットの断面図を表示した。


球状の操縦席。


全周囲モニター。


固定具。


手にはめるインタフェース。


警告表示。


「人形のコクピットは球状だ。全周囲モニターにより、操縦者は機体の外をほぼ全方位で把握する。操縦は手には装着するインタフェースを通して行う。指先から魔力の糸を伸ばし、機体へリンクする」


私は自分の指を見た。


これから、あの中へ入るのだろうか。


あの球の中へ。


固定されて、モニターに囲まれて、赤い警告を見るのだろうか。


王国軍史の映像が、一瞬だけ重なった。


赤い警告。


黒い宇宙。


息が浅くなる。


私は机の下で手を握った。


ここは講義室。


コクピットではない。


「プラット様」


隣から、小さな声。


セシリア様だった。


私は顔を上げた。


「はい、ヒースロー様」


「お水、必要ですか」


セシリア様は小さな水筒を示した。


私は少し迷った。


大丈夫です、と言いかける。


でも、その言葉は最近、自分でも少し危ない気がしていた。


「……少しだけ、いただいてもよろしいですか」


「もちろんです」


セシリア様は静かに水筒を渡してくれた。


私は小さく飲む。


冷たい水が喉を通って、少し息が戻る。


「ありがとうございます」


「いいえ」


それだけの会話。


でも、少し助かった。


大きな助けではない。


でも、足元を照らす小さな明かりみたいな助けだった。


セスナ教官の講義は続く。


「人形戦は近接戦闘が基本だ。ソードを用いた戦闘が中心になる。実体弾兵器もあるが、エネルギー兵器は多用されない。魔力消費が大きく、活動時間を削るからだ」


ソード。


人形の手に握られる剣。


戦いが遠くからの光線だけなら、まだ少し現実味が薄かったかもしれない。


でも、ソードは違う。


近づく。


斬る。


相手の機体の中には、人がいる。


私は思わず視線を落とした。


「ソードは人形使いの身体経験が出やすい。剣技、間合い、踏み込み、姿勢。生身の経験が、機体操作に影響する。逆に、機体性能だけで勝てると思う者は早く落ちる」


落ちる。


その言葉に、また胸が冷える。


落とされる。


宇宙で。


地上で。


魔力論で聞いた言葉とつながる。


セスナ教官はスクリーンに魔力残量の表示を出した。


「魔力切れと人形の関係を確認する」


教室の空気が、また固くなった。


「人形は魔力で動作している。魔力が切れれば、機体は動かない。リンクも不安定になる。姿勢制御もできない。状況によっては、ハッチを開くこともできない」


ハッチを開くこともできない。


ベルヌーイ講師の講義でも聞いた。


でも、人形の構造図と一緒に聞くと、さらに怖い。


球状のコクピット。


固定具。


外へ出られない身体。


動かない機体。


「人形に乗ったまま魔力切れを起こすことは、自分で棺桶に入るのと同じだ」


棺桶。


セスナ教官は、はっきり言った。


教室の誰かが息を呑んだ。


私も息を止めていた。


棺桶。


それは、たとえ話としては強すぎる。


でも、たぶん本当なのだ。


宇宙で動けない人形。


地上でハッチが開かない人形。


敵が来る。


味方が間に合わない。


中にいる人は、出られない。


「外部の魔力供給ポートはある」


セスナ教官は続けた。


「救助機やバディ機が接続すれば、最低限の機体機能を回復できる場合がある。だが、戦闘中にそれを行うのは簡単ではない。接続には位置合わせが必要で、互いに無防備になる。救助される側が損傷していれば、接続そのものができないこともある」


助ける仕組みはある。


でも、必ず助かるわけではない。


私は、自分が魔力切れで動けなくなる場面を想像しかけて、やめた。


だめ。


今はそこまで考えると、戻ってこられなくなりそうだった。


「軍がバディシステムを採用しているのは、戦略的な意味だけではない」


スクリーンに二機の人形が表示される。


前衛機と支援機。


互いの位置、死角、魔力残量、損傷状態。


「二機一組で動くことで、死角を補い、戦術を分担する。だが同時に、互いの異常を確認し合うためでもある。魔力消費の偏り、反応の遅れ、機体の揺れ、通信の乱れ。自分では気づけない兆候を、バディが拾う」


