第4話 小さな鉛筆 知らないひとたち
ベンチは、ちょっと冷たかった。
クローバーのにおいがして、空は明るいのに、ここだけ時間が止まっているみたいだった。
わたしはランドセルを足のあいだに置いて、ひもをぎゅっとにぎっていた。
帰りたくないわけじゃない。
でも、帰りたい理由も、なかった。
「……」
声を出すと、なにかがこわれそうで、黙っていた。
そのときだった。
――ざわ、ざわ。
草を踏む音。
でも、大きくない。
虫でも、風でもない。
顔を上げると、
小さいひとたちが、いた。
え?
……なに?
最初に思ったのは、それだった。
人、なのか、わからない。
でも動いてる。
しかも、いっぱいいる。
ちょっと、こわい。
逃げようと思った。
でも、足が動かなかった。
小さいひとたちは、わたしを見て、立ち止まった。
近づいてこない。
勝手に話しかけてもこない。
ただ、そこにいた。
一人が、そっと近くに座った。
声は、思ったより静かだった。
「……どうしたの。何年生?」
すぐには答えられなかった。
知らないひとに、学年を言うのは、ちょっと勇気がいる。
「……に、にねんせい」
言ったあと、胸がどきどきした。
でも、そのひとは「そっか」と言っただけだった。
それから、変なことが起きた。
誰も、答えを出そうとしなかった。
「それは大変だね」とも
「がんばってるね」とも
言われなかった。
代わりに――
となりに、猫を置かれた。
「この子、ちょっと気むずかしいけどね」
猫は、わたしを見て、しっぽだけ動かした。
触っても、怒らなかった。
気づいたら、泣いてなかった。
でも、笑ってもいなかった。
「おにぎり、あるけど……食べる?」
首をふった。
なんとなく、食べたら、ここにいた理由までなくなりそうで。
小さいひとたちは、うなずいて、立ち上がった。
帰るみたいだった。
その背中を見たら、急に、いやになった。
「……まって」
自分の声に、びっくりした。
それから、少しずつ話した。
クラスのこと。
名前を呼ばれなくなったこと。
ひとりでいると、楽だけど、さみしいこと。
話しても、何も変わらないのに。
でも、聞いてくれている感じがした。
うなずく。
黙る。
それだけ。
それが、なんだか、よかった。
その日、わたしは、ちょっとだけ笑った。
次の週。
また、ベンチに座っていた。
同じ場所。
同じ時間。
来ないかもしれない、と思っていた。
でも、来た。
今度は、お弁当を持っていた。
「……一個、あまってて」
そう言って差し出されたおにぎりは、少し小さかった。
前より、ちょうどよかった。
「……ありがとう」
そう言うと、みんなが、なぜか安心した顔をした。
お昼のあと、遠くで声がした。
同じクラスの子たち。
走ってる。
笑ってる。
胸が、きゅっとなった。
「……いってみる?」
聞かれて、首をふった。
「きょうは、いい」
本当は、行きたかった。
でも、行けなかった。
小さいひとたちは、集まって、なにか話していた。
作戦会議、らしい。
それから、わたしの前に並んだ。
「いっしょに、あそびに行こう」
「こわくなったら、帰ってこよう」
「できなくても、いいから」
誰も、「がんばれ」と言わなかった。
わたしは、立った。
足が、少しふるえた。
でも、歩いた。
一歩。
もう一歩。
気づいたら、走っていた。
誰かが「来た!」って言って、
誰かが笑って、
気づいたら、鬼になっていた。
走るの、ひさしぶりだった。
空が、明るかった。
夕方。
小さいひとたちは、遠くから見ていた。
手を振らなかった。
近づいてもこなかった。
それが、ちょうどよかった。
帰り道、ベンチは、もう冷たくなかった。
そのころ、知らない場所で。
「ただいまです……!」
小さいひとたちが、帰ってきたらしい。
「……今日も、皆で帰ってきました」
誰かが、静かに言った。
それだけで、十分みたいだった。
わたしは、まだ知らない。
あのひとたちが、誰なのか。
でも。
あの日から、
ひとりでいる時間が、少しだけ短くなった。
それだけで、よかった。




