■第95話 小さきもの大航海編 モーガン、大笑いする
力が全てではない。
でも、力でしか伝わらないこともある。
ジュウベェは、それを体で知っていた。
■ モーガンの逸話
誰も口を開かなかった。
炉の炎が揺れていた。
火山の煙が、空に上っていた。
モーガンはさくやを見たまま、動かなかった。
さくやもモーガンを見たまま、動かなかった。
しばらくして、レッドが笑いながら言った。
「……紹介したる。こいつがモーガンや」
誰も反応しなかった。
レッドが構わず続けた。
「この辺の海を全部仕切ってる男や。知らん島はないし、知らん船頭もいない。昔、嵐の中で三隻の船を一人で引っ張り上げたって話もある」
「……本当の話なの?」
さくやが小声でリアンに聞いた。
リアンが小声で返した。
「本当や。オレも聞いたことある。あと、素手で岩を砕いたとか、鮫を一撃で気絶させたとか——」
「どんな人やねん」
「だから言うてたやろ、オレの島が一番恐れてる男やって」
モーガンがじっとさくやを見ていた。
まだ何も言わなかった。
■ 力比べ
長い沈黙の後、モーガンが初めて口を開いた。
低い声だった。
「……お前たちの中で、一番強いのは誰だ」
さくやが答えようとした。
ジュウベェが一歩前に出た。
「……拙者でござる」
モーガンがジュウベェを見た。
頭のてっぺんから足の先まで、じっくりと見た。
「……力比べをしよう」
「望むところでござる」
「ジュウベェ!!」さくやが慌てた。「無理やって、あの逸話聞いてたやろ!!」
「聞いておったでござる」
「聞いてて言うの!?」
「だからこそでござる」
ジュウベェが刀を鞘に収め、両手を構えた。
モーガンが右手を一度握った。
それだけだった。
次の瞬間、ジュウベェが吹き飛んでいた。
どこかに激突する音がした。
砂埃が上がった。
「……ジュウベェ!!」
さくやが駆け寄った。
ジュウベェが砂の上に転がっていた。
しばらく動かなかった。
やがて、ゆっくりと起き上がった。
「……」
「大丈夫!?」
ジュウベェが砂を払った。
「……もう一度でござる」
「え?」
「もう一度、お願いするでござる」
■ 何度でも
二回目も、吹き飛ばされた。
三回目も、吹き飛ばされた。
四回目も、吹き飛ばされた。
そのたびにジュウベェは立ち上がり、砂を払い、構えた。
モーガンは無表情だった。
レッドが腕を組んで眺めていた。
さくやとリアンが並んで見ていた。
五回目に吹き飛ばされた時、さくやが叫んだ。
「ジュウベェ!!立てる!?」
「……立てるでござる」
「無理しなくていいよ!!」
「無理ではないでござる」
「絶対無理やって!!」
「さくや」
ジュウベェが振り返った。
砂まみれで、口の端が少し切れていた。
「……拙者は、剣士でござる。強い相手に挑むことを、恐れてはならないでござる」
さくやが黙った。
リアンが小声で言った。
「……かっこいいな」
「かっこいいけど!!心配やねん!!」
六回目。
七回目。
八回目。
ジュウベェは立ち上がり続けた。
さくやが両手を握りしめながら叫んだ。
「ジュウベェ!!負けんな!!」
リアンも叫んだ。
「……立てるでござるよ!!」
「リアン、それ応援になってへんで!!」
「……すまん、慣れてへん」
■ ジュウベェの叫び
九回目に吹き飛ばされた時、ジュウベェはしばらく立ち上がれなかった。
さくやが駆け寄ろうとした。
ジュウベェが手で制した。
「……来るでないでござる」
ゆっくりと、両手をついて起き上がった。
膝が震えていた。
それでも立った。
モーガンが初めて、わずかに眉を動かした。
ジュウベェが構えた。
そして叫んだ。
「……モーガン!!拙者はお前に勝ちたいわけではないでござる!!」
モーガンが止まった。
