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■第29話 霧の谷編 白く輝く神殿に現れた金髪の少女

霧の中に、真っ白な橋が完成した。

その先に、白い村があった。

そして、1000人の少女たちが、静かに祈っていた。


■数週間の苦闘

橋の建設は、想像よりもずっと過酷だった。

風が強い日は作業が止まった。資材を運んでいたさくやが突風に飛ばされ、命綱で辛うじて助かったことが二度あった。霧が濃い日は視界がゼロになり、声だけを頼りに作業を続けた。ケーブルが強風で大きく揺れ、接合部が軋む音がするたびに全員が息を呑んだ。

それでも、誰も諦めなかった。

雨の夜も、風の朝も、さくやたちは現場に出た。タブレットの向こうで師匠が静かに見守り、爆音社長が「まだいけるやろ!」と叫び続けた。設計班は図面を何度も書き直し、測量班は霧の中で計測を繰り返し、記録班はすべてを記録し続けた。救急班は出番が多すぎて、途中から「また来ました」と言いながら駆け寄るようになった。

少しずつ、確実に、橋は伸びていった。

そしてある朝、霧が薄れた瞬間、橋の全体が姿を現した。真っ白な橋が、谷の上に静かに浮かんでいた。誰かが「……できた」と呟いた。それだけで、全員が泣いた。

 

■真っ白な橋

朝靄の中、さくやたちは橋の手前に並んで、ただ見上げていた。真っ白な橋。霧の中に溶け込むように塗装され、主塔の真ん中には大きなʕ•ᴥ•ʔマークが描かれている。誰も何も言わなかった。言葉が、出てこなかった。

測量班が最初に泣いた。次に記録班が泣いた。設計班は泣きながら手帳を開いて、また閉じた。連絡係はタブレットを師匠に向けたまま、肩を震わせていた。救急班だけが「泣いてる場合じゃないです、目が腫れます」と言ったが、一番先に泣いていた。

「白い孔雀みたいや」と誰かが呟いた。その言葉に、全員が頷いた。

タブレットの画面に映る師匠が、静かに言った。「よくできた。みんなで作った橋だね」その言葉に、さくやたちの胸がまた熱くなった。タブレットの向こうで爆音社長が腕を組んで橋を見ている。いつもの派手さはない。静かな、満足げな表情だった。目が、少しだけ潤んでいた。でも、誰も指摘しなかった。


■爆音社長のくす玉

前日の夜、爆音社長から荷物が届いていた。開けると、巨大なくす玉が入っていた。メモには一言だけ。「完成したら割れ」。どこで作ったのか、誰も聞かなかった。聞かない方が良さそうだった。きっと必死に用意してくれたのだと、全員が思っていた。

「よっしゃ、割るで!」誰かが巨大なくす玉を掲げた。紐を引く。パーンッ!くす玉が割れ、紙吹雪が舞い散る。キラキラと光る垂れ幕が降りてくる。「祝・北の谷吊り橋完成!」歓声が上がった。紙吹雪が風に乗って谷の方へ飛んでいった。「あ、全部飛んでいった」「ええねん、谷も祝ってもらえ」「そういうことにしよ」。さくやたちは笑い合った。やった。ほんまに、やったんや。

タブレットの向こうで爆音社長が「割れたか!よっしゃあ!」と叫んでいた。


■テープカット

橋の入口に、赤いテープが張られた。「代表で、さくやがやろう」「えっ、わたし?」「さくやが測量したやん。設計図も描いたやん」爆音社長がタブレット越しにさくやを指さした。「遠慮すんな!切ってこいや!」

さくやは大きなハサミを持った。手が震える。タブレットの画面の師匠が静かに言った。「さくや、せーの」

パチンッ!

赤いテープが地面に落ちた。歓声と拍手が谷間に響いた。さくやは、しばらくハサミを持ったまま動けなかった。


■師匠のメッセージ

爆音社長がタブレットを高く掲げた。師匠の声が全員に届く。「みんな、よくがんばった。この橋は、みんなで作った橋だ。200人の力が、この橋を作った」さくやたちは静かに聞いていた。「今から対岸へ渡る。霧の向こうに何があるか分からない。でも、みんなが一緒だから」師匠は少し間を置いた。「対岸に着いたら――一緒に、おにぎり食べましょう」

その言葉に、何人かがまた泣いた。さくやも涙を拭った。おにぎり、という言葉が、なぜかとても温かかった。画面越しでも、師匠は一緒にいる。そのことが、じんわりと胸に染みた。

爆音社長が声を張り上げた。「よっしゃ!行ってらっしゃい!気をつけてな!」「爆音社長は、来ないんですか?」「アタシは人間やからな。ここまでや」爆音社長は笑った。でもその目が、さっきよりもっと潤んでいた。「帰ってきたら、また一緒に飯食おうや」さくやは頷いた。言葉が出なかった。


