■第90話 小さきもの大航海編 リアンの島の一日
南国の島には、リアンが1000人いた。
全員陽気で、全員いい加減で、全員よく働いた。
さくやとジュウベェは、最後の一つだけ知らなかった。
■ 夜明け前から、始まっていた
夜が明ける少し前。
砂浜では100人のジュウベェが整列し、素振りをしていた。
「ヤッ——ヤッ——ヤッ——」
しばらくして、砂を踏む重い足音が近づいてきた。
白い巨大なオウムが、のっそりのっそりと砂浜を歩いてきた。ジュウベェの三倍はある。純白の羽に、目だけがカラフルに輝いていた。
オウムはジュウベェたちの横で止まった。
じっと眺めた。
「ヤッ——ヤッ——ヤッ——」
じっと眺めた。
「ヤッ——ヤッ——ヤッ——」
まだ眺めた。
しばらくして、口を開いた。
「ヤッ——」
止まった。
また眺めた。
「ヤッ——ヤッ——」
止まった。
「ヤッ——ヤッ——ヤッ——」
ジュウベェが素振りを止めずに言った。
「……列に入るでござるか」
オウムが隣に並んだ。
「構えるでござる」
オウムが羽を広げた。
「ヤッ——ヤッ——ヤッ——」
「ヤッ——ヤッ——ヤッ——」
「よいでござる。では早くするでござる」
「ヤッヤッヤッヤッヤッ——」
「ヤッヤッヤッヤッヤッ——」
「遅れるでないでござる」
「ヤッヤッヤッヤッヤッ——」
100人のジュウベェと三羽の白いオウムの掛け声が重なり合い、砂浜に響き渡った。
ジュウベェは真剣だった。
オウムも真剣だった。
■ 朝の島
朝霧の中、宿舎の扉が開いた。
さくやがぼさぼさの頭で出てきた。
目をこすりながら砂浜を見た。
固まった。
ジュウベェがオウムに向かって号令をかけている。オウムが羽を広げて応える。ジュウベェがまた号令をかける。オウムがまた応える。
二人とも、いたって真剣だった。
「……なんやあれ」
後ろからリアンが来た。
「随分好かれてるな」
「あのオウム、人に懐くの?」
「懐かへん」
「懐いてるやん!!」
「だから珍しいことやで」
さくやがもう一度砂浜を見た。
ジュウベェが号令をかけるたびにオウムが応え、オウムが遅れるとジュウベェが容赦なく注意する。オウムは黙って受け入れ、また羽を広げる。
さくやが小声で言った。
「……ジュウベェ、オウムに容赦ないな」
「真面目やから」
「オウムも真面目に受けてるな」
「気に入ったんやろな」
朝日が砂浜を照らし始めた。金色の光の中で、ジュウベェとオウムの掛け声が重なり合っている。
「……ええな」
さくやがぽつりと言った。
リアンが頷いた。
「せやな」
■ リアンは、もう働いていた
朝ごはんを食べようと集落に向かうと、島のリアンたちがすでに動いていた。
浜辺では網を引いている。果樹園では木の手入れをしている。工房では機織りの音がしていた。
「……みんな、もう働いてるんや」
「毎朝こうや」
「何時から?」
「夜明け前から」
さくやが目をこすった。
昨日あんなに陽気にはしゃいでいたリアンが、夜明け前から黙々と網を引いている。
「……全然知らんかった」
「言うてへんかったから」
「なんで言わへんの」
リアンが網を引きながらさらりと言った。
「聞かれへんかったから」
さくやは何も言えなかった。
■ 果樹園——果物追いかけ回し
朝ごはんを食べてから、リアンに島を案内してもらった。
最初に連れて行かれたのは、果樹園だった。
見渡す限り、様々な果物が実っていた。その中に、ひときわ目を引くものがあった。
黒紫色で、表面がぼこぼこしていた。大きさはさくやの頭ほどある。ところどころからドス黒い汁が垂れていた。
「食べてみ」
さくやがごくりと唾を飲んだ。目をつむった。かじった。
