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■第30話 霧の谷編 言葉の無い出会い

言葉は通じない。

でも、絵があり、料理があり、祈りがある。

そして、すれ違いながらも、心は確かに繋がっていった。


■レイナ

少女の後をついていく。神殿を抜け、石畳の小道を進む。やがて、開けた広場に出た。

そこに、神殿から他のレイナたちもやってきた。

1000人。全員が金髪。全員が青い瞳。全員が白い服。まるで鏡を何枚も並べたような光景だった。

さくやたちは足が止まった。200人が、1000人に見つめられている。

「1000人おるで」「知ってる」「一緒やな」

先頭のレイナが何かを言った。

言葉は分からない。

でも、挨拶しているのだと分かった。

レイナたちが一斉に頭を下げた。

さくやたちも慌てて頭を下げた。

頭を上げると、1000人がこちらを見て微笑んでいた。

全員、同じ笑顔だった。

「天使が1000人や」


■絵で語る

広場に全員が集まった。さくや200人と、レイナ1000人。どうやって意思疎通するか、誰も分からない。しばらく全員が顔を見合わせていた。

一人のさくやが地面に棒で絵を描き始めた。吊り橋の絵のつもりだった。

レイナたちが近づいてきた。首を傾げた。全員が同じ角度で首を傾げた。「……橋や」「橋に見えへんの?」「見えへんな」「なんに見える?」「蛇?」「失礼やろ!」。

一人のレイナが地面に絵を描き始めた。速い。ものすごく速い。でも、丁寧だった。あっという間に、美しい吊り橋の絵が地面に描かれた。「……これが橋や」「さっきのと全然違う」「画力の差が残酷や」「でも通じた」。

それから、地面が絵で埋め尽くされていった。さくやが描く、レイナが解読できない、レイナが描き直す、さくやが感動する、というサイクルが延々と続いた。途中からさくやたちは描くのをやめて、レイナに全部描いてもらうことにした。「それでええんか」「ええねん、伝わるから」「合理的や」。

白い孔雀の絵が描かれると、レイナたちが一斉に祈るような仕草をした。


■レイナの料理への情熱

レイナたちがさくやたちを大きな食堂へ案内した。

奥では、数人のレイナたちが料理をしていた。

スープを味見する。何かを加える。また味見する。少し首を傾げる。さらに何かを加える。また味見する。今度は頷く。パンを焼く。焼き加減を指で確認する。完璧なタイミングで取り出す。はちみつを垂らす。量を目で測る。美しく盛り付ける。また確認する。料理への情熱がほとばしる。

「真剣すぎて近づけへん」「声かけてええんかな」「やめとき、集中してはる」。さくやたちは食堂の入口で固まっていた。料理中のレイナに近づけない雰囲気があった。まるで手術室の前で待っているようだった。

やがて、テーブルに料理が並んだ。スープ、パン、はちみつ。美しく盛り付けられている。良い匂いがする。さくやたちは席に座った。おなかがすいた。早く食べたい。

その瞬間――レイナたち、全員が祈り始めた。

「……あっ」さくやたちは手を止めた。レイナたちは目を閉じ、両手を胸の前で組んで、静かに祈る。

食材への感謝。料理への感謝。命への感謝。

その祈りは美しかった。

神聖で、静かで、温かかった。

さくやたちも、なんとなく手を組んだ。

何に祈るか分からないまま、でも一緒に祈った。

祈りが終わる。

レイナたちが微笑んで、食べ始めた。さくやたちも食べ始めた。

スープを一口飲んだ瞬間、さくやは目を見開いた。野菜の甘み、絶妙な塩加減、ハーブの香り。温かくて、心に染み込むような美味しさだった。パンはふわふわで、外はカリッとしていて、はちみつをつけると、さらに美味しい。

「……これ、愛情や」「料理に、愛情がこもってる」「あの真剣さは、伊達やなかった」。

レイナたちが微笑んでいる。美味しいという顔は、言葉がなくても伝わるらしかった。

食事が終わった。さくやたちが席を立とうとしたとき――レイナたち、また祈り始めた。

「……また?」さくやたちは顔を見合わせた。「食後も祈るんや」「食前も祈ったやん」「両方や」「丁寧やな」「……まあ、ええか」。

 

■神殿での祈り

食後、レイナたちが再び神殿に向かった。さくやたちもついていく。

神殿の中で、レイナたちが祈り始めた。全員が静かに目を閉じる。胸に手を当て、呼吸を整え、祈る。その姿は神秘的で美しかった。神聖な空気が神殿を満たしている。

さくやたちは背筋を伸ばした。

「……また祈ってはる」「食前、食後、神殿」「三回目や」「数えてたんか」「数えてしまった」。小声でそんなことを言いながらも、さくやたちはじっと見ていた。レイナの唇がわずかに動く。何かを唱えているのだろう。その声は聞こえない。でも、確かに感じられる。祈りの力が、空気に満ちている。