「この島と、貿易がしたいでござる!!さくやの拠点と、リアンの島と、レッドの島と、そしてモーガンの海と——全部繋げたいでござる!!それだけでござる!!」
声が、島に響いた。
火山の煙が、静かに上っていた。
誰も何も言わなかった。
レッドが口元に手を当てていた。
笑いを堪えているようだった。
微笑ましそうに、眺めていた。
■ モーガン、大笑いする
しばらくの沈黙の後。
モーガンが笑った。
最初は小さく。
それがだんだん大きくなって。
やがて、腹を抱えて笑い出した。
「……はははははは!!」
「……え?」
さくやが固まった。
リアンも固まった。
ジュウベェだけが、真剣な顔で立っていた。
モーガンが笑いながら言った。
「……九回吹き飛ばされて、まだそれを言うか」
「言うでござる」
「貿易のために、体を張るやつは初めて見た」
「貿易は大事でござる」
モーガンがまた笑った。
レッドも笑っていた。
「……根負けや」
モーガンが笑いながら言った。
「話を聞いてやる。座れ」
■ わいわいがやがや
地面に輪になって座った。
モーガン、レッド、さくや、ジュウベェ、リアン。
さくやが地面に地図を広げた。
「まず、うちの拠点にあるものを説明します——」
「待て」モーガンが言った。「その前に飯にしろ。腹が減っては話にならん」
「あ、はい」
島のレッドたちが食事を運んできた。
炙った肉、焼いた魚、干した果物。火山島ならではの、豪快な食事だった。
「……うまいな」
リアンが食べながら言った。
「当たり前や」レッドが得意げに言った。「火山の熱で炙ったもんは旨い」
「こんな調理法、見たことない」
「教えたる。代わりにお前の島の干物の作り方を教えろ」
「ええで」
気づけば、わいわいがやがやとしていた。
さくやが地図を指差しながら説明する。
モーガンがどっかりと座ったまま聞いている。
レッドが横から口を挟む。
ジュウベェが砂まみれのまま真剣に頷く。
リアンが恐る恐るモーガンに質問する。
「……モーガンの海から、うちの島を通る航路って、使えますか」
「使っていい」
「え……あ、ありがとうございます」
「礼はいらん。ただし、俺の海を通る船は、俺に挨拶しろ」
「わかりました!!」
リアンが深く頭を下げた。
「……モーガンさん」
さくやが言った。
「モーガンでいい」
「モーガン。さっきの逸話、嵐の中で三隻の船を引っ張り上げたって、本当ですか」
モーガンが少し間を置いた。
「……二隻だ。三隻は盛りすぎだ」
「二隻でも十分すごいわ!!」
モーガンがまた笑った。
レッドも笑った。
ジュウベェが静かに言った。
「……やはり、本物でございましたか」
「お前も本物だ」モーガンがジュウベェを見た。「九回立ち上がった剣士は、初めて見た」
ジュウベェが一礼した。
「……光栄でござる」
■ 火山島の夜
気づけば、日が傾いていた。
火山の煙が夕日に染まり、島全体がオレンジ色に輝いていた。
貿易計画の大枠が決まっていた。
モーガンの海の航路を使う。レッドの島の金属製品を各拠点に届ける。各拠点の特産品を火山島に持ち込む。
「……まさかこうなるとは思わんかった」
リアンが呟いた。
「何が?」
「今朝まで、モーガンの名前を聞くだけで怖かった」
「今は?」
リアンが笑った。
「……まだちょっと怖い」
さくやが笑った。
ジュウベェが砂を払いながら言った。
「……強い方でございましたな」
「九回吹き飛ばされてそれだけ?」
「それだけでござる」
レッドが立ち上がりながら言った。
「……また来い。次は飯から始めよう」
「絶対来ます」
モーガンが空を見上げた。
「……小さきものの世界も、広いな」
誰も答えなかった。
火山の煙が、夕空に溶けていった。
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