「……うわ。甘い。なんやこれ」
リアンがジュウベェに差し出した。
「……お断りするでござる」
「美味しいで」
「……このドス黒い汁が——断固お断りするでござる」
さくやとリアンが顔を見合わせた。
「食えや」「食えや」
「「食えや!!」」
ジュウベェが走り出した。
果樹園を走り回った。木と木の間を縫うように逃げるジュウベェ。果物を手に全力で追いかけるさくやとリアン。
「待つでござる!!」
「待てへんわ!!」
「果物を持って武士を追うでない!!」
「果物持って追ったらあかんルールはない!!」
オウムが三羽、果樹園の木の上からじっと見下ろしていた。
「……何してんねん」
「「「果物食わせてるねん!!」」」
「ふーん」
ジュウベェが大きな木の後ろに隠れた。さくやが反対側から回り込んだ。
「……捕まえた」
「……無念でござる」
「観念して食べい」
「……せめて自分でかじるでござる」
ぐちゃ。
顔に押し付けられた。
ドス黒い汁がジュウベェの顔中に広がった。
「……」「……」
「……あれ」
ジュウベェがぽつりと言った。
「うまいぞ」
「今更かい!!」「散々逃げ回っといて!!」
「……うまいぞ」
「二回言うな!!」
ジュウベェが黒い汁でぐちゃぐちゃの顔のまま、果樹園を歩き回り始めた。
「……他にもうまそうなものはないでござるか」
「さっきまで断固拒否しとったやろ!!」
「食べる前と後は別でござる」
オウムが木の上から言った。
「現金やな」
「「「そうやねん!!」」」
「ふーん」
■ 島を巡る
果樹園を出て、島を歩いた。
砂浜が一望できる高台に登ると、島全体が見渡せた。白い砂浜が弧を描き、その先に青と緑が混ざったような透き通った海が広がっている。
「……きれいやな」
「普通やけど」
「普通て言うな」
大きな船着き場では、島のリアンたちが荷物を積み下ろしていた。近隣の島との交易だという。金のこともあるが、まだ物々交換の方が早いこともある。
服の工房では、真っ青、真っ赤、鮮やかな黄色の布が広げられていた。島の植物から作った染料で、この色はここにしか出せないという。
さくやが布を手に取った。軽くて、さらさらしていた。
「……全部この島のものやな」
「ここにしかないから」
オウムが一羽、工房の入口にのっそりと現れた。
布を一瞥した。
「毎日やってるから綺麗なんや」
さくやが振り返った。
「……どこで覚えたんやそれ」
オウムは答えなかった。
■ シーフードパーティー、大騒ぎ
昼になると、浜辺に火が起こされた。
リアンが率先して動き始めた。
魚を捌き、貝を開け、エビを串に刺す。島のリアンたちと笑いながら、次々と料理を作っていく。
「……リアン、料理もするんや」
「するで」
「昨日からずっと働いてるやん」
「普通やけど」
さくやが貝をこじ開けようとした。貝が吹き飛んだ。
「「「あっ」」」
「……今のは見なかったことにしてください」
ジュウベェが魚を串に刺そうとして、刀で真っ二つにした。
「……」
「包丁使えや!!」
「刀の方が使い慣れておりまして」
「料理に刀を使うな!!」
200人のさくやと100人のジュウベェが浜辺に集まり、あちこちで貝が吹き飛び、魚が真っ二つになり、「辛い!!」「うまい!!」が重なり合っていた。
オウムが三羽、浜辺の端に立ってじっと眺めていた。
「……楽しそうやな」
リアンが笑いながら言った。
「せやな」
「島、気に入ったんやな」
「せやな」
さくやが突っ込んだ。
「……それオウムに言うてるの?うちらに言うてるの?」
「どっちでもええ」
三羽が顔を見合わせた。
「どっちでもええ」「どっちでもええ」「どっちでもええ」
「三羽で言うな!!」