バディ。


私は隣のセシリア様を見た。


まだ、私たちは正式に何かを組んだわけではない。


でも、もし人形に乗るなら。


誰かと組むことになる。


その人に、自分の異常を見られる。


自分も、その人の異常を見る。


怖い。


でも、ひとりで棺桶になるよりは、きっとずっといい。


「バディを信じられない者は、人形に乗るな」


セスナ教官の声は厳しかった。


「逆に、バディの異常を見て見ぬふりをする者も乗るな。人形戦は、ひとりで格好よく戦う場ではない。生き残るために、互いを確認し続ける場だ」


生き残るため。


それなら、少しだけ聞ける。


戦うためではなく。


勝つためだけでもなく。


生きて帰るため。


セスナ教官は、そういう言い方をする。


厳しいけれど、そこには生徒を死なせたくないという何かがある気がした。


たぶん。


私は、少しだけセスナ教官を見る目が変わった。


怖い教官。


厳しい教官。


でも、死ぬなと言っている教官。


「ここまでで質問はあるか」


セスナ教官が教室を見渡した。


少し間があった。


すると、トムが手を上げた。


「グラマン」


「はい、セスナ教官。外部の魔力供給ポートは、バディ機同士なら訓練機でも使えるんですか」


「使える。ただし、訓練で勝手に試すことは禁止だ。接続訓練は教官と補助員の管理下で行う」


「はい」


トムは素直に頷いた。


ミリアが小声で何か言っている。


たぶん、勝手に試すな、だと思う。


トムは「やらないって」と口だけで返していた。


少しだけ笑いそうになった。


次にミリアが手を上げる。


「サーブ」


「はい、セスナ教官。支援機は、前衛機の魔力消費をどの程度まで把握できますか」


「訓練機では簡易表示が共有される。実戦機では、機体設定と部隊運用による。ただし、数値を見て安心するな。数値が正常でも、操縦者の反応が遅れることはある。支援役は数字と動きの両方を見ろ」


「はい」


ミリアはすぐに端末へメモした。


分析できる人だ。


トムが前に出るなら、ミリアはきっとそれを見て止める。


そういう二人なのだと思う。


それから、シュヴァルベ様が手を上げた。


教室の空気が少し整う。


「ユンカース」


「はい、セスナ教官。高出力機とバランス型機がバディを組む場合、注意すべき点は何でしょうか」


質問が具体的だった。


私は思わず前方を見る。


シュヴァルベ様の声は落ち着いている。


自分だけではなく、組む相手のことまで考えている質問だった。


「速度差と消費差だ」


セスナ教官はすぐに答えた。


「高出力機が前に出すぎれば、支援機が追いつけない。バランス型が安定しているからといって、無理に高出力機へ合わせ続ければ消耗する。バディは、強い方に弱い方が合わせるものではない。任務に合わせて二機の速度を決めるものだ」


