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第3話 小さな鉛筆 巡回活動のはじまり

朝の光が、師匠の家の瓦屋根をゆっくりと照らすころ。

リトルさくやたちは、少しずつ仕事に慣れてきていた。

師匠のスケジュール管理。

資料整理。

お茶の準備。

ネコ台車の整備。

さくや城と呼ばれる小さな拠点も、いつの間にか形になり、

1000人の暮らしは、まだ雑然としながらも、どこか落ち着いていた。

けれど、ある朝。

代表のさくやの一人が、髪を結びなおしながら、ぽつりと言った。

「……なんか、

 毎日が同じ気がしますね……」

その場にいた何人かが、視線を床に落とした。

否定する者はいなかった。

最初は、目の前のことをこなすだけで精一杯だった。

でも今は、ほんの少し余裕がある。

その余白が、外の世界を意識させた。


午後。

代表のさくやが、師匠の書斎の扉をノックした。

「……あの……師匠……

 街に、出てもいいですか……?」

師匠はペンを止め、椅子を回して窓の外を見た。

庭の木が、風に揺れている。

しばらくして、淡々と答えた。

「ん……自由にしていいよ」

それだけだった。

でも、なぜか背中がすっと伸びた。


その日が、巡回活動のはじまりだった。

最初の巡回は、50人と3匹のネコ。

台車の車輪を確認し、手ぬぐいを巻き、点呼をとる。


「一番!」

「二番!」

「……五十番!」


昨日より、声がそろっていた。

気づいた誰かが、小さく胸を張る。

田んぼのあぜ道を抜け、街に入る。

地面すれすれの目線で、台車を引いて進む。

正直、とても目立っていた。

「……今の、見た?」

「見てない。見てないことにしよう」

「……うん」

街の人たちは、見ていないふりをした。

でも、リトルさくやたちは歩いた。

商店街、公園、漁港の手前。

日によって、ルートを変えながら。


すると、気づく。

空き缶。

ビニール袋。

たばこのフィルム。

「……多いですね」

「昨日より、ちょっと少ないです」

その声は、褒められてもいないのに、少し高かった。

「どうせなら、拾っていこうか」

誰も反対しなかった。


ネコ台車の荷台には、

ほうきとちりとりと白いゴミ袋。

小さな手でゴミを集め、並んでおじぎをする。

「おさきに、しつれいしますっ」

声は小さいが、足取りは軽い。

台車のきしみも、昨日より少ない。

八百屋の主人が、ぽつりと言った。

「……なんだか、心がきれいになるな」


ある朝、出発前の点呼のあと。

リーダー格のさくやが、師匠の袖をそっと引いた。

「師匠……

 あの……出発式を、してもらえませんか……?」

「出発式?」

「はいっ。

 整列して、旗を掲げて、

 師匠にひとこともらってから出発するんです」

師匠は少し考えて、うなずいた。

「……いいと思うよ」

翌朝。

庭には小さく整列した列。

ネコたちは周囲で毛づくろいをしている。

ʕ•ᴥ•ʔの旗が、風に揺れた。

師匠は白い手袋をつけ、一歩前に出る。

「……気をつけて。

 皆で、帰ってきてください」

その一言で、背筋がぴんと伸びた。

「はいっ!」

その日から、出発式は毎朝の習慣になった。

師匠の服装は少しずつ「警察署長っぽく」なり、

旗は毎晩、丁寧に洗われ、アイロンがかけられた。

ある日。

ゴミ回収業者のおじさんが、台車をのぞき込んだ。

「……これ、おまえたちが集めたのか?」

リトルさくやたちは、少し照れながら並んでおじぎした。

「ありがとうございますっ!」

おじさんは目を丸くしてから、笑った。

「こっちこそ、ありがとよ」

それから、回収は昼すぎに来てくれるようになった。

そのたびに、1000人が整列する。

街の人たちは、相変わらず声をかけない。

でも、商店の裏口にお菓子の箱が置かれる日が増えた。

清掃ルートに、分別されたゴミが並ぶ日もあった。

気づかないふりをして、今日も歩く。

リトルさくやたちは、

自分たちが何のために街を歩いているのか、まだよく分かっていない。

ただ、

師匠が「いいよ」と言ってくれたこと。

誰かの役に立っているかもしれないこと。

それだけで、

眠る前に思い出す理由としては、じゅうぶんだった。

師匠は今日も、旗の下で静かに言う。

「……気をつけて。

 皆で、帰ってきてください」

いちばん小さなさくやが、

いちばん元気に返事をする。

「はいっ!」

風が吹き、旗が揺れる。

ネコのあくびが、台車にこぼれる。

ちいさな足音と、

まだ名前のない誇りが、

今日も街を巡っている。


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