憧れの人
ご覧いただきありがとうございます。
「ローレ!遅れているわよ!」
「はぁい!ひぃ、ひぃ、はぁ、ひぃ。がんばびますぅ。」
私は今、グラウンドを走っている。自分の足で走っている。
(死にそう...誰か、助けて。)
これは模擬戦へ向けての練習である。ちなみに自分の足で走っているのは私だけ。私だけ別メニューである。
人形使いは体力が基本だ。魔力も重要だけど。
人形は名前に戦闘機と付いている、空または宇宙での運用が基本である。人型だから陸上での運用も想定されているけどね。
脚は飾りじゃないよ。うん。
人形が動けばその加速度に応じた力がかかる。かかるGの大きさによっては人形使いが気を失うほどだ。
だから、人形使いは身体にかかる高いGに耐えられなくてはならない。これを耐Gという。
人形に乗るときには耐Gスーツを着る。これは身体にかかる負担を軽減する効果のある装備だ。
効果は軽減である。
そんなわけで。耐Gで一番効果があるのは自分の身体を鍛えること、あとは慣れ。ということは。
(私はマーリンの生まれ変わりなんだから訓練しなくても高い耐Gがあるじゃん!)
と、私も思っていた時期があった。
でも、残念!
私はマーリンの記憶は持っているけれど、身体はローレッタだから、そうじゃない。
それが証拠に記憶の通りに軽くジャンプした途端に目の前が真っ暗になってしまった。
そして、それが、シュヴァルベ様にバレてしまった。そうしたら。
「あなた、鍛錬が足りてないのよ。特訓ね。」
となったのである。
ただね。私はタダでは走らない。そんな安い女じゃないのだ。
「今日のおやつは、ローレの大好きなの冷たいシュークリームを準備してあるわよ。」
(うそ...!マジ?!シュヴァルベ様、女神様!大好きぃ!くぉぉぉぉ!)
勢いを取り戻した私は、残り5周を全速力で走りぬいた。
「はひぃ、ぜぇ、はぁ、んく...、シュ...ヴァルベ...様、今日の...訓練...終わり、ました。」
「はい、お疲れ様。休憩しましょ。座って。」
「あ、はい。失礼します。」
私はいつものようにシュヴァルベ様のすぐ隣に敷かれているハンカチの上に腰を下ろした。
通常のメニューを難なく消化している他のメンバーはすでに帰ったようだ。私とシュヴァルベ様だけ。親衛隊もいない。
私は渡された冷たいシュークリームを食べながら気になったことを聞いてみた。
「うまうま。んく...、シュヴァルベ様は、どうして、人形使いになろうと?」
「ん?憧れの人がいるの。」
シュヴァルベ様は手に持った紙コップをすぐ脇に置くと膝を抱える。
「その人が、人形使いだったのよ。」
その横顔は遠くを見ていた。夕焼けに輝く瞳に写るのは、遥かグラウンドのその先。ずっと先。
「へぇ、シュヴァルベ様の憧れの人かぁ...、どんな人なんですか?」
「...とても強い人だった。そして人一倍、平和を愛した人。世間では戦闘狂と言われているけれど。でも。私は、それは間違いだと思っているの。」
「平和を、愛した...その人は今も?」
(もしかして。)
「いいえ、もう居ないわ。ずっと昔の人。宇宙に散ってしまった。敵国の人だった。そこで撃墜女王と呼ばれた人。」
「えっ...撃墜女王...」
いつの間にかシュヴァルベ様の瞳が私の瞳を覗き込んでいた。まるで、心の奥底を探られているみたいだった。
「ローレ、私の憧れの人の名はね。マーリン=ロイス。帝国の撃墜女王なの。」
冷たかったシュークリームはいつの間にかぬるくなってしまった。
ここまでお読みいただき有り難うございました。
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