■第244回 湖畔の胎動編 「地下を走る夢」
知性と感覚が出会い、文明は骨格を得た。
森の下を、夢が走り始める。
広がることを、誰も止められなかった。
■二つの頭脳
ヒジカタの仲間から追加で百人が到着したのは、朝靄がまだ海の上に薄く漂っている頃だった。彼らは静かに整列し、まるで統一された影のようにエレナの研究所へ吸い込まれていく。
エレナとヒジカタは、初日から奇妙なほど相性が良かった。
気がつけば深夜、窓外の波が闇に溶ける頃まで、光鉱石の分子構造やエネルギー密度について議論を続けていた。会話は常に重なり合い、互いの言葉を聞いていないようでいて、どこかで完璧につながっていた。
「この偏光値、やはり通常の鉱石とは別物ね」
「結晶層が階段状になってる。エネルギー保持率は――」
「三十パーセントは跳ね上がる」
「同意」
さくやが横で聞いていたが、二人の会話は最初から最後まで一切わからなかった。
日が経つごとにヒジカタへ任せられる仕事は増え、エレナはようやく本来愛する医療の研究に時間を割けるようになった。しばらく帰れずにいた母国にも、交代で帰ることができるようになり、研究所の空気もどこか穏やかになった。
■要塞という名の港
海の拠点では急ピッチで防塞化が進んでいた。
爆音社長とさくやが中心となり、新たな港の設計が進む。ヒジカタの到着を聞いた爆音社長は、師匠へ電話を一本入れた。
「追加で百人、頼むわ」
結果、また百人のヒジカタが来た。
彼らは爆音社長とさくやの"感覚"を正確に読み取り、それを図面と構造に落とし込んでいく。完成した設計を見て、師匠は静かに言った。
「軍事化はほどほどに」
「見た目は港ですよ」
ヒジカタは眼鏡を押し上げながら、淡々と答えた。
内部が要塞であることには、特に触れなかった。
師匠はやれやれと苦笑した。
■北東の村へ
ヒジカタは故郷の北東の村へも資料を送り、後方支援を依頼した。村に控える六百人のヒジカタが動き始めると、停滞していた各プロジェクトが驚くほどの速度で動き出した。
「一度、ヒジカタの村に行ってみよか」
「……探検行ってへんユーリも連れてくか」
そうしてさくやとユーリは、北東の村へ向かった。
そこには、まるで古い寺のようであり、武家屋敷のようでもある巨大な屋敷があった。整然とした空気、静謐な庭、千人が暮らす生活音。どこか時間の流れまでも違う。
さくやは屋敷の外を歩きながら、地形を見てすぐに言った。
「このへん、道と水路ちょい改良したらええやろ。東の村からサムライ呼ぶで」
東から来たサムライたちが土木作業に加わり、道路や畑、水路が整えられていく。レイナも加わり、農地は一気に効率化された。森の獣道は舗装され、バギーで行き来できるほどになった。
「森を少し切ってバス通したらどうや?」
師匠の許可が下りると、爆音社長から連絡が来た。
「ほら、もうできとるで。試運転よろしく!」
もはや誰も驚かなかった。
さくやとレイナは屋敷の裏の斜面を見て言った。
「棚田にしたら、お米作れるんちゃう?」
「やんのはサムライやから安心し」
米作りが得意なマサムネの村から大量の助っ人が訪れ、屋敷の裏は立派な棚田へと変貌した。静かだった屋敷周辺には家々が建ち、村はやがて小さな街の様相を帯び始めた。
■地下を走る夢
爆音社長の命で、さくやの忍者部隊はヒジカタを調査していた。
「問題なし。頭がキレて、作業も早い」
「あと、ヒジカタ屋敷の北東は未開の地。小さき者にしかわからん"何か"がいます」
その報告を聞き、師匠は即座に言った。
「ヒジカタの屋敷のそばに、大きな拠点を作るぞ」
隣の秘書が深いため息をついた。
「せっかく人手不足が解消されたのに……」
誰も気にしなかった。いつものことだ。
爆音社長が口を開く。
「地下鉄つくろうぜ。森を傷つけんと移動するには、空か地下や。上のモノレールは道路つくらなあかんしな。だったら地下やろ?」
師匠、さくや、ヒジカタはその場で地下鉄の全体設計に着手した。
南東拠点の駅から地下を広げ、南西拠点――東の村――ヒジカタの街――そして北東へ。西の岩山を掘り抜いたトンネルボーリングマシンが再び動く時が来た。
「ヒジカタ、この区間の地質データは?」
「既に調べてございます」
さくやが横目で見た。
「……いつ調べたん」
「来る前に」
それ以上のことは、特に説明されなかった。
ヒジカタの存在は、ただの人手ではなく、この文明全体を押し広げる知性の力そのものになりつつあった。
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