■第245回 湖畔の胎動編 風を指す者
帰還した少女は、光を連れてきた。
嘘をつけない真っ直ぐさが、世界の向きを正す。
彼女はいつも、光が差す方向を知っている。
■ 帰還
シュウメイが海の拠点へ戻ったと聞いたのは、夕陽が湖面を金色に塗りつぶす頃だった。
その名を聞いただけで、師匠もさくやも肩の力がふっと抜けた。彼女が無事だという事実だけで、胸の奥の石が一つ溶けるようだった。
師匠はすぐに使いを出し、南西のコテージへ招いた。
ドアを開けて入ってきたシュウメイは、潮風を帯びた外套を翻しながらも、柔らかな笑顔を浮かべていた。旅の疲れなど微塵も感じさせない、軽やかな足取りだった。
「ただいま戻ったアルよ、師匠」
師匠は思わず微笑んだ。
「おかえりなさい、シュウメイ。無事で何よりです」
■ 報告
席に着くと、シュウメイは湯飲みの湯気を鼻先で吸い込み、目を細めた。
「ファリダもレオンも元気アル。スキンヘッド軍は日鉱石取り尽くして興味なくしたアルね。国はもう安全アルよ」
シャドウ――かつてカイザー軍に従っていた男たち――は、ファリダと妙に気が合ってしまい、百人単位でそのまま国に残ったらしい。
「シャドウたち、今は護衛軍みたいな扱い受けてるアル。あの子ら、口では言わないけど……贖罪の気持ち、あると思うアルよ」
穏やかな声の奥に、わずかに沈む影があった。
師匠はしばらく黙って、湯飲みを包む小さな手を見ていた。
「シュウメイ、しばらくこちらで過ごせますか?」
彼女はぱっと顔を明るくした。
「もちろんアルよ! 恋しくなるまでは、ここで働くアル」
「村は大丈夫なんですね?」
「残ってるシャドウがしっかりしてるアル。それに……マケダの村も行ってみたいし、レイナの村も北にあるって聞いたアルよ」
「たくさん時間が必要になりますね」
「ワタシには、いくらでもあるアルよ!」
その明るさは、コテージの空気を一瞬で軽やかに変えた。
■ 影の参謀
それからのシュウメイは、師匠の"影の参謀"のように働いた。
真っ直ぐで嘘がつけない性格は、師匠の意図を一ミリもズラさず伝えるのに最適だった。忙しいさくやの代わりに、師匠の護衛と自宅周辺の監視も担当することになった。
「帰りたくなったらシャドウと交代するんですよ。みんなまとめて帰らないように」
シュウメイは胸を張った。
「ワタシ、シャドウより役に立つアルよ」
本気とも冗談ともつかない口調だったが、不思議と誰も否定しなかった。
■ 多面体の少女
高地のマケダの村へ行くと、村中が大騒ぎになった。
レイナの村では逆に、驚くほど静かに過ごした。
「シュウメイって、ほんま多面体やな……」
さくやが笑っていた。
今はユーリの村に行きたいと言っているが。
「……来んでええ」
ユーリは塩対応だった。
シュウメイは困った顔で笑って、それ以上は何も言わなかった。
一方で彼女は、毎朝ヒジカタに武術を教えていた。
「自分の身は自分で守るアル。小さき者でも、それは同じアルよ」
「……御意」
ヒジカタは眼鏡を押し上げながら、静かにうなずいた。
さくやが横で見ていた。
「なんで眼鏡かけたまま武術やねん」
二人とも、特に気にしていなかった。
■ 末恐ろしい
研修所で銃を教えたレッドは、ヒジカタが一度射撃しただけで顔をしかめた。
「……なんやこれ」
それだけ言って、しばらく黙った。
「末恐ろしいわ、あの子」
後にヒジカタが防衛部隊でスナイパーとして名を轟かせるのは、まだ先の話だ。
■ 風を指す者
シュウメイが拠点に加わってから、人手不足はみるみる解消し、作業のスピードは倍以上に跳ね上がった。
彼女の存在は、戦力でもあり、情報網でもあり、そして――
"この世界に光が差す方向を、迷わず指し示す風"
のようでもあった。
「ここに来て良かったアルよ、師匠。ワタシ、もっと役に立つアル」
夕暮れのコテージで、彼女は湯飲みを胸元で温めながら静かにそう言った。
師匠は小さくうなずいた。
その横顔は、もう"流れ者"ではなく、確かな仲間の影を宿していた。
湖面に映る夕陽が、ゆっくりと色を深めていく。
世界は今日も、静かに、しかし確実に広がり続けていた。
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