32 帰還の魔力
――― 後藤 ―――
カフェを出る前にシフトした。やはり、橘と一緒に大浴場で大所苦情する権利はターニャには譲れない。
お昼前の街の中は空気も澄んで乾燥し日影は過ごしやすい。しかし直射日光は堪らない。地面は容赦のない太陽からの光を吸収しその温度を上げ続け噎せる様な熱気をやおら道行く人々の足元から這い上がって覆い包む。その不快さの中をホテルまで急いぐ。
ホテルで昼食をとるとロビーで寛ぎ、偶の休みを漫喫する。ロビーには平常の如く音楽が漂い寛ぎの空間を演出していた。微睡の中で音楽を聴き演奏する様を見ている。うつらうつらする目の前に突如橘が現れた。
「橘、早かったな。」
「今日は午前中の訓練だけで午後の狩りは中止になっちゃった。狩りで体力を使った所を襲われる可能性もあるから暫く狩りは中止にするらしいよ。」
「俺もそう思うよ。暫くは要警戒だな。」
「訓練の後、直接来たから汗でベトベトでお腹もすいた。お風呂今大丈夫?」
「大丈夫だよ。その後でご飯食べよう。」
「そうね、まずお風呂がいいよ。でもターニャ様に代わってね。」
そうだよね、残念。ターニャ、シフト。
――― ターニャ ――――
「はぁー、戻った、戻った。はい、橘さん。さ、お風呂行こう。もうこの禿げ、橘さんの裸が見れるって興奮してるのが気持ち悪いったらないわよ。」
「えー。後藤君禿げてないよ。でも私の裸が見れるって喜んでたの?私も嬉しいって伝えて。見たいなら何時でも見せてあげるって。」
「はー、勝手にして。さっさと行くわよ。ところでさっき迄敬語だったのにどうしちゃったの。その方がいいけど。」
大浴場までは少し歩く。
「タオルとかどうするの?」
「入口にタオル置いてあるからそれ使えるから。日本のタオルの様には柔らかくないけど我慢してね。」
大浴場は疲れを癒してくれる。まだ日が出ているうちからお風呂に入るのは気持ちが良い。取り留めのない話をしながら一時間ほど寛いでお風呂を出た。
部屋へは戻らずそのままレストランへいく。
「はー、さっぱりしたぁー。やっぱり大浴場よね。」
「ご飯は何?」
「多分ステーキね。ほぼ毎日ステーキは出て来るから。サイドメニューは毎日代わるけど。ステーキは胡椒使ってるから美味しいわよ。多分お城の料理より美味しいかも。」
「えー、早く食べたい。でもお城の料理もかなり美味しいよね。」
「豚は太らせるために食わせるのよ。」
「え?私の事を豚って言ってるの?」
「違うわよ。豚は肉を取る為に食べさせ太らせてる。勇者は自分の為に食べさせ働かせるって意味よ。」
「そう聞くと私って王女の豚か何かって事?」
「じゃあ、丸々肥らないといけないわね。」
「嫌、太りたくない。」
「でも、胸はもう少し太らないとね。Cカップ位?」
「失礼ねEカップはあるよ。でも、胸だけ太るのは無理よ。胸の前にお腹が出て来るよぉ。ターニャ様は糞ね糞。」
「雪乃は口が悪いなぁ。そんな事じゃ嫌われちゃうわよ。」
「糞じゃないよ。本心じゃないからね。」
食事を終え部屋へ戻る途中でコーヒーを飲みたくなったのでオーダーするためにレセプションに寄った。レセプションにはアニックがいた。
「アニック、お疲れ様。」
「なんでしょう『おつかれさま』とは。変わった挨拶ですね。」
「業務連絡みたいなものよ。深く考えないで。それよりコーヒーを部屋まで持ってきて。」
「承知致しました。でもターニャ様は田舎娘の振りをしていた時の方が丁寧でしたね。少しは見習って頂かないと。」
「誰が田舎娘よ!見習うなんて無理よ。だって王女様だから我儘がデフォよ、デフォ。デフォルトよ。我儘で当然なのよ。」
「でふぉるとですか。初めて聞きましたが、我儘を正当化する魔法の呪文という事ですね。」
「そんな感じ。おばあちゃんの遺言よ。さ、雪乃、行くわよ。」
「ちょっとぉ、何時から雪乃って呼び捨ててるの。」
「何言ってるの。王女様は我儘だから呼び捨てるに決まってるわよ。私達体の隅々まで見せ合った仲でしょ。」
「見せ合って無いでしょ、勝手に見ただけでしょ。」
「タカシも喜んで無口になってたわよ。」
「ほんと?今晩もまたお風呂に行きましょ。夏休み中には惚れてもらうのが私の目標なの。」
「いい目標ね。でももう願いは叶っているから大丈夫だわ。」
「ほんと?」
「本当よ。」
レセプションの横からエレベーターに乗る。エレベーターのドアが静かに閉まり、静かに動き出した。