強い方に、弱い方が合わせるものではない。


その言葉が、少し胸に残った。


私はずっと、強い人に合わせるのが当然だと思っていた。


家でもそうだった。


お姉さまたち。


父。


母。


私は合わせる側。


役に立つために、黙って合わせる。


でも、人形ではそれではだめらしい。


弱い方が壊れれば、強い方も危険になる。


そういう話。


少し、変な感じがした。


弱いものにも、合わせてもらう価値があるのだろうか。


「プラット」


急に名前を呼ばれて、私は背筋が跳ねた。


「はい、セスナ教官」


声が少し裏返った。


恥ずかしい。


セスナ教官は気にした様子もなく言う。


「人形の説明を聞いて、何が一番危険だと思った」


え。


なぜ私。


私は一瞬、頭が真っ白になった。


一番危険。


被弾。


魔力切れ。


ハッチが開かないこと。


バディを見ないこと。


たくさんある。


でも、私の口から出たのは、少し違う言葉だった。


「……自分だけは大丈夫だと、思うことです」


言ってから、少し驚いた。


ベルヌーイ講師の講義の言葉が残っていたのかもしれない。


「魔力切れも、機体の異常も、怖いです。でも、自分はまだ大丈夫だと思ってしまうと、止まれなくなる気がします」


教室が少し静かになった。


私は慌てて視線を下げた。


言いすぎた。


また余計なことを言った。


でも、セスナ教官は少しだけ間を置いてから頷いた。


「悪くない答えだ」


悪くない。


それは、褒め言葉なのだろうか。


たぶん、セスナ教官の中ではかなり褒め言葉かもしれない。


「人形使いは、自分の感覚を信じなければ動けない。だが、自分の感覚だけを信じる者は死ぬ。覚えておけ」


「はい」


私は小さく返事をした。


自分の感覚。


マーリンの記憶。


ローレッタの怖さ。


どれを信じればいいのか、私にはまだわからない。


でも、自分だけを信じるのは危ない。


それは少しわかった。


少しだけ。


講義の終わりに、セスナ教官は訓練機の簡易資料を配信した。


JuP-90 Training。


HeP-90 Training。


通称、トレパペ。


標準的で、バランスの良い訓練機。


民間機としても販売されている設計を基にした、安全性重視の機体。


資料にはそう書かれていた。


安全性重視。


その文字を見て、少し安心しようとした。


でも、すぐに思い直す。


安全性重視でも、人形は人形だ。


魔力で動く。


リンクする。


魔力切れを起こせば、動かない。


ハッチも開かないかもしれない。


安全という言葉は、怖さを消す魔法ではない。


「次の人形実技では、訓練機の起動前確認を行う」


セスナ教官が言った。


教室の空気が動く。


起動前確認。


つまり、実機に近づく。


乗るかもしれない。


「いきなり自由に動かすわけではない。固定架に保持した状態で、リンク確認、インタフェース確認、魔力流量の確認を行う。教官と補助員の指示を守れない者は、即刻降ろす」


固定架。


リンク確認。


魔力流量。


私は端末の資料を見つめた。


文字が少しだけ遠くなる。


ついに、実機。


人形。


本物のコクピット。


本物のインタフェース。


本物の魔力の糸。


指先が冷える。


でも、逃げるわけにはいかない。


卒業するためには、訓練を受けなければならない。


目立たず、普通に、ほどほどに。


そうしたい。


そうしたいのに、胸の奥で別の何かが静かに目を開ける。


人形の構造。


魔力の糸。


全周囲モニター。


スラスター。


ソード。


知っている。


私はそれを、知らないはずなのに知っている。


それが怖い。


講義が終わり、生徒たちは少しざわつきながら席を立った。


トムは資料を見て目を輝かせている。


「実機か……!」


「トム、起動前確認だからね。動かす前に興奮しない」


ミリアが即座に言う。


「わかってる。でも、実機だぞ」


「だから落ち着いて」


「落ち着いてる」


「声が落ち着いてない」


「はい」


トムは少し口を閉じた。


ミリアは端末を見ながら、真面目な顔をしている。


怖がっていないわけではないのだろう。


でも、怖さの扱い方が私よりずっと上手に見えた。


セシリア様が隣で資料を閉じる。


「プラット様、次の実技、少し緊張しますね」


「はい。かなり」


私は正直に言った。


言ってから、少しだけ驚く。


大丈夫です、と言わなかった。


セシリア様は、ほんの少しだけ微笑んだ。


「私もです」


「ヒースロー様も、ですか」


「はい。人形は大きいですから」


その言い方が静かで、少し可愛らしくて、私は小さく笑いそうになった。


大きい。


本当に、その通りだ。


人形は大きい。


大きくて、強くて、怖い。


でも、怖いと思うのは私だけではない。


それは少し救いだった。


講義室を出る前に、私はもう一度スクリーンを見た。


そこには、停止した人形の模式図がまだ映っている。


鉄の身体。


魔力変換炉。


コクピット。


魔力の糸。


棺桶になるかもしれない兵器。


それでも、人はそれに乗る。


誰かを守るために。


戦うために。


生きて帰るために。


私はまだ、乗りたくない。


戦いたくない。


でも、逃げられない場所まで少しずつ近づいている。


足音も立てずに。


次は、実機。


その言葉が、胸の中で静かに重くなった。

ここまでお読みいただき有り難うございました。

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