■第91話 小さきもの大航海編 神様が住む場所
誰も作り方を知らない神殿が、ジャングルの奥に眠っていた。
誰も消せない炎が、その闇を照らした。
それでも壁一面に広がる世界は、ずっとそこにあった——遥か昔、大海原を駆けた者たちの記憶が。
■ ジャングルへ
オウムが三羽、ちょんちょんとついてきた。
ジャングルに入ると、空気が変わった。
日差しが遮られ、涼しい。巨大な木々が空を覆い、幹の太さはさくやの何倍もある。根が地面から盛り上がり、枝が絡み合い、頭上に空がほとんど見えない。
鳥の鳴き声、虫の声、どこかで動物が動く気配。重なり合って、ジャングル全体が生きているように響いていた。
リアンが先頭を歩きながら言った。
「この道以外はやめといた方がええで」
「なんで?」
「迷うし、危ない。あっちの茂みとかな」
「何があるの?」
「見たことない動物がおる。うちも近づいてへん」
さくやがそっと茂みから離れた。
しばらく歩くと、道の脇に鮮やかな花が咲いていた。真っ赤で、大きくて、見たことのない形をしていた。
「……きれいやな」
「触ったらあかんで」
「え?」
「毒がある。虫を引き寄せて食べる花やから」
「食べる!?花が虫を食べるの?」
「めっちゃ食べる」
「南国こわい!!」
ジュウベェが花を見つめながら言った。
「……美しいものには毒があるでござるな」
「そうそう」リアンが頷いた。「綺麗なやつほど気ぃつけた方がええ」
ギャアッ——と何かが鳴いた。
さくやが飛び上がった。
「……なんやいまの!!」
「さっきの動物やと思う」リアンが振り返った。「近くにおるな」
「近くにおるの!?」
「道さえ外れんかったら大丈夫やって」
「その顔が全然安心できへんわ!!」
リアンが前を向いた。
道は歩きやすかった。木の根が邪魔にならないように脇に寄せられ、石が踏みやすいように並んでいた。
「……道、整備してるんやな」
「来やすい方がええやろ。何回も来てるうちにな」
「危ない動物がおるのに何回も来たの?」
「来たいから来た」リアンがさらりと言った。「それだけや」
さくやが苦笑いした。
「……リアン、やっぱりすごいな」
「できることはやってみる、そんな感じや」
■ 遺跡の外観
さらに進むと、巨大な木の根が現れた。
根は地面から何本も飛び出し、まるで足のように広がっている。太さはさくやの何倍もある。その根と根の間に——石の壁があった。
苔に覆われ、木の根が石に絡みついて、長い年月をかけて森の一部になっていた。
「……知らんと通り過ぎるな」
「最初は通り過ぎた」リアンが笑った。「三回くらい」
「三回も!?」
「オウムがおらんかったら今も気づいてへんかも」
リアンがオウムを見た。
オウムが三羽、入口の前でちょんちょんと足踏みしていた。
「……案内してくれたんや」
「めっちゃ助かった」
■ 暗闇の中へ
入口をくぐると、真っ暗だった。
リアンが迷わず壁に手を伸ばした。ろうそくがあった。
「定期的に設置してる。昨日も来てセットしてきた」
「一人で夜のジャングル来たの!?」
「懐中電灯持ってたから」
「そういう問題ちゃうやろ!!」
「まあ、ろうそくどこにあるか全部わかってるし」
リアンが笑いながら火をともした。
ぼんやりと、通路が見えた。
「順番に火をともしながら進む。ついてきて」
一本、また一本。ろうそくに火をともすたびに、石の通路が姿を現していく。
「……通路、綺麗やな」
「来るたびに掃除してる」
「なんで?」
「汚いより綺麗な方がええやろ」リアンが当然のように言った。「誰かが来た時のために」
「誰かって……うちら?」
「うちらとか、いつか来るかもしれん誰かとか」
さくやが通路の壁を触った。冷たく、ざらざらしている。でも地面は砂や埃がなく、きれいに掃かれていた。
何度も来て、整備して、掃除して、ろうそくを設置して——それをリアンは当たり前のようにやっていた。
「……リアン、すごいな」
「できることはやってみる、そんな感じや」
リアンがくすくす笑った。
外の音が消えた。
ジャングルの鳴き声も、風の音も、何も聞こえなくなった。
あるのは、炎の揺れる音と、自分たちの足音だけだった。
オウムが三羽、無言でちょんちょんとついてきた。
■ 広大な空間へ
通路を進むこと、しばらく。
突然、足音の反響が変わった。
遠くなった。
広い。
一歩踏み出すと——視界が開けた。
天井が消えた。
正確には、あるのだろうが、ろうそくの光が届かない。どこまでも高く、暗闇の中に消えていた。
壁も遠い。自分たちがいる場所が、空間のどの辺りなのかわからない。
「……でかい」
声が、遠くまで響いた。
「めちゃくちゃでかい」
「どうやって作ったの、これ」
「わからん。誰も知らん」
壁に何かが描かれているのはわかった。
でも暗くて、全体が見えなかった。
「……壁に何かある」
「見たらわかる」
「見えへんねん!!」
リアンが地面に目をやった。
「……あった」
■ 青白い炎
足元に、小さなかけらが落ちていた。青白く光っている。