「でも、この世界にエレベーターがあったとは驚きだよね。」
「そうだわね。魔力で雷の魔法が使えるのだから、魔素を電気に変換する事も出来るってことだわね。だとすれば電気で動くモーターも作れそうだわ。」
「だわ、だわ、言い過ぎ。」
「異世界弁みたいなものだわ。だわに慣れただわ。それに誰が話してるか区別しやすいでしょ。」
「誰向け?」
エレベーターが五階に到着した。効果音が鳴りドアが開く。エレベーターを降り左へ行くと501号室がある。廊下は相も変わらず静かで、その長い毛足の絨毯が全ての音を吸収して、静寂が足元から這い上がりそこに居る人を包み込んでしまう。
「ここが我が部屋よ。そこのソファーにかけてて、直ぐにコーヒーが来るわよ。」
「ここは白基調で金のモールの部屋と家具ね。綺麗で落ち着く。」
「お城も似た様なものでしょ。」
「私の部屋は石作りよ。殺伐として落ち込むよ。」
「へー、大理石なんだ。」
「いえ、お城だから知ってんでしょ、お姫様。普通のその辺に落ちているような石よ。まるで牢獄よ。」
「もしかして、庭園の前の宮殿?おもてなし用の?でも、ほとんどはこの部屋と変わらないけど。ただ、御者や従者用の部屋が牢獄みたいで評判が悪いって聞いたことあるわ。その部屋ね。酷い扱いね。でも、あの姉上ならしょうがないか。帰ったら金髪とか優等生の勇者の部屋確認してみて。驚く事請け合いよ。かなり豪華で綺麗なはずよ。あの人、男好きで女性は嫌いだから。特に美人にはね。分かるでしょ。私にも冷たかったし、殺そうとするし。」
「はぁ?それって自分が美人って言ってるの?例えそうでも自分から言わないでしょ。」
「だって、自分で言わないと誰も言ってくれないでしょ。」
「それって王女様だから遠慮してるんでしょ。」
「そう?そうだと言いな。橘さん優しい!私と付き合う?」
「お断りします。百合趣味無いから。」
「今ならタカシも付いて来るわよ。」
「あー、それ。考えちゃうな。でも今だけでしょ。でも、あの部屋変えてもらえないかなぁ。要望書とか稟議書とか出してみようかな。」
「止めた方がいいわよ。お姉さまはそんなことされたら余計にひどい部屋に移すわよ。良くて馬小屋、悪ければ庭にテントとかね。」
「ホント?」
「冗談よ。テントはないわよ、テントは。」
「じゃ、馬小屋はあるのね。」
「まぁ、利用価値がある限りは大丈夫でしょうけどね。そろそろ、タカシが話したいって言ってるけど代わるけど、変な事しちゃだめよ。」
――― 後藤 ―――
「橘久しぶり。」
「一人芝居みたい。」
「でもよかったな、橘と会えて。」
「ところで、神にあった?女神様?」
「爺さんだったよ。元の世界の神。」
「私があったのはこの世界の女神だったよ。」
「前言った様に、夏休みの間だけという約束でこっちへ来てるんから、夏休みの間だけ楽しんでで帰るつもりだったけど、楽しむどころではなくなったよな。ターニャを助けないといけないな。」
「どうやって帰るの?第二王女は魔王の持つ宝珠が有れば帰還出来るとか言ってたけど。」
「それはある意味本当らしいぞ。宝珠は中に魔素を高濃度に蓄えているんだけど、帰還の為には多量の魔素が必要らしく宝珠がその魔素を補ってくれるらしい。だけど・・・」
「だけど?何よ。」
「聞いてないか?その魔法を行使するためには魔力の高い者が必要だってこと。つまり宝珠七個分の魔素と同量の魔力がある者がいないとその魔法は行使できないよ。例えば宝珠1個で10,000mpの魔素があるとしたら全部で70,000mp分の宝珠が有るという事になる。だとすれば魔力が70,000ある人間が必要になってしまう。人類の最高が200の現状では70,000の魔力を使う魔法の行使は難しい。」
「うちのパーティーにも賢者がいるけど。彼女がその魔法を使えるって事?」
「彼女の魔力はどれくらいか知ってるか?まぁ、それが分かっても帰還の為の魔法にどれほどの魔力が必要かは知らないけど。必要な魔素量は宝珠七個分と神様には聞いているけど。」
「つまり第二王女が魔王の持つ宝珠で帰還出来ると言ったのは嘘という事?」
「魔王が宝珠を七個持ち、その上で帰還の為の魔力がある者がいれば叶うだろうから嘘じゃないよ。でも、その魔力を持つ者がいなければ嘘だし、魔王が七つの宝珠を持っていなくても嘘だよな。」
「だったら、詐欺じゃない。」
「でも魔道具とかアーティファクトで魔力を補える可能性もあるよ。」




