■第86話 海賊激闘編 赤いボタンは押したらあかん
夜明けの海は美しく、そして容赦がなかった。
無人島が一つ、消えた。
仲間の顔を思い浮かべながら、船は進む。
■ 夜明けの海へ
深夜の出航から数時間が過ぎ、東の空がうっすらと白み始めていた。
船首が立てる波しぶきが朝陽に照らされ、虹色に輝いて見える。しかしその美しさとは裏腹に、甲板には緊張が満ちていた。潮風が髪を撫で、波しぶきが木の甲板を濡らすたび、全員の胸が高鳴った。
リトルジュウベェたちは甲板の隅で座禅を組み、目を閉じていた。
「南無……」
静かな読経が波音に混じる。
「……ジュウベェ、朝からそんな顔せんといて、怖いから」
さくやが小声で言うと、ジュウベェは目を開けた。
「拙者、精神統一でござる。怖い顔はしておらぬはずでござるが……」
「めっちゃしてる」
リトルさくやたちは医療用品を最終チェックしながら、そんなやり取りに苦笑いを浮かべた。
■ 震える手で、武器を点検する
甲板では、各自が武器や装備の点検を始めた。
師匠が用意した特殊装備が、朝日に照らされて鈍く光っている。小型マシンガン、手榴弾、ロケット弾——どれも小さきもの用に特別設計された兵器だ。
「……なあ、これ……本物やんな」
さくやが手榴弾を両手で持ち、声が震えていた。
「本物でなければ意味がないでござるが……拙者も、これほどの武器は初めて見るでござる」
ジュウベェの手も、微妙に震えていた。
「マシンガンって……1分間に1200発って書いてあるで……」
「読まんでええ!怖なるから!」
「ロケット弾の射程距離が……」
「読まんでええって言うてるやろ!!」
リアンが武器の説明書を静かに閉じた。
「……師匠、ほんまにすごいもん用意してくれたなあ」
「すごいというか……怖いというか……」
「両方でござる」
三人でしばらく武器を見つめ、誰も何も言わなかった。
■ 爆音社長の最高傑作
「なあ、この船……めっちゃ速くない?」
さくやが風に髪をなびかせながら言った。
爆音社長の設計した特殊エンジンが生み出す速度は、まさに異常だった。船首が海面を切るたびに白い泡が後方へ引き裂かれていく。普通の船の二倍、三倍の速さで波を蹴散らしている。
「エンジン、快調すぎるくらい快調や!」
エンジンルームから嬉しそうな声が上がる。トラブルなど一つもない。爆音社長が三日三晩かけて作り上げた最高傑作は、完璧に機能していた。
「社長……ほんまにすごいわ」
さくやが船体を撫でながら、しみじみと言った。
「アタシの仲間攫ったこと、後悔させたるわ——そんな社長の気持ちが、この船に詰まってる気がするな」
リアンが静かに頷いた。
「絶対に仲間、連れて帰ろな」
操縦席でリアンが海図とにらめっこしながら呟く。
「風向きよし、潮の流れよし……このまま行けば夕方には着けるはずやけどなあ」
海で育った彼の勘が、敵の居場所へと船を導いていた。
■ 赤いボタンは、押したらあかん
夕暮れ時、前方に小さな無人島が見えてきた。
夕日に照らされ、平和そのものに見える。海鳥が飛び回り、波が静かに岸を洗っていた。
「なあ、あの島……」
リアンが操縦席から身を乗り出した。ふと、目の前のパネルに並ぶボタンに目が止まる。赤いボタン。緑のボタン。青いボタン。
「このボタン……なんやろ」
「触ったらあかんやつちゃう!?」
さくやが慌てて言ったが、一瞬遅かった。
カチッ。
軽やかな音とともに赤いボタンが押された。
次の瞬間——
どごぉぉぉおおおん!!!
轟音が甲板を揺るがした。閃光が走り、海と空が一瞬にして真っ白に染まる。衝撃波が船体を激しく揺さぶり、全員がへたり込んだ。
そして静寂。
無人島が、跡形もなく消えていた。波だけが静かに揺れている。
「…………」
誰も動けなかった。
甲板の全員が、わなわなと震えていた。さくやの膝が笑っている。ジュウベェの刀を持つ手が小刻みに揺れている。リアンの顔から血の気が引いていた。
長い沈黙の後、リアンがゆっくりと立ち上がった。
震える手でマジックペンを取り出し、赤いボタンにドクロマークを描いた。手が震えすぎて、ドクロが何だかよくわからない形になった。
それでも、なんとなく伝わった。
「……今のは……何をしたでござるか……」
ジュウベェがわなわなしながら呟く。
「……ボタン、押しただけやけど……」
リアンの声も震えていた。
「押しただけって……!!」
さくやも震えながら叫んだ。
「島が……消えたんやけど……消えたんやけど……」
「……うん……消えたな……」
「なんで……そんな冷静なんや……」
冷静ではなかった。リアンの手は、まだ震えていた。
「……これ、押したらあかんやつやったわ……」
「今気づいたんか……!!」
ジュウベェがわなわなしながら刀を鞘に収めた。
「……これが、師匠の言っていた『片付ける順序』でござるか……」
「絶対違う……!!」
甲板に大きなため息が広がった。無人島一つ分の静寂が、しばらく続いた。
■ 迷子の一日
翌日、海はただ青く広がり、目的の島はまだ見つからなかった。
「レッドのやつ……この辺におるはずやねんけどなあ……」
リアンが海図を見ながら眉をひそめる。
「丸一日以上探してるやん……」
「根性が足りぬのでござろうか……」
「いや、そういう問題とちゃうと思う」
甲板のあちこちでうとうとする者も出始めた。緊張と疲労が重なっていく。それでも誰も諦めなかった。さくやとジュウベェの顔が、全員の胸に浮かんでいるからだ。
■ 発見——黒い岩の要塞
さらに翌日——
「見えた!!」
見張り台から歓声が上がった。
黒く険しい岩肌が海面から突き出し、荒れ狂う波に打たれる険しい岸壁。まるで海そのものが作り上げた要塞のようだった。島の頂上付近には、赤い旗がはためいている。
「あそこに仲間がおる……!」
さくやが双眼鏡を覗き込んだ。建物の中に人影が動いているのが見えた。
「よっしゃ……救出するで!」
長旅の疲れが、使命感で吹き飛んだ。全員の目に、再び火が灯る。
■ 水面下の包囲網
その時、すでに罠は仕掛けられていた。
リトルレッドたちは昨日から小さきものたちの船を追跡していた。無人島が消えた瞬間も、遠くから双眼鏡で観察していた。
「……あの船、やばないか」
「ああ。普通の船とちゃう」
「武装もしとる。慎重にいかなあかんな」
軽口も笑いもない。リトルレッドたちは静かに、冷静に状況を分析していた。
「島に近づいたところで囲む。逃げ道を全部塞いでから動け」
全員が無言で頷いた。
小さきものたちは島に目を奪われ、水面下で静かに広がる包囲網に、まだ気づいていなかった。
■ 嵐の前の静寂
海風は穏やかに見えるが、甲板の空気は張り詰めていた。
赤い旗がはっきりと見え、建物の中の人影も確認できる。
「いよいよやな……」
「必ず救い出すで」
リアンが静かに舵を握り直した。さくやたちが各持ち場に就く。ジュウベェたちが刀の柄に手をかける。
水面下では、すでに戦いが静かに始まっていた。
——この静寂が、もうすぐ破られる。
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