■空き家へ

夕暮れ時、レイナたちがさくやたちを村の空き家へ案内した。

扉を開けた瞬間、さくやたちは歓声を上げた。

「ベッドがちょうどいい!」「窓から外が見える!」「椅子に座れる!」「テーブルの高さが合う!」。

当たり前のことが、当たり前にできる。それだけで、これほど嬉しいとは思わなかった。

レイナたちがにこにこしながら見ている。さくやたちが何にそんなに感動しているのか、きっと分からないだろう。でも、嬉しそうにしているのは伝わっているらしかった。


■レイナの絵画への情熱

部屋に案内されると、壁には絵がたくさん描かれていた。さくやたちが橋を渡る絵。白い孔雀の絵。村の絵。今日描いたばかりの絵も、もう壁に飾られていた。「いつ描いたんや」「さっきまで一緒におったのに」「速すぎる」。

そして、一人のレイナが今まさに絵を描いていた。さくやの顔だった。ものすごい速さで、でも丁寧に描いている。筆が踊るように動く。色を重ねる。影をつける。「……早い」「めっちゃ上手い」「しかも楽しそう」「料理のときと同じ顔や」「確かに」。

描き終えたレイナが、さくやに見せた。そっくりだった。さくやの表情まで、完璧に捉えている。さくやは思わず自分の顔を触った。「……わたし、こんな顔してるんか」「してるで」「ちょっと恥ずかしいな」「でも上手いやろ」「めっちゃ上手い」。

「ありがとう」とさくやが言った。レイナが微笑んだ。伝わった気がした。

他のレイナたちも次々と絵を描き始めた。今日一日の出来事が、みるみる絵になっていく。

壁が、絵で埋め尽くされていった。

「レイナたち、絵を描くのが本当に好きなんやな」

「好きというより、呼吸みたいなもんやろ」

「料理も、祈りも、絵も」

「情熱がすごい」。


■祈りすぎ問題

ベッドに入ろうとしたとき――レイナたち、また祈り始めた。

「……また祈るん?」さくやたちは顔を見合わせた。

食事の前に祈った。食後に祈った。神殿で祈った。そして今、寝る前も祈る。「今日何回祈った?」「数えてた。四回目や」「多すぎひん?」「レイナたちにとっては普通なんやろ」「でも多い」「多いな」。

さくやがレイナに声をかけた。「あのな、祈りすぎちゃう?」レイナは首を傾げた。さくやはジェスチャーで説明した。祈る真似を何度も繰り返して、疲れた顔をする。レイナたちが顔を見合わせた。理解したようだった。

そして――また祈り始めた。

「……聞いてへん!!」さくやたちは笑った。「あかん、これ止められへんわ」「止めたらあかんのやろな」「呼吸を止めるなって言うようなもんや」「そういうことか」「たぶん」。

さくやはレイナたちの祈る姿を眺めた。神聖で、清らかで、温かい。うざいと思った自分が少し恥ずかしくなった。「……うざいけど、美しいな」「矛盾してるやろ」「でも、ほんまやもん」「それがレイナたちや」「そうやな」。

祈りが終わった。レイナたちが微笑んで、ベッドに入った。「おやすみなさい」とさくやが言った。レイナたちは首を傾げたが、寝る合図だと分かったようで、何かを言った。おやすみなさい、と言っているのだろう。部屋の灯りが消えた。


■初日の夜

静かな夜だった。

窓の外では、風が優しく吹いている。さくやは天井を見つめた。今日、橋を渡った。霧の向こうに来た。レイナたちに会った。言葉は通じなかった。でも、絵で語り合った。笑い合った。美味しい料理を食べた。祈りすぎに突っ込んだ。伝わらなかった。

それでも、温かい一日だった。

レイナたちは祈り、料理し、絵を描く。その全てに、情熱がある。真剣で、でも楽しそうで、全力で、止められない。好きなことに全力な人たちは、言葉が通じなくても、何かが伝わってくる。それが何なのか、さくやにはまだうまく言葉にできなかった。

隣の家では、レイナたちが静かに眠っているだろう。そして明日の朝、きっとまた祈るのだろう。

まあ、それでもいい。

さくやは目を閉じた。

小さきものたちの手の中で、新しい友情が、静かに、大きく、芽生え始めていた。

 

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