ここはどこ?
(うわ、私死んじゃったのか)
混濁とした意識のなか、シャーロットはふわふわと浮かんでいる感触であった。例えるなら夢の中、水中を漂っているあの感じ。なにも聞こえず、目も開けず、謎の気持ちよい感触にただただ浸るだけであった。
(死んだ人ってこうなるのか。はあ、何も出来ない。気持ちいいけど退屈だなあ。というか、もう少し生きたかったな)
再び彼女は薄れてゆく意識のなか、
(うわぁ、もうダメ。寝ちゃ、う)
と思いなから、深い闇に沈んでいった。
※
五月蝿いな。もしかして死者の国か。シャーロットは辺りの騒音に心の中で悪態をつく。それもそのはずで彼女が聞いたことがないクラクションの音や、高架を走る電車の音、人ごみの声といったら、それはそれは、
(う、五月蝿すぎる!)
彼女は目を開けると、周りの景色を見渡した。オレンジ色のライトが数メートルに一つ点灯しており、度々上を電車が通る音がする。しかし、彼女はそれの正体を知らない。
道路には度々車が行き来しており、高架下を通る人の量も少なくない。彼女は立ち上がろうと壁に手を当て、よっこいしょ、と立ち上がる。服装はTシャツに短パン、スニーカーを履いている。容姿は死ぬまえの彼女となんら変わり無し。彼女は周りの風景が気になるからと歩き始めた。人のいる方に。
うわぁ、人がいっぱいいる!
そう彼女が思うのも無理はない。何故なら、大勢の人たちがスクランブル交差点を渡ったり、信号近くでは、人が屯っている。集落住まいだった彼女は、この風景を見るのは初めてのことだった。
彼女はそこらの看板を見てここが何処か探ろうとした。けれど、すぐに挫折した。何故なら、
文字が読めない。
看板には渋谷駅と書かれている。多くの鉄道路線が乗り入れしている駅であるが、そんなこと彼女が知っているわけがない。ましては、文字が読めないとなると、ここが何処かというのさえ把握できない。この状況を言うなれば、
ここはどこ?私はシャーロット。
である。迷子にしか思えない。しかし、この世界には、そんな人達を助けてくれるいい人がいた。紹介しよう。その人達は、
「君、迷子?家出?どちらにせよ夜遅くに出歩くのは感心しないなあ」
とても頼れる警察官!今の時間は夜の11時前。確かに少女一人で出歩くのは危ない。もし誘拐とかに遭遇したら大変なことになる。けれど、流石、元番兵少女。最大限の警戒でその人と話そうとする。
「えっと、家出でも迷子でもありません。私が何者かも。で、あなた方は誰?」
いやあなた迷子ですよね?道に迷ってるよね?それはさておき、二人組の警察官は彼女の言っている意味を理解することはできなかったものの、自分達は警察官でこの街の安全を守っている仕事をしていると彼女に説明した。
「で、貴方達は私たちに何用でしょうか?」
「とりあえず、保護して保護者に迎えに来てもらうか、家に送るか。とにかく交番に来てもらうかな」
「言っている意味がよくわかりません」
保護者。今のシャーロットにとって、ここに彼女の保護者がいるとは限らない。いや、もういないと言っても過言だ。
「で、君のお母さんは?お父さんは?」
「恐らく軍戦に巻き込まれたか捕虜になったかのどちらかです」
彼女の顔が曇る。そう言われた警察官側も彼女の意味を理解することは出来なかったものの、彼女が今現在独り身ってことがわかると、
「とりあえず、交番に行って事情を説明してもらおうかな」
しかしシャーロット自身今目の前で起きている事態なんて把握していないのに説明できるはずかない。しかし、なにもわからずじまいではこの先々かなりきついことになることは避けられない。ここは頼るべき、そう彼女が答えを出そうとした。
ところがその時想定外な事が巻き起こった。
「おーい、探したぞ!」
「おや、どちら様で」
現れたのは一人の男性。年齢は二十代前半と見え、紙袋を両手にぶら下げている。
「どちら様と呼ばれても、俺はその子の父親ですよ」
なんと、父親がいるではないか。彼女はその事実に一瞬驚愕の色を見せたものの、すぐに、
「こ、こいつは私の父親では」
すると咄嗟に男は人差し指を口の前に持ってきて、シー、というポーズをとる。それはまるで、俺にあわせろというメッセージが込められていた。
「ある」
彼女はそれに従い肯定する。ただ、それで警察官が、はいそうですか、と認めるわけにはいかなかった。
「それは本当ですか?」
男に向けられた目線は鋭いものだ。どんなものでも見逃さない、言うなれば番兵のようなあの目つき。ただ、男は、
「はい、そうですよ、ね?」
と、男は彼女に同意を求める。もちろん彼女は、
「うん」
と肯定した。それを見た警察官は、
「じゃあ、そういうことにしておきましょう。じゃあお嬢ちゃん、一つ教えてあげる。警察官から逃げちゃならん。我々にとってもお嬢ちゃんにとってもそれは面倒なことだからね。最悪法に触れかねないから、次は気を付けろよ」
はい、と彼女が言い、警察官は姿を消した。男は溜め息をつくと、
「うわあ、怖かった。で、貴女の名前ぐらいは聞いておこうか」
「私の名は、シャーロットだ」
「シャーロットか。いい名だな。大切にするといい。俺は中津川恵一だ」
と、男改め中津川恵一は名乗ると、
「じゃあ、シャーロットに聞きたいんだけど、どこの国の人?」
「ん?私はマルクの村に住んでいたのだが襲撃され、殺されたのだが、気づいたらここに」
「成る程。じゃあ、そんなこの世界に慣れてないシャーロットにプレゼントをやろう」
「プレゼント、それはどういう意味だ?」
うーん、っと恵一は唸る。そして、
「別名、贈り物、かな」
「贈り物か!そいつは嬉しいな」
本当に嬉しそうな顔を浮かべながらそう反応して見せる。その振るまいに恵一は頬を緩ませながらこう言った。
「俺はシャーロットにこの国での君の名前をくれてやろう。感謝しろ!」
「いやいらん」
「何!この俺の贈り物を要らぬだと!」
即答じゃないか!?何故それだけ拒むのだ、今の恵一はそれが理解できなかった。
「なんか偽名みたいじゃないか。それが嫌」
期待を裏切られたシャーロットは一気に不機嫌になった。しかし、恵一はこう切り出した。
「この国の名前があるだけで色々役に立つんだぜ。あって損はないと思うぜ」
「ふん、そう言うなら聞いてやるぞ」
さっきからこいつ偉そうだな。恵一は若干咎めながらも続ける。
「えっと、俺の名前が恵一だから、恵ってのはどうだ。中津川恵」
恵一がナイスアイデアとばかりに指をパチンと鳴らしてそう命名した。
「わかった。じゃあ、一応その名前も私のってことで」
私のって、まあいいか。恵一は溜め息をつくと深呼吸して、
「んじゃまあ、恵が何故ここにいるのかっていうのは歩きながら話そうぜ。どうせ身寄りのないんだし」
良い子は決して怪しい人についていっちゃダメですよ。
「わかった。ここは恵一に従おう」
恵はいなくなった警察官の代わりに恵一について行くことにした。小さな不安と小さな希望で彼女の体は包まれた。そして恵は後々知ることになる。恵一がどれだけお人好しで自分がこの時とても幸運だったことに。




