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■第38話 西の岩山編 霧を越えて

小さな手が最後の壁に挑むとき

霧の向こうに待つ奇跡を信じて

ついに辿り着く、夢見た頂の世界


■最後の難所への挑戦

 岩山の中腹を超えて、最終アプローチが始まっていた。強風が行く手を阻み、リトルさくやたちの前に立ちはだかるのは、天に向かって反り返った巨大な壁だった。

「なんか岩で上が見えないですね」 「これ、ほんまに登れるんか…」

 先頭を行く設置班の一人が、首をかしげてつぶやく。その先には、天に突き刺さるように反り返った岩肌が、まるで侵入を拒むようにそびえ立っていた。

 オーバーハング。登山家泣かせの、最難関の地形。

「ゴンドラは途中までしか届かない」 「ここからは完全に自力や」 「まあ、今までもそうやったけどな」 「そや、私らだけでここまで来たんやから」

 リトルさくやたちの表情に緊張は走ったが、これまでの経験が彼女たちに自信を与えている。

 アンカーを打ち、迂回ルートを探し、時には下りの階段を設置したりと、複雑なルートを設けながら、設置班は試行錯誤を続けた。

「ここにアンカー打つわ」 「風、えらい強いな」 「手袋飛ばされんようにせな」 「飛んだら素手でやるしかないな」 「そら無茶や」

 風の合間を縫って次の段を組み立てていく。先頭チームは、お互いを命綱で繋いでいた。

 ビュオォォォ——

 突然の突風に、一人のリトルさくやの手袋が吹き飛ばされた。白い手袋が、ふわりと空を舞い、下の霧の中へ吸い込まれていく。

「あー、やっぱり飛んだ」 「まあ、仕方ないな」 「みんなで交代で温めたろか」 「それしかないやろな」

 実用的な解決策で、淡々と作業を続ける。


■霧の中の挑戦

 霧は一層濃くなり、無線も雑音だらけになった。

「ザザザ…師匠…聞こえるか…ザザザ…」 「補給班…応答せえ…ザザザ…」

 補給班との連絡もままならず、ゴンドラでの物資輸送も困難になっている。

「見通し、3メートルくらいしかないな」 「雲の中におるみたいや」 「でも、止まるわけにはいかん」

 何度か中断を挟みながらも、少しずつ階段は伸びていく。慎重に、そして静かに——。

「次の足場、確認した」 「アンカー、しっかり入っとる」 「よし、次や」

 小さな声が霧の中でやりとりされる。

「そこにおるのは誰や?」 「私や。手、振っとる」 「見えへんけど、声は聞こえる」 「なんか不思議な感じやな」

 霧の中でも、彼女たちは冷静に作業を続けた。

 そして——

 最後の鋼材が、風の中にカンと音を響かせて固定された。設置班の5人が、互いに目を見合わせた。

「ついに…」 「最後の階段や」 「行くで」 「おう」


■天空の楽園

霧を抜けた瞬間——

世界が一変した。

目の前に広がったのは、この世のものとは思えない光景だった。どこまでも続く黄金の海。風になびく草原が、まるで生きているかのように波打っている。その波は地平線まで続き、遠くで空と溶け合っていた。

草の一本一本が陽光を受けて輝き、まるで無数の金糸で織られた絨毯のようだった。そよ風が吹くたびに、草原全体がさざ波のように揺れ、光と影が踊るように動いていく。

空は透明な青。雲は手が届きそうなほど低く、ゆっくりと影を草原に落としながら移動している。その影さえもが美しく、草原に模様を描いていた。

草の切れ間には、見たこともない白い花が点在している。風に揺れるその花々は、まるで星座のように草原を彩っていた。花びらが風に舞い散ると、それは雪のように舞い踊る。

さらに遠く、地平線の向こうには濃緑のジャングルが蜃気楼のように揺らめいていた。その境界線は曖昧で、まるで夢と現実の境目のようだった。

そして何より圧倒的だったのは、その静寂だった。風の音、草のささやき、遠くから聞こえる鳥の声。都市の喧騒とは無縁の、原始の静けさがそこにあった。

「……」

誰も言葉を発することができなかった。

美しすぎて、現実感が失われていた。まるで死後の世界、天国というものがあるとすれば、こんな場所なのかもしれない。

「これは…」

一人がようやく声を絞り出した。

「こんな世界が…あったんか」

別の一人が呟く。

「私ら、何を見とるんやろ」

リトルさくやたちは、自分たちが今立っている場所が、もはや地上ではないような錯覚を覚えていた。雲より高い場所にある、神々の庭園。

風が彼女たちの髪を撫でていく。その風さえもが、どこか神聖で優しかった。

「みんな、手つなごか」

一人の提案で、全員が手を取り合う。小さな輪ができて、みんなでゆっくりと回った。

「やったな…」 「ほんまに…着いた」

しかし、くるくる回り続けているうちに、だんだん雰囲気が変わってきた。

「あ、ちょっと待て」 「なんか…」 「やばい儀式みたいになっとる…?」

みんなハッとして、慌てて手を離した。

「今の私ら、怪しかったやろ」 「草原で輪になって踊るって、どこかの宗教儀式みたいや」 「師匠に見られんで良かったわ」

神聖な場所で変なことをしてしまった気がして、みんなで苦笑いした。


■頂上でのひととき

おもむろに座り込んだリトルさくやたちは、全員でおにぎりを取り出した。

「腹減った」 「そらそうや、めっちゃ動いたもん」 「このおにぎり、なんでこんなにうまいんや?」 「この景色のせいちゃう?」 「景色で味変わるんか?」 「知らんけど、なんかそんな気がする」

黄金の草原を見つめながら食事を取る。おにぎりさえもが、いつもより美味しく感じられた。

「師匠に報告せなあかんな」 「この景色、どう説明したらええんやろ」 「言葉で伝わるかな」

一人のリトルさくやが立ち上がって、無線機を取り出した。

「師匠、聞こえるか?」

ザザザ…

「こちら設置班、頂上に到達した」 「景色が…言葉にならんくらい、きれいや」

無線の向こうから、師匠の声が聞こえてきた。

「…よくやった。お疲れさま」

その一言で、みんなが小さくうなずいた。


■新たなスタート

今日、彼女たちは一つの山を制した。しかし、それは終わりではなく始まりだった。

「この先に、何があるんやろな」 「ジャングルの向こうにも、まだ未知の場所がありそうや」 「私らが知らん世界が、まだまだあるんやと思う」

黄金の草原を見つめながら、リトルさくやたちは静かに語り合った。

「でも、今日みたいに、みんなで力合わせたら…」 「どこでも行けるやろな」 「そや。一人やったら絶対無理やったことも、みんなやから」

一人のリトルさくやが、遠くの地平線を指さした。

「あそこまで行って、また違う景色を見たい」 「きっと、まだ見たことないような場所がある」

そして、はるか眼下に見える銀色の階段を振り返る。

「あれ、私らが作った道や」 「今度は、どんな道を作るか」 「もっと高く、もっと遠くへ」

小さな体に宿る大きな野心と、仲間への深い信頼。それが彼女たちの原動力だった。

風が草原を渡り、夕陽が空を染めていく。新たな挑戦への想いを胸に、小さきものたちの物語は続いていく。



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