「鉱石のかけらや」
「発掘したの?」
「できひん。何を使っても全然掘れへん。めちゃくちゃ硬い」
「じゃあなんでかけらが?」
「時々落ちてる。なんでかは知らんけど」
リアンがかけらを拾い上げた。掌の上で、淡い光が揺れた。
「これ、燃やせる」
「石に火がつくの?」
「つく。しかも消えへん」
「……どうやって知ったの?」
「前に試した」
「持ち出したの?」
リアンが首を振った。
「持ち出してへん。ここで試した。ここのものはここに置いとく」
「……なんで?」
リアンが少し考えてから言った。
「なんとなく、そうした方がええ気がして」
さくやが黙った。
リアンが落ちていたかけらに火をともした。
青白い炎が上がった。
消えなかった。
一分経っても、五分経っても、消えなかった。
炎は小さかった。でも光は強かった。青白い光が空間の中を広がっていく。天井に届いた。壁の端に届いた。
そして——
「……っ」
さくやが息を飲んだ。
■ 壁画の全貌
壁一面に、絵が描かれていた。
巨大だった。
描かれている人物が、さくやたちの何十倍もある。一人の顔だけで、さくやの全身より大きい。
その巨大な人物たちが——船に乗っていた。
海賊のような格好をした小さきものたちが、大海原を進んでいた。旗を掲げ、波を切り、風を受けて帆を張っている。表情は荒々しく、誇らしく、生き生きとしていた。
嵐の中で踏ん張っているやつ。知らない島の岸に立っているやつ。仲間と肩を並べて遠くを見つめているやつ。
青白い炎が揺れるたびに、絵の中の小さきものたちが動いているように見えた。
「……小さきものや」
「うん」
「昔の小さきものが……こんなに大きく描かれてる」
さくやがゆっくりと空間の中央に歩いた。
四方を見渡した。
壁は一面だけじゃなかった。
四方全て、天井まで——全部に絵が描かれていた。
島がある。大陸がある。知らない海がある。知らない場所がある。小さきものたちの船が、その全てを縦横無尽に進んでいた。
「……これ」
さくやが呟いた。
「世界の海や」
誰も何も言えなかった。
青白い炎が静かに揺れていた。
ジュウベェが天井まで見上げた。
「……全部、旅してたんでござるな」
「わからん」リアンも見上げた。「でも、ずっと前からここにある」
さくやが壁に近づいた。
一人の顔が、真正面にあった。さくやより何十倍も大きい顔。でも、見たことがある表情だった。
遠くを見ている目。
怖いけど、進んでいる目。
「……うちらと同じやな」
誰も答えなかった。
炎だけが、静かに燃え続けていた。
「……リアン、初めてここに来た時どうやった?」
しばらく間があった。
「……一晩おった」
「え?」
「圧倒されて、動けんくなって」リアンが静かに言った。「気づいたら朝やった」
さくやが壁を見上げた。
「……そっか」
「すごかった、ってそういうことや」
■ 光る地面
壁画の空間を抜け、さらに奥へ進んだ。
地面が光り始めた。
「……なにこれ」
青白い光が、地面から染み出すように広がっていた。一つだけじゃない。あちこちに、無数に。暗い空間の中で、地面が星空のように輝いていた。
「これが鉱石の本体や」
さくやが触れた。光が強くなった。
「……光が強くなった」
「触ると反応する」
「なんで光ってるの?」
「知らん」
「なんでかけらが時々落ちてるの?」
「知らん」
さくやが光る地面をしばらく眺めた。
「……知らんことだらけやな」
「うん」リアンが笑った。「でもそれでええ」
青白い炎と地面の光が重なり合い、空間全体がぼんやりと輝いていた。
天井も壁も見えない暗闇の中で、地面だけが星のように光っていた。
どこまで続いているのかわからなかった。
オウムが一羽、鉱石の前に静かに立った。
しばらく黙っていた。
「見るだけでええもんもある」
さくやが振り返った。
オウムは動かなかった。
「……どこで覚えたんやそれ」
オウムは答えなかった。
■ 遺跡を出る
帰り道、さくやがリアンに聞いた。
「なあ、リアン。また来るの?」
「来る」
「なんで?」
リアンが迷わず答えた。
「まだ知らんことがあるから」
さくやが頷いた。
「……行ったらわかる、ってそういうことか」
「うん」リアンが笑った。「でしょ」
ジャングルを抜けると、眩しい陽光が降り注いだ。
潮の匂いがした。波の音が聞こえた。
オウムが三羽、先に出て砂浜を歩いていた。
ちょんちょん。ちょんちょん。
「ヤッ——ヤッ——ヤッ——」
ジュウベェが思わず声を上げた。
「ヤッ——ヤッ——ヤッ——」「ヤッ——ヤッ——ヤッ——」「ヤッ——ヤッ——ヤッ——」
三羽が即座に返した。
さくやが笑った。
「……戻ってきたな」
リアンが笑った。
「せやな」
#小さきもの大航海編
#来たいから来た
#できることはやってみる
#ここのものはここに置いとく
#一晩おった
#圧倒されて動けんくなった
#これ世界の海や
#まだ知らんことがあるから
#見るだけでええもんもある
#ヤッヤッヤッで戻ってくる




