■第87話 海賊激闘編 百の刃と赤いボタン
静寂は、突然終わった。
刃が月に光り、海が炎に染まった。
それでも小さきものたちは、前へ進んだ。
■ 静寂を破る襲撃
夜の海は鏡のように静かで、満月が水面に銀色の道を描いていた。
さくやが甲板の手すりにもたれ、遠くの島影を眺めていた。
「明日には……絶対救い出せる」
そう呟いたその時だった。
水面に、黒い影が浮かんだ。最初は小さな点だった。しかし動きには明確な意図があった。じわりじわりと、しかし確実に近づいてくる。
「……来よった」
さくやの声が低くなった。
影は瞬く間に大きくなり、小型ボートの輪郭がはっきり見えた。赤いバンダナを巻いた者たちが、音もなく近づいてくる。一艘、二艘、三艘……次々と現れる。
「全員、起きて!!」
さくやの声が甲板に響いた瞬間、リトルレッドたちが一斉に乗り込んできた。
その数、ざっと三百人。
錆びた剣、重い斧、鈍く光る武器が甲板を埋め尽くす。どこを向いても赤いバンダナだらけだった。
「おとなしゅうしとけや。痛い目見たくなかったらな」
低く、冷たい声だった。笑いも余裕もない。仕事として来ている、そういう目をしていた。
甲板の空気が凍りつく。
■ ジュウベェ、覚醒
船室から、一つの影が静かに現れた。
リトルジュウベェだった。
いつもの軽口も、切腹ネタも、今この瞬間だけは消えていた。目が、違った。
「……仲間に、手を出すな」
静かな声だった。しかしその言葉が甲板に落ちた瞬間、リトルレッドたちの動きが止まった。
抜刀。
月光に照らされた刀身が、銀色の光を放つ。
第一陣が殺到した。しかしジュウベェの動きは流水のように滑らかだった。刀を鞘に収めたまま、体捌きだけで一人目を投げ飛ばす。二人目を躱す。三人目の腕を取り、地面に叩きつける。
「な、なんやこいつ……!」
「ただの武士ちゃうぞ!!」
レッドたちが叫ぶが、ジュウベェの表情は冷静そのものだった。師匠の教えが、体を通して自然に繰り出される。次々と海賊たちが転がり、縄で縛られていく。
さくやが呆然と見つめていた。
「……ジュウベェって……そんなに強かったんや……」
「当然でござる。ただ、普段は出番がないだけでござる」
縄を結びながら、ジュウベェがさらりと言った。
■ 炎上する海
「さて……」
さくやの目が険しく光った。
撤退しようとする小型ボートを見据え、指がスイッチに触れる。
ボンッ——
小型ボートが轟音とともに吹き飛んだ。火花が夜空に舞い、海面に白い水柱が立つ。
「逃がさへんで」
さくやが静かに言った。
ジュウベェが縛り上げた海賊を見下ろし、刀を抜いた。目がギラリと光る。
「拙者……人の皮を剥いだことはないのでござるが……」
「ちょっと待って!!」
さくやが全力で割り込んだ。
「それ、やらんでええから!!絶対やらんでええから!!」
「しかし社長殿が……」
「社長もそんなこと言うてへん!!たぶん!!」
「……たぶん、でござるか」
「……たぶん、や」
二人の間に微妙な沈黙が流れた。縛られたレッドたちが、その会話を聞きながら青ざめていた。
■ リアンの決断
その時——沖合から、黒い影が迫ってきた。
リトルレッドの大型船だった。船首には巨大なドクロマーク。武装した海賊が甲板にびっしりと並んでいる。
「増援……!」
さくやが息をのんだ。
操縦席のリアンは、赤いボタンを見ていた。
昨日、島を一つ消したボタン。押してはいけないと、全員がわなわなしながら決めたボタン。
「……まあ、ええか」
リアンがあっさり言った。
「ちょ、待って——」
「ごめんなさいやで~」
にっこり笑いながら、リアンが赤いボタンを押した。
カチッ。
どごぉぉぉおおおん!!!
巨大な水柱が立ち、リトルレッドの大型船が木片と帆布に変わって空中を舞う。衝撃波が海面を駆け、遠くの島々まで届いた。
甲板の全員が吹き飛ばされそうになりながら、手すりにしがみつく。
静寂が戻ってきた。
「…………リアン」
さくやがぼそりと言った。
「なに?」
「『ごめんなさいやで~』って……なんやねん」
「ごめんなさいやで~」
「今言うな!!そして笑うな!!」
「でも、大型船おらんくなったやろ」
「……それはそうやけど!!」
甲板に怒号とため息が重なった。
■ 島への上陸
黒い岩の要塞が、目の前に迫っていた。
「……青いボタン、押したら上陸できるかな」
リアンが操縦席でぽつりと言った。
「押さんといて!!」
さくやたちの声が重なった。
「絶対押さんといて!!」
「でも——」
「別の方法で上陸する!!ボタンは触らん!!」
小型ボートを降ろし、岸壁に向かう。崖をよじ登り、要塞の壁を乗り越える。ジュウベェたちが先頭に立ち、残党を次々と制圧していく。
建物の奥へ、奥へ——
そして、牢屋の扉の前に辿り着いた。
■ 感動の再会
扉を蹴破った瞬間——
「遅いやないかーい!!」
捕らわれていたさくや100名が、満面の笑顔で立っていた。
疲れた様子もなく、元気いっぱいに手を振っている。
「……めっちゃ元気やん」
救出に来た側のさくやが、思わず脱力した。
「当たり前やん!ここのご飯、意外とおいしかってんで!」
「そっちの話は後で!!」
ジュウベェが目に涙を浮かべながら言った。
「……無事で、よかったでござる……本当に……よかった……」
その言葉に、牢屋の中のさくやたちも、救出に来たさくやたちも、全員の目に涙が光った。
リアンは扉の前で、静かに笑っていた。
「帰ろう。みんなで」
■ 夜の海へ
全員を乗せた船が、夜の海を進んでいく。
「ジュウベェ、麻袋の中で何回切腹したん?」
「……数えておらぬでござる」
「だいたいでええ」
「……七回でござる」
「多!!」
笑い声が波音に混じって広がっていく。
リアンは舵を握りながら、仲間たちの笑顔を見渡した。全員いる。全員無事だ。
「……帰ろ」
その一言が、夜の海に静かに溶けていった。
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