■第249回 東の風雲編 サスケ参上温泉上がり
追えば逃げ、逃げれば現れる。
からくりは、屋敷の外にもあった。
そして夜空に、黒い影が舞った。
■ 二手に分かれて
ノブナガとシンゲンから選ばれた精鋭、それぞれ十名ずつが合流した。さくや一行と合わせて、総勢七十名。
「これだけおったら安心やな」
さくやが言うと、ラーシュが首を振った。
「いや、全員で動くのは非効率だ。二手に分かれよう」
一つは、マサムネの村に残る班。もう一つは、あの忍者たちを追う班。
「ヤマネコは城壁の周囲を警戒してくれ」
ユーリがヤマネコの頭を撫でた。
「何か近づいてきたら吠えろ」
ヤマネコは低く鳴いて、闇の中へ消えていった。
■ 痕跡を追って
追跡班は、忍者たちが逃げた方向へ向かって歩き始めた。
「急いで逃げてるから、痕跡が残ってる」
ラーシュが地面を見ながら言った。
さくやは周囲を見回したが、何も見当たらなかった。
「何を見てるん?」
「折れた小枝、剥がれた苔、微かな匂い」
ラーシュは淡々と答えた。エレナとレイナも首を傾げている。
その時だった。
シャキン。
鋭い金属音が響いた。振り返ると、ノブナガが刀を抜いていた。神経を研ぎ澄まし、常に構えの姿勢を取っている。不審者を見つけたらその場で斬る——そんな凄まじい気迫を放っていた。
「ノブナガ殿、後ろをお願いします」
「御意」
一番後ろを歩くノブナガの殺気に、さくやは少し肩をすくめた。
そして前方では——
「絶対に見つけ出すでござる!」
シンゲンが鼻息荒く、ラーシュと並んで歩いていた。
「みんな、そんなに緊張するな」
ラーシュが苦笑した。
「攻撃的な相手なら、最初から逃げていないだろう」
「しかし!マサムネ殿の信頼を——」
「わかってる。だが、焦りは判断を鈍らせる」
侍たちも異論を唱えなかった。痕跡はまだ続いている。
■ 生活の匂い
どれくらい歩いただろうか。
「あ」
エレナが声を上げた。
「これ……道、ですよね?」
地面に、微かに踏み固められた痕跡がある。木々の枝も、人が通りやすいように払われている。
「生活の匂いがする」
レイナが呟いた。
「近い。だが——」
ラーシュが空を見上げた。木々の隙間から見える空は、すでに深い藍色に染まっていた。
「日が落ちる。今夜は野宿だな」
焚き火は焚かない。煙で居場所を知らせることになる。闇の中、侍たちは交代で見張りに立ち、さくやたちは木の根元で体を休めた。
■ のんびりとした夜
一方、マサムネの村。
日が落ちた城の中では、食事を済ませた一行がのんびりと過ごしていた。
「それでは、見張りに立つでござる」
ノブナガが立ち上がろうとすると、さくやが手を振った。
「人がおるのに盗人は来えへんやろ」
「ヤマネコが気づくから」
ラーシュが笑った。
「ゆっくり休もう」
侍たちも緊張を解き、城の中でくつろぎ始めた。
静かな夜だった。
——その時。
「グルルルルル……!」
ヤマネコの低い唸り声が響いた。
ラーシュとユーリが同時に立ち上がった。一瞬の躊躇もなく、天守閣の階段を駆け上がり、屋根へと飛び出した。
夜の闇。月明かりに照らされた城壁。その上に——
「いるな」
ラーシュが呟いた。
小さな、人の形をした影がいくつか見えた。そして——
上空を、何かが舞っていた。マントのようなものを手と足に繋ぎ、夜空を滑空する黒い影。一つ、二つ、三つ——いや、もっとだ。
「飛ぶんだな」
ユーリが呟いた。
「捕まえられる気がしないな」
「ああ」
二人は同時に、ある名前を思い浮かべた。シュウメイ。あの超人的な速度を持つ仲間と——同じレベルだ。
その時、黒い影たちが言い争っているような声が聞こえてきた。
「——誰かいるじゃねーか!」
「マジかよ!」
「どうすんだよ!」
「忍者だ」
ユーリが頷いた。
「追うのは無理だな」
「ああ」
二人は屋根から降り、皆のもとへ戻った。
■ 忍者の来訪
「相手は忍者だ」
ラーシュが告げた。
「追跡は不可能。シュウメイと同じレベルの速度を持ってる」
「なんと……」
侍たちが息を呑んだ。
「来る!」
ノブナガが刀に手をかけた。
その瞬間——
「まぁまぁ待て待て! 刀しまえしまえ!」
やたら陽気な声が響いた。