■対岸へ

200人が橋を渡り始めた。

真っ白な橋。霧の中に溶け込んでいる。足元が見えにくい中、一歩また一歩と進む。先頭が霧の中に消えると、後ろの列が少し詰まった。「進んでる?」「進んでる、たぶん」「たぶんって何や」「霧で見えへん」「押さんといて」「押してへん、風や」。霧の中で200人がわちゃわちゃしながら、でも確実に進んでいく。

振り返ると、爆音社長が手を振っていた。タブレットの画面の師匠も、手を振っていた。さくやは手を振り返した。そして、霧の中へ。

対岸に着いた時、全員が大きく息を吐いた。振り返ると、真っ白な橋が霧の中に浮かんでいる。自分たちが作った橋が、白く輝いている。それだけで、十分だった。


■花びらの村

霧の中を慎重に進む。木々が茂り、鳥の声が聞こえる。風が優しい。手前側より温かい気がした。しばらく歩くと、霧が晴れた。

そこに、美しい村があった。石畳の道。白壁の家々。花が咲き誇る庭。小さな噴水。そして、村のサイズが――ちょうどいい。さくやたちの身長に合わせたような大きさ。家も、道も、すべてが適正サイズだった。

「ドアが開く」「椅子に座れる」「階段が登れる」「全部ちょうどいい」さくやたちは村の中をきょろきょろしながら歩いた。ここに、わたしらと同じくらいの大きさの誰かがいる。でも、静かすぎた。誰もいない。風だけが、花びらを運んでいた。


■白い神殿

村を抜けて、さらに奥へ。木々が茂る小道を抜けると、ひらけた場所に出た。

そこに、白い神殿があった。扉のない、柱だけで支えられた開放的な造り。白い石の柱が青空を支えるように並んでいる。柱と柱の間から、内部が見渡せた。

さくやたちは、その場で足が止まった。

神殿の中に、無数の少女たちが並んでいた。金色の髪。青い瞳。白い服。全員が同じ姿で、全員が両手を胸の前で組み、目を閉じて、祈りを捧げていた。その数、たぶん1000人。声はない。息遣いすら聞こえない。ただ、静寂の中で、1000人が祈っていた。

さくやたちは声を出せなかった。息を呑むことすら、はばかられた。

霧の中で白く輝く神殿と、金色の髪が光を受けて揺れる1000人の少女たち。

それはこの世のものとは思えない光景だった。

美しすぎて、神々しすぎて、どこか遠い世界のものを見ているようだった。

「……天使や」と誰かが囁いた。

「私たちと同じで1000人おる」と別の誰かが言った。

「天使が1000人や」「静かにして」「でも1000人や」「分かってるから静かにして」。

 

■最後尾の一人

その時、最後尾の一人が、ふと目を開けた。

さくやたちに気づいたのだ。少女はしばらくじっとさくやたちを見つめていた。

驚いた様子はなかった。ただ静かに、穏やかに、見つめていた。

そして、そっと列を離れた。

祈り続ける999人の中を、音もなく歩いてくる。金色の髪が揺れ、白い服の裾がなびく。霧の光を受けて、その姿が柔らかく輝いていた。天使が、歩いてくるようだった。

さくやたちは、誰も動けなかった。

少女がさくやたちの前に立った。小さな体。でも、どこか大きく見える。青い瞳が、さくやをまっすぐに見つめていた。敵意はない。警戒もない。ただ、温かい光がそこにあった。

さくやは恐る恐る神殿の中へ足を踏み入れた。

「こんにちは」とさくやが声をかけた。少女は首を傾げた。「ハロー」と別のさくやが言った。また首を傾げた。「ボンジュール」「なんで急にフランス語やねん」「他に知らんかった」。少女は三回首を傾げた。

さくやは手を振った。少女は首を傾げた。さくやはお辞儀をした。少女もお辞儀をした。

「通じた!」

「お辞儀は万国共通や」

「ほんまか」

「知らんけど」。

さくやは次に、自分を指さして「さくや」と言った。

少女は首を傾げた。もう一回。「さくや」。少女がゆっくり口を開いた。「……さくや?」「そう!!」さくやたちが一斉に反応した。少女が少し驚いた顔をした。「声でかすぎ」「テンション上がった」「分かるけど」。

少女が自分を指さした。「レイナ」と言った。さくやたちは顔を見合わせた。「レイナ」「レイナさん」「レイナちゃん」「どれや」「レイナでええやろ」。

レイナは微笑んだ。

その笑顔に温かさがあった。神々しいけれど、遠くない。美しいけれど、冷たくない。

レイナが手を差し出した。

さくやも手を差し出した。二人の手が触れた。温かかった。言葉は通じない。でも、それで十分な気がした。

後ろでは、999人がまだ静かに祈り続けていた。

レイナがさくやたちを手招きした。神殿の外へ。この村に何があるのか、まだ何も分からない。でも、レイナの背中が温かかった。さくやたちは、その後をついていった。

霧の向こうに、新しい世界があった。新しい友達が、待っていた。

小さきものたちの手の中で、新しい物語が、静かに、大きく、始まろうとしていた。





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