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■第248回 東の風雲編 平穏という名の嵐の前

平和な数日が、かえって不安を育てた。

空っぽの村に、生活だけが残っていた。

何かがいる。それだけは、確かだった。


■ 天守閣の攻防

 東の村での数日間は、拍子抜けするほど平和だった。

「なんや、結局何も起こらへんやん」

 さくやは天守閣の最上階から景色を眺めながら、少し物足りなさそうに呟いた。そして思いついたように言った。

「せや、もっと高くしよか。天守閣、もう三階くらい増築したら——」

「姫様、それだけは!」

 ジュウベェが血相を変えて飛んできた。

「なんでや?」

「ハウルの城のように、継ぎ接ぎだらけの奇妙な建物になってしまいまする!風が吹けば揺れ、雨が降れば軋み、いずれは歩き出すやもしれませぬ!」

「……そこまで言うか」

 結局、増築案は却下された。

 その後、鉄道に揺られてノブナガとシンゲンの村を訪れたが、そこでも何事も起こらなかった。むしろ歓待されすぎて、さくやは少々辟易していた。

「最後はお留守のマサムネのところやな」

 誰に言うでもなく、さくやは呟いた。


■ 開かれた門の向こう

 マサムネの村の門前には、ノブナガとシンゲンから選ばれた十名ずつの侍が集まっていた。重厚な木の門には、厳重な鍵が三つもかけられている。

「では、開けるでござる」

 ノブナガが鍵を回す。一つ、二つ、三つ。

 ガチャリ、ガチャリ、ガチャン。

 金属音が静寂を裂いた。両側から侍たちが門を押す。きしむ音を立てて、ゆっくりと門が開いていく。

 その向こうに広がっていたのは——

「……あかん」

 さくやの声が、やけに静かだった。

 村は、そこにあった。城も、建物も、道も、井戸も。全てがそのまま、何一つ壊されることなく残っていた。

 だが。

「物資が……全部ない」

 ユーリが村の中を走り回り、戻ってきた。

「誰もいないのはわかってた。でも——これはおかしい」


■ 引っ越しの翌日

 一同は村の中へ入った。最初の家の扉を開ける。次の家の扉を開ける。

 がらんとした空間。畳だけが残る部屋。食器棚には何もない。押し入れには布団一枚ない。

「まるで……」

 エレナが呟いた。

「引っ越しの翌日みたいです」

 そう、まさにそうだった。生活していた痕跡だけは残っているのに、生活そのものが消えている。食器も、鍋も、衣類も、農具も。マサムネが全員ヒジカタの街へ動員されたのはわかっていた。でも——物資まで全部消えているのは、話が違う。

「ヒジカタのところへ行くのに、米も鍋も全部持っていくか?」

 ラーシュが静かに言った。

「いかんやろ」

 さくやが頷いた。

「誰かが持ち出した」

 ユーリが短く言い切った。

 その言葉に、ノブナガとシンゲンの顔色が見る見る変わっていった。

「これは……これは……」

 ノブナガの声が震えた。

「拙者の不手際!マサムネ殿の村をお守りできなかった!この身、打ち首に値する!」

「いや!」

 シンゲンが叫んだ。

「拙者こそ責任を取るべき!四つの馬に手足を縛られ——」

「お二人とも!神よ、どうか許しを!」

 レイナまでもが跪いて祈り始めた。

「ちょ、ちょっと待て!」

「落ち着いてください!」

「誰も死にませんから!」

 一同が三人を止めるのに、しばらく時間がかかった。


■ 物資と警護

 ようやく落ち着きを取り戻したノブナガとシンゲンに、さくやは穏やかに語りかけた。

「なぁお侍さん。私たちしばらくここにおるから、当面の食料とか生活に必要なものを分けてくれへんか?」

 二人の顔が、今度は決意に満ちた表情に変わった。

「当然でござる!」

 ノブナガが力強く拳を握った。

「わが村の財産を全て持ち込むでござるよ!米も、味噌も、野菜も!」

「我らの村も同様に!そして、三百名全員で警護に参る!」

「まぁまぁ」

 さくやは苦笑した。

「気持ちだけでええわ。十人ずつお願いします」

「十人……」

「そのような少数で……」

「役に立てぬようでかたじけない……」

「だが!」

 ノブナガが顔を上げた。

「我らが誇る最強の十名を派遣するでござるよ!彼らは百人力でござる!」

「おおきに」

 さくやは笑顔で頷いた。


■ 何かがいる

 さくや、ラーシュ、エレナ、レイナの四人は、村の中を丹念に探索していた。

 争った痕跡が全くない。血痕も、壊れた家具も。

「略奪じゃなくて……丁寧に運び出した?」

 レイナが呟いた瞬間——

 ラーシュの耳が、ピクリと動いた。

 彼の全身が、一瞬で臨戦態勢に入る。筋肉が引き締まり、目が鋭く細められる。

「——何か、いる」

 低い、しかし響く声だった。

「城壁の向こう。複数。動いている」

「ユーリ!」

 彼の叫びが、空気を震わせた。

「外に何かいるはずだ!追え!」

「了解!」

 ユーリが即座に反応した。ヤマネコの鋭い鳴き声が響き、蹄の音が遠ざかっていく。

「何がおったん?」

「わからん」

 ラーシュは眉をひそめた。

「だが、気配の消し方が尋常じゃない。俺でも気づくのが遅れた」

「……プロってこと?」

「ああ」

 沈黙が落ちた。風が吹き抜け、空っぽの家々が静かに軋む音だけが聞こえた。


■ 逃げられた

 太陽が傾き始めた頃、ユーリが戻ってきた。

 ヤマネコの息が荒い。毛が汗で濡れていた。

「どうやった?」

 さくやが尋ねた瞬間、ユーリの表情を見て察した。

「……すまん」

 ユーリは悔しそうに唇を噛んだ。

「逃げられた」

「何かに乗ってたん?」

「いや」

 ユーリは首を振った。

「走って逃げた。木から木へ、飛び移りながら」

「ヤマネコも追った。でも……追いつけなかった」

 一同が息を呑んだ。

「あいつら」

 ユーリが続けた。

「細い枝を平気で渡っていった。三メートル、四メートルと枝から枝へ飛び移る。普通の動きじゃなかった」

「体が軽い分、細い枝を踏み台にできる」

 エレナが静かに言った。

「森の中では、小さきものの方が圧倒的に有利です」

「どんなやつだった?」

 ラーシュが遮るように尋ねた。

 ユーリは少し考えてから、言った。

「……変な頭してた」

「変な?」

「アフロみたいな、でかい頭。黒くてもこもこした髪が広がってた」

 さくやが噴き出しそうになるのを堪えた。

「服装は?」

「派手な着物。赤とか金とか。でも動きやすそうだった」

「数は?」

「五十人はいた」

「五十!?」

 ラーシュの目が見開かれた。

「そんなにいて、気配を完全に消してたってことか」

 重苦しい沈黙が、一同を包んだ。

 そして——

「まぁ」

 さくやが、にやりと笑った。

「ここの泥棒が発見できましたってことやな」

 その笑みには、挑戦を受けて立つ者の光があった。

「アフロ頭の、派手な着物の、忍者集団」

 さくやは腕を組んだ。

「面白くなってきたやん」

 空っぽの村に、夕日が差し込んでいた。赤く染まる城壁の向こう、どこかで五十人の影が息を潜めている。

 マサムネは今、ヒジカタの街にいる。村の物資は、なぜ全て消えたのか。そして、あの奇妙な集団の正体は——。

 物語は、新たな謎へと転がり始めた。




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