リアンが笑った。
それが、その日一番の笑顔だった。
■ ジャングルの入口へ
午後、リアンが地図を広げた。
「神様が住む場所への地図や」
一行がジャングルへ向かった。
木々が高くなるにつれ、日差しが遮られていく。川の音が近くなる。
ジャングルの入口で、さくやが足を止めた。
木々の奥に、苔に覆われた石の柱が見えた。長い年月をかけて木の根が石に絡みつき、どこまでが木でどこからが石なのかわからなくなっていた。
「……あれが遺跡?」
「うん」
「今日は入らへんの?」
「急いで見るもんやない」
夕陽が木々の間から差し込み、石の柱が金色に染まっていた。
ジュウベェが静かに言った。
「……ずっとここにあったんでござるな」
「うん」
オウムが一羽、いつの間にか隣に立っていた。
「急いでも、石は動かへん」
ジュウベェが黙った。
さくやが振り返った。
「……どこで覚えたんやそれ」
オウムは答えなかった。
風だけが吹いた。
■ 夕暮れのオウム
砂浜に戻ると、夕焼けが空を染めていた。
白い影が三つ、ゆっくりと旋回し——まっすぐジュウベェの前に舞い降りた。
さくやの前でも、リアンの前でもなかった。
三羽が並んでジュウベェを見上げた。
「……また来たでござるか」
「ヤッ——ヤッ——ヤッ——」
「今は夕方でござる」
「ヤッ——ヤッ——ヤッ——」
「稽古は朝にするものでござる」
「ヤッ——ヤッ——ヤッ——」
「……やる気でござるか」
「ヤッ——ヤッ——ヤッ——」
「……しかたないでござるな」
ジュウベェが構えを取った。
「ヤッ——ヤッ——ヤッ——」「ヤッ——ヤッ——ヤッ——」
さくやが笑いながらリアンに言った。
「また始まったで」
「せやな」
「ジュウベェ、夕方も稽古するんやな」
「真面目やから」
「オウムも付き合うんやな」
「気に入ったから」
しばらく眺めていると、ジュウベェが号令をかけた。
「では次、さくや殿も加わるでござる」
「え?」
「切腹するでござる!!」
さくやがジュウベェの口調を真似した。
三羽が一斉にさくやを見た。
「切腹するでござる!!」「切腹するでござる!!」「切腹するでござる!!」
「オウムまで言うな!!」
ジュウベェが頭を抱えた。
「……拙者の切腹が島中に広まるでござる」
しばらく騒いだ後、三羽がすっと静かになった。
夕陽が水平線に近づいていた。
一羽がぽつりと言った。
「笑うのはただや」
誰も何も言えなかった。
波の音だけが続いた。
「……深いでござる」
さくやが空を見上げた。
「……どこで覚えたんやそれ」
オウムは答えなかった。
三羽が大きな翼を広げ、夕焼けの空へ飛び立っていった。
リアンが空を見ながら言った。
「ええ一日やったな」
さくやが笑った。
「せやな」
■ 夜の島
夜になると、虫の声が重なり合い、たいまつの炎があちこちで揺れていた。
さくやが空を見上げると、星が信じられないほど多かった。
「……星、こんなにあったんや」
「海の上やともっと多い」
「上も下も星になる」
「……見てみたいな」
「いつか見せたるわ」
砂浜ではジュウベェたちが夜の素振りを始めていた。
ヒュッ——ヒュッ——ヒュッ——
暗闇の中から声が聞こえた。
「ヒュッ——ヒュッ——ヒュッ——」
「……御主たち、まだおったでござるか」
返事はなかった。
波の音が、夜の静寂に溶けていった。
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#急いでも石は動かへん
#切腹するでござるが島中に広まる
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