城の中庭に、一人の人影がふわりと着地した。
黒装束。頭には大きな頭巾。顔の下半分を覆う布。
間違いなく、忍者だった。
「ゴエモンか?変装してんやろ?」
その忍者が首を傾げた。
「いや、見たまんまや」
さくやが一歩前に出た。
「誰? 泥棒?」
「泥棒はゴエモンで! わしらは善良な忍者やっちゅうねん!」
「忍者って誰かの指示で動くんちゃうの?」
「マサムネには……」
忍者は少し考え込んだ。
「世話になったり、ならんかったり、やな」
「……どっちやねん」
「でな!」
忍者が続けた。
「そういえばゴエモン捕まえてくれ言われとったの、すっかり忘れとってん!」
一同が沈黙した。
「で、思い出してん。やばい怒られるわって思て慌てて来たら、あんたらがおったっちゅうわけや!」
■ リトルサスケ
「わし、リトルサスケ言うねん」
忍者はそう名乗った。
「マサムネとは知り合いでな。三国間戦争に投入される予定やってん」
「戦争?」
さくやが首を傾げた。
「ノブナガとシンゲンのやつ?」
「そやそや! けどあんたらが和平結んでもうたやろ? やから急に暇になってもうてん!」
「仕事なくなったんか」
「そういうこっちゃ! それで違う土地行こかなーって思てたら、マサムネから『最近泥棒おるねん、捕まえてくれへん?』って相談されてん」
「ほう」
「でもな!」
サスケは頭をぼりぼり掻いた。
「きれいさっぱり忘れとってん!」
「……依頼、忘れてたん?」
「忘れとった!」
「どのくらい?」
「完っ全に!」
さくやは目を丸くした。
「それで今日な、温泉入っててん」
「温泉!?」
「そしたらな、急に思い出してん! 『あ! マサムネに頼まれとったやつ!』てな!」
「温泉入っとる場合ちゃうやん!」
「せやろ!? わしもそう思てん!」
サスケが大きく頷いた。
「それで慌てて飛んできてん! 風呂上がりやから体ぽかぽかで、めっちゃ飛びやすかってん!」
「そういう問題ちゃうやろ!」
「いや、大事やで! 体温まっとる方が跳躍力上がんねん!」
「どうでもええわそれ!」
さくやは思わず突っ込んだ。周囲の侍たちが唖然としている。
「それでマサムネのとこ来たら?」
「おらんのや!」
サスケは両手を広げた。
「村、からっぽやんか! あれ、引っ越したんか?思てん!」
「引っ越してへんわ! 物資も全部なくなってるねん!」
「マジか!? それ大問題やないか!」
「大問題やねん! だから私らも困っとるねん!」
「なんやそれ! わし来るの遅すぎたんか!」
「遅すぎたんや! 温泉ゆっくり入っとる場合ちゃうかったんや!」
「ぐぬぬ……それは否定できへんわ……」
サスケが珍しく神妙な顔をした。
「てっきりあんたらがマサムネの新しい仲間かと思ててん」
「違うねん! 私らもゴエモン追いながら謎解いてるねん!」
「なんやそれ! じゃあ全員バラバラに同じことしとったんか!」
「そういうことやねん!」
「アホくさ!」
「あんたが一番アホくさいねん!」
さくやとサスケは、同時に額に手を当てた。
「……つまり」
さくやが整理するように言った。
「あんたは依頼忘れてて」
「せや」
「温泉入っててん」
「せや」
「思い出して来たら」
「せや」
「物資消えてて」
「せや」
「私らがおった」
「せや!」
サスケが嬉しそうに頷いた。
さくやは深く、深く息を吐いた。
「……あんた、忍者として大丈夫なん?」
「大丈夫ちゃうと思うで! でも今まで生きてこれたしな!」
「それ大丈夫の基準低すぎやろ!」
「低くて結構! 生きとったら勝ちやねん!」
「それはそうやけど!」
夜空に、サスケの仲間たちの笑い声が響いた。
「でもまぁ」
さくやは肩をすくめた。
「あんた、憨えへんわ」
「そらそうやろ! わしがかわいくないわけないやんか!」
「そういう意味ちゃうわ!」
「照れんでええって!」
「照れてへん!」
ラーシュとユーリが、呆れた顔で見ていた。
「……あれでいいのか?」
「さくやが楽しそうだからいいんじゃないか」
風が吹き抜けた。城の中庭で、さくやとサスケの漫才は、まだまだ続いていた。
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