■第85話 海賊激闘編 怒りよ、帆になれ
仲間の名を呼ぶ声が、夜の港に満ちた。
怒りが燃料となり、小さな船を押し出した。
海よ、今夜だけは道を開けてくれ——。
■ 深夜三時の港
深夜三時。
月は雲に隠れ、港は静寂に包まれていた。普段なら波の音だけがぽつりと響く時間帯。今夜は違う。どこかに張り詰めた空気が漂い、港全体が息をひそめているようだった。
工場では三日間の突貫工事で建造された新造船が、最後の仕上げを受けていた。爆音社長の部下たちが汗を拭いながら最終点検を続けている。溶接の火花が散るたびに、夜の闇がオレンジ色に染まった。
リアンは桟橋の端に立ち、暗い海を見つめていた。
「さくや……ジュウベェ……絶対助けに行くからな」
呟きが夜風に溶けていく。恐怖はある。しかし、それ以上に強い何かが、彼の足を前に向けさせていた。
■ 出航準備——210人の精鋭
桟橋に整列した小さきものたちの数は、総勢210人。
操縦担当のリトルリアン10名が舵輪の前に立ち、海図を最終確認する。海で育った彼らの経験が、この作戦の成否を握っていた。普段は穏やかな瞳にも、今夜だけは鋭い光が宿る。
「風向きは北西、潮の流れはこっち……よし、いける」
リアンが仲間に頷くと、全員が静かに頷き返した。
リトルさくや100名は各部署に散り、医療班・補給班・通信班——救出作戦に必要なすべてを支える準備を整えていた。
「準備はええ?」
リーダー格の声に、全員が力強く頷いた。
■ 師匠の、矛盾だらけの激励
現場監視システムを通じ、師匠の声が桟橋に届いた。
いつもの穏やかな声だった。しかし、どこかが違った。
「みなさん……まず、無理はしないでください。命が一番大事ですから」
小さきものたちが頷く。
「危険だと思ったら、すぐに撤退してください。帰ってくることが最優先です」
「はい」
「ただ……」
師匠の声が、わずかに揺れた。
「……必ず、助けてきてください」
誰かが小さく首を傾けた。
「逃げていい、でも助けてこい……ということですか?」
「そうです。安全に、でも確実に」
「……どっちですか?」
「両方です」
静寂が流れた。
「危険を冒さずに……でも絶対に救出して……できれば全員無事で……でも無理はせず……」
師匠の言葉が続くほど、矛盾が積み重なっていく。普段は決して感情を表に出さない師匠が、言葉を選びながら、それでも想いが溢れて止まらない。
「とにかく……みんなのことが、心配で……」
その瞬間、甲板の空気が変わった。
誰も笑わなかった。誰もツッコまなかった。
師匠がこんな顔をするのを、誰も見たことがなかった。いつも冷静で、いつも的確で、いつも答えを持っている師匠が——仲間への想いで、言葉を失いかけている。
リアンの目に、静かに涙が浮かんだ。
「……師匠、わかりました。全員で帰ってきます。さくやもジュウベェも、絶対連れて帰ります」
師匠はしばらく黙っていた。
「……よろしくお願いします」
それだけだった。でも、その一言に、すべてが詰まっていた。
甲板のあちこちで、小さきものたちが目を拭っていた。
■ 爆音社長、怒りの檄
静かな余韻を一瞬で吹き飛ばしたのは、現場監視システムから響いてきた爆音社長の声だった。
「よっしゃあ!全員聞けえ!!」
甲板の空気が震えた。
「アタシの可愛い仲間たちを攫いやがって……リトルレッド、絶対に許さへんで!!」
怒りと情熱が混ざり合った声が夜の港を揺るがす。
「全員生きて帰ってこい!仲間も全員連れて帰ってこい!それだけや!!」
「社長!!」
「絶対帰ってきます!」
「仲間、取り戻してきます!!」
声が重なり合い、夜の港に響き渡る。
「行ってこーい!!!」
爆音社長の最後の一声が、全員の背中を押した。
■ 百の刃が、月を刺す
リトルジュウベェ100名が、甲板の中央に整列した。
一人一人の表情は、いつもと違う。軽口も、切腹ネタも、今この瞬間だけは消えていた。
リーダー格のジュウベェが、静かに口を開いた。
「仲間を救えなければ——それは万死に値する」
その言葉を合図に、100本の刀が一斉に鞘から引き抜かれた。
シャッ——という音が重なり合い、まるで一つの大きな音になった。
100本の刃が、月に向かって一斉にかざされる。
月光が刃に反射し、甲板全体が銀色に輝いた。
誰も言葉を発しなかった。波の音だけが響いている。
その光景を見ていたリトルさくやの一人が、小声で呟いた。
「……かっこいい」
隣のさくやが頷く。
「うん……ちょっと泣きそう」
リアンも舵を握りながら、その光景を目に焼き付けた。怖くない、とは言えない。でも、これだけの仲間がいる。それだけで十分だった。
■ 出航
帆が大きく膨らんだ。
海風が甲板を駆け抜け、船体がゆっくりと桟橋を離れていく。港に残る小さきものたちが手を振り、声を振り絞る。
「行ってらっしゃい!」
「絶対帰ってきて!」
「さくやたちを頼みます!」
リアンは舵を握りながら、仲間たちの顔を見渡した。210人の目に、恐怖と決意が混じり合っている。それでいい。怖くて当然だ。それでも進む——それが勇気というものだと、リアンは思った。
「みんな、行くで」
静かだが、確かな声だった。
船は夜の海へと静かに進み出した。波を切る音が夜に響く。
遠ざかる港の明かりを、リアンはいつまでも見つめていた。
——水平線の向こうに、仲間が待っている。
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