■第94話 小さきもの大航海編 レッドの島、モーガンの影
海は広い。
広いということは、そこに生きる者も、一種類ではないということだ。
さくやたちは、その現実と向き合うことになった。
■ リアンの懸念
船が沖に出て、しばらく経った頃だった。
リアンが舵を握りながら、ぽつりと言った。
「……一つ、言っておかなあかんことがある」
「何?」
「レッドや」
さくやとジュウベェが顔を見合わせた。
「……また出てくるかな、とは思ってた」
「大型船出したら絶対狙ってくる」リアンの声が低くなった。「前回はたまたまあの戦闘船があったから助けられた。でも今回は違う。貿易船やで。荷物を満載した大型船が狙われたら、どうにもならへん」
ジュウベェが静かに言った。
「……確かに。前回のような救出は難しいでござるな」
「そうや」リアンが頷いた。「だから言わなあかんと思って」
さくやが腕を組んだ。
しばらく黙っていた。
「……話し合いに行こう」
「え?」
「レッドのとこに直接行く」
「またあいつのとこに乗り込むんか。また捕虜にされるかもしれへんで」
さくやが少し考えてから言った。
「……捕まってた時、レッドってそんな悪いやつやなかったやろ」
ジュウベェが頷いた。
「……確かに。乱暴に扱われたわけではなかったでござる」
「海賊やけど、話は通じると思う」さくやが言った。「だから行く」
リアンが深く息を吐いた。
「……オレ、レッドのことめちゃくちゃ苦手やねんけど」
「わかってる。一緒に来てくれる?」
「……行く」
リアンが舵を切った。
「でも、何があっても驚くなよ」
■ 火山島へ
船が向きを変えた。
しばらく進むと、島が見えてきた。
黒と緑が混ざった島だった。
頂上から太い煙が上がっている。溶岩が固まった黒い岩肌が広がっているが、島の裾野には緑もあり、集落らしき建物も見えた。火山の影響を受けていない場所には、人が暮らしていた。
「……思ったより住めそうな島やな」
「全部が火山ってわけやない」リアンが言った。「鉱石が採れるから、それでレッドは武器を作ってる」
「鉱石?」
「火山のおかげで、ここにしかない鉱石が採れる。それを精製して金属にする」
船が島の港に近づくにつれ、桟橋の様子が見えてきた。
武装した小さきものたちが並んでいた。
一人や二人じゃなかった。
ずらりと並んでいた。全員、腰に武器を下げ、こちらを無言で見ていた。火山の煙を背負って立つ姿が、妙な迫力を持っていた。
リアンが小さく息を吐いた。
「……来てしまった」
さくやが船の先頭に立った。
「さくやっていう!!レッドに会いに来た!!」
武装した小さきものたちが顔を見合わせた。
やがて、一人が奥へ走っていった。
■ レッド
しばらくして、男が現れた。
派手な赤い服を着ていた。髪も赤い。笑顔で桟橋を歩いてくる。
「よお!!さくややないか!!」
声は陽気だった。
でも、目が笑っていなかった。
「……前に捕まえたやつが自分から来るとは思わんかったわ」
「捕まえてくれたお礼を言いに来た」
レッドが片眉を上げた。
「……お礼?」
「悪い扱いはされんかったから」
レッドがしばらくさくやを見た。
それから、ふっと笑った。
今度は少しだけ、目も笑っていた。
「……変なやつやな、お前」
「よう言われる」
リアンが小声でさくやに言った。
「……笑ってるけど、信用するなよ」
レッドがリアンを見た。
「リアン。お前もおったんか。前回はすごい戦闘船で逃げよったな。あの船、どこから持ってきたんや」
リアンが何も言わなかった。
レッドがさくやに視線を戻した。
「今日は何しに来た」
「一緒に商売したいっていう話や」
レッドの笑顔が、一瞬だけ止まった。
「……商売?」
「うん」
レッドがさくやをじっと見た。
「……面白いやつやな。まあ、入れ」
リアンが小声で言った。
「……さくや、ほんまに大丈夫か」
「大丈夫。レッドは話が通じる」
「どこからそんな自信が」
「捕まってた時に、わかったから」
リアンが首を振った。
「……オレには真似できへん」
■ 武器の工場
島の中に入ると、熱気が漂っていた。
工場があった。
大きな工場だった。炉が何基も並び、鉱石が溶かされていた。島のレッドたちが、黙々と作業している。
刀が並んでいた。銃が並んでいた。鎧が並んでいた。全部、精製された金属から作られた武器だった。
「……すごいな」
「この島の鉱石のおかげや」レッドが得意げに言った。「ここの金属は純度が高い。他の島じゃ作れへん品質や」
ジュウベェが刀を手に取った。
しばらく眺めた。
「……見事でござるな」
「わかるか」
「わかるでござる。これは、本物でござる」
レッドの目が、初めて少し動いた。
さくやが工場を見渡した。
「……これ、貿易に使えると思う」
「武器をか?」
「武器だけやない。金属の加工品全般。鍋でも、農具でも、作れるやろ?」
レッドが腕を組んだ。
「……作れるけど」
「うちの拠点で欲しがってる人はたくさんいる。リアンの島も、武器以外の金属製品は足りてへん」
レッドが笑った。
「……悪くない話やな」
「でしょ」
「ただ」レッドが言った。「オレだけじゃ決められへん」
さくやが眉を上げた。
「……誰かに許可が要るの?」
「ボスがいる」
リアンが固まった。
「……ボス?レッド、お前にボスがいるんか」
「そうや」レッドが外を見た。「ちょうどええ、ボスが来てんねん」
■ モーガン登場
一行が工場の外に出た。
リアンが小高い丘に目をやった。
固まった。
丘の上に、人が並んでいた。
ごつかった。
一人一人が分厚い体をしていた。腕が太く、表情がなく、腰に武器を下げている。
丘の上から裾野まで——どこまでも続いていた。
火山を背に、ごついのが居並んでいた。
誰も喋らなかった。
風の音だけが響いていた。
「……なんやあれ」
さくやが呟いた。
その群れの中央から、道が割れた。
一歩、また一歩。
重い足音が丘を下りてくる。
男が現れた。
大柄だった。小さきものとしては、明らかに規格外の体格だった。肩幅が広く、腕が太く、顔に古い傷がある。目が細く、まっすぐにこちらを見ていた。
「……さくや」リアンの声が震えた。「あれがモーガンや。近隣の海を支配してる男や。まさかレッドのボスがモーガンやとは——」
「知ってるの?」
「知ってる。オレの島が一番恐れてる男や」
モーガンが丘を下りてきた。
群れが道を開ける。
さくやの前で止まった。
モーガンはさくやを見た。
さくやはモーガンを見た。
モーガンは何も言わなかった。
火山の煙が、空に上っていた。
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